多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故・人身損害と物的損害の消滅時効起算点の違い~時効管理の注意

交通事故・人身損害と物的損害の消滅時効起算点の違い~時効管理の注意

2020年4月に施行された民法改正により,不法行為に基づく損害賠償請求の消滅時効が変更され,不法行為の一つである交通事故による損害賠償請求をする場合,いわゆる「人身事故」(人の生命又は身体を害することによる)の損害賠償請求権については,消滅時効の期間が3年から5年に伸ばされ,被害者救済が強化されています。

一方,民法改正によっても,交通事故によって,車や建物,車両の積載物が破損した場合など,物的な損害が生じる物損事故の場合は,引続き3年のままです。(詳しくは,「交通事故被害による損害賠償請求の消滅時効~請求できる場合・出来ない場合,民法改正による影響と注意」に記載)

それでは,一つの交通事故によって,人身損害も物的損害も生じた場合,消滅時効の期間はどのように計算されるのでしょうか?

消滅時効の起算点(≒期間のカウントが開始される時点)となる「損害及び加害者を知った時」とはいつ?
一つの事故で物的損害と人的損害が生じている場合,治療が長引いたら,人身の損害額ははっきりしないので,物的損害の「損害及び加害者を知った時」も,人身傷害による損害がはっきりする「症状固定日」が起算点となる?それとも,それぞれ起算点はバラバラで消滅時効は異なって進行する?
消滅時効で損害賠償請求が認められなくならないために,どんなことを気をつければいい?

令和3年の最高裁判例(最判令和3年11月2日民集75巻9号3643号頁)で消滅時効について,明確になってきた部分があるので,改めて知っておくとよい注意点をご紹介します。

1 交通事故事案の概要

事故発生日は,平成27年2月26日,怪我の症状固定日が同年8月25日,訴訟を提起した日は平成30年8月14日。
交通事故で物的損害と人身損害が同時に発生したとして,被害者X(原告・被控訴人・被上告人)が加害者Y(被告・控訴人・上告人)に対して損害賠償請求した。
Yは物的損害についての損害賠償請求権は,改正前民法724条前段に定める3年の短期消滅時効が完成していると主張。

2 判決内容

「交通事故の被害者の加害者に対する車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効は,同一事故により同一の被害者に身体傷害を理由とする損害が生じた場合であっても,被害者が,加害者に加え,上記車両損傷を理由とする存在を知った時から進行するものと解するのが相当である。なぜなら,車両損傷を理由とする損害と身体傷害を理由とする損害とは,これらが同一の交通事故により同一の被害者に生じたものであっても,被侵害利益を異にするのものであり,車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権は,身体傷害を理由とする損害賠償請求権とは異なる請求権であると解されるのであって,そうである以上,上記各損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点は,請求権ごとに各別に判断されるべきものであるからである」として物的損害については短期消滅時効が完成しているとした。

結論としては,同一の交通事故で物的損害(車両損傷)と人身損害(身体傷害)が生じた場合の消滅時効の起算点は,それぞれで異なると判断され,人身損害の「損害及び加害者を知った時」よりも前に,物的損害の消滅時効の起算点があると判断したことになります。

3 消滅時効の具体的な起算点

消滅時効の起算点につき,改正前民法724条前段は「(被害者が)損害及び加害者を知った時」と定めています。

実は,「人身損害」については,この起算点について,様々な考え方があります。
傾向としては,交通事故に遭って,治療したけれど,後遺症が残ってしまった場合(人身損害で後遺障害が残った場合)については,全ての消滅時効の起算点が「症状固定時」(これ以上治療を続けても症状の改善が見込まれない状態となったとき)と判断されることが多いです。
一方で,人身損害(けがなどの身体傷害)はしたけれど,治療で回復して後遺症が残らなかった場合については,「治癒時」と判断されているもの,「交通事故時」とされているものがあります。

そのため,「 交通事故,消滅時効の起算点と管理~損害賠償請求できなくならないために」では,「交通事故時」と考えて請求した方が良いことをお伝えしました。

この判例のケースは,人身損害については「症状固定日」が起算点となることに当事者間で争いはなかった事案ですが,同時に発生した物的損害についても人身損害における「症状固定日」を消滅時効に起算点とすべきかが問題となりました。

この点,原審(大阪高判令和2年6月4日)は,「被害者が,加害者に加え,当該交通事故による損害の全体を知った時から進行する」と判断し,Xは症状固定日に本件事故による損害の全体を知ったと認め,本件訴訟が提起された時点では車両損傷を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求権の短期消滅時効も完成していなかったとしています。
最高裁はこれを覆して前記の通り判示し,物的損害と人身損害とは消滅時効の起算点が異なるとしたことになります。

最高裁の判例でも指摘されていますが,同一被害者ではあっても,物的損害と人身損害とは被侵害利益が異なること,改正民法では,冒頭に記載したように時効期間について人身損害については特例を設けて物的損害とは異なる扱いとしていること(改正民法724条の2は「5年間」とする),物的損害は不法行為(交通事故)時か,それからあまり時間が経たずに損害が分かることが通常なので,少なくとも怪我の症状固定を待つことは必要ないことからすると,妥当な判断かなと思います。

そのため,被害者の方やその代理人弁護士としては,物的損害と人身損害が同時に発生した事案の場合,治療の終了や症状固定を待つことなく,速やかに物的損害の賠償請求手続きを進めることに注意が必要です。

それでは,物的損害の消滅時効の起算点は,必ず「交通事故時」になるのでしょうか?
この判例の事案では,車両損傷はいわゆる経済的全損(経済的全損~納得いかないと言われることが多い交通事故の類型に記載)であったことから,不法行為(交通事故)時に損害が確定し,その時点が消滅時効の起算点となる旨判断していますが,分損(修理可能で,修理費が時価額を下回る場合)のように修理で終了する場合は修理完了時,もしくは修理額の確定時が(消滅時効の)起算点となり,必ずしも交通事故時とはならないと考える余地もあると思います。

けれど・・裁判例を見る限り,物的損害の場合は,人身損害よりも「交通事故時」が起算点となることが一般的と思われますので,消滅時効で請求できなくなってしまわないよう注意が必要です。

まとめ 消滅時効の管理と考え方

交通事故は,予測していない状況で生じるため,事故後の対応で心身共に疲弊してしまうことが多く,その状態で早期に損害賠償請求をすることも困難です。
傷害を生じ,後遺症などもある場合には,治療するためにあっという間に3年間が経過してしまうこともあります。

しかし,そうしてしまうことで,物損に関する損害賠償請求が消滅時効によって,出来なくなってしまうことがありますので,注意が必要です。

弁護士自身の消滅時効管理が大切なので,今回改めて書きましたが,少し落ち着いたら,まずは早めに弁護士に相談することで,消滅時効の管理をお願いしておくことが交通事故の被害者の方にとっては大切だと思います。
消滅時効のことを知っていれば,心配な場合には弁護士に進行状況を確認することで,安心して進められると思います。

もっとも,消滅時効の期間が経過してしまって,もう請求は出来ないかも知れない・・という場合でも,「損害及び加害者を知った時」をいつ,と考えるかは,様々な考え方があるところで,事案によっては消滅時効期間が経過していない,といえる場合もありうるので,弁護士に相談してみてもいいと思います。(もちろん,判例の傾向をおさえて,安全な対応するのが最も大事ですが)

最高裁では,「損害及び加害者を知った時」とは「被害者において,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下に,その可能な程度にこれらを知った時を意味するもの」とされていますが,その内容は,一律に決まるわけではないので,それぞれの事案で「事実上可能な程度に」知っていたかどうかを考えていくことになります。

交通事故が生じた場合の具体的な賠償金額の算定の方法,どんな被害が生じるのか,被害を回復してもらうために注意しておくべきことは何か,どんな選択があるのか,などを知っておくことで,被害の回避をしたり,回復が出来る可能性が上がります。
これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!