多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?

学生が交通事故被害にあった場合の損害額算定基準となる収入は?

いつも読んでいただきありがとうございます。今回は,交通事故に遭って,働けなくなった場合に,休んだことによって得られなかった収入(休業損害)や,今後得られなくなってしまう収入(逸失利益)の損害賠償額,損害額の計算で,交通事故前の収入ではなく,平均賃金(賃金センサス)で計算する場合についてお伝えします。

通常,交通事故によって,働けなくなった場合には,事故前の収入を基に損害額を計算するのですが,幼いころに交通事故に遭って,当時働いていなかった場合や,働いていたけれど,低収入で今後は収入が上がっていくことが予測される場合など,そのままの収入で計算するのはあまりに納得できない,と感じる場合があります。

では,どのような場合に,交通事故前の収入ではなく,賃金センサスによって損害を算定されるのでしょうか?
高校生以下でも,大学進学の予定がある場合,損害額の算定で何を主張すると,納得いかない結果を避けられるのでしょうか?
医学部,薬学部などの学生が交通事故に遭って,将来的に働けなくなった場合,他の学生と同じように逸失利益の計算はされるのでしょうか?

今回は,若年時の交通事故のため,交通事故前の実収入が存在しない場合の損害額算定方法で,損することがないよう,知っておくと良いと思う点について,お伝えします。

1 原則学歴計・男女別全年齢平均賃金

原則として,未就労年少者(幼児,生徒,学生)の損害を計算する場合の収入は,全労働者,全学歴,全年齢での男女別の平均賃金(男女別賃金センサス)を用います。
これは,男性の平均賃金の方が女性だけの平均賃金より高く,格差があるからですが,女性であっても,年少者は,男女計の平均賃金を用いて逸失利益を算定する方法が定着しています。

もっとも,女子の場合には,以前書いた「若年女性の交通事故による逸失利益~損しない算定方法」のとおり,高校卒業後は,女性のみの平均賃金で計算される場合があるので,注意が必要です。この以前のブログでは,家事従業者(主婦)の場合,女性のみの平均賃金で計算される,と伝えていますが,今はやはり男性家事従業者の存在もありますから,家事従業者一般に女性のみの平均賃金ではなく,男女計での平均賃金で計算すべき,という考え方もあります。

他方,男子の場合には,女子からすると不公平感があると思いますが…男女計よりも高い男性のみの平均賃金を基礎として請求することが実務として認められています。

2 いつの賃金センサスを使うか

いつ時点での平均賃金(賃金センサス)を用いるのか,は明確な基準が実はあまり示されていません。

①交通事故時,②症状固定時(これ以上治療しても症状が改善しないとされる時期),死亡時③紛争解決時(事実審口頭弁論終結時)などの説があります。
平均賃金は,ずっと同じわけではなく,毎年更新されるので,いつの時点の平均賃金を使うかで,損害賠償額額の計算が変わり,損害額が変わります。

そのため,損害賠償を請求する側(被害者)の場合,どの時点で賃金センサスを使うのか有利となるのか,という視点も大切になります。

3 高校生(浪人生)以下の場合

高校生以下の年少者,高校卒業後に大学進学していない浪人生が交通事故に遭った場合,全労働者,全学歴,全年齢の平均賃金(男女別賃金センサス)を使うことになるのか?
大学,高専,短大への進学の蓋然性が認められる場合,大卒,高専,短大卒の平均賃金を基礎とすることが出来ると考えられています。
この場合,全学歴の平均賃金よりも,大卒の平均賃金の方が高額であるので,こちらを基礎に算定してもらうことが被害者の利益となります。

昨今の日本では大学に進学する方が多数で,かつ定員割れの大学も少なくありません。
そのため,被害者である未就労年少者に多少なりとも大学進学の希望があった場合には,大卒の平均賃金による損害額の計算を主張をしたいことも,依頼する弁護士に伝えましょう。
もっとも,大学生になっていない場合,大卒平均賃金による計算をする場合,大学卒業後に就労することを想定していることによって,就労開始時期が遅れるため,学歴計の平均賃金として就労始期を18歳とした方が逸失利益としての損害額よりも少なくなってしまうことがあるので,金額が多い方での算出を望む場合には,この点も知っておくと,なぜ,弁護士がその計算方法を選んでいるのか,という視点が分かるかなと思います。

4 医学部,薬学部,看護学部の学生

交通事故時,または交通事故後に医学部,薬学部,看護学校等で専門教育を受けている学生や,高校生で消防士等として就職が内定していたような事案では,特定の職業に就く蓋然性が認められるため,全産業を合計した平均賃金(産業計)ではなく,職種別の平均賃金を基礎として逸失利益を算定することが考えられ,その方が高額になることがあります。
もっとも,調理専門学校の学生等のように,職種別よりも産業計の平均賃金の方が高い場合もあるので,この場合には,専門学校等で学んでいたとしても実際には,様々な職業に就く可能性があったとして産業計の平均賃金を基礎として損害額を算定する扱いもされています。

そのため,どの賃金センサスを利用して,計算をするのがご自身の事案には有利となるのかを考えて主張する,ということになります。

女性の死亡事案では,男女計での平均賃金で計算した場合,亡くなったことによって使う必要がなくなった生活費の割合として,損害額から生活費を控除する割合が45%として計算されることも多いため,女性,大卒の平均賃金で収入は算出し,控除する方も,女性としての生活費控除率30%で計算した場合よりも損害額が低くなってしまうことがあります。
この点はどの計算方式を採用すると,どんな点でリスクがあるのか,それを考えて何を採用して主張するのか,併せて予備的に主張しておくのか,という点も考えることになります。

まとめ 現実に近づける納得感と複数の「正しさ」

以前にも書きましたが,損害賠償金額を決める場合,支払う側からすれば,本当に現実に生じた損害額に限って適切な範囲で支払いたいもの。
交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,それは保険会社も感じるところだと思います。
なので,男女差があるのはおかしい,と言われても,現実に,女性の方が得られるべき収入は少ないはず,という蓋然性が高いのであれば,その範囲で払えばよいはず,不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がります。

けれど,被害者側からすれば,男女で「命の差」があるように計算されるのは納得しがたい・・・と思うところ。
そのバランスの中で,出来るだけ双方にとって公平感,納得感があるように,若年女性の逸失利益の計算方法も考えられてきたところかな,と思います。

今回は,収入がない状況で交通事故に遭った場合に,どのように将来得られる収入を認定するのか,の問題ですが,実際の収入がない状況で,「平均賃金」をどのように使うのが現実に生じる損害額の認定に近づけるのか,男女間の公平感はどうなのか,という観点から考えるところになります。
もっとも,どのような計算方法が「正しい」のか,「公平」なのか,実際の損害額の算定に近いのか,人によって感覚も違う中,裁判所の判断も明確でないところもありますので,損害賠償請求をする被害者側としては,それぞれのケースで最大限に,自分の命,損害を評価してもらえるように「正しさ」を選んで,請求していくという視点も重要です。
そのためには,そもそも,どのような点で違う収入の算定の方式や計算方式があるのかを知っておくことで,自ら選んで請求していくことが出来ます。

弁護士自身が,様々な計算式,収入の認定があり得ることを意識することも大事なので,現実の損害額を計算しているという納得感を保ちつつ,公平感,「正しさ」を考えながら,選択できるように知識を保ちたいと思います。納得感,公平感のバランス感覚を磨きながら,依頼者の方にとって,少しでも納得してもらえるようなお手伝いができたらと思っています。

これから男女の働き方はますます変わっていくと思いますし,それによって,男女の収入差も変わっていけば,この問題もまた新たな計算方式も採用されそうで,注目していきたいと思っています。

当事者となる被害者の方も,自分自身やお子さんが交通事故に遭った場合,どの点を意識して損害を主張することが大切なのか,男女や学歴による違いは何なのか,を知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。

また,知っておくことで,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!