多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故に遭った高額給与所得者。高額収入は続かない,と低く損害算定されないために

交通事故に遭った高額給与所得者。高額収入は続かない,と低く損害算定されないために

今回は,交通事故に遭って,働けなくなった場合に,休んだことによって得られなかった収入(休業損害)や,今後得られなくなってしまう収入(逸失利益)の損害賠償額,損害額の計算で,交通事故前の収入ではなく,平均賃金(賃金センサス)で計算する場合について「学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?」「若年で収入が低い場合の交通事故。将来増える予定の収入で損害を計算してもらう方法は」に引き続き,お伝えします。

通常,交通事故によって,働けなくなった場合には,事故前の収入を基に損害額を計算するのですが,交通事故に遭った当時,高額の収入を得ていても,それがその後も続くとは言えないような場合,今後は収入が下がることも予測される場合など,そのままの収入で計算するのは了解できない,と損害賠償金を支払う側(≒保険会社)から指摘される場合があります。

では,どのような場合に,交通事故前の収入ではなく,賃金センサスによって損害を算定されるのでしょうか?
今は高額給与所得があるけれど,定年退職する予定の場合,定年後も高額収入を前提に逸失利益の計算をしてもらうことは出来る?
プロスポーツ選手,ホステス,芸能人のように変動があると予測される場合,交通事故時の高額収入を元に逸失利益の損害は計算される?

今回は,交通事故に遭った当時,高額収入を得ていた方が,収入は今後減少する見込みがあると言われそうな場合の損害額算定方法で,損することがないよう,知っておくと良いと思う点について,お伝えします。

1 高額給与所得者の定年退職後の算定

一般には,交通事故前の実収入(高額収入)が就労可能期間(労働能力喪失期間終期は,原則として67歳とされ,症状固定時の年齢が67歳を超える場合,原則として簡易生命表の平均余命の2分の1)の全体に係る基礎収入とされることが多いです。
つまり,交通事故に遭った当時30歳ならば,就労可能と67歳までの37年間,高額収入が続くとして計算してもらえることになります。

しかし,定年退職の制度があり,定年退職時の退職金を別途,逸失利益として損害賠償請求をしている場合,定年退職年齢以降の期間については,損害の算定の元となる基礎収入が年齢別平均賃金や退職時収入の一定の割合等に減額して計算されることがあります。
退職金を別途,逸失利益として請求している事例の方が,退職年齢以降の収入について減額して算定される方向で影響している傾向がうかがわれるので,意識したいポイントと思います。

2 高額収入の期間が限られると考えられる場合

①高額収入が期間限定の可能性がある場合

プロスポーツ選手,ホステスなど,一般的な就労期間を通じ,交通事故時の職業をそのまま続けて,高所得をあげ続けることが職業の性質上(加齢に伴う身体能力,容ぼうの衰えの影響)から,類型的に困難と考えられる事案では,交通事故当時の高額収入を就労可能期間全体に得られる収入として計算されるのは難しくなります。

もっとも,ホステスなどの仕事が「若い」「容ぼう」だけで収入が決まると捉えられるのは納得できない,と感じる場合もあると思いますので,これらの事情だけで収入が決まるわけではないこと事情を具体的に示して,長期的に高額収入を得られることを主張,立証することは考えられるでしょう。

②高額収入の浮き沈みが激しい場合

芸能人,作家等,収入変動が類型的に激しい職業(ジェットコースターのような変動)で,交通事故時には高額所得であったけれど,短期間の実績に過ぎない事案では,交通事故当時の高額収入を就労可能期間全体に得られる収入として計算されるのは難しくなります。

職種自体は浮き沈みが激しいものでも,被害者自身が既に相当期間,高収入を上げ続けてきた実績を有する事案(大物芸能人,大物作家等)であれば,その後も逸失利益算定期間となる就労可能期間全体で交通事故当時の高額収入をあげ続ける蓋然性が認められ,これを前提に逸失利益を計算してもらいやすくなります。

3 高額収入に変動が予測される場合の算定方法

交通事故当時の現実収入は高額でも,統計値(平均引退年齢等)その他の関係事情に基づき,「一定期間」の経過後は,賃金が減額すると予測される場合には,経過後の損害の算定の元となる基礎収入は,高額収入ではなく,平均賃金を基礎として逸失利益を計算されることになります。

他方で,スポーツ選手,ホステス等の仕事の場合,若いころの「一定期間」に受ける経済的利益の損失が特に大きいと考えられる場合もあり,その後は次第に加齢とともにその影響が少なくなる,とも考えられることから,低い後遺障害等級であっても,この「一定期間」の就労に著しい影響が生じることがあり,そのような場合には一般の職業の場合に比べて,この期間中は,高い労働能力喪失率が認められる場合もあります。つまり,一般の職業の方と比べて,この期間の損害が大きく計算してもらいやすいということになります。

まとめ 存在しない未来を現実に近づける

これまでも書きましたが,損害賠償金額を決める場合,支払う側からすれば,本当に現実に生じた損害額に限って適切な範囲で支払いたいもの。
交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,それは保険会社も感じるところだと思います。

本来交通事故に遭わなかったら,もっと多くの収入を得られていたはず,望むように仕事が出来ないという苦しい気持ちを分かってもらえないのか,という被害者のお気持ちはもっともなのですが,そう言われても,現実に,将来得られるべき収入は少ないはず,という蓋然性が高いのであれば,その範囲で逸失利益の金額は払えばよいはず,不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がります。

「もし,この交通事故が無かったら」どうなっていたか・・という未来は現実には存在しません。
誰にも,未来は分からないことになるので,存在しない未来を前提に計算することができないはず。

その中で,どのように計算したら「もし,この交通事故が無かったら」と得られたであろう未来とほぼ同じ状況まで損害,被害を回復したと言えるのか,探していくのが,交通事故における損害賠償請求の手続きになると思います。

被害者側からすれば,まだまだ未来は未確定なのだから,「今」を基準に計算すべき,そして,今後はもっと,さらに収入も上がるはずだから,その未来を前提に計算されるべきで,今後は今の収入よりも減額される前提での計算は納得しがたい・・・と感じるところだと思います。

そのバランスの中で,出来るだけ双方にとって公平感,納得感があるように,逸失利益の計算方法を裁判所も考えてきたところだ,と思います。

今回は,高額収入者で現実の収入額が平均賃金よりも多い状況で交通事故に遭った場合に,どのように将来得られる収入を認定するのか,の問題ですが,実際の収入が多い状況で,「平均賃金」をどのように使うのが現実に生じる損害額の認定に近づけるのか,公平感はどうなのか,という観点から考えるところになります。

もっとも,どのような計算方法が「正しい」のか,「公平」なのか,実際の損害額の算定に近いのか,人によって感覚も違う中,裁判所の判断も明確でないところもありますので,損害賠償請求をする被害者側としては,それぞれのケースで最大限に,自分の命,能力,損害を評価してもらえるように請求していくという視点も重要です。
そのためには,そもそも,どのような点で違う収入の算定の方式や計算方式があるのかを知っておくことで,自ら選んで請求していくことが出来ます。

現実収入が平均賃金よりも高い場合,平均賃金ではない現実,高額の収入での損害を認めてもらいたい場合には,可能な限り具体的に,過去の活動実績や成果,収入を得られてきた背景,技能・資格取得状況等から主張して,証拠を出していくことが大事になります。

弁護士自身が,様々な計算式,収入の認定があり得ることを意識することも大事なので,現実(に近づけて)の損害額を計算しているという納得感を保ちつつ,公平感を考えながら,選択できるように知識を保ちたいと思います。納得感,公平感のバランス感覚を磨きながら,依頼者の方にとって,少しでも納得してもらえるようなお手伝いができたらと思っています。

当事者となる被害者の方も,自分自身やお子さんが交通事故に遭った場合,どの点を意識して損害を主張することが大切なのか,職業による違いは何なのか,を知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

また,知っておくことで,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!