多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

同一労働同一賃金~不合理な差別になる具体例は?

同一労働同一賃金~不合理な差別になる具体例は?

いつも読んでいただきありがとうございます。同じように仕事をしているのに,「正社員」とは待遇が違うことについて,不満,不思議に思ったことはありますか?企業の経営者であれば,「同一労働同一賃金」への対応が,いよいよ中小企業にも求められるようになり,不合理な差別をしてしまうと,差額分の賃料相当額を請求されることがあり得ます。
それでは,どのような待遇差は許され,どのような待遇差は許されないのでしょうか?

職員の仕事と待遇を考える際,参考になる,裁判所での「不合理な差」に関する「考え方」がありますので,
事例として重要な,長澤運輸事件最高裁判決について今回は,についてご紹介したいと思います。

1 長澤運輸事件最高裁判決・事案の概要

本件は,正社員を定年退職して,「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」に基づき再雇用された有期労働契約者が,正社員との間の賃金格差を争った事案であり,定年退職前後で,職務内容や変更範囲が同一であるという事情が存在した事案です。多くの会社が同様の問題を抱えているため,大変注目された判決でした。

会社は,セメント,液化ガス,食品等の輸送事業を営む株式会社であり,平成27年9月1日現在の従業員数は66人。労働者らは,いずれも会社と無期労働契約を締結し,バラセメントタンク車の乗務員として勤務していましたが,会社を定年退職した後,有期労働契約を締結し,それ以降もバラ車の乗務員として勤務している。

正社員と定年後有期労働者では,以下のような労働条件の相違がありました。

正社員

有期労働者(一審原告)

就業規則

正社員就業規則

嘱託社員就業規則

業務内容

業務の内容に相違はなく,当該業務に伴う責任の程度に違いはない

配置転換の可能性

業務の都合により配置転換等を命じられることがある点でも違いはない

基本給

在籍給 12万1100円を上限

年齢給 6000円を上限とする

基本賃金 月額12万5000円

能率給

その職種に応じた係数を当該乗務員の月稼働額に乗じた額

無し

職務給

その職種に応じた額

無し

歩合給

無し

その職種に応じた係数を月稼働額に乗じた額

調整給

老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間において月額2万円を支給する。

①精勤手当

5000円

無し

②無事故手当

5000円

5000円

③住宅手当

10000円

無し

④家族手当

配偶者5000円,子1人について5000円(2人まで)

無し

⑤役付手当

班長3000円,組長1500円

無し

⑥超勤手当

あり

あり

⑦通勤手当

あり

あり

賞与

支給

支給しない

退職金

支給

支給しない

再雇用後の嘱託乗務員である労働者らは,本件訴訟において,嘱託乗務員に対し,能率給及び職務給が支給されず,歩合給が支給されること,嘱託乗務員に対し,精勤手当,住宅手当,家族手当及び役付手当が支給されないこと,嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること,嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことが,嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違である旨主張し,

主位的(第1番目)に,上記従業員に関する就業規則等が適用される労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに,労働契約に基づき,上記就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額及びこれに対する遅延損害金の支払を求め,

予備的に(もし,第1番目の主張が認められない場合は),不法行為に基づき,上記差額に相当する額の損害賠償金の支払等を求めた事案です。

2 最高裁の判断

⑴ 労契法20条における「その他の事情」と再雇用制度について

労働契約法20条は,有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮する事情として,「その他の事情」を挙げているところ,その内容を職務内容及び変更範囲に関連する事情に限定すべき理由は見当たらない。

定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し,使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合,当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また,定年退職後に再雇用される有期契約労働者は,定年退職するまでの間,無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして,このような事情は,定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって,その基礎になるものであるということができる。

そうすると,有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは,当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において,労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

⑵ 各賃金項目の比較方法

有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては,両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく,当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきものと解するのが相当である。

⑶ あてはめ

(能率給・職務給について)

基本給及び基本賃金は,労務の成果である乗務員の稼働額にかかわらず,従業員に対して固定的に支給される賃金であるところ,嘱託乗務員らの基本賃金の額は,いずれも定年退職時における基本給の額を上回っている。また,能率給及び歩合給は,労務の成果に対する賃金であるところ,その額は,いずれも職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ,嘱託乗務員の歩合給に係る係数は,正社員の能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。そして,会社は,本件組合との団体交渉を経て,嘱託乗務員の基本賃金を増額し,歩合給に係る係数の一部を嘱託乗務員に有利に変更している。このような賃金体系の定め方に鑑みれば,会社は,嘱託乗務員について,正社員と異なる賃金体系を採用するに当たり,職種に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに,基本賃金の額を定年退職時の基本給の水準以上とすることによって収入の安定に配慮するとともに,歩合給に係る係数を能率給よりも高く設定することによって労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫しているということができる。そうである以上,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給が支給されないこと等による労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断に当たっては,嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が,正社員の基本給,能率給及び職務給に対応するものであることを考慮する必要があるというべきである。

そして,本件賃金につき基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに本件試算賃金につき基本給,能率給及び職務給を合計した金額を上告人ごとに計算すると,前者の金額は後者の金額より少ないが,その差はAにつき約10%,Bにつき約12%,Cにつき約2%にとどまっている。

さらに,嘱託乗務員は定年退職後に再雇用された者であり,一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上,被上告人は,本件組合との団体交渉を経て,老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することとしている。

これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して能率給及び職務給を支給する一方で,嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(①精勤手当について)

精勤手当は,その支給要件及び内容に照らせば,従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものであるということができ,そして,会社の嘱託乗務員と正社員との職務の内容が同一である以上,両者の間で,その皆勤を奨励する必要性に相違はないというべきであり,精勤手当は,従業員の皆勤という事実に基づいて支給されるものであること等から,正社員に対して精勤手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができ,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

(③住宅手当,④家族手当について)

住宅手当及び家族手当は,その支給要件及び内容に照らせば,前者は従業員の住宅費の負担に対する補助として,後者は従業員の家族を扶養するための生活費に対する補助として,それぞれ支給されるものであるということができ,上記各手当は,従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから,使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては,上記の趣旨に照らして,労働者の生活に関する諸事情を考慮することになるものと解され,嘱託乗務員は,正社員として勤続した後に定年退職した者であり,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでは会社から調整給を支給されることとなっているものであり,これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても,正社員に対して住宅手当及び家族手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれらを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

(⑤役付手当について)

従業員らは,嘱託乗務員に対して役付手当が支給されないことが不合理である理由として,役付手当が年功給,勤続給的性格のものである旨主張しているところ,会社における役付手当は,その支給要件及び内容に照らせば,正社員の中から指定された役付者であることに対して支給されるものであるということができ,したがって,正社員に対して役付手当を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。

(⑥超勤手当について)

正社員の超勤手当及び嘱託乗務員の時間外手当は,いずれも従業員の時間外労働等に対して労働基準法所定の割増賃金を支払う趣旨で支給されるものであるといえ,会社は,正社員と嘱託乗務員の賃金体系を区別して定めているところ,割増賃金の算定に当たり,割増率その他の計算方法を両者で区別していることはうかがわれないが,嘱託乗務員に精勤手当を支給しないことは,不合理であると評価することができるものに当たり,正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず,嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものであるから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

(賞与について)

賞与は,月例賃金とは別に支給される一時金であり,労務の対価の後払い,功労報償,生活費の補助,労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものであり,嘱託乗務員は,定年退職後に再雇用された者であり,定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか,老齢厚生年金の支給を受けることが予定され,その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間は会社から調整給の支給を受けることも予定されており,また,本件再雇用者採用条件によれば,嘱託乗務員の賃金(年収)は定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり,嘱託乗務員の賃金体系は,嘱託乗務員の収入の安定に配慮しながら,労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっており,これらの事情を総合考慮すると,嘱託乗務員と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり,正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても,正社員に対して賞与を支給する一方で,嘱託乗務員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

3 待遇差をつけるときの経営者の注意点

どの範囲までの待遇差が認められるのかは難しい判断になりますが・・・
事例の中での「あてはめ」部分を見ると大変参考になりますね。

現在,厚生労働省では,「同一労働同一賃金ガイドライン」を策定して,企業の整備体制の指針としていますが,文言だけ読んでも,具体的にどのような差が許されるのか,なぜ許されるのか,が分かりづらいと思いますが,裁判所の事例を見ることで,イメージをするのに役立つと思います。

本事件については,一審が労働者側勝訴の判断を下したことから,定年後再雇用者の賃金格差について全国的に注目されていました。最高裁は,定年後再雇用という事情を,賃金格差を不合理でない一つの事情になることを認めました。

一方で,定年後再雇用と関連しない手当(①の精勤手当)については,正社員と同一の支給が求められると判断したことには注意が必要です。この点については,ハマキョウレックス事件判決(また,別途ご紹介しようと思います)と同様に,手当の趣旨・目的について的確に把握するとともに,不合理でなないかを検証する必要があります。

また,本件能率給・職務給についての判断は事例判断であることに注意が必要です。最高裁は,団体交渉の結果を踏まえると,嘱託乗務員の基本賃金及び歩合給が,正社員の基本給,能率給及び職務給に対応するものであることを考慮すべきで,その格差が約12%~2%にとどまっていること,団体交渉を経て老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間,嘱託乗務員に対して2万円の調整給を支給することを踏まえて,本件賃金格差は不合理ではないとしています。そうすると,そういった賃金制度の構築や団体交渉等における交渉経過を踏まえた検証をする必要があります。

なぜ,その待遇差を設けるのか,を合理的に説明できること,また,説明が難しい点については,誠実な交渉をしたうえでの調整した上で決めていく,ということが不合理差別として請求されないためのポイントになると思います。

今回も,最後まで読んでいただき,ありがとうございました!!