多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

労働者が病気,怪我をした場合の復職配慮~解雇できる場合,出来ない場合

労働者が病気,怪我をした場合の復職配慮~解雇できる場合,出来ない場合

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!

今回は,「労働者が病気,怪我をした場合の復職配慮・解雇」についてお伝えします。
病気,怪我で働けないのは,従業員にとっても大変なことですが,会社の経営を維持,発展するために,従業員を雇って就労してもらうことにしている会社,企業にとっても,大きな損失です。

民法第623条で「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生ずる」とあります。
そのため,雇用契約において,労働者側としては「就労」することが基本的な義務であり,この義務を果たしてくれるからこそ,使用者側としては「賃金」を支払う義務がある,ということになります。

しかし,労働者が病気,怪我をすると,労働者のこの提供すべき基本的債務である「就労」が不可能となってしまう場合があります。

労働者が傷病によって,働けなくなった場合,労働者の基本的な義務が果たされないので,企業としては,このまま雇用を維持することが困難になりますが,退職してもらうこと,解雇することは出来るのでしょうか?
それとも,復職のために,努力,配慮をしなければいけないのでしょうか?

業務に起因した怪我,病気なのか,そうではなく,病気,怪我をしたのかによっても,取り扱いは異なるので,お伝えします。

1 業務上傷病と私傷病

就労ができなくなった場合には,それが業務に起因するもの(以下「業務上傷病」といいます。)と
労働者のプライベートな事情によるもの(以下「私傷病」といいます。)の二つがあります。

2 業務上傷病に当たる場合

この場合,使用者は,労働者が業務上負傷し,または疾病にかかり療養のため休業する期間およびその後の30日間は,その労働者を解雇できません(労基法19条1項)。

しかし,中には,症状が固定せず療養期間が長期間に及ぶ場合もあります。
この場合の労使間の調整を図るため,「使用者が第81条の規定によって打切補償を支払う場合はこの限りではない」(労基法19条1項但書)という規定が置かれています。
打切補償については,以前のブログ長期間休職している職員への対応(労災療養給付と打切補償)長期間休職している職員を解雇できる場合・出来ない場合~(労災保険法上の療養補償給付と打切補償)で紹介しておりますので,参照してもらえたらと思います。

3 私傷病に当たる場合

この場合,労働者は「就労」という基本的債務を提供できないので,契約は債務不履行により終了(解雇)ということが考えられます。
確かに病気,怪我を生じた労働者は大変なのですが,それが業務とは関係ないものである以上,会社(雇用主)が,労働の提供も受けられないのに,保護しなければいけない義務はないからです。

4 休職制度

もっとも,会社によっては「休職制度」を就業規則で定め,私傷病であっても,回復が見込まれる場合は労働者としての地位を残したまま休職という措置(一定期間,労働者の就労義務を免除する措置)をとることがあります。この場合には,休職期間中に業務が行える状態に回復した場合は,復職することになり,休職期間が満了しても回復しない場合は自動的に退職となると定めているものが多いようです。
休職期間中の賃金は,就業規則や労使協定による特段の定めがなければ無給となりますが,健康保険上の傷病手当金が受給できることがあります。

休職措置がとられた場合,傷病が回復したかどうかの判断が重要になってきます。復職可否を判断するにあたっては,労働者本人の意向を聴取することはもちろんですが,産業医や主治医の意見を聞いた上で,最終的には会社が判断することになります。

その判断とも関わりますが,復職後にどのような業務(職種)に従事させるべきかというのは重要な問題です。
原則は,従前と同様の業務ということになりますが,当該傷病との関係で,他業務に配置すれば業務遂行が可能というような場合もあり得るところです。
このとき,使用者としては,他業務への配置を検討しなければならないのでしょうか?

①業務が限定されていない労働者

業務が限定されていたかどうかは,労働契約における合意内容を見る必要があります。
労働契約書,雇用条件通知書などに業務の限定が明示されていなければ,業務は限定されていない,と判断されることが多いでしょう。

労働契約上職種や業務が限定されていない場合だけれど,実際には,長期間特定の業務に従事していたというケースではどう考えたらいいでしょうか。

これは配転の場面でもよく問題となりますが,裁判所は実際には特定の業務に長期間従事していても,業務が限定された労働契約であると認定することに消極的な印象です。

業務が特定されていない労働者の場合「現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。」と判断されています。(片山組事件(最判平成10年4月9日))。

業務が限定されていない労働者については,従来の業務に限らず,他業務への配転可能性を検討する配慮義務があることになります。

②業務が限定されている労働者

例えば特定の専門職として採用しているような場合,業務を限定して採用し,労働契約として明示されていることも多いでしょう。

このように,職種が限定されて労働契約を締結した場合には,使用者の配慮義務は軽減されると考えられています。
カントラ事件(大阪高判平成14年6月19日)は,労働者がその職種を特定して雇用された場合において,その労働者が従前の業務を通常の程度に遂行することができなくなった場合には,原則として,労働契約に基づく債務の本旨に従った履行の提供,すなわち特定された職種の職務に応じた労務の提供をすることはできない状況にあるものといえ,会社に賃金支払義務は発生しないと判断しています。

5 復職時の配慮義務も変革の時代~まとめ

私傷病における復職時の配慮義務については,これまでは,一度勤めた会社に長期間勤めあげる,という慣習が一般的にあり,そういう,日本の長期雇用システムを前提としていた点があると思います。
しかし,今は,労働者側から新しい職場を探して転職していく状況,それを受け容れる転職市場が発達していることにより,この長期雇用システム自体が崩壊しつつあると言えると思います。
会社,経営者としては,退職,転職する労働者を止めることは出来ません。

その中で,事業主,会社,経営者側だけが,私傷病による場合までも,労働者を守る必要性,雇用を継続していくための配慮をする必要性がどこまであるのでしょうか。
これからは,上下関係ではなく,対等な関係であることを前提に,一方的に護る,護られる,という関係ではなく,双方にとって利益があるような関係をどのように築いていくのか,という考え方が大切になると思います。

その意味では,法的には必要がない場合にまで経営者を縛ることになる「休職制度」が本当に今でも自社にとって必要なのか,就業規則として「休職制度」を定めておくのは,どのように会社,経営者にとってメリット,デメリットがあるのか,を考えて,このまま継続するのか,見直しするのか,を考えていくことも必要でしょう。

就業規則は,時代や経済状況,会社の状況によって,作成当時とは異なる対応が必要になることはあります。

就業規則を変更したい場合ににどんな文言にすれば良いのか,こういう文言を入れたいけれど有効になるのか,どんな手順を踏めばいいのか,などご不明な点がある場合には,一度,弁護士に相談いただけると良いと思います。

法律上,何が許されていて,何は許されないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことが重要です。
そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!