多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

降格・降給が違法・無効となる場合は?人事権の行使の限界

降格・降給が違法・無効となる場合は?人事権の行使の限界

いつも,読んでくださり,ありがとうございます。今回も,前回の「人事権の行使」に引き続いてお伝えします♪
前回は,「配転」を中心にお伝えしましたので,今回は,どの企業でも問題となる「降格」についてお話します。

人事権の行使として,昇進・昇格・昇給や降格・降級が行われます。
これらは,人事考課に基づいて行われ,基本的には企業に広い裁量が認められる部分になります。

「人事権」とは,一般には,採用・配置・異動など労働者の勤務場所や担当する業務内容の決定,昇進・昇格・降格などの労働者の地位の決定,休職・解雇などの労働者の処遇の決定について,会社が社員に対して有する権限とされます。

会社運営をしていく中で,人事権を適切に行使して,それぞれの能力を活かして業績を上げることは重要です。
しかし,人事権の行使によって,労働者の地位が変わり,収入減となるような変動があれば,労働者にとっては影響も大きく,法的なトラブルになることもあります。

不適切な方法で人事権の行使が行われれば,無効となり,業務の円滑な執行の妨げになり得ると共に,違法行為として,労働者から経営者,会社が損害賠償請求を受けることになり得ます。降格が無効となれば,降格前の役職,給与であることを前提に,支払われなかった差額分の給与を一度に請求されることにもなり得ます。

どのような場合に「降格」が人事権の行使として,違法となるのでしょうか?
人事権の行使として,「降格」することが制限されるのはどんな場合?
そもそも,「降格」とは何か?分類ごとにどのように制限が違うのか?

1 降格とは

「降格」とは,広い概念です。

これを分類すると,
①一定の職位や役職を引き下げる意味での降格(降職。昇進の反対)
②職能資格制度・職務等級制度上の資格・等級を引き下げる意味での降格(昇給・昇格の反対)に分類することができます。

「降格」については人事考課に基づいて行われるため,基本的には企業に広い裁量が認められることについてはイメージしやすいと思います。
しかし,この裁量にも限界があり,法律による制約,権利濫用による制約を受けます。

2 法律による「降格」の制約

人事考課に裁量が認められるとしても無制限ではなく,法律による制約や権利濫用による制約があります。
法律による制約とは,労働基準法による均等待遇,男女同一賃金(労基法3条,4条),男女雇用機会均等法による性差別禁止や妊娠・出産にともなう不利益取扱禁止(均等法6条,9条),育児介護休業法による不利益取扱禁止(育児介護休業法第10条)などが挙げられます。

特に,広島中央保健生協事件-最判平成26年10月23日は,マタニティ・ハラスメント問題に関連して均等法9条3項の解釈について重要な判断をしています。

【男女雇用機会均等法9条3項】

事業主は,その雇用する女性労働者が妊娠したこと,出産したこと,労働基準法(昭和22年法律第49号)第65条第1項(産前休業)の規定による休業を請求し,又は同項若しくは同条第2項(産後休業)の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として,当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

この事案は,従業員の妊娠中の軽易な業務への転換に際して,副主任を降格させられ,育児休業の終了後も副主任に任ぜられなかった事案です。当該降格は違法,無効として,降格前の役職に基づき,管理職手当等の支払いを求めました。

最高裁は,均等法9条3項が強行規定であるとした上で,女性労働者につき,妊娠,出産,産前休業の請求,産前産後の休業又は軽易業務への転換等を理由として解雇その他不利益な取扱いをすることは原則として違法・無効であり,例外的に,①労働者が自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき,②降格措置について均等法9条3項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは,同項の禁止する取扱いに当たらないというべきと判断しました。

本件事案で最高裁は,副主任を降格させた措置が均等法第9条第3項に違反し違法・無効なものに当たりうるとして原審に破棄差し戻しています(差戻審は違法・無効と判断)。

上記最高裁判例を受けて,均等法9条3項等の行政解釈(平成27.1.23雇児発0123第1号)が改正されていますので,参考になります。

3 権利濫用による「降格」の制約

権利濫用による制約については,1「降格」の分類ごとに見た方が分かりやすいので,分類して検討します。

①職位や役職を引下げる降格(降職)

人事権の行使としての降格のうち,一定の職位や役職を解く降格については,就業規則上の根拠規定がなくとも,使用者の裁量的判断によって行うことができると考えられています。
しかし,無制限ではなく権利濫用の制約があります(労働契約法3条5項)。

裁判例によると,職位や役職を引き下げる降格については,業務上・組織上の必要性の有無及びその程度,能力・適性の欠如等の労働者側における帰責性の有無及びその程度,労働者の被る不利益の性質及びその程度等を総合考慮して判断されますが,使用者の経営判断に属する事項であるため,権利濫用の判断は,賃金減額と直結する②の職能資格の引下げ等と比べて緩やかに判断される傾向にあるのは当然のことと言えるでしょう。

一方,職務を限定する特約が存在する場合には,当然のことながら職位や役職を引き下げる降格について一定の制約があると言えますが,その反面,成績不良による解雇が認められ易くなるということになります。

②職能資格制度上の資格を引下げる降格

職能資格制度とは,従業員に求められる職務遂行能力(職能)をランク付けした資格・等級に従業員を格付けして賃金(職能給)等を決定する制度です。
旧来の職能資格制度では,従業員の潜在的能力に重点が置かれて能力評価を年齢や経験年数に対応させて運用されることが通常でした。
そのため,資格・等級を引き下げる降格は通常予定されておらず,降格には就業規則や従業員との明示の合意が必要となります(アーク証券(本訴)事件-東京地判平成12年1月31日)。

アーク証券(本訴)事件とは,旧来型の職能資格制度の給与システムを定めていたところ,旧就業規則上の根拠も労働者の同意もなく営業成績に応じて従業員を降格処分とし,途中で旧就業規則を改正して新就業規則において能力評価制を導入した結果減給となった点が無効であるとして争われた事案です。

裁判所は,降格処分の点について,旧就業規則の給与システムは一般的な職能資格制度であり,いったん備わっていると判断された職務遂行能力が,営業成績や勤務評価が低い場合にこれを備えないものとして降格されることは,心身の障害等の特別の事情がある場合は別として,何ら予定されていなかったとした上で,降格に就業規則や従業員との明示の合意が必要であるとしています。

なお,就業規則を事後的に改正してこれに基づく評価をした点については,いわゆる「就業規則の不利益変更」の問題ですが,賃金という労働者にとって重要な労働条件に関しては高度の必要性に基づいた合理的な内容でなければならないところ(第四銀行事件),労働者全体の給与を削減する必要は否定できないが,代償措置その他関連する労働条件の改善措置はとられておらず,労使間の利害調整も不十分であることから,就業規則の不利益変更の合理性を肯定することはできないとして無効としています。地裁判例ですが参考になります。

③職務等級制度上の等級を引下げる降格(降級)

職務等級制度は,職務・役割の価値である職務評価・役割評価をランク付けした職務等級・役割等級(グレード)に対応させて,等級ごとに賃金(職務給・役割給)等を決定する制度です。従業員の顕在能力や業績に賃金を連動させる点で成果主義的制度と言えます。

成果主義的制度ですから,②の職能資格と比べて使用者側には広い裁量があり,審査評価制度・評価基準での枠内で行われる限り,原則として企業の裁量的判断に委ねられるものと言えます。ただし,そもそも成績不良が認めらないといった事実誤認や退職誘導など不当な動機が認められる場合には人事権の濫用として無効となり得ます。

4 時代に応じて気持ちよく働ける人事権行使~まとめ

前回もご紹介しましたが,育児・介護休業法(育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)の第1条で,この法律の目的として,「職業生活と家庭生活との両立」が定められています。

色々な法律の成立,改正を横断的に視てみると,現在がどのような社会を目指ししているのか,どんな点を「働き方」として重視しているのか,を感じられます。
そして,今の時代,これからの時代を生きる方,働く方が何を大切にしているのか,を知って働く環境の調整や,人事権の行使も考えるのが大切だと思っています。

時代の流れによって,以前は問題とされることも無かったことが,現在では,大きな問題になるので,配転などの人事権の行使も,今の時代にあった「考え方」を知って,対応するのが重要だと思っています。

今までの労働条件よりも評価されないと感じてしまう「降格」,これに伴う給与の減額は,一般的には働く人のモチベーションを下げることに繋がりやすいので,恣意的な判断と言われないよう,出来るだけ明確な基準,客観的な基準によって判断し,労働者に非違行為があり,懲戒権の行使として「降格」が認められるような場合でなければ,降格にあたって,労働者と利害の調整をすることが望ましいでしょう。

最近の法律改正の状況を見ると,「家庭生活との両立」が出来るような働き方を社会では求めていることが分かるので,この流れと反するような理由による「降格」については,違法,無効となりやすく,注意が必要です。

また,「降格」よりも,昇進,昇級など,労働者が自分のことを評価してくれていると感じられるための評価基準,評価方法を意識していくことも,時代に応じて労働者が気持ちよく働け,結果として,会社の事業も円滑となり,業績向上に繋がるために必要とされるでしょう。

しかし,人事権の行使としての「降格」は,業務の円滑な進行の上で必要であるからこそ,なされるのですから,もちろん適切に行使すべき場面はあります。
どうしても,「降格」が必要な場合には,その理由がなぜなのか,どんな場合にあり得るのか,をもう一度振り返って,採用時に文書で渡しておくことなども重要でしょう。

また,法的には違法,無効とはならなくとも,最近の傾向からは,女性のみならず,男性も,家庭と両立できるような働き方を望む人も増えてきていると感じますから,これに応じた柔軟な体制を整備出来ることは,働く職員にとっても魅力的な会社として選ばれやすいのではないかと思います。

男性,女性という違いにとどまらず,介護する家族がいる,養育する幼少の子がいる,なども含めた多様な家族背景のある職員が気持ちよく働けるように,会社,企業は職場環境の整備が求められているのを感じます。

経営者としては,やはり,予め今の時代の要請に応じた就業規則,規定を定め,体制を整備するとともに,それでも,問題が生じた場合には適宜見直すなど,適法かつ有効な人事権の行使を検討し,対応していくのが重要だと思います。

法律上,どんな人事権の行使が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな賠償責任があり得るのか,今はどんなことに特に注意しないといけないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておきましょう。

そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らしつつ,より魅力的な会社として,職員が気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!