多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

若年女性の交通事故による逸失利益~損しない算定方法

若年女性の交通事故による逸失利益~損しない算定方法

令和4年,初めてのブログになります。いつも読んでいただきありがとうございます。本年もどうぞ,よろしくお願いいたします♪
今回は,交通事故に関するテーマで,男女の違いによって損害賠償額,損害額の計算に差が生じるケースについてお伝えします。

差が生じてしまう理由で一番大きいのは,男性と女性では働いたときにもらえる平均賃金が違うからなのですが…
私も,女性であるので感じるところでもありますが,幼いころに交通事故に遭って,後遺障害が残ってしまったり,(考えたくもないことですが)幼いうちに娘が交通事故に遭って亡くなってしまうようなことがあった場合,

女性だから,娘だから,という理由で,幼いうちから,将来も男性に比べれば,それほどお金を稼ぐこともないだろう,と判断され,
男性に比べて損害賠償額が低くなってしまう,としたら,娘の将来を勝手に決めないで!男女で命の重さに差をつけないで,などと感じてしまう部分もあると思います。

交通事故による後遺症や,死亡をすることが無ければ,得られたであろう収入を得られなくなってしまうことによる損害を「逸失利益」と言いますが,
この「逸失利益」については,このようなことから,男女で損害額の差をつけることは見直しがなされているところです。

では,どのように若年女性の交通事故による逸失利益算定方法の見直しがなされてきたのでしょうか?
若年女性が交通事故に遭った場合に,どのような点を注意して主張すると,男女差によって納得いかない結果を避けられるのでしょうか?
「若年」というのは,そもそも何歳ころまでを想定しているのでしょうか?
死亡事故の場合と生存はしているけれど,後遺障害が生じている事案で逸失利益の算定方法に差はあるのでしょうか?

今回は,若年女性の逸失利益の算定方法で,損することがないよう,知っておくと良いと思う点について,3つお伝えします。

1 年少女子の基礎収入は男女計で

平成11年に男女共同参画社会基本法が施行され,それまで採用されていた女性だけの平均賃金ではなく,全労働者,全学歴,全年齢の平均賃金(男女計賃金センサス)を用いるようになりました。
そのため,現在は義務教育終了(中学校卒業)までの年少女子には,男女計の平均賃金を用いて逸失利益を算定する方法が定着しています。
もし,中学生までの年少女子が交通事故による被害を受けた場合には,逸失利益の算定の基礎になる収入に男女差が生じることは無い,ということを意識して,実際に損害額が計算されているか,確認をすればいいと思います。

2 働いていない若年女性は全年齢平均,
学歴別平均賃金で

高校生以上の場合に,女性が交通事故による被害を受けたらどうなるか?

この点について,どの裁判所で判断するかによって損害額の算定に生じてしまう差を出来るだけ減らすためになされた共同提言によって「原則として,幼児,生徒,学生の場合,専業主婦の場合,及び,比較的若年の被害者で生涯を通じて全年齢平均賃金または学歴別平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合については,基礎収入を全年齢平均賃金または学歴別平均賃金によることとし,それ以外の場合については,事故前の実収入額によることとする」とされています。

この中の「比較的若年」というのは,概ね30歳未満の方を想定していますが,自賠責保険の支払い基準では,35歳未満の被害者について,現実収入ではなくて平均賃金を用いるものとされています。

ただ,近時の裁判例を見ると,高校生の場合,概ね中学生までと同様に男女計賃金センサスを用いているようなので,高校生までは,これを用いて,女性であっても男女差が生じることは無い,という意識で計算することを主張していくことを意識されるといいと思います。

高校卒業後は,将来の進路の確定度が高くなり,「男女差」というよりも,学歴や就業している場合には,その仕事の内容,実際に事故時得ていた収入,専門的スキルを身に着けているか,などによる差が生じてくるようになるので,個別の事案によって出来るだけ実際に得られる可能性が高いと思われる計算方式を用いていく,ということになります。

大学生のように未就労者の場合は,高校生の場合と比べると,個別の事案によって差が生じていますが,男女計の賃金センサスを基礎収入として算定されている裁判例の割合も多いので,男女差はないことを前提に,より現実に近い,大学卒業という「学歴別」や看護師の資格取得を進路としているような「職業別」の算定によって,より高額な収入認定がされる場合には,その認定がなされるよう主張をすることが大切になります。

ただ,死亡事案に比べて,生きているけれど,後遺障害が残る場合には,高校卒業後(19歳以上)では,男女計の賃金センサスを元に計算されず,女性のみの賃金センサス(平均賃金)で計算されている場合が多いので,男女差が生じるところになると思います。この年齢になって,生存している場合,将来の職業がある程度定まってしまうため,仕方ないところかなと思いますが,「学歴別」や「職業別」も用いながら,実際の進路,取得した資格などから,それでも男性とそん色のない収入が得られる見込みがあることをより積極的に主張していくことが大切になります。

3 働いている若年女性は現実収入,女性平均賃金

働いている女性の場合,事故当時の現実収入をもとに,逸失利益を計算する方が現実に沿っているように思われます。
今働いていて,実際に得られていない収入を基に,将来は得られるであろう,として計算するのが現実的ではないからです。
そのため,若年でない女性(!)の場合,現実収入を基に計算されることになります。

しかし,若年女性の場合には,今はアルバイトの収入しかないけれど,将来はまだ違うかもしれない…という予測も持ち得るところです。
この点で学生で未就労者の場合と,共通する考え方も出来るところです。

そのため,現実収入ではなく,実際には得ていないけれど,今後は「平均賃金」程度の収入は得られるはず,という主張をしていくことが可能です。
ただこの場合,男女差がハッキリしてしまうところで,男女計の平均賃金をもとに逸失利益の計算をしてもらうことは難しく,女性のみの平均賃金を元に逸失利益を計算してもらうよう主張をする,ということが一般的になります。

ただ,事例としては少ないですが,19歳のアルバイター,モデルの方の事例では,男女計での平均賃金を元に逸失利益の算定を認められた事例もあります。
そのため,「若年」と言っても,その中でも本当に若い年代,例えば,20代前半までの場合や,仕事の内容によって,特にその後のことが分からない死亡事案(後遺障害事案ではなく)では,男女計での平均賃金を元に逸失利益を算定してもらえるよう頑張ってみる,という発想もあるかなと思います。

専業主婦の場合も,「主婦業」「家事労働」「家事従事者」としての逸失利益がある,として算定してもらえますが,この場合も女性平均賃金を元に逸失利益を計算する,というのが実務になります。
この場合,男女差がある,と思う部分もあるかもしれませんが,主婦業の場合,現実には外から得ている収入がないけれど,収入認定をしてくれるので,バランスをとっているところかな,と思います。男性が「主夫業」をする場合も,女性平均賃金を元に逸失利益を計算するので,その意味では男女差はない,と言えるかなと思います。

少し話はそれますが,結婚して,働きながら家で主として家事,育児を担う女性も多いですし,今後はますます増えるかなと思うところです。
この場合,専業主婦と比較した場合との公平感からすると,若年女性でなくとも,結婚している妻なのであれば,「若年」でなくとも,女性平均賃金までの収入は得られるであろう,という前提で逸失利益を計算してもいいと思ったりもしますが…

実際には,その公平感から「若年」でなくとも,働く女性の実収入額が女性平均賃金を上回っているときは実収入額,下回っているときは,女性平均賃金に従って算定する,と実務ではされています。
なので,いわゆる「兼業主婦」の場合には,実際に得ている収入よりも,女性の平均賃金による収入の方が多い場合には,「若年」でなくとも,その収入をもとに損失を主張していく,という視点も重要です。

更に話はそれますが,夫だって家事,育児を担う昨今。「兼業主夫」の場合はどうなのか?という問題もありますが…
こちらも男女平等,の感覚からすれば当然同様に考えられていいと思いますが,こちらは現実的には,損害を支払ってくれる保険会社や損害額を決める裁判所にこれを認めてもらうのは,女性以上に難しいところ…というのが実態だと思います。今後,実態に応じて,弁護士が頑張って主張していくべきところかな,と思います。

働いている若年女性は,現実収入か,女性平均賃金か,どちらが多いかを検討して主張する,という視点が大事ですが,場合によっては,男女計での平均賃金にチャレンジしてみる,ということも余地がありそうです。

まとめ 現実に近づける納得感と
男女での命の差をなくすこと

損害賠償金額を決める場合,支払う側からすれば,本当に現実に生じた損害額に限って適切な範囲で支払いたいもの。
交通事故の場合は,多くは加害者本人が負担するのではなく,加害者が加入している保険会社からの支払いになりますが,それは保険会社も感じるところだと思います。
なので,男女差があるのはおかしい,と言われても,現実に,女性の方が得られるべき収入は少ないはず,という蓋然性が高いのであれば,その範囲で払えばよいはず,不必要な損害金を支払えば,結果として,保険会社の支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がります。

けれど,被害者側からすれば,男女で「命の差」があるように計算されるのは納得しがたい・・・と思うところ。
そのバランスの中で,出来るだけ双方にとって公平感,納得感があるように,若年女性の逸失利益の計算方法も考えられてきたところかな,と思います。

これまでも,死亡事案では,男女での収入格差があることを前提に収入の差を認めつつも,生活費は女性の方がかかる割合(生活費控除率,と言います)が低いと想定することによって,死亡によって支出が不要となった生活費を損害額から差し引くときに,女性の方を男性よりも少なく差し引くことで,最終的な損害賠償額に大きな差が出ないように調整していた,という背景もありました。
これを収入での差をなくす方向になっていったことに伴って,生活費の差し引く割合も男女差をなくすことで公平感を保つ運用をしています。

なので,現実の損害額を計算しているという納得感を保ちつつ,公平感を考えながら,調整している点が,私としては裁判所の考え方として興味深くて,この仕事をしていて面白いな,と思う点です。この納得感,公平感のバランス感覚を磨きながら,依頼者の方にとって,少しでも納得してもらえるようなお手伝いができたらと思っています。

これから男女の働き方はますます変わっていくと思いますし,それによって,男女の収入差も変わってくれば,この問題もまた新たな計算方式も採用されそうで,注目していきたいと思っています。

女性の方が交通事故に遭った場合,特に若年の女性の方が交通事故に遭った場合に,どの点を意識して損害を主張することが大切なのか,男性との違いは何なのか,を知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

また,知っておくことで,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!