多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

兼業主婦,兼業主夫が交通事故に遭った場合の損害算定方法

兼業主婦,兼業主夫が交通事故に遭った場合の損害算定方法

今回も,引き続き,交通事故に遭った場合,被害者が家事従事者(主婦,主夫)である場合に,家事労働が損害としてどのように評価されているのか,最近の裁判例をご紹介しながら,問題になる点をお伝えします。

交通事故で家事が出来ないことによる損害算定方法~年齢による違い・最近の傾向,交通事故で家事が出来ない,10歳代~80歳代までの損害算定の違いで裁判所が家事労働ができないことによる損害を算定する一般的な基準,被害者の年齢ごとの算定方法の傾向について,また,交通事故による家事労働の損害額が減額される理由は?具体的ケースで個別の事情によって,損害額が減額される場合と,その計算方法についてお伝えしました。

では,いわゆる全く外での仕事をしていない専業主婦,専業主夫ではなく,兼業主婦,兼業主夫という有職の家事労働者の場合,損害はどのように計算されるのでしょうか?

有職家事従業者が交通事故により,家事が出来なくなった場合の損害算定の方法は?
有職家事従業者が交通事故に遭った場合,家事労働が出来ない損害に加えて,仕事が出来ないことによる損害を請求できる?
有職家事従業者の勤務形態が正社員か,パートタイムによって,計算方法は変わる?

今回も,平成29年から令和3年までの裁判例(227件)で,被害者の家事労働を検討・評価しているものを分析して下さった結果から,詳しくお伝えします。

1 原則的な有職家事従業者損害の計算方法

有職家事従業者(兼業主婦,兼業主夫)は,就労による収入が賃金センサスによる平均賃金を下回る場合は,平均賃金を基に損害を算定します。
一方で,就労による収入が賃金センサスによる平均賃金を上回る場合,実収入額を基に算定します。

つまり,家事労働による損害額に加えて,仕事が出来ないことによる損害を重ねて請求できるわけではなく,どちらか金額が多い損害額のみが請求できる,ということになります。

これは,家事労働については,その金銭的評価が困難なため,平均賃金による算定をせざるを得ないのですが,兼業主婦,兼業主夫のように,外でも仕事をしているのであれば,その収入で計算することも出来,仕事による収入がある場合には,基本的には,その他に家で家事が出来ないことによる損害を評価していないことによると思います。

もっとも,一律に,少しでも働いている場合は必ず現実の収入によってしか計算できないことにしてしまうと,専業主婦,専業主夫のように,全く仕事をしていない場合と比べて,少しだけ仕事をしたことによって,平均賃金よりも少ない現実の仕事による収入によって損害額が算定されてしまうこととの不公平感から,より多い方の収入にて損害額を計算することで,バランスをとっていると思います。

2 事例での具体的な算定方法

兼業主婦,兼業主夫として,家事労働が出来ないことによる損害があることを認定したけれど,損害を算定する基となる基礎収入は,平均賃金ではなく,現実の仕事による収入を基に計算しているものがあります。

4件あり,うち3件は仕事による実収入額が,平均賃金で算出した収入額(割合認定によって減額したものもある)が上回っています。

仕事による給与所得が年180万円ある被害者(70歳代)の事例では,家事労働の程度は専業主婦に比べるとかなり少なかったとして,給与収入の半分強の月8万円を基礎収入として損害を算定しているものもあります。

実際の事例でも,一般的には,平均賃金で算出した収入と仕事による収入を比較して,高い方によって損害を算定していることが分かります。
もっとも,年齢が高いケースで,専業主婦,専業主夫の場合には,若いころほど家事労働ができなくなってくることを前提に,個別に被害者が担っていた家事の内容,他の家族がいる場合に,被害者が担っている負担割合などを考慮して,割合によって平均賃金よりも減額して損害を算定して公平感,現実の感覚に近づけていると思いますが,兼業主婦,兼業主夫の場合には,仕事による実収入があるため,出来るだけ,実収入を基に損害額の算定を調整しようとしているのではないか,と思います。

3 就労形態による違い

パートタイム労働者か,フルタイム労働者か,という就労形態の違いによって損害額の算定に違いが出るか,という点については,今のところ,事例を見る限り,異なる算定はされていないと思われます。

仕事による収入が平均賃金を下回る場合に,就労形態を明確にすることなく,平均賃金を基に算定する裁判例があります。

パートタイム労働者のように,労働時間が短い兼業主婦,兼業主夫の方が,フルタイムで働く労働者に比べて,家事労働に関わっている割合が高い場合が多いのではないかと予想されますが,どこまでの時間を働いたら,家事に関わる時間は少なくなるのか,という明確な基準がないので,少しだけ働くパートタイム労働者であれば,その収入より高い家事労働の損害として平均賃金での損害が認められるのに,もう少し働いてフルタイムになってしまうと,平均賃金より下回る仕事による収入による損害しか認めてもらえないとしてしまうと,やはり,不公平感があるので,フルタイム労働者であっても,その収入が平均賃金よりも下回れば,平均賃金による損害額を算定することにして,その点で区別はしていないのではないかと思います。

まとめ 公平感と現実の感覚

交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,支払う側からすれば,正当な契約に基づく損害に限って支払いたいもの。
任意保険に加入する場合,いざという事故に備えて加入するのだから保険金を支払って欲しい,と言われても,契約外の不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がりますから,この判断は厳しくなされます。

まずは,一般的な傾向として,自分のようなケース,年齢,交通事故の被害対応の場合,どんな損害が認められそうなのか,知っておくことは重要です。

もっとも,一般的な傾向だけでは決まらない,個別の事情として,どのようなことが具体的に減額される理由となるのか,どのくらいの割合で減額されるのか,を知ることで,ご自身の事案で,減額されそうな事情がありそうかどうか,似ている事案ではどのように算定されているのかをイメージすることで,公平の感覚も磨かれます。

今回は,仕事をしながら家事労働も負担する有職家事従業者について,損害を算定する方法について,お伝えしました。

そこでもやはり,現実の状況から離れすぎると,損害の算定の根拠として説得力がなくなるのですが,一方で,他のケースとのバランス,不平等,不公平感があると,それもまた説得力がなく,納得感もないので,調整されていると感じます。

家事労働の損害のいくらと考えるか,ということ自体が,そもそも現実の収入がない中で,公平感から平均賃金を基に算定しようと決めた背景があるため,今度は,専業主婦,専業主夫と比べた場合に兼業主婦,兼業主夫が不利,不公平にならないように算定されていると言えると思います。

事例を通じて,ご自身が思う「公平」「納得」のできる損害の計算額と裁判所考えている「公平」と思っている損害の計算額とのズレ,を意識することで,裁判所が考える「公平」の感覚により近づき,結果の予測も,大きく外れにくくなります。

交通事故に遭って被害を受けた場合,どのような損害が認定されそうなのか,その予測をすることで,希望する損害の賠償が認められる可能性が少ない事案で徒労に終わる紛争を継続することによる,時間の無駄遣いや精神的負担の継続を避けられます。

このまま紛争を継続して裁判になった場合の結果を予測しながら,それでも,自分の事案では事情が異なるから納得できないとして裁判を選択するのか,など決めていくことが重要だと思います。

細かな算定方法,裁判での手続きなどは分からなくても,大まかな流れやどんなことが裁判では問題になるのか,などが分かることで,自分の場合はどのような点を意識して交通事故後の手続きを進めたらいいのか,不安や不満を解消して,被害回復の回避,回復ために出来ることを知るヒントとなると思って,お伝えしています。

知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

今回の兼業主婦,兼業主夫のケースでも,働いている場合には,仕事による収入で算定される,ということだけしか知らない場合,自分のケースでは,家事労働として損害を算定した方が損害額として金額が増えることを知らないまま,言わば「損」をすることになってしまうので,「知識」として知っておくのは重要だと思います。

また,「知識」を得ることで,自ら「選択」して,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!