多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

労働者が精神的不調を訴えていなくても,企業はメンタルヘルスケアをすべき義務がある?

労働者が精神的不調を訴えていなくても,企業はメンタルヘルスケアをすべき義務がある?

いつも読んでいただきありがとうございます。突然ですが・・新型コロナウイルスによる影響が続いている中,みなさんのお仕事でも,精神的なストレスは増えていると感じるでしょうか?今まではあまり気にしなかった,同僚との会話や顧客との接触に気を付けるなど,精神的な負担が増えているのではないかな・・と思っています。

少し前になりますが,厚生労働省は6月26日,精神疾患の労災認定が,統計開始以降最多だったと発表しました。

請求件数を業種別にみると,「医療,福祉」426件,「製造業」352件,「卸売業,小売業」279件の順に多く,年齢別では,請求件数は「40~49歳」639件,「30~39歳」509件,「20~29歳」432件であったとされています。

多治見ききょう法律事務所でも医療,福祉に関わる顧問先もあり,医療関係の方の精神疾患の労災認定数が多いのは,とても気になるところです。
日本赤十字医療センターの調査では,コロナ患者の対応にあたった医療従事者のうち,3割近くがうつ状態になっていたとの報道もあります。

本当に,コロナ患者の治療や看護という未経験で感染の危険の高い業務をして下さっている顧問先医療機関を含め,医療関係者の方々には心から感謝をしています。
所定労働時間の労働であったとしても,とてもストレスが高いと思いますし,労働時間も通常より多くなっていると思います。
その意味で,現在は,事業内容にもよるところはありますが,特に職員へのメンタルヘルスケアが必要な時期だと思います。

ここで,企業として,労働者(職員)のストレスケア,対策を取らないと,精神疾患の危険はさらに高まることが危惧されます。
医師などの様に人命を預かっている関係から高度の注意義務が要求され,その精神面の安定の確保はとても重要になります。
しかし,すべての労働者(職員)が,積極的に自分の体調不良,精神的な不調を企業側に伝えてくれるわけではありません。

このようなメンタルヘルスに関する情報が積極的に労働者(職員)から申告されないまま,うつ病などにり患した場合でも,会社(企業側)の責任があるのでしょうか?

どこまで,会社(企業)は,労働者のメンタルヘルスに関するケアをする義務があるのでしょうか?

事案や当事者構造は大きく異なりますが,今回は,労働者からのメンタルヘルス情報が積極的に申告されずに労働者が精神疾患を発症した場合,会社側に何らかの責任が生じるのか,会社(企業)の労働者に対するメンタルヘルスケアは,「安全配慮義務」としてどのような範囲で求められるのか,

について,判断された事例をご紹介しながら考えていきたいと思います。

1 事案の概要(安全配慮義務)

本件は,労働者が,鬱病に罹患して休職し休職期間満了後に会社から解雇されたが,本件鬱病は過重な業務に起因するものであって上記解雇は違法,無効であるとして,会社に対し,安全配慮義務違反等による債務不履行又は不法行為に基づく休業損害や慰謝料等の損害賠償,会社の規程に基づく見舞金の支払,未払賃金の支払等を求めた事案です。

2 メンタルヘルスに関しての問題点

本件では,原審が「労働者が,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等の情報を上司や産業医等に申告しなかったことは,会社において労働者の鬱病の発症を回避したり発症後の増悪を防止する措置を執る機会を失わせる一因となったものであるから,労働者の損害賠償請求については過失相殺をするのが相当である。」として2割の過失相殺をしたことから,労働者が,神経科の病院への通院,その診断にかかる病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を積極的に会社に申告しなかったことが,会社の安全配慮義務を尽くす手段を斥けたとして,過失相殺の対象となるかが,一つの問題となりました。

つまり,加重な業務によって病気になったとしても,労働者がそのことを申告しなければ,ケアをしきれないので,多少は企業の責任も軽減されるのでは?という点を企業側としては問題にしていました。

3 最高裁の判断(最判平成26年3月24日)

「労働者が会社に申告しなかった自らの精神的健康(いわゆるメンタルヘルス)に関する情報は,神経科の医院への通院,その診断に係る病名,神経症に適応のある薬剤の処方等を内容とするもので,労働者にとって,自己のプライバシーに属する情報であり,人事考課等に影響し得る事柄として通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であったといえる。使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っているところ,上記のように労働者にとって過重な業務が続く中でその体調の悪化が看取される場合には,上記のような情報については労働者本人からの積極的な申告が期待し難いことを前提とした上で,必要に応じてその業務を軽減するなど労働者の心身の健康への配慮に努める必要があるものというべきである。」

「また,本件においては,上記の過重な業務が続く中で,労働者は,平成13年3月及び4月の時間外超過者健康診断において自覚症状として頭痛,めまい,不眠等を申告し,同年5月頃から,同僚から見ても体調が悪い様子で仕事を円滑に行えるようには見えず,同月下旬以降は,頭痛等の体調不良が原因であることを上司に伝えた上で1週間以上を含む相当の日数の欠勤を繰り返して予定されていた重要な会議を欠席し,その前後には上司に対してそれまでしたことのない業務の軽減の申出を行い,従業員の健康管理等につき会社に勧告し得る産業医に対しても上記欠勤の事実等を伝え,同年6月の定期健康診断の問診でもいつもより気が重くて憂鬱になる等の多数の項目の症状を申告するなどしていたものである。このように,上記の過重な業務が続く中で,労働者は,上記のとおり体調が不良であることを会社に伝えて相当の日数の欠勤を繰り返し,業務の軽減の申出をするなどしていたものであるから,会社としては,そのような状態が過重な業務によって生じていることを認識し得る状況にあり,その状態の悪化を防ぐために労働者の業務の軽減をするなどの措置を執ることは可能であったというべきである。これらの諸事情に鑑みると,会社が労働者に対し上記の措置を執らずに本件鬱病が発症し増悪したことについて,労働者が会社に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく,これを労働者の責めに帰すべきものということはできない。」

などとして,労働者が自らのメンタルヘルス情報を積極的に申告しなかったことをもって過失相殺をするのは妥当でないと判断しました。

4 まとめ

本件は,労働者にとって加重な業務が続く中でその体調の悪化が十分予測できたはず,という経緯の中で,労働者からメンタルヘルス情報の積極的申告がなかったことを重視するべきではないとしたもので,事例判断という側面が強い判例です。

もっとも,「メンタルヘルスに関する情報は,労働者にとって,通常は職場において知られることなく就労を継続しようとすることが想定される性質の情報であり,使用者は,必ずしも労働者からの申告がなくても,その健康に関わる労働環境等に十分な注意を払うべき安全配慮義務を負っている」との部分はとても重要だと思います。

つまり,積極的に労働者から申告がなくとも,常に企業としては労働者(職員)のメンタルヘルスについて気を配っておく義務があり,それを怠っていれば,「本人が申告しなかったから」ということだけで,安全配慮義務が軽減されることは無い,・・という企業側にとっては,厳しい判断をしていることになります。

プライバシーに関する情報の開示は,基本的には本人の自己決定が尊重されるものなので,こちらが求めたにもかかわらず,情報を開示しなかった不利益は本人が負担するべきとも考えられるところです。

しかし,鬱病など精神的な不調をかかえている労働者は,判断力が低下していること,また,そもそもメンタルヘルス情報は積極的に申告される類の情報でないことからすると,会社(企業,使用者)は,労働者の申告を待たずに,積極的にメンタルヘルスの状態を調査し,環境調整をしなければならない場面もあるということになります。

また,労働者からの申告がなくとも,同僚から見ても日常で不調な様子がないかを気付けたはず,と判例で指摘されているように,日常業務の様子についても,企業側が意識しておかなければ,義務は免れない・・ということになりそうです。

なお,2014年6月に労働安全衛生法が改正され,従業員50名以上の事業所については,使用者に労働者の心理的負荷の程度をはかる検査実施が義務付けられました(2015年12月から施行)。検査結果は,労働者の同意を得て,使用者に伝えられます。(ストレスチェック制度については,また別の機会のお伝えしたいと思います~)

新型コロナのこともあり,単に企業側の責任を免れるという視点だけでなく,事業を継続していく上で,働いてくれる労働者のメンタルメンタルヘルスのケアは必要ですから,対象外の会社としても,検査結果を適切に把握するシステム構築,労働者のストレスチェックをする機会をつくることがますます重要になりますね。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!