多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

人事権行使の限界は?転勤が無効になる場合

人事権行使の限界は?転勤が無効になる場合

いつも,読んでくださり,ありがとうございます。安倍元首相のこと,とても痛ましいことです。ご冥福をお祈りいたします。
今回は,人事権の行使に関する注意点として「配転」についてお伝えします。

人事権の行使として,一般的に思い浮かぶのは,昇進・昇格・昇給降格・降級というようなものかと思います。
これらについては人事考課に基づいて行われ,基本的には企業に広い裁量が認められる部分になります。
これに対し,人事でよく問題となるのは,労働者に対する環境変化の大きい①配転,②出向,③転籍といったものになります。

「人事権」とは,一般には,採用・配置・異動など労働者の勤務場所や担当する業務内容の決定,昇進・昇格・降格などの労働者の地位の決定,休職・解雇などの労働者の処遇の決定について,会社が社員に対して有する権限とされます。

会社運営をしていく中で,人事権を適切に行使して,人材を配置し,業績を上げることは重要です。
しかし,人事権の行使による環境の変化は,労働者にとっては大きな負担になることもあり,法的なトラブルになることもあります。

不適切な方法で人事権の行使が行われれば,無効となり,業務の円滑な執行の妨げになり得ると共に,違法行為として,労働者から経営者,会社が損害賠償請求を受けることになり得ます。

どのような場合に人事権の行使が違法となることがあるのでしょうか?
配転,出向,転籍などによって,許される要件は違うのかは?
配転命令が具体的に有効になる要件は?

今回は,「配転」を中心にお伝えします。

1 配転,出向,転籍の違い

① 配転とは

同一企業内における職務内容や勤務場所を相当長期にわたり変更することです。
就業規則の定めなど労働契約上の根拠があれば,企業は従業員に対し配転命令を行使できますが,それが権利濫用に当たる場合等は認められていません。

②出向(在籍出向)とは

企業の従業員としての地位を維持しながら,他の企業においてその指揮命令下で就労することです。
出向に際しては従業員の同意や包括的な同意が必要であり,当該出向が,その必要性,対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして,それが権利濫用に当たる場合は認められません(労働契約法14条)。

③転籍(移籍出向)とは

企業との労働契約関係が終了し,新たに他の企業との労働契約関係に入ることを指します。
従業員の個別的同意が必要であり,企業が一方的に転籍を命令することは認められません。

①→③の順で労働者の置かれる労働環境に大きな影響(不利益)が生じます。これに伴って,①→③の順に法律上許される要件も厳しくなっていることが分かります。今回は,①「配転」について見てみます。

「配転」のうち,同一勤務地内の職務内容の変更を「配置転換」勤務地を変更することを「転勤」と呼びます。
「配転」には,長期雇用が前提の中で多様な職種・職場を経験させることによる人材育成や組織の活性化の側面と,不況時における人員配置を調整して解雇を回避するための手段という2つの側面があると言われます。また,実際に行われている場面をみると,労働者が特定の職務を行った際に,その職務内容や職場環境の特徴に基づくトラブルがあった場合に,トラブルの回避のために違う職務内容に変更していることもあります。

2 配転命令の有効要件

企業が配転を適法に行うためには,①労働契約上の根拠があること,②権利濫用に当たらないこと,が必要です(最判昭和61年7月14日-東亜ペイント事件-)。

①労働契約上の根拠があること

就業規則に規定が置かれているのが通常であり,これで足ります。
しかし,採用時の労働契約書などに明示的・黙示的に職種や勤務地が限定する合意がある場合には,当該合意が優先することになるので注意が必要です。
職種限定が認められやすいのは,一般に,医師,看護士,パイロット,税理士など特殊の技術,技能,資格を有する場合です。
また,勤務地限定が認められやすい例としては,現地採用の工員や事務補助職として勤務している労働者の場合です。

労働契約法15条は採用時に労働条件明示書の交付を義務付けています。
この通知書の記載は,入社後の当面の職務・勤務地を示すに過ぎないと考えられていますが,トラブル防止のためにも「職種・勤務地を変更することがあること」を明示しておくのがトラブルを避けるために有効です。

②権利濫用に当たらないこと

東亜ペイント事件判決は,ア業務上の必要性が存しない場合,アがあるとしても,イ不当な動機・目的をもってなされた場合,または,ウ労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合に,配転命令は権利濫用として無効としています。

ア 業務上の必要性

東亜ペイント事件は,転勤が「余人をもって替え難いといった高度の必要性がなくても,労働力の適正配置,業務の能率増進,従業員の能力開発,勤務意欲の高揚,業務運営の円滑化など,企業の合理的な運営に寄与する点が認められれば,業務上の必要性は肯定される。」として,労働力の適正配置や業務運営の円滑化といった一般的な事情で足りるとしています。

イ 不当な動機,目的

例えば嫌がらせ目的,退職に追い込むことを目的とした配転がこれにあたります。

ウ 通常甘受すべき程度を著しく超える不利益

企業側の業務上の必要性と,労働者側の不利益を比較衡量することになります。
もっとも,労働者が被る不利益が「通常甘受すべき限度を著しく超える場合」としているとおり,比較衡量の結果,権利濫用とされるのはあくまで例外的場面であるといえます。
ここはケースごとに判断していくことになります。以下のような事情が考慮されることになります。

ⅰ 遠距離通勤・単身赴任

配転により「遠距離通勤」となる状況となっても通勤時間が2時間程度であれば著しい不利益とはいえないとしている裁判例があります。
また,単身赴任せざるを得ない状況であっても,それだけの事情では著しい不利益とはいえないとされる可能性が高い傾向にあります。

・東亜ペイント事件は,神戸から広島・名古屋への転勤について有効

・ケンウッド事件(最判平成12年1月28日)は幼児を保育園に預けている共働き女性に対する目黒区から八王子(通勤に1時間45分を要する)への配転について有効
(配転によって通勤時間が片道約1時間長くなり,保育園に預けている子供の送迎等で支障が生じると主張された事案)

ⅱ 育児・介護に支障がでる場合

一方,裁判例を見ると,疾病や障害をもつ家族の介護や看護ができなくなるような事情がある場合,著しい不利益として配転命令を無効とする例が多いです。

・明治図書出版事件(東京地決平成14年12月27日)はアトピー性皮膚炎に罹患した幼児を持つ共働きの総合職男性労働者に対する東京から大阪への転勤命令について無効

・ネスレ日本事件(大阪高判平成18年4月14日)妻が非定型精神病に罹患していること,母が要介護認定を受けていた事例で兵庫から茨木への配転命令について無効

現在,育児・介護休業法26条(平成13年改正)では,労働者の配転に関する配慮義務として「(事業主が転勤をさせようとする場合),その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは,当該労働者の子の養育又は介護の状況に配慮しなければならない」と定められ,厚生労働省による育児・介護休業法の指針でも「配慮することの内容としては,例えば,当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況を把握すること,労働者本人の意向をしんしゃくすること,配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをした場合の子の養育又は家族の介護の代替手段の有無の確認を行うこと等があること」とされています(平成21年厚生労働省告示第509号)。

裁判例でも,配慮義務を尽くしたかどうかが,権利濫用とされるかどうか,の考慮要素とされています。

現在は,ワーク・ライフ・バランスへの関心が深まっており(労働契約法3条3項参照),使用者(経営者)としては,従来にも増して労働者の私生活にいかなる影響を与えるのかを慎重に判断する必要があるのではないかと思います。

3 職業生活と家庭生活との両立~まとめ

育児・介護休業法(育児休業,介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律)の第1条で,この法律の目的の中に,「職業生活と家庭生活との両立」が記載されています。

色々な法律の成立,改正を見ながら,その成立背景を知り,現在がどのような社会を目指ししているのか,どんな点を「働き方」として重視しているのか,を感じることは大切だと思っています。
時代の流れによって,以前は問題とされることも無かったことが,現在では,大きな問題になるので,配転などの人事権の行使も,今の時代にあった「考え方」を知って,対応するのが重要です。

現在は,「家庭生活との両立」が出来るような働き方を社会では求めているので,総合職だから,全国転勤を前提に雇用したから,という理由だけで,家庭生活との両立に全く配慮しない転勤というのは,権利濫用として無効にされるリスクも大きくなっていると思いますので,注意が必要です。
新型コロナウイルスの蔓延防止のためのリモートワークなども普及したことで,転勤するか,しないか,だけではなく,より柔軟な働き方を考えることも出来るのではないかと思います。

しかし,人事権の行使としての転勤,配置転換は,業務の円滑な進行の上で必要であるからこそ,なされるのですから,もちろん適切に行使すべき場面はあります。
どうしても,全国転勤が必要な職種や,業務の変更が必須な場合には,その理由がなぜなのかをもう一度振り返って,採用時に文書で渡しておくことなども重要です。実際の転勤,配置転換の際には,職員の現在の家庭環境に配慮しながら,調整していくという手順を踏むことも重要です。

また,法的には違法,無効とはならなくとも,最近の傾向からは,女性のみならず,男性も,家庭と両立できるような働き方を望む人も増えてきていると感じますから,これに応じた柔軟な体制を整備出来ることは,働く職員にとっても魅力的な会社として選ばれやすいのではないかと思います。

男性,女性という違いにとどまらず,介護する家族がいる,養育する幼少の子がいる,なども含めた多様な家族背景のある職員が気持ちよく働けるように,会社,企業は職場環境の整備が求められているのを感じます。

違法とまでは言えない転勤,配置転換であっても,積極的に家庭生活との両立に配慮することで,職員に対する会社への思いやりも届きます。実際に,働いている方のインタビューを聞くと,出産直後の働き方を配慮してもらえたことで,その後は会社に恩返しをしていこう,頑張って働きたい,という趣旨の発言をしている方もいらっしゃいます。
やはり,こうした配慮は,職員とのトラブルを回避しつつ,気持ちよく働ける会社につながり,結果として会社の業績を上げることにも繋がると私は思います。

経営者としては,やはり,予め今の時代の要請に応じた就業規則,規定を定め,体制を整備するとともに,それでも,問題が生じた場合には適宜見直すなど,適法かつ有効な人事権の行使を検討し,対応していくのが重要だと思います。

法律上,どんな人事権の行使が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな賠償責任があり得るのか,今はどんなことに特に注意しないといけないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておきましょう。

そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らしつつ,より魅力的な会社として,職員が気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!