多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故で家事が出来ないことによる損害算定方法~年齢による違い・最近の傾向

交通事故で家事が出来ないことによる損害算定方法~年齢による違い・最近の傾向

今回から,交通事故に遭った場合,被害者が家事従事者(主婦,主夫)である場合に,家事労働が損害としてどのように評価されているのか,最近の裁判例をご紹介しながら,問題になる点をお伝えします。

家事が出来ないことによる損害は,金銭に換算するのが難しそうですが,損害として認めてもらえるのでしょうか?
家事労働が一時的にできなくなった場合(休業損害),どのように計算され,どのような金額を請求できるのでしょうか?
今後も家事労働について継続的に支障が出る場合(逸失利益),どのように損害は計算され,どのような金額を請求できるのでしょうか?
年齢や性別による損害額の計算の差はあるのでしょうか?
裁判所,裁判官によって,損害額の算定法に差が出ることによる不公平感をなくすため,どのような工夫がされているのでしょうか?

今回は,一般的な家事労働の損害額についての算定方法における裁判所の考え方,基準と被害者の年齢による基本的な損害の算定方法の傾向について,お伝えします。

1 最高裁判例に基づく基準

家事従事者の家事労働を損害として評価するかどうかは,従前論争があったところですが,最高裁は,家事労働を金銭的評価が可能であるとしました。
その評価にあたっては女子雇用労働者の平均賃金に相当する(最判昭和49年7月19日,民集28巻5号872頁),つまり,女性労働者の平均賃金分が失われたとして計算するという判断をしました。

では,幼くして交通事故による負傷をした女子の場合,その後(将来)働けなくなることによる収入減(逸失利益)の他に,家事労働も出来なくなる損害もありうるけれど,それは,それぞれ別々に損害として請求できるのでしょうか?

この点,年少女子の逸失利益は,労働によって取得し得る利益は女子平均賃金によって評価しつくされるとして,家事労働分を加算することは二重に評価計算することになる(最判昭和62年1月19日民集41巻1号1頁)として,別途加算すること,別々に請求することは出来ないと判断されています。

女子だけが,家事労働による損害の問題となっているところに,時代背景を感じるところもありますが・・・現在は,若年女性の交通事故による逸失利益~損しない算定方法に記載した通り,女性だけの平均賃金ではなく,全労働者,全学歴,全年齢の平均賃金(男女計賃金センサス)を用いて逸失利益を計算するようになっています。

2 家事労働の評価基準

交通事故による逸失利益の算定の仕方については,平成11年11月22日に発表された東京地裁・大阪地裁・名古屋地裁の「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」に基づいて計算されています。

共同提言は,逸失利益の算定においてこの東京,大阪,名古屋地裁の三庁で取扱いが違っていたものを統一することで,裁判所や裁判官によって損害額の算定方法が違ってしまうことによる不公平感を減らすための運用です。

そこでの家事労働の算定方法については,

①専業主婦の場合:原則として女性学歴計全年齢平均賃金(学歴,年齢を問わない女性全般の平均賃金)による。
②有職の主婦(兼業主婦):実収入額が女性学歴計全年齢平均賃金を上回っているときは,実収入額によるが,下回っているときは女性学歴計全年齢平均賃金による。

男性の場合,主夫,兼業主夫の場合どうなるか,という問題もありますが,主婦,主夫が交通事故に遭った場合の損害額の算定は?違いはあるのかで記載の通り,女性学歴計全年齢平均賃金で損害を計算されます。

現在の社会情勢からすると,女性が一般的に家事をしていたことを前提として「女性労働者」としての,女性のみの平均賃金を元に家事労働の収入換算をするのではなく,男女を問わず,男性,女性を合わせた「男女計」の平均賃金を基礎として,収入換算していい時代になっているのではないかな,と私は思いますが,実際に働いて得ている収入ではないために,損害額の算定方法としての納得感,公平感,という点で,高額になりすぎないように配慮されている点もあるのかもしれません。

私たち弁護士が実際の損害を算定する際に利用する書籍として,赤い本(財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部発行「民事交通事故訴訟 損害賠償額算定基準」),青い本(財団法人日弁連交通事故相談センター発行「交通事故損害額算定基準」)と言われるものがありますが,その書籍でも,同様の評価をすることが示され,実際には,被害者の身体状況や生活状況を考慮して割合で減額している裁判例が紹介されています。

3 被害者の年齢による傾向・基準

基本的な傾向として,年齢による算定基準の違いは以下の通り。

①原則:女性学歴計全年齢平均賃金・・一時的に家事が出来ないことによる休業損害,将来的にも家事が出来ないことによる逸失利益について,計算するための基礎収入は,賃金センサス,女性,学歴計,全年齢平均賃金とする,とされています。

②60歳代以降:女性学歴計年齢別平均賃金・・60歳代以降は,年齢別の平均賃金を使って計算する事例が多い。

年齢が高くなると,家事労働も他の仕事と同様に一般的には,若いころほどできなくなってくることを前提に,「年齢別」の平均賃金を使うことが公平と考えられている,と思います。

しかし,個別の事情によって,実際に家事を負担していたかどうかは異なるので,高齢者,共稼ぎの兼業主婦,兼業主夫。交通事故による家事労働の損害が認められる場合,認められない場合で記載した通り,家族構成や実際に従事していた家事の具体的な状況を主張,立証することで,①による算定が認められることもあると思います。

まとめ 予測しながら違いも意識

交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,支払う側からすれば,正当な契約に基づく損害に限って支払いたいもの。
任意保険に加入する場合,いざという事故に備えて加入するのだから保険金を支払って欲しい,と言われても,契約外の不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がりますから,この判断は厳しくなされます。

交通事故に遭って被害を受けた場合,どのような損害が認定されそうなのか,その予測をすることで,希望する損害の賠償が認められる可能性が少ない事案で徒労に終わる紛争を継続することによる,時間の無駄遣いや精神的負担の継続を避けられると思います。

そのために,一般的な傾向として,自分のようなケース,年齢,職業での交通事故の場合,どんな損害が認められそうなのか,知っておくことは重要です。

他方で,一般的な傾向が背景としている事情,なぜ,そのような算定方法を使っているのか,という「考え方」を知ることで,そのような事情,背景が違うご自身の事案では,違う損害額の算定が出来るのではないか,という個別の事情を,違いを踏まえた納得感のある損害を請求できることもあります。

一般的な傾向を知ることで,このまま紛争を継続して裁判になった場合の結果を予測しながら,それでも,自分の事案では事情が異なるから納得できないとして裁判を選択するのか,など決めていくことが,納得感もありつつ,損をしない解決を目指すために,重要だと思います。

家事労働の損害額の算定についても,その算定方法を採用した事情を知ることで,どんな点が問題になることがあるのかを知ることが出来るので,それを踏まえて対応を考えることができます。

細かな算定方法,裁判での手続きなどは分からなくても,大まかな流れやどんなことが裁判では問題になるのか,などが分かることで,自分の場合はどのような点を意識して交通事故後の手続きを進めたらいいのか,不安や不満を解消して,被害回復の回避,回復ために出来ることを知るヒントとなると思って,お伝えしています。

知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

また,「知識」知っておくことで,自ら「選択」して,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!