多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

主婦,主夫が交通事故に遭った場合の損害額の算定は?違いはあるのか

主婦,主夫が交通事故に遭った場合の損害額の算定は?違いはあるのか

今回は,交通事故に遭って,働けなくなった場合に,休んだことによって得られなかった収入(休業損害)や,今後得られなくなってしまう収入(逸失利益)の損害賠償額,損害額の計算で,交通事故前の収入ではなく,平均賃金(賃金センサス)で計算する場合について「学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?」「若年で収入が低い場合の交通事故。将来増える予定の収入で損害を計算してもらう方法は」「交通事故に遭った高額給与所得者。高額収入は続かない,と低く損害算定されないために」に引き続き,お伝えします。

通常,交通事故によって,働けなくなった場合には,事故前の収入を基に損害額を計算するのですが,交通事故に遭った当時,専業主婦,もしくは,専業主夫であった場合,事故前の収入が存在しません。

また,働いていはいるけれど,家事も負担している場合(兼業主婦,兼業主夫)の場合,仕事が出来なくなるだけでなく,家事労働も出来なくなるわけですが,その場合の損失としての収入,つまり家事労働を算定するための収入は,どのように認定するのでしょうか?

家事労働が出来ないことによる逸失利益の計算は,損害賠償金を支払う側(≒保険会社)と争いになる点の一つです。

では,家事労働は,どのように,そもそも損害を計算する基礎となる収入を認定するのでしょうか?
家事労働の損害を計算するものとして,どの賃金センサスが,どう使われるのでしょうか?
まだまだ少ない主夫。男女,主婦,主夫で損害の認定には,差があるのでしょうか?

今回は,交通事故に遭った当時,家事労働をしていた場合の損害額算定方法で,損することがないよう,知っておくと良いと思う点について,お伝えします。

1 家事従事者とは

家族のために家事労働に従事する者を「家事従事者」と言います。
「家族のため」なので,一人暮らしで自分のために家事をしているだけの場合は,家事が出来なくなることによる逸失利益は損害として算定してもらえません。

家事をしても,家事によって恩恵を受ける夫,妻などの家族は,対価としてのお金は支払ってくれません。
そのため,交通事故によって家事が出来なくなったとしても,別途家事代行などを頼まなければ,金銭的な損害が生じたとは言えないようにも思えます。

しかし,実際には,この場合,恩恵を受けていた家族が頑張るなどして,家事を引き受けることになるので,負担が増え,損害が生じます。
そのため,家事従事者が働けなくなった場合には,金銭的な損害が生じるものとして,「賃金センサス」による平均賃金を使って,損害を算定しています。

「若年女性の交通事故による逸失利益~損しない算定方法」でも触れていますが,実務上,女性の事案では,配偶者等が存在すれば,家事従事者性が問題とされることは通常なく,家事労働が出来なくなることによる損害を算定してもらえます。
他方,男性(特に兼業主夫)事案では家事従事者の該当性やその程度が問題となり,従事していた家事労働の具体的内容についての主張,立証が求められることが多いです。

また,LGBTQなど多様な性の在り方が認識されてきた現在,結婚に相当する関係にある同姓カップルもあります。
内縁夫婦の場合でも,家事従事者として認められていることからすれば,同性カップルで,当事者が専業ないし兼業で家事に従事していた事案で,「男性」であっても,男女の内縁関係と別に取扱う理由はないので,家事従事者としての休業損害や逸失利益が認められていいと考えられます。

そのため,これらの事案に該当する場合には,家事労働が出来ないことによる損害を主張していくことが大事になります。

逸失利益ではありませんが,民法711条で,他人の生命を侵害した場合,「被害者の父母,配偶者及び子に対して」も近親者として慰謝料が認められるとされています。
この近親者として,慰謝料を請求できる対象としても,同性カップルも含め,内縁関係がある場合のパートナーに認められるべきと思いますので,意識して主張するといいと思います。

2 利用する賃金センサスの平均賃金の種類

賃金センサスの平均賃金を使うとして,具体的に家事従事者の損害を算定する場合,どの「賃金センサス」の平均賃金を利用するのでしょうか?

昭和49年7月19日の最高裁判例(判時748号23項)では,「現在の社会情勢等にかんがみ,家事労働に専念する妻は,平均的労働不能年齢に達するまで,女子雇用労働者の平均的賃金に相当する財産上の収益を上げるものと推定するのが適当である」としています。

そのため,その後の下級審の裁判例でも,「妻」「主婦」だけでなく,男性家事従業者,「主夫」についても,「女性労働者」の平均賃金センサスの収入を基に損害額を計算されています。

しかし,判例が出た今から半世紀も前の「現在」の社会情勢と今「現在」社会情勢は大きく異なっています。

最高裁判例の判断がされた当時は,「夫が働いて,妻が家事をする」という家庭が一般的でしたが,今はそうではなく,妻が主に働き,夫が主夫となる,双方が同程度に働き,家事,育児も分担する,など,多様な夫,妻の役割,家事,育児の分担がされています。

そういう「現在の社会情勢」からすると,女性が一般的に家事をしていたことを前提として「女性労働者」としての,女性のみの平均賃金を元に家事労働の収入換算をするのではなく,男女を問わず,男性,女性を合わせた「男女計」の平均賃金を基礎として,収入換算していい時代になっているのではないかな,と私は思います。

なかなか,判例やこれまでの運用もあって,支払いをする側(多くは保険会社)にとっては認められにくい部分もあると思いますが,これからは,意識して主張する方法はあると思います。

3 利用する賃金センサスの平均賃金の時期

利用する平均賃金センサスの種類の他,「いつ」の賃金センサスの平均賃金を利用するのか,という問題もあります。

① 休業損害

家事労働が出来ない,休業期間が数年間続き,複数年に及ぶ場合,どの時期の賃金センサスの平均賃金を利用するのでしょうか?

交通事故による損害額は,もし,交通事故が無かったであれば,得られたであろう金額が得られなかったことによる損害を算定するため,実際には,交通事故が無かった場合の正確な金額というのは分からないながらも,これに出来るだけ,これに近いと言える金額を算出しようとしています。

そのため,現実の「各休業日の属する年の賃金センサス」を使うことが「より正確ないし蓋然性の高い数額を算定する」という観点から,適切と考えられるところです。

しかし,実際には,理屈はともかくも,「交通事故時」の休業損害日額の単価で全休業期間を通じて計算することが多いです。
この点も,損害賠償を請求する側としては,意識して,各休業日の属する年で分けて計算するのか,有利な方を主張することが考えられます。

②逸失利益

以前,お伝えした,「学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?」の逸失利益のように,未就労年少者や若年就労者で,家事労働を担っている場合,後遺症が無ければ,その後得られたであろう利益の算出の問題があります。
この点は,明確な基準が実はあまり示されていません。

①交通事故時,②症状固定時(これ以上治療しても症状が改善しないとされる時期),死亡時③紛争解決時(事実審口頭弁論終結時)などの説があります。

平均賃金は,ずっと同じわけではなく,毎年更新されるので,いつの時点の平均賃金を使うかで,損害賠償額額の計算が変わり,損害額が変わります。

そのため,損害賠償を請求する側(被害者)の場合,どの時点で賃金センサスを使うのか有利となるのか,という視点は,ここでも大切になります。

まとめ 選択肢を知ること

これまでも書きましたが,損害賠償金額を決める場合,支払う側からすれば,本当に現実に生じた損害額に限って適切な範囲で支払いたいもの。
交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,それは保険会社も感じるところだと思います。

本来交通事故に遭わなかったら,問題なく家事をこなせていたはず,家族に家事の負担があって迷惑をかけ,苦しい気持ちを分かってもらいたい,と言われても,現実に,「家事労働」で元々収入を得ていたわけではないとすると,家事労働を法的に,適切に評価した範囲内で逸失利益の金額は払えばよいはず,不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がります。

意外に思われるかもしれないのですが,「正しさ」「公平感」というのは,実は絶対的なものではなく,今回お伝えしたように「時代」によっても変わっていくものです。

そのため,もちろん,リスクも考えて,にはなりますが,従来の計算方法が今の時代の「公平感」「正しさ」に合致しないと思えば,勇気をもって新しい算定方法を主張をしていくことで,裁判所の判断も変わっていくきっかけになり得ます。

今回は,家事労働を担っている人が交通事故に遭った場合に,どのように将来得られる収入を認定するのか,の問題ですが,男女で異なる「平均賃金」を使うべきなのか,今でも女性だけの平均賃金を使っていいのか,どのように使うのが公平感があるのか,という観点から考えるところになります。

繰り返しになりますが,どのような計算方法が「正しい」のか,「公平」なのか,実際の損害額の算定に近いのか,人によって感覚も違う中,裁判所の判断も明確でないところもありますので,損害賠償請求をする被害者側としては,それぞれのケースで最大限に,自分の命,能力,損害を評価してもらえるように「選択肢」を知った上で,自分で選んで請求していくという視点も重要です。

そのためには,そもそも,どのような点で違う収入の算定の方式や計算方式があるのかを知っておくことで,自ら選んで請求していくことが出来ます。

男性の場合の主夫としての休業損害は,女性より認定してもらうのが難しい傾向は感じますので,やはり,可能な限り具体的に,家事としてやっている内容を挙げて主張し,証拠を出していくことも大事になります。

弁護士自身が,様々な計算式,収入の認定があり得ることを意識することも大事なので,現実(に近づけて)の損害額を計算しているという納得感を保ちつつ,公平感を考えながら,選択できるように知識を保ちたいと思います。納得感,公平感のバランス感覚を磨きながら,依頼者の方にとって,少しでも納得してもらえるようなお手伝いができたらと思っています。

当事者となる被害者の方も,自分自身やお子さんが交通事故に遭った場合,どの点を意識して損害を主張することが大切なのか,主婦,主夫,男女による違いはなぜ生じやすいのか,を知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

また,知っておくことで,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!