
交通事故によって,後遺症が残り,将来的にこれまで通りに働けなくことによる損害(逸失利益)が生じた場合,この損害を回復するために損害賠償請求をすることができることになります。
しかし,後遺症があっても,収入減少がない場合には,その「損害」は発生していないように見えますが,損害を受けたとして損害賠償請求はできるのでしょうか?
減収がない場合の消極損害(後遺症逸失利益)の認定として,争われることがあります。
減収がなくとも「逸失利益」としての損害が認められるのは,どんな事情がある場合でしょうか?
減収がない場合,ある場合と比べて「逸失利益」の計算方法に違いがあるのでしょうか?
減収がない場合,減収がある場合との逸失利益の損害額に違いはある?
減収がなくとも,逸失利益が認めるための2つの判断基準は?
減収がない場合でも,逸失利益は認められやすい?
「交通事故による後遺障害。事故前より減収しなくても逸失利益の請求出来る?」「交通事故で減収無し。逸失利益が認められる場合・認められない場合」「後遺症によって収入が減らなくとも損害が認められる2つの要素」に引き続き,最近の裁判例の判断内容を検討しながら,逸失利益が認められる場合と認められない場合・損害額の違いなどを考えていきたいと思います。
1 後遺障害による逸失利益の一部認定
後遺障害が残った事案で,完全に逸失利益の存在を肯定した裁判例ばかりではなく,逸失利益の一部を認定した裁判例もあります。
これらの裁判例の多くは,減収が無い場合も遺失利益を認めている傾向があります。
ただし,将来的な退職の問題や減収の可能性があるかという職業についての将来の可能性の問題や認定された後遺障害と職業内容との関係性などから,労働能力喪失率や労働能力喪失期間を減収がある場合の一般的な基準よりも限定的に判断している裁判例もあります。
今のところ減収はないけれど,今後退職,減収の可能性はある,けれど,仕事内容からして,それほどその期間や減少率は多くないことが予測される,という場合にバランス感覚として,「一部」を認定することが「相当」と考えて調整しようとしているものと思います。
2 後遺障害による逸失利益の一部認定をした裁判例
名古屋地裁令和3年4月7日判決では,会社員女性,症状固定時33歳,12級12号(左足指用廃)の事例で,「原告には,少なくとも現時点では,本件事故による具体的な減収は生じていない。しかし,後遺障害にもかかわらず,原告に具体的な減収が生じていない理由は,原告の努力等が寄与していると評価することができる。そして,原告が総合職の正社員として就職していることや同就職先の規模からすると,勤務先内で配置転換の可能性は否定できず,その際,足指の用廃による歩行への影響や神経症状などから,立ち仕事や外回りの仕事に支障が生じ,事務職以外への配置転換が難しく,今後の昇給や昇格における不利益が生ずる可能性を否定できない。また,症状固定時の原告の年齢は33歳と比較的若年であり,将来の転職の可能性も否定できないところ,転職,定年後の再就職,家事労働に従事する際に支障が生じる可能性もある。」として,逸失利益自体は認めています。
しかしながら,「原告の後遺障害は併合12級に該当するところ,現時点で具体的な減収が生じていないことから12級に対応する14%の労働能力を喪失したとまでは認められないでも,上記の事情を考慮すると,少なくとも10%の労働能力を喪失したと認めるべきである。」として,14級と13級の間の労働能力喪失率を認めました。
このケースでは,後遺障害が「左足指用廃」という内容のため,現実の仕事への影響の程度があまりはっきりしない後遺障害であり,現実の収入にも減少がない一方で,後遺障害としては見過ごすことが出来ないもので,将来へ働き続けた場合の支障はありそうなことから,バランス感覚として喪失率を調整して判決したものと思います。
3 後遺障害による逸失利益を認める判断基準
裁判例を検討してみると,現時点では減収がない場合でも,裁判例は逸失利益を認定することが多いように思います。
その理由は,基準として以下の2つの事情を意識していからだと思います。
- 将来の可能性
現実に減収がない場合であっても,本人の現在および将来従事すべき職業の性質を考えると,今後の昇給や昇任,転職等に際して不利益な取り扱いを受けおそれがある場合,「逸失利益」が認められるべきという考え方があると思われます。
そして,特別な事情がない限り,治癒しきれない「後遺症」がある場合,基本的には将来の不利益の取扱いの可能性は充分あり得ることから,現在は減収がなくとも,逸失利益を認める方向の認定が多くなるのだと思います。
逸失利益が「将来」に着目して認定される損害の項目であることからすると,「将来の可能性」を考慮して判断するは,公正な判断として説得力があると思います。 - 現在減収がないことの事情
現在減収がない事例を見ると,多くのケースで,被害者本人が特別な努力を行っていたり,職場や周囲の方の支援があって,減収がないという状況になっていることが殆どでしょう。これによって,今現在は減収がなかったとしても,後遺障害の影響を受けていないわけではない,という評価が出来ること多いと思います。
そのため,この点でも,逸失利益を認める方向の認定が多くなりやすい,と考えられます。
この「将来において影響が生じるおそれがあること(将来の可能性)」「本人や周囲の努力があって減収がないこと(現在の減収がないことの事情)」という2つの基準に着目して,現時点では「減収」がなくとも「逸失利益」を認めようと考えるのが,「公平」「相当」と考えて,判断されている傾向があると言えると思います。
まとめ 結論(結果)の妥当性
治療費,車の修理代など実際に発生(負担)したことがはっきり分かる損害と異なり,交通事故がなければ得られたであろうという「未来」「将来」の可能性を前提にその「利益」が得られなかったという損害を主張することが「逸失利益」の特性です。
そのために,形式的に減収が無く「今」損害が発生していないから,今後の「未来」「将来」も損害は発生しないと考えていいのか・・?
その「結論」は,「公平」「妥当」と言えるのだろうか?
裁判所は,「結論」が納得してもらえるものとなるよう,実際にはバランス感覚を大事に調整して,逸失利益の有無,金額を調整していることが分かります。
・・その意味では,ある意味「結論ありき」なのでは,と感じるところが私としては興味深い,法律に関わっていて面白いと感じるところでもあります。
なんとなく,これくらいが「結論」としてよさそう!と思っても,「なんとなくいいバランスだと思いました」ということでは,納得してもらえないので,逸失利益を認める判断基準(なぜ,減収が無いのに逸失利益を認めても良い事案があるのか),損害額の計算方式を使って,結論が妥当であることを論理的に説明しようとしている,ことになるかなと思っています。
そのために,それぞれの事案で裁判所が妥当な「結論」を導くために,どのような判断基準で「逸失利益」を認めているのか知っておくことは重要です。
今回のテーマであれば,今「減収」がなくとも,裁判所は後遺症による逸失利益を認めるという「結論」が妥当と判断する傾向があるのか,そのための2つの判断基準である「将来において影響が生じるおそれがあること(将来の可能性)」「本人や周囲の努力があって減収がないこと(現在減収がないことの事情)」を知り,自分のケースでは,これに当てはまる「事情」「事実」があることを主張していくことが必要でしょう。
今回ご紹介したように,一部の損害が認定される場合もありますので,それぞれの事情について,弁護士に相談した上で,弁護士の予測も聞きながら,裁判等まで争っていくのか,検討をしてもらえたらと思います。
交通事故が生じた場合の具体的な賠償金額の算定の方法,どんな被害が生じるのか,被害を回復してもらうために注意しておくべきことは何か,どんな選択があるのか,などを知っておくことで,被害の回避をしたり,回復が出来る可能性が上がります。
これからも,そのための「基準」「考え方」についてもお伝えできればと思います。
それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!