多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

セクハラで加害者本人・企業はどんな法的責任を負うのか?

セクハラで加害者本人・企業はどんな法的責任を負うのか?

ハラスメント。最近も芸能界,芸能人について「ハラスメント」にも関わる報道が続いています。
「嫌」なのであれば,「嫌」と相手に明示し,抵抗しなければいけない。そうでなければ,同意なく性的行為をしても罪には問われない。犯罪にはならない。
しかし,本当に現実の場面で,誰もが「抵抗」することが可能なのでしょうか?

そのようなことは現実的ではないとして,「不同意わいせつ罪」「不同意性交罪」等が令和5年7月13日に犯罪とされるようになりました。
それまでの犯罪であった「強制わいせつ罪」が変更されて「不同意わいせつ罪」となり,「強制性交罪」と「準強制性交罪」を統合して罪名を「不同意性交罪」とし,同意がない性行為は犯罪になり得ることを明確にした点に特徴があります。

このような改正がされた背景には,愛知県で父親が19歳だった娘に性的暴行をした罪に問われた裁判で,1審の名古屋地方裁判所岡崎支部が娘の同意がなかったことは認めた一方で「著しく抵抗できない状態だったとは認められない」として無罪を言い渡したことなど,犯罪の成立には加害者が「暴行や脅迫」して犯行に及んだことや,「抵抗できない状態につけ込んだ」ことが必要とされ,「法律は性被害の実態に合っていない」と性暴力の被害者やその支援者が抗議をしたことがあります。

その結果,暴行や脅迫を受けなくても,恐怖のあまり動けなかったり,相手との関係性で抵抗できなかったりするのが実態として,「被害者の状態や加害者側との関係性」が考慮されて,教師と生徒など「経済的・社会的関係の地位に基づく影響力で受ける不利益を憂慮していること」による同意のない性的行為も犯罪となります。

セクシュアルハラスメント(セクハラ)の場合,犯罪行為までにはならなくとも,民事的に違法行為になるものが広く想定されますが,そこでもやはり「被害者の状態や加害者側との関係性」「経済的・社会的関係の地位に基づく影響力で受ける不利益を憂慮している」という背景が考慮されることは共通のポイントです。

これまでの報道を見ると,女性だけでなく男性であっても加害者との関係で経済的・社会的に不利益を受ける側,いわゆる「弱者」側に対する言動は,抵抗しないから大丈夫,好意的に見えるから大丈夫,という判断で行ってしまうことには注意が必要なことが分かります。

「性的自由」に関しては,「セクハラ」として,それまでは「仕事のために」「不利益を受けたくない」という理由でやむを得ないと黙って我慢してしまいがち,見てみぬふりをしがちだった,ハラスメント行為,性的自由・性的な自己決定権を奪う行為に対して,このままではいけない,という問題意識が高まることで,問題として今,刑事的な犯罪行為,民事的なハラスメント行為とともに表面化してきたのだと思います。

そのため,企業としては,現代に適合した性的なハラスメント行為をしないこと,身近な言葉で言えば,「セクハラ」をしない対策がいかに重要なのかが分かります。
また,注意しなければならないことは,職場におけるハラスメント問題が生じた場合には,対応を誤ると,職場環境を更に悪化させ,企業にとって致命的なダメージが生じかねないということです。

昨今の報道からしても,企業としては,ハラスメント被害を生じさせない職場環境,とともに,ハラスメントの被害申告があった場合の事前対応をどうすべきか,についても,とても重要であることも改めて実感されているのではないかと思います。

「セクハラ」は法律で,どう規制されているの?
違法な「セクハラ」をすると,どんな責任が生じるの?
セクハラ行為をした本人,セクハラ行為をした人を雇用している企業の責任は?

今回も引き続き,「雇用分野」におけるセクハラについて,お伝えしていきたいと思います。

1 セクハラを規制する法律条文

男女雇用機会均等法11条に,「セクハラ・性被害が生じる理由と適切な予防策・トラブルを回避するための注意」記載の通り,「職場における」セクハラについての規定があります。

職場において行われる性的な言動に対する対応により,その労働者が労働条件について不利益を受けたり,就業環境がその性的な言動により返される事のないよう事業主に対し雇用管理上必要な措置を講ずる義務がこの条文で課しています。

そして,いわゆる「セクハラ指針」(指針の内容について,詳しくは「セクハラ・性被害が生じる理由と適切な予防策・トラブルを回避するための注意」で解説)では事業主に対し,
①セクハラに関する方針を明確にし従業員に対しこれを周知啓発すること
②相談苦情を含むに応じ適切に対応するために必要な体制の整備をすること
③セクハラが発生した場合に迅速かつ適切な対応をすること
などを求めています。

これらの措置を講ずべき事業主の義務は公法上の履行確保措置の対象,つまり,厚生労働大臣の行政指導の対象として,事業主がこれらの措置を講じない場合,厚労大臣による行政指導,企業名の公表,過料などの対象となります(男女雇用機会均等法29条以下)。
また,都道府県労働局による紛争解決の援助(同法16条)等の対象になっています。

この男女雇用機会均等法11条とセクハラ指針自体は私法上の効力を持つものではないと考えられていますが,これに沿った防止措置をとっているかどうかは,後述する使用者責任や配慮義務の違反となるかどうか,の判断において考慮されるべき事実となります。

国家公務員については男女雇用機会均等法とは別に人事院規則で,人事行政の公正の確保,職員の利益の保護及び職員の能率の発揮を目的として,セクシャルハラスメントの防止及び排除のための措置並びにセクシャルハラスメントに起因する問題が生じた場合に適切に対応するための措置に関し必要な事項を定めています。

さらに人事院規則中,セクシャルハラスメントの防止等の運用(平成10年11月13日人事院規則10-10運用通知)では上記規則の内容を具体化するとともに,セクシャルハラスメントをなくすために職員が認識すべき事項についての指針としてセクシャルハラスメントに関する苦情相談に対応するあたり留意すべき事項についての指針を定めています。

当該指針では,「セクシュアル・ハラスメントであるか否かについて,相手からいつも意思表示があるとは限らないこと。セクシュアル・ハラスメントを受けた者が,職場の人間関係等を考え,拒否することができないなど,相手からいつも明確な意思表示があるとは限らないことを十分認識する必要がある」ことも規定されています。

2 民間団体等による運用指針

民間企業団体,大学等において法律や規則とは別にハラスメントに関する規程や運用指針等を定めている場合もあります。

①民間団体企業

平成29年度雇用機会均等基本調査(厚生労働省)によるとセクシャルハラスメントを防止するための対策に取り組んでいる企業割合は65.4%です。

その取り組み内容として,就業規則労働協約等の書面でセクシャルハラスメントについての方針を明確化し周知したものが65.1%,セクシャルハラスメントについての方針を定めたマニュアルポスターパンフレット等を作成したり,ミーティング時などを利用して説明したりするなどを周知したものが20.3%になっています。

②大学

男女雇用機会均等法でセクハラに対する事業主の配慮義務が規定されたことを受け,「文部省におけるセクシャルハラスメントの防止等に関する規程」(平成11年3月30日文部省訓令第4号)が施行され,施行の際の留意点を明記した通知も出されました。

これらと前後して,各大学でもセクハラを防止するためのガイドラインや規則の策定に向けての動きが活発化し,多く国公私立学校でガイドライン等が作成されています。

これらの指針などを参考にして,自分の企業の特性に合ったセクハラ防止指針を定めて周知することで,企業に関わる職員の共通の認識とすることが大切です。

3 企業・加害者が負う法的責任

(1)加害者本人の法的責任

①不法行為による損害賠償請求

加害者からのセクハラにより性的自己決定権等の人格権,働きやすい職場環境の中で働く利益を侵害されたとして不法行為責任(民法709条,710条)を追及される可能性があります。

②名誉毀損による損害賠償請求

セクハラ行為となる「言葉」そのものの内容や,セクハラをした後に被害者に関わる発言として「その人の品性,徳行,名声,信用などの人格的な価値について社会から受ける客観的な評価(社会的名誉)」を下げる発言をした場合には,名誉毀損による責任追及されることも考えられます(民法723条)。

これまでの取り扱いでは,この点はあまり重視されていなかったように感じていますが,今後は昨今の報道からしても,発言内容そのものについての責任追及がされる可能性が上がっていると思います。

③刑事的な責任(処罰対象)

現在,「セクハラ」という表現を用いて,犯罪としてこれを直接禁じる刑罰法規はありませんが,冒頭で書いたように,状況によっては「不同意わいせつ罪」「不同意性交罪」等の法律等によって処罰されることが考えられます。名誉棄損罪,侮辱罪が成立する場合もありますし,その他,迷惑防止条例や軽犯罪法が問題となる場合もあります。

(2)企業の法的責任

①債務不履行による損害賠償請求

使用者は労働契約上の付随義務として,働きやすい良好な職場環境を維持する義務職場環境配慮義務を負っており,これに違反したとして債務不履行(民法415条)による損害賠償請求をされる可能性があります。

②不法行為による損害賠償請求

不法行為法上の注意義務としても,働きやすい良好な職場環境を維持する職場環境配慮義務を負っており(民法709条,共同不法行為として民法719条),この義務に違反して被害者の権利(性的自己決定権等)を侵害したことにより損害賠償請求をされる可能性があります。

③使用者責任による損害賠償請求

民法715条により,加害者のセクハラ行為が事業の執行に関わってなされたような場合,使用者である事業主に対しても使用者責任を追及して損害賠償請求がされる可能性があります。

そのほか,「セクハラに対する企業の法的責任~セクハラ防止体制構築と損害賠償賠償請求」で記載した通り,雇用機会均等法違反として,企業名の公表や過料による制裁の対象にもなり得るので注意が必要です。
企業としての責任を負わなければいけないかどうかは,1の法律の定めや指針に従って適切な義務を果たしていたかどうか,が判断の基準の一つとなりますので,この点を意識してセクハラ防止対策をすることが大切です。

4 「力関係」を意識する~まとめ

「まだ結婚しないの?」「いつ結婚するの?」
このような発言をすると,今は「それ,セクハラですよ」と言われることも多くなったと思います。

友達同士の飲み会で,対等な立場,遠慮せずにお互い発言をしあえる関係でも,今は「セクハラ」問題となります。

これは,「性的な自由」について,それぞれこうありたい,という「価値観」が異なっていることを前提に,その自由を侵害するような言動で本人が嫌と感じるものについてはしない,嫌と感じることをしないように相手に求めていい,ということが理解されてきたからだと思います。

もちろん,社会一般の多くの人(社会通念上と言ったりしますが)からみて,それは性的な自由を侵害するような言動と言えない,という言動であれば,本人が嫌と感じていても直ちに法的な責任が生じるような違法な「セクハラ」になるわけではありません。これらのような相手が嫌と感じることに気づかずにしてしまった場合には,謝って,今後はしないようにすれば大丈夫でしょう。

一方で,社会通念上,多くの人が嫌だと感じそうなこと,「性的自由」を侵害されたと感じそうなことについては注意が必要です。
一般的な友人同士では触るのを躊躇するような体の部位を見る,触る,躊躇するような触り方をする,性的な接触をする,性的な発言をする,という場合,今回お伝えした通り,「同意のない」言動については,「違法なセクハラ」「犯罪行為」になりうることの注意が必要でしょう。

相手が何も言わない,明確な拒否をしない,「嫌だ」と言わないとしても・・
被害者が相手との「関係性」を考え,「経済的・社会的関係の地位に基づく影響力で受ける不利益を憂慮している」と考えられるような場合には,明確な拒否がないことをもって大丈夫と考えるのは危険です。
その意味で職場内では,この「力関係」が働きやすいので,注意が必要になります。

被害者が女性である場合,多くの場合には男性よりも肉体的に「力」が弱い,また,男性よりも良好な人間関係を重視して,その関係を壊したくないと考える傾向があることを相談していると,とても感じますので,男性ならば簡単に抵抗できそうなこと,「嫌」と言えそうなことであっても,女性の場合には特に抵抗しにくい「力関係」「抵抗しにくい状況」があることを意識すると間違いが少ないと思います。

今は,職場,雇用分野だけで「セクハラ」が問題となるだけでなく,雇用分野以外の場面でも,問題とされることが多くなってきましたが,家庭でも,取引先との間でも,飲み会の席でも,この「力関係」を意識して言動をすることで,誤ってセクハラ行為をしてしまうことを避けられると思います。

そのためには,現在の「価値観」では,社会通念上,どのような言動が「性的自由」を侵害されると感じるのか・・?ということを意識しておくこともとても重要で,時代によって,この「価値観」は変化していきますので,自分の「価値観」が古くなっていないか見直すことも大事です。私自身もつい,自分が育ってきたときの価値観で判断してしまいがちなので,この点は,意識していきたいと思っています。

そうすることで,「セクハラ」行為をした,ということで行為をした本人及び雇用主が損害賠償請求などの責任をとらなければならなくなったり,本人が問題行動として,部署の変更や降格処分などをされてしまうこと,これによって,雇用主,会社が事業の円滑な遂行に支障が生じるなど,というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らしつつ,業務ができる会社になると思います。

引続き,近年意識されている「セクハラ」について,お伝えしていきたいと思います。

今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!