多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

無事故手当,作業手当,住宅手当,皆勤手当,通勤手当,正社員だけに支給することは,不合理な差として許されない手当は?

無事故手当,作業手当,住宅手当,皆勤手当,通勤手当,正社員だけに支給することは,不合理な差として許されない手当は?

コロナの流行,物価や光熱費の上昇など,会社ではコントロールできない外的な環境の変化は避けられない・・だから,できるだけ,売上に応じて,柔軟に費用を変動出来たら,会社,企業としては助かる。
けれど,従業員は,会社を一緒に発展させていくためにとても大切なパートナーで,働き続けてもらうために,賃金,諸手当や休暇,退職金などを充実して,労働条件も良いものとしたい。
働きやすくなるために,短時間での勤務を希望する職員,全国転勤は出来ないなどの希望を職員から出されることも少なくない。

だから,ずっと限定されない条件で働き続けることを予定している「正社員」とその他の社員の待遇には,差をつけることで,このバランスをとっていくしかない・・

このようなことから,非正規労働者と言われるパートタイム労働者,有期雇用労働者のほか,派遣労働者などの形態による働き方が採用され,これによって,それぞれ「差」があることも認められてきた,という背景があります。

しかし,雇用形態が異なることだけで差がつくことを不公平と感じる感覚はやはり,非正規雇用労働者としてはあります。
そのため,「同一労働同一賃金」とすることで,雇用形態に関わらず,仕事ぶりや能力が適正に評価され,納得できる処遇を受けられれば,労働者のやりがいやモチベーションが高まり,多くの求職者や職場復帰者が集まることによって人材不足の解消が期待できます。企業イメージの向上にもつながります。

このようなことから,政策課題として「同一労働,同一賃金」が進められてきた背景があります。

現在は,パートタイム・有期雇用労働法(2021年4月1日より全面施行),労働者派遣法(2020年4月1より施行)による待遇差の禁止が明示されています。
「同一労働同一賃金」の導入は,同一企業・団体におけるいわゆる正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者) と非正規雇用労働者(有期雇用労働者,パートタイム労働者,派遣労働者)との間の不合理な待遇差の解消を目指すものです。

このようなバランスの中で考えられているため,全ての待遇差が許されないわけではなく,「不合理」と言える待遇差があると,雇用契約で定めていても無効となってしまい,後に不合理な待遇差による損害を損害賠償請求などの形で請求されてしまうことがあります。

「同一労働同一賃金」違反となる,不合理な差と言われてしまう判断基準は?
運送会社における無事故手当,作業手当,給食手当,住宅手当,皆勤手当,通勤手当のうち,正社員だけに支給することは,不合理な差として許されない手当とは?
不合理な待遇差と言われて,紛争になるようなトラブルを避けるため,事業主,会社は,どんな注意が必要?

今回は,同一労働同一賃金違反となる「不合理な差」の判断基準は?に引き続き,さらに具体的にみていきたいと思います。長澤運輸事件最高裁判決については,同一労働同一賃金~不合理な差別になる具体例は?で詳しく内容を検討していますので,今回は,ハマキョウレックス事件最高裁判決の詳細について,お伝えします。

これらの判例は,少し前のものになりますが,同一労働同一賃金の「考え方」,どのような場合に待遇差があっても,「合理的」な差として合法なのか,違法となってしまう「不合理」な待遇差は何なのか,の基準と実際の手当を支給する際の注意点が具体的にイメージできるので,ご紹介します。

1 事案の概要

ハマキョウレックス(以下「会社」という。)は,一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社であり,一審原告の有期労働者は,平成20年10月6日頃,会社の彦根支店と有期労働契約を締結し,トラック運転手として配送業務に従事していました。原告の労働契約は,その後順次更新されていましたが,正社員との間で以下のような賃金等の違いがありました。

正社員

有期労働者(一審原告)

就業規則

正社員就業規則

嘱託,臨時従業員およびパートタイマーの就業規則

定年年齢

不明

不明

業務内容

会社の彦根支店におけるトラック運転手の業務の内容には,契約社員と正社員との間に相違はなく,当該業務に伴う責任の程度に相違があったとの事情はうかがわれない。

配置転換の可能性

出向を含む全国規模の広域異動の可能性がある

就業場所の変更や出向は予定されていない

等級役職制度

設けられている

設けられていない

基本給

「正社員給与規定」に従い,年齢給,勤続給及び職能給により構成されている

時間給として職務内容等により個人ごとに定める

定期昇給

原則有り

原則として昇給しないが会社の業績と本人の勤務成績を考慮して昇給することがある(原告は時給1,150円から1,160円となっていた)

①無事故手当

1か月間無事故で勤務したときは10,000円

無し

②作業手当

特殊業務に携わる従業員に対して月額10,000円から20,000円までの範囲内で支給

無し

③給食手当

3,500円

無し

④住宅手当

21歳以下は5,000円

22歳以上は20,000円

無し

⑤皆勤手当

全労働日に出勤したときは10,000円

無し

⑥通勤手当

常時一定の交通機関を利用し又は自動車等を使用して通勤する従業員に対し交通手段及び通勤距離に応じて所定の通勤手当を支給(原告と同基準の場合は5,000円)

交通機関を利用して通勤する者に対して所定の限度額の範囲内でその実費を支給する(原告は3,000円。但し平成25年9月から5,000円を支給されている)

賞与

会社の業績に応じて支給

原則支給しない

退職金

勤続5年以上の者に支給

原則支給しない

本件は,有期労働者である原告が,正社員と有期労働者との間で各種手当等を含む本件賃金等に相違があることは労働契約法20条に違反しているなどと主張して,会社に対し,

(1)労働契約に基づき,有期労働者が会社に対し,本件賃金等に関し正社員と同一の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに,

(2)①主位的に,労働契約に基づき,平成21年10月1日から同27年11月30日までの間に正社員に支給された無事故手当,作業手当,給食手当,住宅手当,皆勤手当及び通勤手当(以下「本件諸手当」という。)と,同期間に有期労働者に支給された本件諸手当との差額の支払を求め(以下,この請求を「本件差額賃金請求」という。),

(2)②予備的に,不法行為に基づき,上記差額に相当する額の損害賠償を求めた事案です。

2 最高裁の判断

本件確認請求(上記(1)の請求)及び本件差額賃金請求(上記(2)①の請求)については,有期労働契約のうち労契法20条に違反する労働条件の相違を設ける部分は私法上無効としつつも,労契法20条や就業規則の解釈として,当然,当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるという解釈はできないとしています。

そこで,私法上無効を前提とした本件損害賠償請求(上記(2)②の請求)において,最高裁がどのような判断基準を定立し,最高裁(ないし高裁)が各種手当等についてどのようにあてはめて判断したかを見ていきたいと思います。

最高裁判所の判断基準(規範定立)

・労契法20条にいう,「期間の定めがあることにより」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいうものと解するのが相当である。

・労契法20条にいう,「不合理と認められるもの」とは,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。

・両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから,当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が労契法20条に違反することを主張する者が,当該相違が不合理であることを妨げる事実については当該相違が労契法20条に違反することを争う者が,それぞれ主張立証責任を負うものと解される。

基準に従って当てはめた結論(あてはめ)

①無事故手当

→ 不合理である(大阪高裁)

無事故手当は,乗務員が1か月間無事故で勤務したときに限り,無事故手当として1万円が支給されるものであり優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得を目的とするものと解されるところ,優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得といった目的は,正社員の人材活用の仕組みとは直接の関連性を有するものではなく,むしろ,正社員のドライバー及び契約社員のドライバーの両者に対して要請されるべきものである。そうすると,正社員のドライバーに対してのみ無事故手当月額1万円を支給し,契約社員のドライバーに対しては同手当を支給しないことは,期間の定めがあることを理由とする相違であり,労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」に当たると認めるのが相当である。

②作業手当

→ 不合理である(大阪高裁)

会社は,作業手当は,元来,乗務員の手積み,手降ろし作業に対応して支給されていたものであるが,現在は,正社員に一律に支給されており,実質的に基本給としての性質を有しているものであるから,その支給不支給の区別が不合理であるということはできない旨主張する。しかし,過去に手で積み降ろしの仕事をしていたドライバーが正社員のみであり,契約社員のドライバーがかかる仕事に従事したことはないことを認めるに足りる証拠は見当たらないし,作業手当が現在は実質上基本給の一部をなしている側面があるとしても,本件正社員給与規程において,特殊業務に携わる者に対して支給する旨を明示している以上,作業手当を基本給の一部と同視することはできない。そうすると,正社員のドライバーに対してのみ作業手当月額1万円を支給し,契約社員のドライバーに対しては同手当を支給しないことは,期間の定めがあることを理由とする相違というほかなく,労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」に当たると認めるのが相当である。

③給食手当

→ 不合理である(大阪高裁)

会社は,給食手当は,長期雇用関係の継続を前提とする正社員の福利厚生を手厚くすることによって,有能な人材の獲得・定着を図ることを目的とするもので,その支給不支給の区別が不合理であるということはできない旨主張する。しかしながら,本件正社員給与規程において,給食手当は,あくまで従業員の給食の補助として支給されるものであって,正社員の職務の内容や当該職務の内容及び変更の範囲とは無関係に支給されるものである。なるほど,会社が主張する長期雇用関係の継続を前提とする正社員の福利厚生を手厚くすることにより優秀な人材の獲得・定着を図るという目的自体は,会社の経営ないし人事労務上の判断として一定の合理性を有するものと理解することができるけれども,給食手当があくまで給食の補助として支給されるものである以上,正社員に対してのみ給食手当月額3500円を支給し,契約社員に対しては同手当を支給しないことは,期間の定めがあることを理由とする相違というほかなく,労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」に当たると認めるのが相当である。

④住宅手当

→ 不合理ではない(最高裁)

この住宅手当は,従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解されるところ,契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し,正社員については,転居を伴う配転が予定されているため,契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となり得る。したがって,正社員に対して上記の住宅手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

⑤皆勤手当

→ 不合理である(最高裁)

この皆勤手当は,会社が運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから,皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ,会社の乗務員については,契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから,出勤する者を確保することの必要性については,職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではない。また,上記の必要性は,当該労働者が将来転勤や出向をする可能性や,会社の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるとはいえない。そして,本件労働契約及び本件契約社員就業規則によれば,契約社員については,会社の業績と本人の勤務成績を考慮して昇給することがあるとされているが,昇給しないことが原則である上,皆勤の事実を考慮して昇給が行われたとの事情もうかがわれない。したがって,会社の乗務員のうち正社員に対して上記の皆勤手当を支給する一方で,契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

⑥通勤手当

→ 不合理である(大阪高裁)

会社は,通勤手当は,配置転換のある正社員に対し,長距離通勤に伴う交通費の援助を目的とするものであり,配置転換がなく,長距離通勤も少ない契約社員との間に金額の差異を設けても,その区別が不合理であるということはできない旨主張する。しかしながら,通勤手当は,会社に勤務する労働者が通勤のために要した交通費等の全額又は一部を補填する性質のものであり,通勤手当のかかる性質上,本来は職務の内容や当該職務の内容及び変更の範囲とは無関係に支給されるものであるから会社の主張に合理性を肯定することはできない。また,会社が主張する給与計算事務が煩雑になることを労働契約法20条の不合理性の判断に当たって考慮することは相当でない。

3 待遇差をつけるときの経営者の注意点

どの範囲までの待遇差が認められるのかは難しい判断になりますが・・・
事例の中での「あてはめ」部分を見ると,とても参考になりますね。

会社の賃金規定といった就業規則には,各種手当を規定している場合が多いと思います。そして,その手当について,正社員とそれ以外とで支給される手当に差があることも多いでしょう。また,過去には意味のあった手当であっても,現在では有名無実化している手当が残っている会社もあるのではないかと思います。

このような最高裁判例があることをふまえて,正社員と契約社員とで各種手当の差がある場合には,当該手当がどういった趣旨・目的で支給されているものかを的確に把握するとともに,その趣旨・目的を考慮したうえで不合理となっているか否かを検証する必要があります。

厚生労働省では,「同一労働同一賃金ガイドライン」を策定して,企業の整備体制の指針としていますが,文言だけ読んでも,具体的にどのような差が許されるのか,なぜ許されるのか,が分かりづらいと思いますが,裁判所の事例を見ることで,イメージをするのに役立つと思います。

正社員と,その他の社員との支給手当等について差をつける場合には,その職務内容がどのように違うのか,その違いに応じて支給されている,ということ,が支給する手当の趣旨から合理的に説明できること,がポイントとなりそうです。

退職金,賞与等点については,ハマキョウレックス事件判決では判断されていませんが,その後に(最判令和2年10月13日,メトロコマース事件)にて,退職金について差があることについて「不合理であるとまで評価することができるものとはいえない」とされています。(また,別途ご紹介しようと思います)との判断もされていますが,賞与,退職金等についても,正社員との差を設ける場合には,その理由はなぜなのか,賞与や退職金の趣旨は何なのか,趣旨・目的について的確に把握するとともに,同様に,不合理でないかを検証する必要があります。

合理的な区別をする必要性は,経営の堅実な発展,維持,継続のため,合理的に経営を勧めたい企業,経営者にとっては理由があって採用しているでしょうから,もしかしたら,「不合理な差別」と判断されてしまうか知れない可能性のある異なる取扱いを全てやめてしまうのは現実的ではないでしょう。

そのため,出来る限り,裁判所の判断基準や具体的な場面での判定を判例での具体的な事案を通じて知ることで,結果の予測をより緻密にし,合理的と判断される区別だけを残すことに近づけられると思います。

それによって,
「こんなはずじゃなかったのに」,と後に違法,無効だからという理由で損害賠償請求をされる,などの法的なトラブルは減るでしょう。

どのような就業規則とすべきか,判断に迷う場合には,弁護士に相談しながら是非,進めて下さいませ♪

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!