多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

長期間休職している職員への対応(労災療養給付と打切補償)

長期間休職している職員への対応(労災療養給付と打切補償)

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!
労働者のメンタルヘルス不調に関する問題をこのブログでは度々取り上げてきました。
会社の経営者(事業主,企業)には,労働者のメンタルヘルス不調がある場合,適切に対応をしなければならない義務があることになりますが,実際に欠勤や休職状態が生じた場合には,その期間が長期化することが多く,どのような対応していけばよいかは難しい問題です。

しかし,「健康管理」「メンタルヘルス管理」は基本的には,職員本人がすべきことなのでは・・?
なぜ,個人の「健康管理」「メンタルヘルスケア」を企業がしなければならない,とされるのでしょうか・・?

実は,職員の健康問題,メンタルヘルスについて,企業が配慮すべき程度は,場合によって異なります。
そこで,今回は,職員に傷病(メンタルヘルス不調も含む)が生じた場合に,場合分けして整理し,それぞれの場面ごとに必要な対応の流れについてお伝えしようと思います。

1 業務上傷病と私傷病との区別

例えば,労働者が,うつ病等の精神疾患に陥り休職している場合,それが,業務に起因するものなのか,私的な事柄に起因するものであるのかを区別することはとても重要です。
なぜなら,業務に起因する業務上傷病の場合と,私傷病の場合では,会社としてとるべき対応が異なるからです。

もっとも,労働者が怪我を負ったなどの場面では,それが業務上の怪我(傷)なのかどうなのかは分かりやすいですが,メンタルヘルス不調のような精神疾患の場合に明確に区別することが容易でないことは事実です。
ここに,企業のメンタルヘルスケアへの対応が難しい点があります。

2 業務に起因する疾病の場合

(1) 労働基準法19条1項による解雇制限

使用者は,労働者が業務上負傷し,または疾病にかかり療養のため休業する期間およびその後の30日間は,その労働者を解雇できません(労基法19条1項)。
これは,労働者の療養による休業を安心してなしうるために労基法制定当初から設けられている規定です。

しかし,中には,症状が固定せず療養期間が長期間に及ぶ場合もあります。
この場合の調整を図るため,「使用者が第81条の規定によって打切補償を支払う場合はこの限りではない」(労基法19条1項但書)と規定されています。

では,この打切補償とはどのようなものなのでしょうか?労働基準法第81条を見てみましょう。

「労基法81条 第75条の規定によって補償を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷または疾病が治らない場合においては,使用者は,平均賃金の1,200日分の打切補償を行い,その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。」

この条文の意味は,業務上傷病により休業している期間は解雇できないけれど,3年経っても治らないときは平均賃金1,200日分の打切補償を支払えば解雇できるということです。

(2) 労災補償制度

労災補償制度としては,労基法上の災害補償と,労災保険法による給付が定められています。
しかし,これらの制度は同時に制定された経緯があり,また,労災保険法による給付内容の方が手厚いことから,労基法上の災害補償が用いられることは少ないようです。

労災保険法適用のためには,①業務遂行性と②業務起因性が問題となりますが,うつ病などの精神疾患については,②の「業務起因性」がよく問題となります。

その認定については,「心理的負荷による精神障害の認定基準」というものが定められています(平成23年12月26日基発1226第1号,令和2年5月29日基発0529第1号)。

この業務による心理的負荷を原因とする精神障害については,平成23年12月に策定した「心理的負荷による精神障害の認定基準について」に基づき労災認定を行っていますが,令和2年6月から施行されるパワーハラスメント防止対策の法制化に伴い,職場における「パワーハラスメント」の定義が法律上規定されたことなどを踏まえ,令和2年5月に取りまとめられた「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書を受けて,認定基準別表1「業務による心理的負荷評価表」の改正を行っています。

労災給付を受け,傷病等級3級以上に該当すると,労基署長が傷病補償年金の支給決定を行います。
この場合,労災保険法第19条は,「業務上疾病で療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合等は,労働基準法第81条により打切補償を支払ったとみなす。」と規定しています。
つまり,この場合には,企業が別途「打切補償」としての支払いを負担しなくとも,労基法19条1項但書により,解雇が可能となるのです。

それでは,傷病等級に該当せず,傷病補償年金が支給されていない場合はどうなるのか?
この点について判断した判例については,また今後ご紹介したいと思います。

(3) 民事上の損害賠償責任

労災補償制度は無過失責任ですが,使用者に安全配慮義務違反(職場環境配慮義務違反)が認められる場合で,労働者の精神疾患との間に因果関係がある場合には,使用者は,民事上の損害賠償義務を負うことがあります。
安全配慮義務については,精神的不調(メンタルヘルス不調)を訴える従業員への対策でも紹介していますので,参考にしていただけたらと思います。

3 私傷病の場合

一方,私傷病によるメンタルヘルス不調の場合には,労基法19条1項の解雇制限は働きません。

本来私傷病に関しては,職員個々人が管理する責任があり,企業には職員が私的な病気や怪我をしないようにまで注意をする義務はないからです。

この場合には,欠勤を理由とした解雇や,休職期間の満了により退職・解雇という流れになります。

しかし,この場合においても,解雇権濫用は許されません。
使用者としては,まず,精神疾患のある労働者の健康状態や休職措置を講じるなどの適切な対応をとることが求められ,さらに,休職期間満了時における復職可能性を検討し,その上で,退職・解雇が選択されなければなりません。

過去にブログでご紹介した「日本ヒューレット・パッカード事件」(最判平成24年4月27日)は,結果的に職場の同僚からの嫌がらせを受けていたとは認定されていないので,私傷病によるメンタルヘルス不調における一事例ということになります。

つまり,会社の業務上のけがや病気ではないから,知らない!自己管理で,自分で安全に働けるように調整して働きなさい!とすればいいのではなく,私傷病で既に健康状態が悪いと分かる職員を働かせる場合には,それでも安全に働けるような環境整備をすることが企業には求められます。
「安全配慮義務」の内容として,精神的不調から欠勤を続けている労働者がいる場合には,それが「私病」と思われる場合であっても,まずは健康状態を調査し,必要な場合には治療を勧めた上で休職等の処分を検討し,その後の復帰可能性を検討すべきであるとされています。

以上からすれば,業務上の傷病の場合には,企業経営者は,当然に安全に働けるように職場環境を整える義務があり,相当長期間解雇をすることはできない,ということになり,私傷病の場合には,そこまでの企業経営者の責任は生じないけれども,適切な対応をしたうえでなければ,解雇は出来ない,という点をおさえておくことが大切になります。

それにしても,長期間働いてくれない職員について,雇い続けるというのは,企業としても負担が大きいもの・・・
どのような場合であれば,解雇も可能なのか?
労災療養給付と打切補償との関係について判断した判例について見ていきたいと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!