多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

セクハラに対する企業の法的責任~セクハラ防止体制構築と損害賠償

セクハラに対する企業の法的責任~セクハラ防止体制構築と損害賠償

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!

今回は,職場のセクハラ(セクシャルハラスメント)問題について考えます。
私は,女性の弁護士でもあることから,職場で発生したセクハラ問題に関して,被害者となった女性からのご相談を受けることが割と多い方だと思います。
また,社内で発生したセクハラ問題に関し,会社の経営者(事業主,企業,使用者)から,どのように対応したらよいか,というご相談を受け,被害女性からの希望や状況の聴き取りを依頼されることもあります。
セクハラ問題は,発生の予防のための体制の構築も,もちろん大切ですが,その後の対応によっては,被害が拡大してしまうことがあるので,発生後の対応も重要です。
そのため,多治見ききょう法律事務所の顧問先には,当事務所で作成したセクハラ問題への対応のマニュアルをお渡ししています。

労働人口が減少していくこともあり,女性も重要な労働力として必要とされる中,ますますセクハラ問題によって,職場環境が悪化し,女性が働きづらくなること,退職してしまうことは避けたいと思います。

従来「セクハラ問題」は被害者となるのは,女性が多く,女性労働者にとって,大きな問題とされており,今でもご相談では,その傾向が強いですが,職場環境が悪化すると,その職場に働くすべての労働者,男女問わず,働きづらくなり,影響は大きなものがある,とご相談を受けていて実感します。

また,セクハラによって労働者が被害を受けた場合には,セクハラをした従業員だけではなく,会社自体も,法的な責任として,損害賠償請求を受けることがあります。

そのため,会社内,職場内でセクハラ問題が生じないよう,また生じてしまった場合にはこれ以上被害が拡大しないよう経営者は注意が必要です。

それでは,セクハラ問題による被害を回避し,損害の発生を防ぐために,経営者(会社)は何に注意すべきなのでしょうか?
そもそも,職場における「セクハラ」とは,どのような言動をすると,該当するのでしょうか?

1 セクハラとは

職場におけるセクハラについては,男女雇用機会均等法に規定があります。
この法律で,セクハラとは,

「①職場において行われる②性的な言動に対する雇用労働者の対応により③労働者がその労働条件につき,不利益を受け,または当該性的な言動により④当該労働者の就業環境が害されること」 と定義されています。

①「職場」とは?

労働者が業務を遂行する場所を指します。

必ずしも事業所内に限定されるわけではなく,出張先や取引先も含まれます。また,業務を遂行していれば必ずしも勤務時間内であることまでは必要なく,例えば「宴会」であったとしても,その趣旨,参加者,参加の自由度によっては,勤務の延長として職場とみなされることがあります。

②「性的な言動」とは?

スリーサイズなど身体的特徴を話題にしたり,性的な経験や性生活について質問するなどの性的な内容の発言,または,身体に不必要に接触する,性的な関係を強要するなどの性的な行動を指します。

③「労働者がその労働条件につき,不利益を受け」るものとは?

「対価型セクシャル・ハラスメント」と言われ,職場において行われる「労働者の意に反する」性的な言動に対する労働者の対応により,当該労働者が解雇,降格,減給等の不利益を受けることを指します。

④「当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害される」ものとは?

「環境型セクシャル・ハラスメント」と言われ,職場において行われる労働者の意に反する性的な言動により労働者の就業環境が不快なものとなったため,能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。

そうすると,「意に反するもの」であったか,「就業環境を悪化させる」ものであったかが,重要な判断基準となりますが,仮に,本人が明示的に反対せず応じているように思えても,その言動が相手の望まない言動である以上,セクハラとなることに注意を要します。
その判断基準は,客観的に判断しなければりませんので,「平均的な(男性・女性)労働者」が通常どのように感じるかで判断されることになります。
この点は,特に女性従業員については,はっきりと言わないことが多いこと,笑顔で接しがちであるから,男性にこの点を有利に判断できない,ということが判例上も注意されていますので,「笑顔だから大丈夫」「嫌と言わなければ大丈夫」という考え方には,特に注意が必要です。

2 福岡セクシャル・ハラスメント事件
(福岡地裁平成4年4月16日判決)

この事件は,社内で活躍していた女性Xに対し反感を持った男性上司であるZが,社内従業員や取引先に対し,異性関係が派手で乱れているかのような噂を流し,さらに,XがA専務に訴えたものの2人で話し合うように言われ,Y社代表者にも救済を求めたが深刻に考えないように言われた。

その後,A専務もXに退職を促したため,Xが退職を余儀なくされたとしてY社及びZ編集長に対して,慰謝料を請求したものです。

判決では,Xの異性関係を中心とした私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段として用いられたとしてZ編集長の不法行為責任を認めました。

また,Y社の責任として,「使用者は,被用者との関係において社会通念上伴う義務として,被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが,そのほかにも,労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ,又はこれに適切に対処して,職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ,被用者を選任監督する立場にある者が右注意義務を怠った場合には,右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり,使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがあると解するべきである。」としたうえで,

「Y社のA専務らは,本件について,専らXとZ編集長の個人的な対立と見て,両者の話合いを促すことを対処の中心とし,これが不調に終わると,いずれかを退職させることもやむを得ないとの方針を予め定めていたもので,A専務らの行為についても,職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り,また,憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず,主として女性であるXの譲歩,犠牲において職場関係を調整しようとした点において不法行為性が認められるから,Y社は,右不法行為についても,使用者責任を負うものというべきである。」としてY社の不法行為責任についても認めました。

この事案では,Z編集長に不法行為責任があることは当然でしょうが,会社の対応にも不法行為責任が認められています。会社としては,職場環境配慮義務があるのに,本件問題を個人的対立として放置してこれを怠った点,女性であるXの犠牲に置いて職場環境を調整しようとした点に不法行為性を認めています。
なお,慰謝料額は150万円とされました。

3 セクハラに対する法的責任

加害者個人の責任として,民事上の不法行為責任(民法709条)のほか刑事上の責任として,その態様が身体接触を伴う場合には,強姦罪,強制わいせつ罪に問われる場合があります。また,身体接触がない場合でも,名誉棄損罪,侮辱罪が成立する場合もありますし,その他,迷惑防止条例や軽犯罪法が問題となる場合もあります。

企業の責任としては,以下のものが考えられます。

①民事上の不法行為責任(民法715条1項)…民法上,被用者である社員が「職務の執行につき」第三者に損害を与えた場合に,使用者である企業も使用者責任として,加害者である社員とともに損害賠償責任を負います。職場におけるセクハラの場合「職務の執行につき」第三者に損害を与えたと判断されることが多いでしょう。

②債務不履行責任…企業は,社員に対し,社員との間の雇用契約に基づく付随義務として,社員の労働環境を調整し,快適な環境を提供する義務があるとされます。したがって,セクハラを認知したにもかかわらず放置したような場合には,この義務を怠ったものとして債務不履行責任を負うことがあります。

③均等法上の責任…2007年改正により企業にセクハラ防止に関し措置義務が課せられたため,何ら対策を講じず,是正指導にも応じない場合には,企業名が公表されることになりました。また,厚生労働大臣が,事業主に対して報告を求めたにもかかわらず,報告を行わない場合や,虚偽の報告をした場合には,20万円以下の過料に処せられるとされています。
実際に公表されている事業所も存在しますが,再三の指導にも応じない「ブラック企業」との認定をされてしまいますので,注意しましょう。

4 まとめ

職場のセクハラ問題については,企業として迅速・適切に対応すべき事項であることが先ほど紹介した裁判例からも分かります。セクハラ問題については,当事者の言い分が異なり,対応に苦慮する場面もあることと思いますので,そのような場合には,ご相談いただきたいと思います。

また,セクハラ問題については,問題が生じた後の事後的対応だけでは不十分な面があります。セクハラはどこでも起こり得る問題と捉え,企業としてどのような態度で臨むのかという指針を掲げることが抑止にもなり重要です。厚労省は,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」を示していますので,参考にしてもらえたらと思います。

突然,セクハラ被害を受けた女性から会社宛てに損害賠償請求をする内容証明が届いて,弁護士に相談に来られるケースもありますが,相談せずに対応したことで,更に関係が悪化し,訴訟になってしまったケースもあるので,被害を拡大しないために事後対応も重要です。
(詳しくは,「セクハラ問題で従業員から内容証明郵便が届いたときの対処法」を参考にしてもらえたらと思います)

もちろん,そもそも,セクハラ問題が生じることを回避できることが,企業としては損害を回避するうえで最も効果的です。
そのために,会社としては十分にセクハラ問題を意識して,セクハラ防止のための研修を実施したり,従業員への周知をしたりすることで,企業としての注意義務,監督責任を果たすことが重要になります。
(こちらの事前対策は,「セクハラ(セクシュアルハラスメント)トラブル対応」に記載しましたので,参考にしてもらえたらと思います)

会社がセクハラ防止のために様々な事前対策をしてきたことは,セクハラ問題発生を回避することに繋がるだけでなく,万一発生してしまった場合にも,会社(経営者,企業)としては責任を果たしてきたのであるから,損害賠償義務を負わないこと,責任を負うとしてもその賠償金額を下げることに繋がります。

労働者の権利を保護するために,労働関連法は,使用者(事業主,企業)にとっては厳しい原則を定めています。
セクハラ,パワハラ,などは,近年問題になってきたところですが,このような時代の流れ,企業に必要にされるようになった新しい法的対応を知らずに,安易に以前のような考え方で判断することは危険です。

労働者の方も,簡単に法的な知識を学べる時代!使用者の方も,これを前提に知識を備えて,適切な労働環境とできるよう配慮していきましょう~

法律上,何が許されていて,何は許されないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことも重要です。
そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,男性も,女性も,経営者の方も,スタッフの方も,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!