多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

労働者が精神的不調を訴えたときの企業がすべき対応は?

労働者が精神的不調を訴えたときの企業がすべき対応は?

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!
労働者がメンタル面の不調から仕事が出来ない場合,職員の健康面が心配である一方,企業の「経営者」としては,働いてもらえないのは,事業活動に支障が生じてつらいところ・・というのも本音ではないかと思います。

では,そういうときに,例えば,「仕事を辞めてもらう」という選択はあるのでしょうか?その場合の注意点は?今回は,年々増加傾向にある労働者の心の健康問題についての企業はどう対応すべきか,その注意点について書こうと思います。

1 心の健康問題の重要性

厚生労働省の「平成29年 労働安全衛生調査(実態調査)(それ以前は,「労働者健康状況調査」として実施されていました)によると,現在の仕事や職業生活に関することで,強いストレスとなっていると感じる事柄がある労働者の割合は58.3%(平成28 年調査59.5%)となっています。

強いストレスの内容(主なもの3つ以内)をみると,「仕事の質・量」が62.6%(同53.8%)と最も多く,次いで「仕事の失敗,責任の発生等」が34.8%(同38.5%),「対人関係(セクハラ・パワハラを含む。)」が30.6%(同30.5%)となっています。労働者が「職場」「仕事」でストレスを感じている割合は約6割となっており,精神障害を原因とする労災補償(給付事業)状況は増加傾向にあります。
また,少し前の平成25年のデータになりますが,過去1年間にメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業又は退職した労働者がいる事業所の割合は 10.0%(24 年調査 8.1%)で 24 年調査より上昇しているなどというデータが紹介されています。

10の事業所があれば,1つの事業所でメンタルヘルスを原因として休業,退職することがあり得る状況下では,使用者,経営者として,いつ労働者の健康問題に直面してもおかしくありません。心の健康問題に直面した労働者に対してどのように対応すればよいのでしょうか?
会社の経営者として,労働者の健康問題についてどこまでの配慮義務を負っているのでしょうか?

2 日本ヒューレット・パッカード事件最高裁判決

事案の概要

労働者が,加害者集団から職場の同僚らを通じて嫌がらせの被害を受けているとして有給休暇を取得して出勤しなくなり,有給休暇を全て取得した後も約40日間にわたり欠勤を続けたところ,就業規則所定の懲戒事由である「正当な理由のない無断欠勤」があったとの理由で諭旨解雇処分を受けたために,使用者に対して懲戒処分の無効を前提とした雇用契約上の地位を有することの確認と未払賃金等の支払いを求めた事案です。

最高裁の判断(最判平 24.4.27)

最高裁は,
「精神的な不調のために欠勤を続けていると認められる労働者に対しては,精神的な不調が解消されない限り引き続き出勤しないことが予想されるところであるから,使用者としては,その欠勤の原因や経緯が上記のとおりである以上,精神科医による健康診断を実施するなどした上で(記録によれば,使用者の就業規則には,必要と認めるときに従業員に対し臨時に健康診断を行うことができる旨の定めがあることがうかがわれる。),その診断結果等に応じて,必要な場合は治療を勧めた上で休職等の処分を検討し,その後の経過を見るなどの対応を採るべきであり,このような対応を採ることなく,労働者の出勤しない理由が存在しない事実に基づくものであることから直ちにその欠勤を正当な理由なく無断でされたものとして諭旨退職の懲戒処分の措置を執ることは,精神的な不調を抱える労働者に対する使用者の対応としては適切なものとはいい難い。
そうすると,以上のような事情の下においては,労働者の上記欠勤は就業規則所定の懲戒事由である正当な理由のない無断欠勤に当たらないものと解さざるを得ず,上記欠勤が上記の懲戒事由に当たるとしてされた本件処分は,就業規則所定の懲戒事由を欠き,無効であるというべきである。」
と判断しました。

つまり,従業員(労働者)の健康状態・メンタルヘルスに適切に配慮した対応をせず,懲戒処分として,退職を勧めることは許されない,と判断したことになります。

3 考察

上記事件は,懲戒処分の有効性が争われた事案です。労働契約法15条とこれまでの判例の基準によれば,懲戒処分が有効とされるには,①懲戒することができる場合に(就業規則の存在と周知),②客観的合理的理由があり(懲戒事由該当性),③社会通念上相当な処分である必要があります。
最高裁は,「正当な理由のない無断欠勤」に当たらないとして②の懲戒事由該当性がないため懲戒処分は無効と判断したことになります。

②懲戒事由該当性については,企業秩序が害されたかどうかという観点から実質的に判断するという考え方が有力ですが,その中で使用者の労働者に対する健康配慮義務(労働契約法5条やこれを具体化した就業規則の規定)が考慮されることになります。労働者の健康に適切に配慮していないのに,欠勤を続ける労働者に対して,全て労働者のせいで企業秩序が害された,とするのは難しいという判断なのだろうと思います。そういう意味で,上記最高裁判例は事例の中での判断ではありますが,具体的に企業の経営者が,労働者のメンタルヘルスの不調に対してどのような対応をすべきなのかの参考になると思います。

一方で,業務に起因する健康問題ではなく私生活に起因する健康問題に対して,使用者がどこまでの配慮義務を負うべきかという点や,健康診断を実施した上で休職等の処分を検討するのはよいが,使用者として具体的にどのように対応すればよいか,などの点については,難しい問題があります。
少し前の資料になりますが,厚生労働省が出している「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」は,一つの指針として参考になると思いますので,具体的にメンタル面の不調を訴える職員がいらっしゃる場合には,対応方法として参考にしていただけたらと思います。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!