多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

労働能力喪失を理由とする解雇が有効となる場合,無効となる場合

労働能力喪失を理由とする解雇が有効となる場合,無効となる場合

いつも,読んでくださり,ありがとうございます。今回も能力不足を理由とする解雇が無効になる場合,有効になる場合の基準,に引き続き,「解雇の有効・無効」について具体的ケースから考えたいと思います♪

労働契約が終了する場面は,「解雇,退職など労働契約終了時のトラブル回避に必要なこと」でも記載した通り,トラブルになりやすく,特に労働者が希望しても,一方的に雇用契約(労働契約)が終了してしまう「解雇」については,トラブルが生じやすく,注意が必要です。

今回は,,解雇が有効となる場合,無効となる場合の違いはでお伝えした解雇の合理的理由の中から,①労働者の労務提供不能・労働能力又は適格性の欠如・喪失のうち,ウ労働能力喪失を理由に解雇無効となったケースと,解雇有効となったケースを見ていきます。

会社運営をしていく中で,会社にとって利益とならない従業員(労働者)を雇用する意味はないので,適切に退職してもらうことで,業績を上げることは重要です。
しかし,労働者は現在の職を失い,収入も失うことになりますから,とても,労働者にとって影響も大きく,法的なトラブルになることも大きい場面です。

不適切な方法で「解雇」が行われれば,無効となり,業務の円滑な執行の妨げになり得ると共に,違法行為として,労働者から経営者,会社が損害賠償請求を受けることになり得ます。
「解雇」が無効となれば,そのまま労働者としての地位があることを前提に,支払われなかった給与を一度に請求されることにもなり得ます。

どのような基準で「解雇」は適法,有効となるのでしょうか?
「労働能力喪失」を理由とする解雇が無効にならないように,採用時,解雇時にそれぞれ注意すべき点は?
「労働能力喪失」で「解雇」が有効,無効となる場合の違い,ポイントは何でしょうか?

1 総論(業務による傷病と私傷病との区別)

労働能力を喪失するケースとして,まず,業務による傷病と,私傷病とを分けて考える必要があります。
前者の場合には,療養期間中の解雇制限規定があるので注意が必要です(労働基準法法19条)。また,「解雇・労働契約終了時のトラブル回避策」に記載しているように,その業務による傷病と,私傷病では,解雇時に配慮すべき事項,取り扱いも違います。
後者の場合には,業務内容や業務時間を調整したり,傷病欠勤・傷病休職といった休業制度を利用して療養の便宜を図り,病状の回復を待つことが多いでしょう。
しかし,療養によっても業務を遂行できるよう回復しない場合には,就業規則の解雇事由に基づいて解雇を検討することになります。

傷病休職とは,業務外の傷病による長期欠勤が一定期間に及んだときに行われるもので,制度目的は解雇猶予にあります。この期間中に傷病から回復して就労可能となれば休職は終了して復職となります。一方,回復せずに期間満了となれば,自然退職又は解雇となるものです。よって,多くの争いは,復職要件としての「治癒」となったかどうかということになります。
また,能力不足を理由とする解雇が無効になる場合,有効になる場合の基準の具体例で記載した事例と同様に,職種限定で雇用されている場合と職種が限定されていない場合の雇用では,その点も考慮して「解雇」が無効にならないように配慮すべき内容も判例上,検討されています。

次からは,解雇無効となったケースと,解雇有効となったケースを見ていきましょう。

2 【解雇無効】JR東海事件(大阪地判平成11年10月4日)

①事案の概要

Xは昭和41年にYに採用され,職種は限定されていなかった。Xは,平成6年6月15日,客室内作業中倒れて病院に運ばれ,脳内出血と診断され入退院後,自宅療養と通院治療となった。Xは,私傷病欠勤し,Yは平成6年12月13日付けで病気休職を発令し,以後休職発令の更新を繰り返していた。Xは,平成9年10月21日付けの精密診断書(「軽作業なら行えるが右手の巧緻障害は認められる」,安静度の欄は「特別な規制はない」とされていた。)を提出したが,Yは休職発令を継続し,休職期間が3年を超え,なお復職できないと判断し,原告を退職とすることを決定した。

Xは,復職の意思を表示しかつ現実に復職可能であるにもかかわらず,Yが,Xを,休職期間満了による退職扱いとしたこと(本件退職扱い)が,就業規則,労働協約等に違反し無効であるとして,従業員としての地位確認並びに未払及び将来分の賃金の支払を求めた。

②裁判所の判断

労働者が職種や業務内容を限定せずに雇用契約を締結している場合においては,休職前の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,使用者の規模や業種,その社員の配置や異動の実情,難易等を考慮して,配置替え等により現実に配置可能な業務の有無を検討し,これがある場合には,当該労働者に右配置可能な業務を指示すべきである。そして,当該労働者が復職後の職務を限定せずに復職の意思を示している場合には,使用者から指示される右配置可能な業務について労務の提供を申し出ているものというべきである。

Yは大企業であり,その事業内容も鉄道事業を中心に不動産売買等の関連事業を含め多岐にわたり,その職種も総合職(事務・技術),一般職,運輸職,(駅業務,車掌,運転士)等多様である。

他方Xは,国鉄及びYに就職後本件発症時まで,一貫して車両の検修業務に従事してきた。そして,復職希望当時のXの身体の状態は,(a)歩行については,多少のふらつきがあり,時間がかかるものの,杖なしに独立の歩行が可能であり,(b)握力も左手に比べて右手の方が弱いものの,健常人のそれと大差がなく,ただ右手指の動きが悪いため文字を書くなどの細かい作業が困難であり,(c)構語障害については,会話の相手方が十分認識出来る程度であり,(d)複視はあるものの,その程度は軽く,たまには焦点が合うこともあるというものであった。また血圧については,服薬により一定のコントロールが出来ており,やや高めながらも安定しており,健康管理を続ければ脳血管疾患の再発の危険性は少ない。

以上のようなYでの職務内容の変更状況やXの身体の状況等を考慮した場合,Xが就労可能であったと主張する各業務のうち,少なくとも大二両における工具室での業務は就業可能であり,Xを交検業務から右工具室での業務に配置替えをすることも可能であったとするのが相当である。従って,現実に復職可能な勤務場所があり,本人が復職の意思を表明しているにもかかわらず,復職不可としたYの判断には誤りがあると言わざるを得ないから,YによるXに対する本件退職扱いは就業規則に反し無効である。

③より軽易な業務に着くことが出来るかの検討が必要

「治癒」の概念については,以前は,「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したことをいう」とされていましたが,片山組事件(最判平成10年4月9日)を契機として,休職期間満了時において,従前の業務に復帰できる状態ではないものの,より軽易な業務にはつくことができ,そのような業務での復職を希望する者に対しては,使用者は現実に配置可能な業務の有無を検討するよう求めています。本事件は,職種を限定されていない労働者の治癒について,上記考え方に基づいて,より軽易な業務につくことができたとして解雇を無効としたものです。

3 【解雇有効】独立行政法人N事件(東京地判平成16年3月26日)

①事案の概要

被告が,従業員である原告に私病による休職を命じ,休職期間が満了する平成15年4月30日付で解雇したところ,原告が,平成14年4月1日の時点で原告の休職事由は消滅しており,同時点での復職が認められるべきであるから,解雇は無効であるとして,従業員たる地位の確認と未払賃金の支払を求めたものです。

②裁判所の判断

休職命令を受けた者の復職が認められるためには,休職の原因となった傷病が治癒したことが必要であり,治癒があったといえるためには,原則として,従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復したことを要するというべきであるが,そうでないとしても,当該従業員の職種に限定がなく,他の軽易な職務であれば従事することができ,当該軽易な職務へ配置転換することが現実的に可能であったり,当初は軽易な職務に就かせれば,程なく従前の職務を通常に行うことができると予測できるといった場合には,復職を認めるのが相当である。

本件においては,C医師が,平成14年3月診断書,平成14年3月診断書の外,平成14年11月診断書,平成15年1月診断書で「現時点で当面業務内容を考慮した上での通常勤務は可能である」とした趣旨について,原告が休職に入る前に休まずに従事していた時点の軽作業に復帰可能な状態になっていることなどから説明している。

しかしながら,Yの職員には,金融,財務,統計に係る知識,経験を駆使したある程度高度な判断が要求され,かつ,取引先である関係諸団体との折衝等を円滑に行う能力が求められているというべきであり,Xの復職に当たって検討すべき従前の職務について,Xが休職前に実際に担当していた職務を基準とするのは相当でなく,Yの職員が本来通常行うべき職務を基準とすべきである。そうすると,結局のところ,Xは,休職期間満了時において,復職を認めるべき状況にまで回復したということはできないから,当該解雇が,解雇権を濫用したものであるということはできない。

③永続する軽易な職務を新たに作る必要はない

従業員の職種に限定がなく,他の軽易な職務が実際に存在し,その軽易な職務であれば従事することができて,当該軽易な職務へ配置転換することが現実的に可能であったり,当初は軽易な職務に就かせれば,程なく従前の職務を通常に行うことができると予測できるといった場合には,復職を認めるのが相当であるというのは,従前の判断枠組みと同様だと思われます。ただ,この事件では,当初就かせる軽易な職務について,配慮されていた休職前の業務ではなく,既に存在する通常の業務を基準とすべきと指摘している点が重要です。

4 【解雇無効】全日本空輸事件(大阪高判平成13年3月14日,大阪地判平成11年10月18日)

①事案の概要

Xは,Yのスチュワーデスとして勤務していたが,労災事故によって約3年3か月休業した後に復職した。本件は,Xが労災事故の症状が固定した以後被告から退職を強要され,さらに,理由なく解雇されたとして,Yに対し従業員としての地位確認及び右解雇以降将来にわたる賃金の支払を求め,かつYによる解雇及び退職強要がXの人格権を侵害する不法行為に該当するとして,これに基づく損害賠償を求める事案である。

②裁判所の判断

労働者がその職種や業務内容を限定して雇用された者であるときは,労働者がその業務を遂行できなくなり,現実に配置可能な部署が存在しないならば,労働者は債務の本旨に従った履行の提供ができないわけであるから,これが解雇事由となることはやむを得ないところである。そして,客室乗務員としての業務は,通常時における業務のほか,緊急時における措置,保安業務,救急看護措置等の業務を含むものであって,高度の能力を要求される業務であり,緊急時における措置等の適否が,万が一の場合には,人命に直結するものであることからすると,かかる部分における業務遂行能力は,これをおろそかにはできず,これを欠いたままで乗務させることはできないものといわなければならない。しかしながら,労働者が休業又は休職の直後においては,従前の業務に復帰させることができないとしても,労働者に基本的な労働能力に低下がなく,復帰不能な事情が休職中の機械設備の変化等によって具体的な業務を担当する知識に欠けるというような,休業又は休職にともなう一時的なもので,短期間に従前の業務に復帰可能な状態になり得る場合には,労働者が債務の本旨に従った履行の提供ができないということはできず,右就業規則が規定する解雇事由もかかる趣旨のものと解すべきである。むろん,使用者は,復職後の労働者に賃金を支払う以上,これに対応する労働の提供を要求できるものであるが,直ちに従前業務に復帰ができない場合でも,比較的短期間で復帰することが可能である場合には,休業又は休職に至る事情,使用者の規模,業種,労働者の配置等の実情から見て,短期間の復帰準備時間を提供したり,教育的措置をとるなどが信義則上求められるというべきで,このような信義則上の手段をとらずに,解雇することはできないというべきである。

Xには,就業規則の解雇事由である「労働能力の著しく低下したとき」に該当するような著しい労働能力の低下は認められないし,また,就業規則が規定する解雇事由に「準じる程度のやむを得ない理由があるとき」に該当する事由もこれを認めることはできないから,本件解雇は解雇権の濫用として無効というべきである。

③職種限定の場合,簡易職務変更の検討は不要,でも,早期に復帰可能な場合は軽減職務の検討は必要

本件は,CAという職種限定の労働契約です。この場合であっても,直ちに従前業務に復帰できないとしても,比較的短時間で復帰することが可能である場合には,短時間の復帰準備期間を提供したり,教育的措置をとることが信義則上必要であるとしている点が重要です。「治癒」の判断に当たっては,休職期間満了時における回復が労働者の本来の業務に復職する程度には回復していなくとも,近いうちに回復することが見込まれる場合には,可能な限り軽減職務に就かせる配慮義務があるということです。

一方,このような配慮義務を前提とすると,労働者にも,診断書の提出などによって「治癒」の認定に協力すべき義務があると考えられています。

5 会社の不利益と労働者の不利益のバランス~まとめ

これまで,お話してきた通り,今の時代の労働者となる方がどんなことを考えているのか,また,どのような働き方を目指して,法改正がなされているのか,その背景を知ることで,トラブルにならない対策,対応方法のヒントに繋がります。

現在は,一カ所,一つの会社で働き続ける,というよりも,より,ステップアップをするためにドンドンと勤務先を変更していく,ということが労働者にとっては,当たり前に考えられている,ということを前提に,労働者の方からは,いつ退職をされても良いように,準備しておくことは重要です。

しかし,一方で,会社から労働者を退職させる「解雇」については,まだまだそれが当たり前とは考えられていない,軽く認められる取扱いにはなっていない・・と感じます。
労働能力が不足,または喪失している労働者を雇用し続けることによる会社業務の円滑な遂行の不利益を考えると,当該労働者を「解雇」して,必要な労働能力を有する労働者を雇用したい,と考えるところですが,一方で,これによって仕事を奪われる労働者の不利益も大きいため,このようなバランスを考えた上で,「解雇」の有効,無効は判断されることになります。

「解雇」する場合には,今後も継続して雇ってもらえる,と思って働いている人にとっては,大きなダメージとなりやすいので,恣意的な判断と言われないよう,出来るだけ明確な基準,客観的な基準によって判断することも大切です。

そのためには,会社が求めている能力,働き方と勤務する労働者が必要と考えている能力,会社に求めている働き方が出来るだけズレが少ないよう,会社の意向をまずは伝えていくことが重要だと思います。当初からの労働能力の不足と異なり,労働能力の喪失は,一度はあった労働能力が事情により,その後に無くなったということから,喪失した事情やこれまでの働き方,回復の見込みや回復までの時間,などを考えて,「解雇をもって臨むことが社会的に相当か,過酷に過ぎないか」という判断がされている,と思います。

経営者としては,やはり,現在の雇用契約の重点や法改正には注視して,時代の要請に応じ,これまで通り会社が求める働き方,能力を続けていいのか,変えるべきなのか,など,就業規則,規定を定め,体制を整備するとともに,出来る限り柔軟な組織変更が出来るための対策も大事だと思います。そして,それでも,問題が生じた場合には適宜見直すなど,適法かつ有効な人事権の行使を検討し,対応していくのが重要だと思います。

解雇も含め,法律上,どんな人事権の行使が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな賠償責任があり得るのか,今はどんなことに特に注意しないといけないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておきましょう。

そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らしつつ,より魅力的な会社として,職員が気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!