多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

通勤災害とは?給付対象となるもの,ならないもの

通勤災害とは?給付対象となるもの,ならないもの

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!今回は,「通勤災害」について考えてみます♪
労働者が「通勤」によってケガなどを負った場合には,労災保険法の規定により,治療費の負担なく治療を受けられたり,休業給付を受けられたりします。

労働者災害補償保険法は,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡(以下「業務災害」という。),労働者の通勤による負傷,疾病,障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付を行うことを規定しています(7条1項1号,3号)。今回は,このうち「通勤災害」の部分についてお伝えします。

一般的な「業務災害」と比べると,通勤災害の場合に,保険給付以外に別途企業が損害賠償金等を支払わなければいけないことは多くないと思いますが,「通勤災害」に該当する場合,会社が代行して保険給付がなされるよう,申請をすることが多く,少なくとも,事業主証明欄の署名を求められるため,どんな場合に,「通勤災害」となるのか,意識しておくことは必要です。
また,労働者にとっては,どのような場合には「通勤災害」として補償が受けられなくなってしまうかを知ることで,移動時の行動に気をつけることが出来ます。

会社で業務終了後に組合活動を3時間した後に帰宅する場合に発生した事故は通勤災害となる?
会社に提出した通勤経路から外れている場合に発生した事故は,通勤災害となる?
帰宅途中に惣菜を買って,通勤経路に帰る途中で発生した事故の場合は通勤災害となる?

順番に見ていきたいと思います。

1 通勤災害における通勤とは?

「通勤災害」とは,労働者の「通勤」による負傷,疾病,障害又は死亡をいいます(労災保険法7条1項2号)

この場合の「通勤」とは,労働者が,「就業に関し」,次に掲げる移動を,「合理的な経路及び方法」により行うことをいい,業務の性質を有するものを除くものです(7条2項)

住居と就業の場所との間の往復 *注1
厚生労働省令で定める就業の場所から他の就業の場所への移動
第1号に掲げる往復に先行し,又は後続する住居間の移動(厚生労働省令で定める要件に該当するものに限る)*注2

注1) ここにいう「住居」とは,就業のための拠点を指すので,例えば,残業により会社近くのホテルに宿泊した場合にはこれも住居に含まれます。
注2) 例えば,社宅などで平日は過ごす単身赴任者が,週末に家族の暮らす家に帰宅する場合が想定されています。

しかし,労働者が,労災保険法7条第2項各号に掲げる移動の経路を「逸脱し,又は中断した場合」においては,当該逸脱又は中断の間及びその後の同項各号に掲げる移動は通勤とはされません。ただし,当該逸脱又は中断が,「日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により行うための最小限度のもの」である場合は,当該逸脱又は中断の間を除き,通勤とされます(7条3項)

それでは,解釈上問題とされている要件について,順番に見ていきましょう!

2 「就業に関し」とは

「就業に関し」とは,移動行為が業務に従事するため又は業務を終えたことにより行われることを必要とする趣旨であり,移動行為が業務と密接な関連をもって行われることが必要です。

そうすると,例えば,業務の終了後,会社の会合(又は懇親会)やサークル活動,組合活動等をした後に帰宅するような場合は問題となります。

このような場合,終了後の活動を長時間にわたって行うなど,就業と帰宅との直接的関連性を失わせるような事情がない限りは就業との関連性が認められるのが通常です。
その基準は事案によりますが,おおよそ2時間程度と考えられているので注意が必要でしょう。

以下,認められた事例と,認められなかった事例をご紹介します。

× 業務終了後,会社内に滞留した時間が2時間5分の事例において,一般的にはその後の帰宅行為には就業関連性が失われたものとされている
○ 業務終了後,会社内の自分の机で,労働組合の会計の仕事を約1時間25分行った後に帰宅した場合
○ 業務終了後,会社の食堂における慰安会に約1時間参加した後に帰宅した場合
× 業務終了後,会社内でサークル活動を行い,2時間50分後に退社して帰宅した場合

3 「合理的な経路及び方法」とは

「合理的な経路」とは,会社に届出した電車・バスなど通常利用する経路及び通常これに代替することが考えられる経路等を指します。
つまり,会社に提出した経路と異なる場合であるというだけで合理的な経路ではなくなるという訳ではありません。一方,特段の理由もなく著しく遠回りとなるような経路をとる場合は,合理的な経路とは認められません。

例えば,残業が深夜に及んだ場合に最寄駅ではなく人通りの多い他の駅から乗車した場合において,最寄駅と他の駅との距離がそれほど離れていない場合には合理的な経路に当たり得ますが,健康維持のために,敢えて遠方の駅まで歩行している際の事故については合理的な経路には当たらない可能性があります。
最近では,健康づくりのために自転車通勤をする人も多くなりました。この場合には,他の移動手段に増して通勤災害のリスクが高まりますので,労働者に合理的な経路を意識してもらうためにも通勤経路を届出させておいた方がよいでしょう。

「合理的な方法」とは,鉄道,バス,自動車,自転車を使用する場合や徒歩の場合等,通常用いられる交通方法であれば,平常利用している通勤経路であるか否かにかかわらず一般に合理的な方法と認められます。
したがって,通常は最寄り駅まで自転車で通勤している従業員が,通勤災害に遭った日に限って徒歩で通勤していたとしても,通勤災害と認められます。

4 「逸脱・中断」とは

「逸脱」とは,通勤途上において就業または通勤とは関係のない目的で経路をそれることをいいます。

「中断」とは,通勤の経路上において通勤とは関係のない行為をすることをいいます。

「逸脱」「中断」後に通勤経路に戻っても、 その後は「通勤」とは認められませんが,例外的に日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものをやむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には,「逸脱」「中断」の間を除いて,合理的な経路に戻った後については通勤とされています。

日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるものとは,以下の5分類を指します(労災保険法施行規則第8条)。

①日用品の購入その他これに準ずる行為

〇惣菜等,家庭用薬品,衣料品,家庭用燃料品等を購入する場合
〇独身者が食堂に食事に立ち寄る場合
〇クリーニング店に立ち寄る場合,理髪店又は美容院に立ち寄る場合
×装飾品や奢侈品,耐久消費財の購入
×通勤途中で娯楽等のため麻雀,ゴルフ練習,ボーリング,料亭等での飲食等をする場合
×冠婚葬祭に行く場合

②職業能力開発促進法第15条の6第3項に規定する公共職業能力開発施設の行う職業訓練その他これらに準ずる教育訓練であって職業能力の開発向上に資する ものを受ける行為

×趣味又は娯楽のために教育訓練を受ける場合

③ 選挙権の行使その他これに準ずる行為

④ 病院又は診療所において診察又は治療を受けることその他これに準ずる行為

⑤要介護状態にある配偶者,子,父母,配偶者の父母並びに同居し,かつ扶養している孫,祖父母及び兄弟姉妹の介護(継続的に又は反復して行われているものに限る。)(H20.4.1施行)

5 通勤災害のトラブル回避~まとめ

一般的な「業務災害」と同様に,通勤による負傷,疾患が生じた場合,企業側に職員の安全に配慮する義務(安全配慮義務)違反がない場合でも,その損害を補償するために,労災保険による給付が受けられる場合があることを今回ご紹介しました。

労災保険制度は,労働者の業務上の事由または通勤による労働者の傷病等に対して必要な保険給付を行い,あわせて被災労働者の社会復帰の促進等の事業を行う制度です。
そのため,労災と認定されると,何らかの事業主の責任が発生するのではないか,と事業主としては,事業主証明欄への記載をすることを躊躇されることもあると思いますが,署名欄への記載が,直ちに労働者の主張する事実関係を認めることにはなるわけではないので,労働者の社会復帰の促進という視点から,該当する場合には協力していくことが必要です。

署名欄の拒否や申請への非協力的な対応は,労働者との関係を悪化させてしまいやすいので,注意しましょう。

もっとも,保険給付をするための費用は,原則として事業主の負担する保険料によってまかなわれていますので,給付される場合と給付されない場合(自己責任)を区別する必要はあります。どこまでを補償するべきなのか,法制度の目的や社会通念,公平感から具体的な場面で考えていくことが大切になります。

もっとも,労働者としては,どこまでの範囲で補償対象となるのか分かりづらいために,実際に災害が生じた場面で補償されない,となると,トラブルに繋がりやすいです。
会社の経営者としては,予め「通勤災害」の補償となりにくいケースについては,事例を示して労働者に伝えておくことで,実際に災害が生じた際のトラブルを回避でき,労働者にとっても注意して行動が出来ると思いますので,円滑な業務の遂行をするうえで望ましいと思います。

法律上,何が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな補償があり得るのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことが重要です。
そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました♪