多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

セクハラの立証に必要な証拠は?証拠確保の注意点

セクハラの立証に必要な証拠は?証拠確保の注意点

「セクハラ」があった事実はどのように証明する?
「セクハラ」の事実を加害者が否定している場合,会社はどう対応すべき?
「セクハラ」の事実に関する証拠を保存する方法は?

私は,主に企業側,会社側でご相談を受けることが多いのですが,「セクハラ」の被害申告があって損害の賠償をするよう請求されているけれど,その場合,請求されている通りの金額を支払わないといけないのか,聞かれることもよくあります。

一方で,私が女性弁護士であることもあって,セクハラ被害を受けた女性からの相談を受けることも時々あるのですが,誰にどのような請求ができるのか,と聞かれることもあります。

セクハラ被害があった場合,被害者は加害者本人に対して請求できる金額と同額の金額を加害者を雇っている企業(会社,事業主)に「使用者責任」として請求することも出来ますので,企業はこの「使用者責任」として慰謝料等の損害賠償義務を負うことに注意が必要です。

どんな証拠に基づいて「セクハラ」があったと認定されるのでしょうか?
「セクハラ」の事実がない,とされるのはどんな場合でしょうか?

今回は,セクハラに基づく損害賠償請求をする場合に損害を認めてもらうために必要な立証の方法,証拠の確保方法や注意点を検討することで,「セクハラ」を受けたとの申出があった場合の事後対応のヒントにしてもらえたらと思います。

「セクハラ」の立証に必要なことは?
「セクハラ」のあった証拠を確保するための方法は?
「セクハラ」の証拠を残すときの注意点は?

1 セクハラの立証に必要なこと(一般論)

セクハラ被害を受けたことを理由に被害者が民法709条(不法行為)等に基づいて損害賠償請求訴訟をする場合,訴える側である原告側に,セクハラ行為の存在・内容を立証する責任があります。

そのため,証拠が不十分で,セクハラ事実があったのかなかったのか分からない(真偽不明)となると,訴訟法上は,その事実をあったものとして取り扱うことはできない(≒なかったものとして取り扱う)ことになります。

セクハラ事実の存在で争いが生じる事案は,セクハラ行為を直接証明できる客観的な証拠(客観証拠=録音,録画など)がなく,当事者尋問による原告本人の供述が唯一の直接証拠という場合が少なくありません。
その場合,原告の供述の信用性を裏付け,間接的にセクハラ行為があったことを推認させる他の事実(間接事実,例えば他の人に話したか,など)を証明できるかどうか,がセクハラ事実を立証できるかどうかの判断に影響します。

会社側として「セクハラ」事実はなかったと考えている場合には,セクハラ事実があったとする原告側の立証活動に対して,被告側としてその事実はないという反証・弾劾活動をすることになります。

この場合にはセクハラをしたと言われている加害者とされる職員は,セクハラ事実を否認する供述をしていることになるので,どちらの当事者の供述(話)の方が,より信用できるかが,セクハラ事実が認められるかどうかを判断する重要なポイントになるでしょう。

企業としては,本当にセクハラ事実が無かったのか,を改めて客観的に検討する必要があり,「無い」と判断する際には,加害者自身の供述がなぜ信用できるのか,被害者の供述がなぜ信用できないのか,当事者以外の人の供述や供述内容などに着目して判断し,対応することが必要です。

2 客観証拠を確保する方法

間接事実についても,客観証拠が多い方が供述の信用性が増すので,被害者としては,セクハラ被害に遭った場合,できるだけ早めに,セクハラの起きる前の当事者の関係性や,行動・状況等がわかる客観証拠(業務日誌,タイムカード,上司からの指示・メモやメール着信記録など)の収集確保に努めると,セクハラ事実が立証しやすくなります。

また,セクハラ被害に遭ったことを何らかの目に見える形で証拠に残すことも,間接証拠として重要になるでしょう。

例えば,警察へ通報する,被害届を出す,学校や弁護士,労基署等への相談をする(相談日時や相談内容が記録に残るようにしてもらう)ことも方法として考えられます。
セクハラ被害を受けた当時の着衣等(衣服の汚れ・破損など)をそのまま保存しておく等も考えられます。

怪我をしている場合は,その写真を残し,病院(精神科も可能です)へ行き診断書を作成してもらう(できれば医師に原因の記載もお願いする),友人,同僚等に相談のメールを送る,加害者本人に,直接,または電話やメールなどで,「なぜ,あんなことをしたのか」などと,事件のことを問いただして,その会話を録音したり,メールのやりとりを保存することも証拠になり得ます。

企業(使用者,会社)としては,加害者がセクハラ事実を否認している場合には,その供述状況の録音,被害者とのメール等のやり取りの確認,セクハラを受けた被害者としての言動として一般的にはしないであろうことなど被害者の言動に不審な点があれば,これらを記録として残すことが重要になります。

3 客観証拠を残す際の注意

「不当要求(悪質クレーマー)に立ち向かうための心得~岐阜県暴力追放推進センター森泉先生」でも記載していますが,録音をして証拠を残そうとする場合,相手の承諾を得ないと違法ではないか,勝手に録音していいのか,と聞かれることが多いですが,一般的に録音に相手の承諾・同意は必要ありません。

建物の所有者である会社が「施設内での無断録音を禁ずる」と予め施設管理権に基づいて,録音を禁止することは可能ですが,その場合でも,セクハラ事実を立証するための一時的な録音については権利を守る必要性のあることから認められることが一般的です。

他方で,常時録音をし続ける行為などは,権利を守る必要性が低く,裁判例では証拠能力を認められないこともあり得,懲戒処分の対象になり得ますので,注意は必要でしょう。

セクハラ被害にあった際,しばらく何もせず,通常通り加害者と話をしたり,勤務をしたりして長期間経過してしまった場合,本当にセクハラ事実があったのか疑われやすい事情とされます。
これは,一般的には,セクハラ事実があって何もなかったように過ごせない,加害者を避けるはず,誰かに相談などをするはず(なのにしていないのはおかしい,≒信用できない)という社会通念から指摘されるところです。
そのため,被害者として客観証拠を残す際には,セクハラ事実があった直後に出来るだけ証拠を残すことを考えることは重要でしょう。

加害者がセクハラ事実を否認している場合,会社としては,セクハラがあったとされる日時以降の被害者の言動に不審な点がないか,検討することが重要になります。

他方,「セクハラ・性被害が生じる理由と適切な予防策・トラブルを回避するための注意」で記載した通り,セクハラ被害者にはセクハラ事実を隠しておきたい,無かったことにしたいという被害者心理があり,すぐに行動しなくとも不自然なことではないという主張がされ,それを裏付ける研究論文等を提出されることもあります。

テレビなどで問題とされるセクハラ事案,性的被害事案でも,この点はよく被害者側の供述が信用できないと加害者側から主張されるところですが,すぐに行動しがたい被害者心理があることもふまえたうえで,会社としては加害者の供述を無条件に信用するのではなく,他の証拠に照らして,客観的に慎重に判断することも重要になります。

民事裁判の立証責任~まとめ

裁判所,法的手続きで使われる用語として「立証責任」がある。

「立証責任」とは,事実を証明するべき責任を負うのは当事者のうちどちらかを定めた裁判のルールのこと。
「立証責任」を負っている当事者は,その事実を証明するだけの証拠を示せなければ,裁判に負けてしまうということになります。

民事裁判の場合,問題となっている事実によって,訴える側(法律上「原告」といいます)が立証責任を負う場合もありますし,訴えられる側(法律上「被告」といいます)が立証責任を負う場合もある。

今回のセクハラによる損害賠償請求は,不法行為に基づく請求で,不法行為となる事実=セクハラがあったという事実についての「立証責任」は原告側にある。
そのため,セクハラを受けたと主張する被害者はセクハラがあったことを立証しなければ,負けてしまうことになる。

弁護士になる前は,裁判官は適切に「真実」を解明して,間違いなく判断してくれるのでは?と思っていた部分もあった気がするけれど・・

実際には裁判官は「神様」ではなくて,現場を見ているわけではないから,正確に事実に沿った判断ができるわけじゃない。
だから,「立証責任」を果たせず,セクハラ事実があるかないかは分からない,という状態だと,原告側は負けてしまう。

そのため,セクハラによる損害賠償請求をする場合,証拠に基づいて立証することが出来るのか,検討することは重要です。
訴えられる側である会社,加害者側は,裁判になった場合に負けそうかどうか判断をする際には,どのような「証拠」を原告側が持っているのかを知り,適切に判断,対応することが敗訴を免れます。

メールのやり取りなどが残っているにもかかわらず,安易にセクハラ事実はなかったと否定して交渉を打ち切った事例では,裁判になってからセクハラ事実が認められ,その不誠実な会社の対応が問題とされたものもありますので,加害者側,会社側も「立証」出来るのかどうかという判断を出来るだけ慎重に判断して,対応することが必要です。

ちなみに,刑事裁判では,被告人を有罪とするための事実は検察官が「立証責任」を負っていて,被告人は立証責任を負いません。
そして,「合理的な疑いを差し挟む余地がない程度」の証明が必要とされていて,「常識的に考えて被告人が罪を犯したことは間違いない」と判断できるレベルでないと有罪に出来ないとされます。
検察官がこの高い証明レベルを達成できない場合,たとえ被告人が真犯人であっても無罪となります。
この違いから,刑事事件では無罪となった被告人が民事事件では,敗訴して損害賠償義務を負うこともあり得ます。

このあたりは・・・

裁判所は「真実」を解明するところではないのか?
公平,公正とは言えないのではないか?

などと思うこともあるだろうし,実際に
「裁判所は弱い人(正義)を守るわけではないのですね」
と言われることもある。

・・けれど,裁判という手続きの仕組みと限界を知っておくと,真実が認められなかった・・という苦しさから少し救われる部分もあるのかなと思います。
(私自身も理不尽だと感じる裁判結果に遭遇することもありますが・・裁判官,裁判所の限界を考えて仕方ないなと思うようにしています)

神様のように「真実」を見抜けるわけではない裁判所,裁判官が,それでも出来るだけ「公平」「公正」な判断が出来るよう,「立証責任」の重さ,分担も考えて判断している・・この点でも引き続き検討してお伝えしていくのは大事だと思っています。

セクハラで損害賠償請求を受けないよう,配慮すべきことは何か?
被害者にどんな間違った対応をすると,企業の損害が拡大してしまうのか?

企業や会社が「セクハラ」対応をする際に,不安に思ってしまった場合や,会社側からの視点だけで誤った対応をしてしまわないよう,これからも伝え続けていきたいと思います。

セクハラ被害の発生予防や発生後の被害拡大を避けるために・・

何が現在の基準に当てはめると「セクハラ」となるのか,どんな証拠があると「セクハラ」と認定されやすいのか,加害者本人や会社にどんな損害が生じるのか,セクハラ被害が発生後にどのような対応が必要になるのかなど,これからも伝えていきたいと思います。

そうすることで「セクハラ」行為をした,ということで行為をした本人及び雇用主が損害賠償請求などの責任をとらなければならなくなったり,信頼を大きく失ったり,人間関係が悪くなってしまうリスクを避けつつ,人と人が温かい交流が続けられて,安心して過ごせる空間づくりをするお伝いが出来たら嬉しいな,と思います。

今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!