多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

若年で収入が低い場合の交通事故。将来増える予定の収入で損害を計算してもらう方法は

若年で収入が低い場合の交通事故。将来増える予定の収入で損害を計算してもらう方法は

今は収入は少ないけれど,将来は増える予定,という場合,交通事故当時の収入を基に損害を計算されることは納得できない,と思いますか?今回は,交通事故に遭って,働けなくなった場合に,休んだことによって得られなかった収入(休業損害)や,今後得られなくなってしまう収入(逸失利益)の損害賠償額,損害額の計算で,交通事故前の収入ではなく,平均賃金(賃金センサス)で計算する場合について「学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?」に引き続き,お伝えします。

通常,交通事故によって,働けなくなった場合には,事故前の収入を基に損害額を計算するのですが,幼いころに交通事故に遭って,当時働いていなかった場合や,働いていたけれど,低収入で今後は収入が上がっていくことが予測される場合など,そのままの収入で計算するのは納得できない,と感じる場合があります。

では,どのような場合に,交通事故前の収入ではなく,賃金センサスによって損害を算定されるのでしょうか?
10代,20代で就労はしているけれど平均賃金より安い収入の場合,今後は収入の増加も見込まれそうとして,これを前提に逸失利益の計算をしてもらうことは出来る?
自分の学歴や就労している職種の平均賃金の方が,全労働者,全学歴,全年齢の平均賃金よりも高くなりそうなとき,どちらの平均賃金を元に逸失利益の損害は計算される?

今回は,就労はしているけれど,若年時の交通事故のため,収入が今後増える見込みがあるといえそうな場合の損害額算定方法で,損することがないよう,知っておくと良いと思う点について,お伝えします。

1 可能性と蓋然性(10代,20代)

概ね30歳未満(10代,20代)のときの交通事故の場合,生涯を通じて全年齢平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められ,労働能力喪失期間が5年等の短期に制限されない場合(≒短期で症状が和らぎ,労働能力が回復されると考えられる場合),全年齢平均賃金を基礎として,逸失利益を計算しています。

しかし,近時の裁判例では,若年者についてもいわゆる正規雇用ではなく,年齢別平均賃金より大幅に低所得の事案,特に職を転々としていたり断続的にしか就労していない事案では,将来についても全年齢平均賃金を得られる(単なる可能性ではなく)蓋然性が認められないため,これを基礎とする逸失利益の計算が認められていないものがあります。
(この場合,具体的には,平均賃金の○○%というような形で,現実収入額よりは高い基礎収入額で認められることが多い)
10代の場合,大学生の場合,就労前であるために平均賃金での計算が認められることとの均衡という観点もあるためか,広い「可能性」を認める傾向があり,20代よりも平均賃金を基礎として逸失利益の計算をされやすいです。

2 学歴別・職歴別の賃金センサスが認められる場合

「学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?」でお伝えした通り,学生の場合の事故では,医学部,薬学部,看護学校等で専門教育を受けている学生や,高校生で消防士等として就職が内定していたような事案では,特定の職業に就く蓋然性が認められるため,全産業を合計した平均賃金(産業計)ではなく,職種別の平均賃金を(学歴別,職歴別)基礎として逸失利益を算定することが考えられ,その方が高額になることがあります。

そのため,損害賠償を請求する側(被害者)の場合,どの賃金センサスを使うのか有利となるのか,という視点も大切になります。

若年で就労している場合も,自分の学歴や就労している職種における平均賃金の方が全産業を合計した平均賃金よりも高い場合,職種別の平均賃金を(学歴別,職歴別)基礎として逸失利益を算定することが考えられます。

また,中卒,高卒で既に就労していた人でも,若年であれば,改めて高校や専門学校,大学で学ぶ等の様々な「可能性」があったと理由から,学歴計(中卒,高卒での平均収入ではなく,全学歴の人)の平均賃金を基礎として逸失利益を算定することが考えられます。

裁判例では,「その時点における現実収入額が,どのセンサスの年齢別平均賃金に近いか」がもっとも重視されているように思われますが,取得資格や技能,職務との関連性,年齢別平均賃金との差が縮小しつつあったかどうか,などの様々関係事情も含めて総合的に判断して,どの賃金センサスで計算することが公平,実態に近い損害の判断と言えそうかを判断していると思います。

3 30歳以上の「若年者」等の場合

30歳以上の就労者が交通事故に遭った場合,現実収入額を基礎として逸失利益を計算されることが多くなります。

しかし,人生は何歳からでもやり直したり,変化したりしますから,30歳以上で現実収入額が平均賃金を下回っていても,将来において平均賃金程度の収入を得られる蓋然性が認められる場合,平均賃金を基礎として損害を算定してもらえることになります。働く時間を短くして,資格試験を勉強中だったりする場合には,今は平均賃金よりも収入額が低くても,今後は収入を得られる蓋然性が高い,として主張していくことが考えられます。

平均賃金との同程度の収入を得られる蓋然性までは認められなくても,増収となる蓋然性が認められれば,「平均賃金の○○%」というような形で,現実収入額よりは高い基礎収入額で損害を認められることもあります。

まとめ 現実に近づける納得感と命の差をなくすこと

これまでも書きましたが,損害賠償金額を決める場合,支払う側からすれば,本当に現実に生じた損害額に限って適切な範囲で支払いたいもの。
交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,それは保険会社も感じるところだと思います。
人の命の差があるのはおかしい,と言われても,現実に,将来得られるべき収入は少ないはず,という蓋然性が高いのであれば,その範囲で払えばよいはず,不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がります。

けれど,被害者側からすれば,まだまだ未来は未確定なのに,「今」を基準に,「命の差」があるように計算されるのは納得しがたい・・・と思うところ。
そのバランスの中で,出来るだけ双方にとって公平感,納得感があるように,逸失利益の計算方法も考えられてきたところかな,と思います。

今回は,若年で現実収入額が平均賃金よりも少ない状況で交通事故に遭った場合に,どのように将来得られる収入を認定するのか,の問題ですが,実際の収入が少ない状況で,「平均賃金」をどのように使うのが現実に生じる損害額の認定に近づけるのか,公平感はどうなのか,という観点から考えるところになります。

もっとも,どのような計算方法が「正しい」のか,「公平」なのか,実際の損害額の算定に近いのか,人によって感覚も違う中,裁判所の判断も明確でないところもありますので,損害賠償請求をする被害者側としては,それぞれのケースで最大限に,自分の命,損害を評価してもらえるように請求していくという視点も重要です。
そのためには,そもそも,どのような点で違う収入の算定の方式や計算方式があるのかを知っておくことで,自ら選んで請求していくことが出来ます。

現実収入が年齢別の平均賃金よりも大幅に低い若年者の事案で,平均賃金での損害を認めてもらいたい場合には,平均賃金との差(乖離)が今後は解消,縮小する蓋然性があることを可能な限り具体的に,過去の稼働実績や正規雇用の目途,技能・資格取得状況等から主張して,証拠を出していくことが大事になります。

弁護士自身が,様々な計算式,収入の認定があり得ることを意識することも大事なので,現実の損害額を計算しているという納得感を保ちつつ,公平感を考えながら,選択できるように知識を保ちたいと思います。納得感,公平感のバランス感覚を磨きながら,依頼者の方にとって,少しでも納得してもらえるようなお手伝いができたらと思っています。

これから働き方はますます変わっていくと思いますし,この問題もまた新たな計算方式も採用されそうで,注目していきたいと思っています。

当事者となる被害者の方も,自分自身やお子さんが交通事故に遭った場合,どの点を意識して損害を主張することが大切なのか,男女や学歴,職業による違いは何なのか,を知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

また,知っておくことで,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!