多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

労働者のストレスチェックをしない企業のリスク~概要と必要性

労働者のストレスチェックをしない企業のリスク~概要と必要性

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!
労働者がメンタル面の不調から仕事が出来ない場合,職員の健康面が心配である一方,企業の「経営者」としては,働いてもらえないのは,事業活動に支障が生じてつらいところ・・というのも本音ではないかと思います。

では,そういうときに,企業はどのように対応すべきなのでしょうか?
会社(企業)は,どのように労働者のメンタルヘルスに関するケアをする義務があるのでしょうか?

以前もご紹介しましたが,厚生労働省は令和2年6月26日,精神疾患の労災認定が,統計開始以降最多だったと発表しました。
新型コロナによる消毒の実施や接触への配慮など,これまで以上に気を遣う場面も増え,現在は,特に職員へのメンタルヘルスケアが必要な時期だと思います。

そのため,企業として,労働者(職員)のストレスケア,対策を取らないと,精神疾患の危険はさらに高まることが危惧されます。
多治見ききょう法律事務所では,顧問弁護士として病院にも関わらせていただいていますが,病院の医師などの様に人命を預かっている職業には,高度の注意義務が要求され,その精神面の安定の確保は職員である医師だけでなく,病院の経営者側にとっても,受診をする患者さん側にとっても,とても重要になります。

年々増加傾向にある労働者の心の健康問題についての企業はどう対応すべきか,引き続き,その注意点について書こうと思います。

今回は,以前のブログでも少しご紹介させていただきました「労働安全衛生法の改正」により2015年12月から義務付けられたストレスチェック制度について,お話したいと思います。

1 導入の経緯

以前のブログにも書きましたが,労働者は日々ストレスにさらされています。
強いストレスの内容(主なもの3つ以内)をみると,「仕事の質・量」が最も多く,次いで「仕事の失敗,責任の発生等」,「対人関係(セクハラ・パワハラを含む。)」となっています。
労働者が「職場」「仕事」でストレスを感じている割合は約6割となっており,精神障害を原因とする労災補償(給付事業)状況は増加傾向にあります。

メンタルヘルス不調により,休職・退職を余儀なくされることは,使用者側(会社の経営者)の事業にとっても様々な問題が生じますし,何より,労働者やその家族に深刻な影響を与えます。
そこで,メンタルヘルス不調をいち早く発見し,医師の相談へと繋げることが重要です。

また,使用者側としても,労働者のストレスをチェックする中で職場環境の改善に努めて,メンタルヘルス不調による大きな損害も未然に防止することが可能になります。

厚生労働省のHPによれば,ストレスチェック制度は,「定期的に労働者のストレスの状況について検査を行い,本人にその結果を通知して自らのストレスの状況について気付きを促し,個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させるとともに,検査結果を集団的に分析し,職場環境の改善につなげることによって,労働者がメンタルヘルス不調になることを未然に防止することを主な目的としたもの」であると説明されています。

2 対象となる事業場

対象となるのは,従業員数50人以上の事業場であり,50人未満の事業場については,当分の間努力義務となっています。
そうすると,殆どの会社においては努力義務にとどまることになります。
しかし,努力義務の対象の会社であっても,労働者のメンタルヘルスに関する問題が社会問題化して,義務が定められたことは,使用者側(会社の経営者)としては注意すべきです。

なぜかと言えば,こちらのHP記事に記載した通り,使用者(会社の経営者)には,メンタルヘルスに関するケアについて配慮すべき義務があり,それを怠ったために,労働者自身が不調になったり,ミスを生じたために取引先などの第三者に損害を与えてしまった場合には,損害賠償義務を負うからです。

このとき十分にメンタルヘルスに関するケアへの配慮がしていたかどうか,と言える指標として,厚生労働者からは努力義務ではあるものの,ストレスをチェックした方が良いという「指導」があったにもかかわらず,これに基づいた配慮を全くしていなかった・・・ということは,配慮違反があるのではないか,と言われやすくなるからです。

また,労働者(従業員,職員)と使用者(企業,会社経営者,事業主)は,中小企業にとっては車の両輪のような関係であると思います。
私自身も改めて思いますが・・・仕事を楽しく,明るく続けられることは経営者にとっても,働く職員にとっても本当に重要です。

職場環境が良く,つらいことも分かち合え,笑いもあり,そこで労働者が元気で輝いている会社は,会社としても成長していくと実感します。
そのため,むしろ,労働者との関係がとても近い中小企業こそ,労働者のメンタルヘルスに気を配るきっかけとすると,より事業経営上も,成果が上がりやすいのではないかな,と思っています。

3 制度の概要

制度の詳しい内容については,厚生労働省のHPを見ていただきたいと思いますが,
概要としては,1年に1回,労働者に対してストレスチェックを実施することとなります。

ストレスチェックの調査票は,使用者(事業主,会社の経営者)が決めることが出来ますが,
法に基づくストレスチェック調査票の場合,次の3領域を含むことが必要とされています。

① 仕事のストレス要因:職場における当該労働者の心理的な負担の原因に関する項目をいいます。
② 心身のストレス反応:心理的な負担による心身の自覚症状に関する項目をいいます。
③ 周囲のサポート:職場における他の労働者による当該労働者への支援に関する項目をいいます。

これに際して,制度全体の担当者や実施方法など社内ルールを策定する必要があります。

ストレスチェックの具体的方法としては,質問票を労働者に記入してもらい,実施者(医師,保険師,厚生労働大臣の定める研修を受けた看護師・精神保健福祉士,令和元年7月から検査を行うために必要な知識についての研修であって厚生労働大臣が定めるものを修了した歯科医師及び公認心理師を追加)がストレス状況を評価し,本人に結果を通知するという流れになります。

ここで,ストレスが高いと判断された人に対しては,本人からの申し出により,医師による面接指導が実施され,就業上の措置の必要性の有無とその内容について意見を聞き,労働時間の短縮などの必要な措置を実施することとなります。

ここで,質問票は,医師などの実施者が回収して評価することとなっており,第三者や人事権を持つ職員が,その内容を閲覧してはなりません。

評価結果については,実施者から直接本人に対して通知されることとなっており,使用者が結果を入手するには本人の同意が必要です。
これは,使用者側が簡単に閲覧できてしまう制度設計では,率直な回答は得られないことによります。

また,法律で,ストレスチェックや面接指導で個人情報を扱った者に対しては守秘義務が課され,事業者については,労働者が医師による面接指導を希望したことなどにより労働者に対する不利益取扱いをすること,面接指導の結果を理由とする解雇等を禁止しています。
制度の趣旨からは当然のことと言えますが,どれだけ実効性があるかは難しいところです。

もっとも,「検査結果を集団的に分析し,職場環境の改善につなげることによって,労働者がメンタルヘルス不調になることを未然に防止すること」も目的とする制度ですので,

結果に基づいてより良い職場環境にするため,ある程度の使用者(会社の経営者)との情報共有がされるのが本来は望ましいところだと思います。

以前のブログにも書きましたが,「メンタルヘルスに関する情報は,労働者にとって,通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であり,使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」との部分はとても重要だと思います。

積極的に労働者から申告がなくとも,常に企業としては労働者(職員)のメンタルヘルスについて気を配っておく義務がある。

それを怠っていれば,「本人が申告しなかったから」ということだけで,安全配慮義務が軽減されることは無い,・・という企業側にとっては,厳しい判断を裁判所でもされています。

そのため,プライバシーに関する情報の開示は,基本的には本人の自己決定が尊重されるものなので,こちらが求めたにもかかわらず,情報を開示しなかった不利益は本人が負担するべきとも考えられるところですが,

鬱病など精神的な不調をかかえている労働者は,判断力が低下していること,また,そもそもメンタルヘルス情報は積極的に申告される類の情報でないことからすると,判例で指摘されているように,会社(企業,使用者)は,労働者の申告を待たずに,積極的にメンタルヘルスの状態を調査し,環境調整をしなければならない場面もあるということになります。

また,労働者からの申告がなくとも,同僚から見ても日常で不調な様子がないかを気付けるように,,日常業務の様子についても,企業側が意識しておかなければ,義務は免れない・・ということになりそうです。

でも,どうやったら気づけるのか・・?日々の業務に手一杯でなかなか出来ない,ということもあるので,
このような「ストレスチェック」による判断と対応をシステムとして取り入れることが重要だと思いました。

新型コロナのこともあり,単に企業側の責任を免れるという視点だけでなく,事業を継続していく上で,働いてくれる労働者のメンタルヘルスのケアは必要ですから,対象外の会社としても,検査結果を適切に把握するシステム構築,労働者のストレスチェックをする機会をつくることがますます重要になりますね。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!