多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

経営者を誹謗中傷をするなど,ルール違反をする社員を解雇できる?

経営者を誹謗中傷をするなど,ルール違反をする社員を解雇できる?

今回も,労働能力喪失を理由とする解雇が有効となる場合,無効となる場合経歴詐称,横暴な言動等による信頼関係破壊を理由とする解雇が有効になる場合,無効になる場合,に引き続き,「解雇の有効・無効」について具体的ケースから考えたいと思います♪

労働契約が終了する場面は,「解雇,退職など労働契約終了時のトラブル回避に必要なこと」でも記載した通り,トラブルになりやすく,特に労働者が希望しても,一方的に雇用契約(労働契約)が終了してしまう「解雇」については,トラブルが生じやすく,注意が必要です。

今回は,今回は,「解雇が有効となる場合,無効となる場合の違いは」でお伝えした解雇の合理的理由の中から②労働者の職場規律違反を理由に解雇無効となったケースと,解雇有効となったケースを見ていきます。

会社運営をしていく中で,会社にとって利益とならない従業員(労働者)を雇用する意味はないので,適切に退職してもらうことで,業績を上げることは重要です。
しかし,労働者は現在の職を失い,収入も失うことになりますから,とても,労働者にとって影響も大きく,法的なトラブルになることも大きい場面です。

不適切な方法で「解雇」が行われれば,無効となり,業務の円滑な執行の妨げになり得ると共に,違法行為として,労働者から経営者,会社が損害賠償請求を受けることになり得ます。
「解雇」が無効となれば,そのまま労働者としての地位があることを前提に,支払われなかった給与を一度に請求されることにもなり得ます。

「職場規律違反」,つまり,会社のルールを守らないことを理由として「解雇」する場合,どのような基準で適法,有効となるのでしょうか?
「職場規律違反」を理由とする解雇が無効にならないように,採用時,解雇時にそれぞれ注意すべき点は?
私用で会社のメールを使ったり,上司の誹謗中傷をするような場合,「解雇」が有効となるポイントは何でしょうか?

1 【解雇無効】G事件(東京地判平成16年9月22日)

①事案の概要

Xは,出勤日20日間に,Yから貸与されたパソコンを使用して,私用メール49通(うち送信35通,受信14通)を送受信したが,そのうち就業時間内に行われたものは39通(うち送信33通,受信6通)であった。当該私用メールにおいて,Xは,Y社内部のみならず,外部に対しても,経営批判を繰り返し,代表のことを「あほばか」「気違いに刃物(権力)」など上司に対する批判が含まれていた。そこで,YはXに事情聴取をおこなったが,Xには反省の意思もY経営陣の指示に服することもなかったため,解雇した。

②裁判所の判断

労働者は,労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っているが,労働者といえども個人として社会生活を送っている以上,就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく,就業規則等に特段の定めがない限り,職務遂行の支障とならず,使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても上記職務専念義務に違反するものではないと考えられる。

Yにおいては就業時間中の私用メールが明確には禁じられていなかった上,就業時間中にXが送受信したメールは1日あたり2通程度であり,それによってXが職務遂行に支障を来したとかYに過度の経済的負担をかけたとは認められず,社会通念上相当な範囲内にとどまるというべきであるから,…私用メールの送受信行為自体をとらえてXが職務専念義務に違反したということはできない。

私用メールによる上司への誹謗中傷行為及び他の従業員の転職あっせん行為については,背信性の程度が低いこと,Xが,本件解雇時まで約22年間にわたりYのもとで勤務し,その間,特段の非違行為もなく,むしろ良好な勤務実績を挙げて被告に貢献してきたことを併せ考慮すると,本件解雇が客観的合理性及び社会的相当性を備えているとは評価し難い。したがって,本件解雇は解雇権の濫用にあたり無効である。

③解雇無効となったポイント

私用メール禁止などのルール,が就業規則等で明示されていなかったこと,会社に与えた悪い影響に比べて,会社に貢献してきたなどの実績,これまで明確に指導されたことが無かったことから,この点だけでの解雇は過酷であり,無効の判断になったのではないかと思います。経営者としては,会社経営を批判をされ,代表者のことを誹謗中傷されながら,なぜ給与を支払わないといけないのだろう・・と思うところは,もっともな部分でもあるので,ルールを明示化し,指導していくことが大切だと思います。誹謗中傷については,侮辱罪の法定刑も引き上げられ,厳罰化の方向となっていますし,「名誉棄損」にあたるような内容をメール配信,SNS投稿したような場合など,違法性が高い,と言えるような状況があれば,解雇が有効になる場合も今後あり得ると思います。

2 【解雇無効】M運輸事件(大阪地判平成8年7月31日)

①事案の概要

Xは,運送事業者Yとの間で,貨物自動車の路線便運転手として雇用契約を締結していたが,午前中必着との指示を受けていた荷物について,寝過ごしにより午後1時30分頃配達するという延着事故を起こし,その結果,親会社から路線便を解除されたことから,Yは同事故を起こしたことを理由としてXを解雇した。

②裁判所の判断

なお,本件事故により,Y会社においてXに対し雇用契約上の債務を履行できなくなったか否かを離れ,仮に,専ら,Xにより本件事故の発生及びこれがもたらしたY会社に対する影響等に着目して,これを理由とする解雇の相当性の有無を判断するとしても,本件事故による延着の程度は必ずしも大きいものではないこと,本件事故のもたらした影響の程度,内容は,前記認定のとおり,摂津支店・福山本社間の路線便が解除されたというに止まること,もとより,それ自体,必ずしも,軽微な損害とのみ評することはできないものであるが,本件解除に至るまでの経緯等によれば,Y会社において,仮に,Xに本件組合加入及び積極的な組合活動の事実がないとき,Y会社がXに対し本件事故の発生及びその影響のみを理由として,解雇までしたか疑わしいことに鑑みるとき,Y会社がXに対し,本件事故を理由として,解雇をもって処するのは重きに過ぎるというべきであって,結局,本件解雇は,社会通念上相当性を欠き,解雇権の濫用に当たり無効というべきである。

③解雇無効となったポイント

結果については,会社の業績に大きく影響するような「重大性」があるとも言える事案ですが,その行為が故意ではなく,過失(不注意)によるものであることから,この一つの行為をもって解雇するのは重過ぎる,とされたものと思います。一つの行為で解雇をする場合には,「行為」そのものの悪質性も高いことが必要だと思われます。

3 【解雇有効】カジマリノベイト事件(東京高判平成14年9月30日)

①事案の概要

XはY会社に平成7年6月に入社して以来,工務部において工事の見積もり,契約,出来高管理等の業務に従事していたが,上司の指示に対する不服従,誹謗等について4回にわたりけん責処分を受け,始末書の提出を求められたが,提出しなかったこと等を理由として,平成9年4月18日付けで解雇通知をされた。Xは,本件解雇は,Xが労働基準監督署等に申告したこと,労働組合に加入したことによるもので,不当労働行為に当たり,解雇は無効であると主張した。

第1審の東京地裁は,「本件けん責処分の理由とされた事由はいずれも,上司と部下との意見の対立や行き違いを原因とするものに過ぎず,社会通念に照らし重大な問題とはいえないから,本件解雇は権利の濫用に当たり無効である」と判断したためYが控訴した。

②裁判所の判断

本件第1けん責処分後から第4けん責処分に至るまでのY及びXの対応等については,Yは第1けん責処分をするに当たってはXに反省の機会を与えようとの意図に出たものであったが,Xからは反論のみで反省の趣旨のうかがえない返答書が提出され,その後も第2回以降のけん責処分がされたがXの態度が変化しないばかりか,第3回けん責処分ではXは通知書をその場でシュレッダーに投入して破棄するという行為に及び,更に第4回けん責処分を行ったが結局Xに反省の態度が認められなかったことから本件解雇に至ったものである。そして第1けん責処分においては始末書の提出について1か月の期間を設定しており,これに対しXは即日返答書を提出している。第2けん責処分はその後1か月以上経てされており,第4けん責処分までの期間は10日間程度であるが,既に第1けん責処分の時点からは十分な弁明の期間が与えられており,第4けん責処分の5日後にはXは返答書を提出している。したがって,全体としてけん責処分がXの弁明の機会を与えないでされた不当なものであるとは認められない。

Xには上記のような行為があり,同人は日頃上司から注意を受けていたのにこれを聞き入れずほとんど改善することがなかったため4回にわたるけん責処分を受けたが,それでもXの態度に変化がなかったことからYは本件解雇に至ったとみることができ,Xについては就業規則39条2号の「勤務成績又は能率が著しく不良で,就業に適しないと認めるとき」に該当するものと認められる。そして,以上みてきたところからすると本件解雇が権利の濫用に当たるとみることもできない。

③解雇有効となったポイント

この事案の行為は,一つ一つの行為は,それほど悪質性が高い,と言えるものではなかったと思います。そのため,そのことのみを理由とする解雇が許容されることは実務的には容易ではありません。しかし,労働者に何度も繰り返し注意・指導を繰り返したにもかかわらず,労働者が正当な理由なく同様の行為を繰り返し,それによって業務への支障が生じ,労働者が反省の色も見せておらず,もはや解雇しか選択の余地がないというレベルに達している必要があれば,解雇が認められやすくなります。この裁判例の事案は,4回のけん責が繰り返されたものですが,一審と控訴審で判断が分かれており,控訴審では有効となった事案なので,その基準と境界線として,参考になります。

4 解雇しか方法がない重大な違反か~まとめ

会社では,様々な職場規律,会社の職員に守ってほしいルールを設けていると思います。
具体的な規律違反,ルール違反行為があった場合には,まず違反行為の悪質性の程度と業務に及ぼした影響を客観的に判断することが必要です。

事例一つ目の私的メール使用行為については,業種にもよるでしょうが,一般的に悪質性や業務に及ぼす影響が大きいとはいえない場合が多いでしょう。
一方,タクシー乗務員のメーター不倒行為といった横領に類する行為,競業避止義務違反といった行為については,悪質性や業務に及ぼす影響が大きいことは明らかです。
この場合は,解雇が有効となりやすいでしょう。

会社から労働者を退職させる「解雇」については,まだまだそれが当たり前とは考えられていない,軽く認められる取扱いにはなっていない・・と感じます。
会社の規律を守らない,ルール違反をする労働者を雇用し続けることによる会社業務の円滑な遂行の不利益を考えると,当該労働者を「解雇」して,必要な労働能力を有する労働者を雇用したい,と考えるところですが,一方で,これによって仕事を奪われる労働者の不利益も大きいため,このようなバランスを考えた上で,「解雇」の有効,無効は判断されることになります。

「解雇」する場合には,今後も継続して雇ってもらえる,と思って働いている人にとっては,大きなダメージとなりやすいので,恣意的な判断と言われないよう,出来るだけ明確な基準,客観的な基準によって判断することも大切です。

職場規律違反を理由とする場合,ひと言で言えば,感覚的には,社会通念上(≒一般人の多くが納得できる)ルール違反をする職員にこれまでも指導してきたが,反省の様子もなく,もはや解雇するしか方法がない,もしくは,一つの行為でも,あまりに好意が悪質で業務に及ぼした影響も大きいので,今後とても仕事が任せられない,と感じるような言動をしているのか,どうか,かなと思います。

そのためには,経営者にとっては,就職の際,「経営者を誹謗中傷しない」こと(特に業務中に会社のメールを使用して誹謗中傷する)は,この会社で働いて給与をもらっている以上あり得ないこと,やってはいけないのが当たり前のように感じるかもしれませんが,これまでの事例を見ていくと,それで簡単に解雇が認められるわけではないので,そういうことをする人は絶対雇いたくない,ということであれば,採用時にしっかりと伝えておくことも大切でしょう。
なぜそれが自社にとっては大切なのか,検討して言葉化して伝えることも大事だと思います。

解雇も含め,法律上,どんな人事権の行使が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな賠償責任があり得るのか,今はどんなことに特に注意しないといけないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておきましょう。

そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らしつつ,より魅力的な会社として,職員が気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!