多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

経歴詐称,横暴な言動等による信頼関係破壊を理由とする解雇が有効になる場合,無効になる場合

経歴詐称,横暴な言動等による信頼関係破壊を理由とする解雇が有効になる場合,無効になる場合

いつも,読んでくださり,ありがとうございます。今回も,労働能力喪失を理由とする解雇が有効となる場合,無効となる場合に引き続き,「解雇の有効・無効」について具体的ケースから考えたいと思います♪

労働契約が終了する場面は,「解雇,退職など労働契約終了時のトラブル回避に必要なこと」でも記載した通り,トラブルになりやすく,特に労働者が希望しても,一方的に雇用契約(労働契約)が終了してしまう「解雇」については,トラブルが生じやすく,注意が必要です。

今回は,今回は,「解雇が有効となる場合,無効となる場合の違いは」でお伝えした解雇の合理的理由の中から,①労働者の労務提供不能・労働能力又は適格性の欠如・喪失のうち,エ 労使間の信頼関係の喪失を理由に解雇無効となったケースと,解雇有効となったケースを見ていきます。

会社運営をしていく中で,会社にとって利益とならない従業員(労働者)を雇用する意味はないので,適切に退職してもらうことで,業績を上げることは重要です。
しかし,労働者は現在の職を失い,収入も失うことになりますから,とても,労働者にとって影響も大きく,法的なトラブルになることも大きい場面です。

不適切な方法で「解雇」が行われれば,無効となり,業務の円滑な執行の妨げになり得ると共に,違法行為として,労働者から経営者,会社が損害賠償請求を受けることになり得ます。
「解雇」が無効となれば,そのまま労働者としての地位があることを前提に,支払われなかった給与を一度に請求されることにもなり得ます。

「経歴詐称」「信頼関係の喪失」を理由として「解雇」する場合,どのような基準で適法,有効となるのでしょうか?
「経歴詐称」を理由とする解雇が無効にならないように,採用時,解雇時にそれぞれ注意すべき点は?
権限外行為を無断でしたり,取引先への態度が悪いなどによって,信頼を失った従業員の「解雇」が有効,無効となる場合の違い,ポイントは何でしょうか?

1【解雇無効】A学園事件(浦和地裁川越支部判平成11年1月21日)

①事案の概要

Xは,昭和50 年4月,Yが開設した保育専門学校に法学担当の専任教員として採用された。Xは,採用に際して職歴欄に「昭和45年4月,中央大学通信教育部インストラクター委嘱さる,現在に至る」と記載した履歴書を提出した。その後,Yが短大を設置することになり,Yから再度履歴書を提出するよう促された際,Xは,履歴書の職歴欄に「昭和45年4月,中央大学通信教育部資格審査委員会の審議を経て講師を委嘱さる労働法担当」と記載し提出した。平成6年にXの教授昇任に係る審査において,Xの経歴詐称(インストラクター→講師)が問題とされるとともに,Xの学生や同僚に対する暴言や,教授会での侮蔑的発言等がこれまでにあったことにより,就業規則所定の「職務に必要な適格性を欠く」に該当するとして,Xを解雇した。

Xは,本件解雇が無効であるとして,労働者としての地位確認並びに未払賃金及び賞与の支払を求めた。

②裁判所の判断

Y就業規則にいう「職務に必要な適格性を欠く」とは,その表現自体,かなり抽象的であって,これを一義的に決することは困難な概念であるが,それが教職員の労働契約上の地位を一方的に奪う結果を招来させる「解雇事由」とされていることに照らし,当該教職員の能力,素質,性格等に起因して,その教職員の担うべき職務の遂行に支障があり,かつ,その矯正が著しく困難で,今後,当該組織体において,教職員として処遇するに堪えないと認められるような場合をいうものと解するのが相当である。

履歴書は,それが当該教職員の採否を決する際の最も基本的かつ重要な判断資料となるものであるから,殊更これに虚偽の記載をすることは,その判断を誤らせる危険性の高い行為として,それ自体,教職員としての適格性に疑問を呈する事由になりうるというべきであるが,他方,これが問題とされるのが労働契約締結後であって,当該教職員が既にその組織体において稼働しており,当該組織体から生活の糧を得ている状況下にあることを考慮すると,その不実記載を理由に適格性の有無を判断するに当たっては,その形式面の重要性のみならず,当該不実記載の内容,程度,実際の本人の職務遂行能力,素質,不実記載がなされるに至った経緯及びその不実記載により,使用者がどのように判断を誤り,そのために損害を被ったか等を慎重に検討して決する必要があると解すべきである。

本件履歴書の記載は正確性を欠くものであって,軽率のそしりを免れないものではあるが,その実質を考えると,原告に特段悪意は認められず,その職務遂行能力に影響はなく,これにより被告が原告に対する評価を誤って採用すべきでない人を採用し,そのため損害を被ったなどの事情は一切認められないのであり,したがって,これをもって職務に必要な適格性を欠くと評価することはできないというべきである。

③経歴詐称の重大性と因果関係

経歴詐称は,就業規則上懲戒事由として定められているところが多いようです。裁判例では,経歴詐称が懲戒事由となり得ることを認めていますが,①それは重大な経歴詐称に限定され,かつ,②真実を知っていたならば採用しなかったであろうという因果関係が必要であると考えられています。
以前,契約をする際の動機に錯誤(≒勘違い)があって無効になる場合(現行民法では,取消事由)の裁判所の考え方とと同じような考え方,と言えますね。

本件では,①教職員という職種からすれば,職歴は重要な要素であると考えられますが,Xに悪意は認められず重大性がないこと,②実質的に見て,昭和50年の採用から相当期間が経過しており,その間Xの職務遂行能力に問題はなく,Yに損害が生じていないことから,因果関係も認められないと判断しています。
長期間,詐称によって特に職務上問題が無かったことからすると,今更という感じがしますし,その職歴の差(インストラクターなのか,講師なのか)によって生じうる職務上の能力の差も大きいとは言えないような事案であるかな,と思いますので,経歴詐称による解雇としては過酷に過ぎ,無効とされたものと思います。

2 【解雇有効】K化学事件(大阪地判平成6年9月16日)

①事案の概要

Xは,平成3年6月,樹脂原料の製造を行っているYに雇用された。その後,Xが作業方法に習熟せず,上司の指示にも従わず,また他の者との協調性を欠いていた。
平成5年,Xは腰痛を起こし労働災害として同年7月5日まで休業し,休業期間後も,復職後の作業内容を不服として真面目に作業をしなかった。

さらに,Xは,履歴書に中卒であるにもかかわらず高卒と記載し,かつ,Yに入社する以前の会社で学歴詐称で解雇されていたにもかかわらず,職歴には当該以前の会社を記載していないことや,家族構成を偽り扶養手当を受けていたことなどから,平成5年11月25日,就業規則所定の「従業員の就業状況が著しく不良で就業に適しないと認められる場合(例,無断欠勤)」「重要な経歴を偽り,その他不正な方法を用いて採用されたとき」に当たるとして,解雇とした。

②裁判所の判断

Xが学歴を詐称したのは,中学校卒業であることを恥じたためであることが疎明されるところ,Yは高卒以上の学歴の者でなければ採用しない方針である旨主張するものの,高卒未満の学歴の者が採用されていることが疎明されるから,Yにおいて真実この学歴要件を重視していることについては疑問があり,この点は,少なくとも,就業規則所定の「重要な経歴」にあたるとすることはできない。しかし,職歴については,前職への入退社の事実をことさらに偽っているのは,その心情は理解できないではないにせよ,Yによる従業員の採用にあたって,その採否や適性の判断を誤らせるものであり,使用者に対する著しい不信義に当たるものといわざるを得ない。また,家族構成を偽り,扶養手当の支給を受けていたことは,詐欺罪にも該当する行為であり,その不正には著しいものがある。したがって,Xが職歴及び家族構成を偽ったことは,就業規則所定の「重要な経歴を偽り,その他不正な方法を用いて採用されたとき。」にあたるものというべきである。

③経歴詐称の種類と不正義の重大性

経歴詐称といっても,①学歴,②職歴,③犯罪歴など様々です。

①学歴については職を得るために高く詐称したもの,学生運動による大学中退を秘匿するために低く詐称したもの,公務員試験において高卒・中卒限定を受けるため大卒を秘匿するものなどがあります。②職歴については,前職のトラブルを秘匿するために詐称したもの,職務能力があるかのうように詐称したものがあり得ます。③犯罪歴については,履歴書の賞罰欄にいう罰は確定した有罪判決であるとされ,既に刑が消滅している前科は原則として告知すべき信義則上の義務はないとされています(仙台地判昭和60年9月19日)。
本件では,扶養手当の不正受給について,詐欺罪に該当する犯罪行為でもあるので,特に,その不正義性は大きいと言えること,以前の会社でも同様に学歴詐称が問題とされていたのにもかかわらず,これを繰り返し,また,これを記載しないことは,採用の適否の判断誤らせる要素として大きいので,解雇が有効となったと思います。

3 【解雇有効】桜エンドレス事件(東京地裁八王子支部決平成8年9月30日)

①事案の概要

Yは電気式・機械式測定器の製作販売等を目的して設立された株式会社であり,Xは,平成7年に管理部長としてYに雇用された。Xは,対外折衝業務等の遂行・態度が高圧的であって取引銀行等から苦情が出され,その点を注意されても態度を改めなかったこと,社内の手続きを経ず,勝手に顧問税理士との顧問契約を解除したこと等を理由として,平成8年4月5日,YはXに対し,普通解雇通知をした。

②裁判所の判断

被用者は,その職制上の地位,職務権限,職務内容,給与額等に応じてそれぞれ異なる内容の職務専念義務・誠実義務を雇用者に対して負うのであって,特定の行為が職務専念義務・誠実義務等に反するとして解雇事由に当たるか否かも,その地位等に鑑み個別に判断すべきであるところ,疎明資料によると,Xは,Yの管理部長として,総務,人事を統括する重大な職責を負う地位にある上,入社当初から右職務の担当者として年収1200万円という従業員の中では最高の給与を支給されていたことがいちおう認められるのであるから,Xは,一般の従業員と比べて高度な職務専念義務・誠実義務を負うものというべきである。

しかるに,Xは,前記認定したとおり,Yの内部規定の定める手続に違反し,その権限を逸脱して本件解除通知を行ってYの国税調査への対応を困難にさせた上,主要取引銀行との良好な関係を危うくするなど,対外的なYの信用を毀損するおそれのある行為をした。Xの右行為は就業規則に反するものであって,通常解雇理由となるというべきである。

③職務上の地位,給与額に応じた誠実義務

労働者は,その職制上の地位,職務権限,職務内容,給与額等に応じてそれぞれ異なる内容の職務専念義務・誠実義務を雇用者に対して負うことを明示した点に意義があります。
もっとも,高度の職務専念義務・誠実義務を認めるべきであると言い切れる労働者の範囲は,限定的になると思います。
本件では,勝手に顧問契約を解除するなど,単に取引先に対する態度だけの問題題でなく,本来権限外で出来ないことを逸脱して行ってしまっている,という点も誠実義務違反として大きいため,結論としては納得できるところかなと思います。

4 一緒に仕事出来ないと感じるか~まとめ

これまで,お話してきた通り,今の時代の労働者となる方がどんなことを考えているのか,また,どのような働き方を目指して,法改正がなされているのか,その背景を知ることで,トラブルにならない対策,対応方法のヒントに繋がります。

現在は,一カ所,一つの会社で働き続ける,というよりも,より,ステップアップをするためにドンドンと勤務先を変更していく,ということが労働者にとっては,当たり前に考えられている,ということを前提に,労働者の方からは,いつ退職をされても良いように,準備しておくことは重要です。

しかし,一方で,会社から労働者を退職させる「解雇」については,まだまだそれが当たり前とは考えられていない,軽く認められる取扱いにはなっていない・・と感じます。
信頼できない,と感じる労働者を雇用し続けることによる会社業務の円滑な遂行の不利益を考えると,当該労働者を「解雇」して,信頼して仕事を任せられる労働者を雇用したい,と考えるところですが,一方で,これによって仕事を奪われる労働者の不利益も大きいため,このようなバランスを考えた上で,「解雇」の有効,無効は判断されることになります。

「解雇」する場合には,今後も継続して雇ってもらえる,と思って働いている人にとっては,大きなダメージとなりやすいので,恣意的な判断と言われないよう,出来るだけ明確な基準,客観的な基準によって判断することも大切です。

労使間の信頼関係の喪失を理由とする場合,ひと言で言えば,感覚的には,社会通念上(≒一般人の多くが納得できる)さすがにその言動をする職員とは一緒に仕事が出来ない,仕事が任せられない,と感じるような言動をしているのか,どうか,かなと思います。

そのためには,経営者にとっては,就職の際,「経歴詐称」しないことは,当たり前のように感じるかもしれませんが,雇ってもらいたい,ということから,これまでの事例をみると,やはり,経歴詐称をしてしまいそうになる気持ちになることはやむを得ない部分もあることを前提に,「経歴詐称」をする人は絶対雇いたくない,ということであれば,採用時にしっかりと伝えておくことも大切でしょう。
学歴,職歴,犯罪歴などを重視する場合には,なぜそれが自社にとっては大切なのか,検討して言葉化して伝えることも大事だと思います。

そうすることで,経歴違反がどれくらい信頼関係にとって問題なのか,予め労働者にも認識されていることからも,信頼関係の破壊の程度が大きいことがはっきりと分かり,解雇が有効になりやすいと思います。

また,事例3のように,部長といった職務上の地位で求められる能力,権限がある場合には,これをしっかりと伝え,会社が求めている能力,働き方と勤務する労働者が必要と考えている能力,会社に求めている働き方が出来るだけズレが少ないよう,会社の意向を伝えていくことで,解雇時それに違反する言動が明確になり,解雇理由としても認められやすくなると思います。

解雇も含め,法律上,どんな人事権の行使が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな賠償責任があり得るのか,今はどんなことに特に注意しないといけないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておきましょう。

そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らしつつ,より魅力的な会社として,職員が気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!