多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

懲戒処分の相当性基準は?経歴詐称・パワハラ・セクハラ等による懲戒処分の有効性

懲戒処分の相当性基準は?経歴詐称・パワハラ・セクハラ等による懲戒処分の有効性

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!今回は,引続き「懲戒処分」についてお伝えします。
「懲戒処分」とは,労働者が会社の秩序を乱す行為をした場合に,これに対する制裁として行われる措置です。

前回は,一般的な点についてお伝えしましたが,今回はより具体的な場面で,様々な労働者の非違行為(会社秩序を乱す非行・違法行為)があった場合,懲戒処分が許されるのかどうか,類型毎に事例を考えながら,検討します。

会社運営をしていく中で,労働者の非違行為が発覚して,どのような懲戒処分が適当か,どのような手続で懲戒処分をすればよいか迷うことも多いと思います。
しかし,懲戒処分への対応は,その企業としての姿勢が分かり,顧客からの信頼の維持,回復に関わるものですから,速やかで適切な懲戒処分が必要です。

一方で,不適切な場面,不適切な方法で懲戒処分が行われれば,懲戒処分は無効となり,労働者からの信頼を失って,業務の円滑な執行の妨げになり得ると共に,違法行為として,労働者から経営者,会社が損害賠償請求を受けることになり得ます。

どのような場合に懲戒処分が許されるのでしょうか?
懲戒処分の相当性を判断する6つの要素は?
経歴詐称が後に分かったら,懲戒処分出来る?
セクハラ・パワハラをしたら,懲戒処分できる?

具体的に見ていきましょう。

1 懲戒処分の相当性の基準

前回の「懲戒処分が適法となる場合,違法となる場合。懲戒すべき場合とは」でお伝えしたとおり,懲戒処分は,①就業規則に根拠があり,②その懲戒事由に該当し,③懲戒処分が社会通念上相当なものでなければ適法になりません。
就業規則を作成する段階で,会社は,懲戒事由毎に処分を場合分けしているのが通常ですが,具体的類型毎に,どのような点に着目し,どのような処分を下せば「相当」と言えるのでしょうか?

相当性の判断については,一般論としては,①行為の内容,②結果の重大性,③頻度や期間,④業務内容,⑤過去の処分歴,⑥反省の有無などを総合して判断されるべきものといえます。
それぞれの類型毎に,この6つの基準を元にどのように懲戒処分が認められそうなのか,見ていきます。

2 経歴詐称

経歴は,採用のためのみではなく採用後に基本的資料となるものであり,これを偽ったことが判明した場合には,たとえ採用後の勤務に非難すべき点がなかったとしても労働契約上の信義則違反として懲戒事由となり得ます。

判例は「重要な経歴」を詐称した場合に限り,懲戒処分としての相当性を認める傾向です。重要な経歴とは,例えば,最終学歴・職歴,犯罪歴(但し,賞罰歴における罰とは一般的には確定した有罪判決をいいます。)がこれに当たります(最判平成3年9月19日-炭研精工事件)。

経歴詐称が発覚した場合,会社としては辞めて欲しい,と考える場合も多いと思います。
その経歴詐称が契約前にその内容について知っていたとしたら,会社が労働契約を締結していなかったと認められる場合,もしくは,少なくとも同一条件では労働契約を締結しなかったと考えられるような場合には,判例の傾向からしても,「重要な経歴」の詐称にあたり,懲戒解雇が有効になり得ます。

3 勤務懈怠

無断欠勤,出勤不良といった勤務懈怠は,それ自体は単に労務提供という労働者側の債務不履行であり,それが職務規律に違反したり,企業秩序を乱したと認められる場合に,初めて懲戒事由となるものといえます。
よって,欠勤の頻度や継続性,その理由,企業の注意・指導の有無やそれに対する労働者の対応,業務に与えた影響,従来の取扱いを考慮して,懲戒処分の有効性を判断する傾向にあります。

勤務懈怠について企業が注意・指導をしない場合には,これを許容していたと判断されてしまう可能性もあるので指導書のような形で,勤怠不良について改善をするよう注意・指導しておく必要があるでしょう。

勤務懈怠の具体的態様にもよりますが,一般的には,一度の勤務懈怠で懲戒解雇処分をすることは有効になりにくいです。
何度も指導・注意をし,軽い懲戒処分を科したにも関わらず,改善が見られないような場合は,より重い懲戒処分としての懲戒解雇の有効性が認められやすくなるでしょう。

4 業務命令違反

上司の指示・命令違反,出張命令,配転命令,出向命令違反といった業務命令違反については,業務命令違反として懲戒の対象となり得ます。しかし,まずは業務命令が労働契約の範囲内の有効なものかが問題となることが多いので,この点にも注意が必要です。

業務命令が有効である場合でも,「生じる利害得失について判断するのに必要な情報を提供することなくしてなされている」と認定して,配転後の状況について十分な情報提供をしなかったことを理由とする懲戒解雇は権利濫用であり認められないとした裁判例があります(メレスグリオ事件東京高裁平成12年11月29日判決)。
一方,業務命令の効力を争うとともに,その態度を継続させた場合,業務命令が有効であれば,特に労働者の事情を考慮することなく懲戒処分を有効とした裁判例もあります(時事通信社事件最高裁第二小法廷平成12年2月18日判決)。

業務命令に従わないことだけを理由とする懲戒解雇は相当性を欠くとして有効性が否定される可能性がありますので,十分な情報を提供するなど,進め方には注意が必要です。

5 服務規律違反

業務遂行や職場内での行動を規律している服務規律に違反する行為は,懲戒処分の対象となり得ます。

問題となるのは,会社構内における政治活動や集会,貼紙,ビラ配布などを禁止し,許可制にする就業規則違反の場合ですが,判例は,ビラ配布などを許可制とすることは企業秩序維持の見地から合理的であるとの判断を前提に,ビラ配布が実質的にみて企業秩序を乱すおそれのない特別の事情が認められる場合には懲戒事由該当性が認められないとしたものがあります(最判昭和52年12月13日-目黒電報電話局事件)。

服務規律違反としては,まず,規律しておくことが重要ですが,競合会社を設立するような会社の利益と相反するような行為,横領・着服などの業務に関わる違法,犯罪行為,不正経理,職場における暴言・暴行などは,その具体的内容にもよりますが,業務の妨害になる程度も大きいので,懲戒解雇も認められやすいです。

6 私生活上の非行

業務とは関連しない労働者の私生活上の非行については,原則として会社からの関与を受けるべきものではないのが大前提ですが,会社の信用・評価に影響を及ぼすものである場合に限って懲戒処分の対象とされています。
この場合でも,判例は,就業規則の限定解釈を行い,社会的相当性の判断を厳格にするなどして懲戒処分の適法性を判断しています(最判昭和45年7月28日-横浜ゴム事件)。

ここでは,私的行為が,企業の社会的信用の失墜に至るという関係が必要なので,行為の性質や結果に加えて,企業の種類や経営方針,労働者の地位・職責が重要な判断要素となります。例えば,運送業の運転手が業務外で飲酒運転で捕まった場合には,企業の社会的信用の失墜は大きいでしょうし,非行が管理職によって行われた場合とそれ以外とでは企業の社会的信用に与えるダメージは異なります。

私生活であっても,懲戒処分の対象となり得る理由は,信義則上,使用者(雇用主)の利益や信用・名誉を毀損しないという誠実義務を負うと考えられているからです。
プライベートにおける行動がこの誠実義務に違反して,企業の円滑な運営に支障をきたすおそれがあると思われるような,重大な犯罪行為,業務に関連するような犯罪行為,管理職による犯罪行為などの場合,企業秩序に影響に及ぼす影響も大きいため,懲戒処分が有効とされやすいでしょう。

7 セクハラ・パワハラ

セクシャルハラスメントについては,強制わいせつ罪に当たるような行為であれば懲戒解雇は有効となる可能性が高いです。また,強制わいせつに当たらない程度のものであっても,身体的接触があれば懲戒解雇は有効になる可能性が高まります。

セクハラに該当するような性的言動は,そもそも本来職場に持ち込むべきではなく,企業としては厳罰の姿勢で臨むべきでしょう。ただし,身体的接触があっても,具体的行為態様,行為者の地位・立場,両者の関係,被害者側の落ち度,行為者の反省の有無などを総合的に判断して,懲戒処分を科すか否かを判断することになります。

一方,パワーハラスメントについては,暴力行為を伴わない限り,業務上の注意・指導の延長の場合が多く,適切な注意・指導とパワハラとの境界線が曖昧であることは否定できません。そのため,セクハラと比較すると,パワハラの場合,適切な業務上の注意・指導をすることに委縮する事態が生じることを避ける必要もあります。
この点で,パワハラの場合には,行為者の地位・立場,行為の動機・目的,時間・場所,言動の態様を考慮要素として,慎重に懲戒処分の程度について判断することになります。

もっとも,2022年4月1日より,中小企業に対してもパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)が適用されていますので,「適切な業務上の注意」との判断をする際には,これを踏まえた検討が必要です。
厚生労働省が公表しているパワハラ6類型の中には,「人格を否定するような言動を行う。」「相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む。」とされ,明確に「精神的な攻撃」も規定されていますので,「人格的非難」を伴う言動については,安易に身体的な攻撃がないからと言って,「注意」「指導」として問題ない,と捉えず,厳格な処分が必要な場合もあることを意識しましょう。

セクハラ・パワハラが行われた場合,「セクハラ問題で従業員から内容証明郵便が届いたときの対処法」で解説している通り加害者自身が被害者に対して不法行為責任を負うだけでなく,企業自体も使用者責任(民法715条1項),安全配慮義務違反としての債務不履行責任(民法415条)等を被害者に対して負う場合がありますので,懲戒処分とは別に注意が必要です。

被害申告がなされた場合に,企業がこれを放置したり,怠慢な調査で済ましたこと自体が安全配慮義務違反とされる場合があるので注意が必要です。
企業としては,被害者から被害申告があった場合には,虚偽の申告であることが明白である場合を除いて,出来るだけ速やかに調査・処遇の決定を行いましょう。

8 時代の注目を意識して懲戒処分規定を~まとめ

前回,最近の傾向として,職員によるSNS発信などによるトラブルについてお伝えしました。

以前は問題とされることも無かったことが,現在では,大きな問題になるので,今の時代にあったリスクに対応できるよう就業規則,懲戒処分規定を定めると共に,社内に掲示物として貼ることで周知したり,職員に文書で渡しておくなど,禁止事項を通知しておくことは重要です。

雇用時に,誓約書を記載してもらったり,ガイドライン等で会社の基本姿勢を定めて伝えておくのも大切です。

セクハラ,パワハラなどについては,特に,近時の時代傾向から,非違行為者には,懲戒処分を含め,速やかに適切な指導をすることが求められます。

セクハラについては,以前「セクハラに対する企業の法的責任~セクハラ防止体制構築と損害賠償」に記載しましたが,セクハラへの適切な対応は最近注目されていますので,これを踏まえた対応が必要です。
令和元年6月5日に女性の職業生活における活躍の推進等に関する法律等の一部を改正する法律が公布され,労働施策総合推進法,男女雇用機会均等法,育児・介護休業法の改正により,妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメント(マタハラ)については,雇用管理上の措置を講じることがすでに義務付けられ,防止対策が強化されています。

SOGIハラスメント(相手の性的指向や性自認に関する侮辱的な言動)や,アウティング(労働者の性的指向・性自認などを本人の了解を得ずに暴露すること)も,7で記載したようにパワーハラスメントに該当すると明記されています。
カスハラ,パタハラといった用語も厚労省の「職場のハラスメント」として紹介されるようになっています。

法改正がなされ,こうした新しい用語,「言葉」を公的な機関も使用することは,その「言葉」に関する認知,意識,重要性が高まっていることが分かるものですので,それにも関わらず,これに関する対処していないことの問題性は大きくなりやすい(被害が生じると違法と認定されやすい)です。

法改正,用語などに着目して,今の職場環境では,何が重視されてきているのか,を意識して,これに対応した就業規則,ガイドライン,規程の整備をすることが重要です。

最近の傾向からは,女性が職業生活で活躍できるような配慮,また,男性,女性という違いにとどまらず,多様性のある職員が気持ちよく働ける配慮,会社,企業はそのための職場環境の整備が求められているのを感じます。

そのため,この傾向に反する(逆行するような)職場環境を悪化させる行為,ハラスメント被害を男性が中心的に働くことを想定していた以前の感覚で放置してしまうと,女性や,様々な性的指向,性自認を有しながらで働く職員の信頼を失い,退職などにも繋がってしまいやすいだけでなく,企業としても被害を受けた職員から損害賠償請求等をされることにも繋がりますので注意が必要です。

他方で,職員に対し,不適切,違法な懲戒処分をすることは,そのこと自体が職員の企業に対する信頼を失わせることに繋がり,損害賠償請求の対象となり得ます。

そのため,不適切,違法な懲戒処分となることは避けつつも,企業の信頼や働きやすい職場環境維持,これによる円滑な業務の遂行のために,的確,迅速な懲戒処分が必要です。

経営者としては,やはり,予め今の時代の要請,リスク,何に注目しているのか,を意識した就業規則,懲戒処分規定を定めるとともに,それでも,問題が生じた場合には適宜見直すなど,適法かつ有効な懲戒処分を検討し,対応していくのが重要だと思います。

法律上,どこまでの懲戒処分が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな賠償責任があり得るのか,今はどんなことに特に注意しないといけないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておきましょう。

そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!