多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

長期間休職している職員を解雇できる場合・出来ない場合~(労災保険法上の療養補償給付と打切補償)

長期間休職している職員を解雇できる場合・出来ない場合~(労災保険法上の療養補償給付と打切補償)

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!

会社の経営者(事業主,企業)には,労働者が安全に働けるよう配慮する義務があり,これに反して,労働者が業務上の病気,怪我を負った場合には,適切な対応をしなければならない義務があります。
また,しっかりと安全に配慮していたとしても,労働者が業務上の病気,怪我を負った場合には,無過失でもその補償をする,「災害補償責任」があります。経営者にはなかなかに重い責任がありますね・・

しかし,実際に欠勤や休職状態が生じた場合には,その期間が長期化することが多く,どのような対応していけばよいかは難しい問題です。

長期間働いてもらえない職員について,雇い続けるというのは,企業としても負担が大きいもの・・・
一方で,解雇されれば,職員にとっては今後の生活が不安,という支障が考えられるところ。

どのような場合であれば,解雇も可能なのでしょうか?
今回は,労災療養給付と打切補償との関係について判断した判例について見ていきたいと思います。

1 業務上の傷病による休業期間の解雇制限

以前のブログに書きましたが,労基法19条1項但書,これを受けた労基法81条により,業務上傷病により休業している期間は解雇制限があります。
但し,3年経っても治らないときは平均賃金1,200日分の打切補償を支払えば解雇できるということになります。

また,労災給付を受け,傷病等級3級以上に該当すると,労働基準監督署長が傷病補償年金の支給決定を行うことになり,業務上疾病で療養の開始後3年を経過した日において傷病補償年金を受けている場合等は,労働基準法第81条の規定により打切補償を支払ったとみなすこととされています(労災保険法19条)。
つまり,この場合にも,労基法19条1項但書により,解雇が可能ということになります。

それでは,傷病等級3級以上に該当せず傷病補償年金が支給されていない場合はどうなるのでしょうか?
もう一度,労基法81条を見てみましょう。

労基法81条
第75条の規定によって補償を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても負傷または疾病が治らない場合においては,使用者は,平均賃金の1,200日分の打切補償を行い,その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。

次に,労基法75条の規定を見てみます。

労基法75条
労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかつた場合においては,使用者は,その費用で必要な療養を行い,又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
2 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は,厚生労働省令で定める。

労基法81条の規定を素直に読むと,対象となるのは,労基法75条の規定に基づき会社から療養補償を受けている労働者を想定しているようです。
しかし,実際には,現実に労働者に業務上傷病が生じた場合には,補償の手厚い労災保険法に基づく労災療養給付を受給している場合が殆どです。そうすると,この後者の場合にも,労基法81条の適用があるのかということが問題になります。この点について判断した判例について見ていきましょう。

2 学校法人専修大学事件

事案の概要は,Xは,平成9年4月1日からY大学に勤務していましたが,平成14年3月頃から肩凝り等の症状を訴えるようになり,同15年3月13日,頸肩腕症候群にり患しているとの診断を受けました。
Xは,同年4月以降,本件疾病が原因で欠勤を繰り返すようになり,平成18年1月17日から長期にわたり欠勤するようになりました。
平成19年11月6日,労働基準監督署長は,同15年3月20日の時点で本件疾病は業務上の疾病に当たるものと認定し,Xに対し,療養補償給付及び休業補償給付を支給する旨の決定をしました。
Y大学は,平成21年1月17日,Xの同18年1月17日以降の欠勤が3年を経過したものの,本件疾病の症状にはほとんど変化がなく,就労できない状態が続いていたことから,Xを同21年1月17日から2年間の休職としました。
平成23年1月17日に上記の休職期間が経過したものの,Xは,Y大学からの復職の求めに応じず,Y大学に対し職場復帰の訓練を要求しました。

これを受けて,Y大学は,Xが職場復帰をすることができないことは明らかであるとして,同年10月24日,就業規則所定の打切補償金として平均賃金の1200日分相当額を支払った上で,同月31日付けでXを解雇する旨の意思表示をしました。
これに対して,Xが本件解雇が無効であるなどとして訴えました。

3 原審(高等裁判所)の判断

労働基準法81条は,同法75条の規定によって補償を受ける労働者が療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病が治らない場合において,打切補償を行うことができる旨を定めており,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者については何ら触れていないこと等からすると,労働基準法の文言上,労災保険法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けている労働者が労働基準法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に該当するものと解することは困難である。
したがって,本件解雇は,同法19条1項ただし書所定の場合に該当するものとはいえず,同項に違反し無効であるというべきである。

4 最高裁の判断
(最高裁平成27年6月8日第二小法廷判決)

破棄差戻
「労災保険法の制定の目的並びに業務災害に対する補償に係る労働基準法及び労災保険法の規定の内容等に鑑みると,業務災害に関する労災保険制度は,労働基準法により使用者が負う災害補償義務の存在を前提として,その補償負担の緩和を図りつつ被災した労働者の迅速かつ公正な保護を確保するため,使用者による災害補償に代わる保険給付を行う制度であるということができ,このような労災保険法に基づく保険給付の実質は,使用者の労働基準法上の災害補償義務を政府が保険給付の形式で行うものであると解するのが相当である(最高裁昭和50年(オ)第621号同52年10月25日第三小法廷判決・民集31巻6号836頁参照)。このように,労災保険法12条の8第1項1号から5号までに定める各保険給付は,これらに対応する労働基準法上の災害補償に代わるものということができる。

労働基準法81条の定める打切補償の制度は,使用者において,相当額の補償を行うことにより,以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに,同法19条1項ただし書においてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし,当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度であるといえるところ,上記のような労災保険法に基づく保険給付の実質及び労働基準法上の災害補償との関係等によれば,同法において使用者の義務とされている災害補償は,これに代わるものとしての労災保険法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に行われているものといえるので,使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで,同項ただし書の適用の有無につき取扱いを異にすべきものとはいい難い。また,後者の場合には打切補償として相当額の支払がされても傷害又は疾病が治るまでの間は労災保険法に基づき必要な療養補償給付がされることなども勘案すれば,これらの場合につき同項ただし書の適用の有無につき異なる取扱いがされなければ労働者の利益につきその保護を欠くことになるものともいい難い。
そうすると,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者は,解雇制限に関する労働基準法19条1項の適用に関しては,同項ただし書が打切補償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみるのが相当である。
したがって,労災保険法12条の8第1項1号の療養補償給付を受ける労働者が,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,労働基準法75条による療養補償を受ける労働者が上記の状況にある場合と同様に,使用者は,当該労働者につき,同法81条の規定による打切補償の支払をすることにより,解雇制限の除外事由を定める同法19条1項ただし書の適用を受けることができるものと解するのが相当である。」

原審は文言に忠実な解釈,最高裁は法制度の趣旨や立法経緯からした実質的解釈がなされています。
結論として,「そして,本件解雇の有効性に関する労働契約法16条該当性の有無等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。」として破棄差戻となっています。

打切補償を支払った場合であっても,解雇権の濫用に当たる場合には労働契約法16条による解雇制限が働くということです。

5 法の趣旨・バランス感覚

少し専門的な話になりますが・・・
労働者の権利を保護するために解雇を制限する法律の条文については,厳格に解釈されることが多く,使用者(事業主,企業)にとっては厳しい判断,つまり,容易に解雇は出来ない判断となりがちです。

そのため,原審では,労基法第19条の文言通りに解雇制限期間の解除を解釈して,「労災保険法の療養補償給付」を受けている場合,というのは,打切補償を支払って解雇制限期間中に解雇することができる,という記載に合致しないので,解雇できない,という判断しました。つまり,労災保険による給付ではなく,別途使用者自らの負担による災害補償が必要,という判断をしたことになります。

しかし,このように考えてしまうと,多くの場合は,労災保険による給付と別に使用者自らによる補償をする,ということは二重の支払いになることもあってしていませんから,実際には,被災労働者が完治するまで(正確には,療養のために休業する期間及びその後30日間を経るまで)又は傷病補償年金の支給対象となる障害等級に該当するまでは解雇できないこととになってしまいます。

このように形式的に当てはめた結論は,打切補償が療養開始後3年経過してやっと可能になること,そこからの打切補償の額は平均賃金の1,200日分(約3年3か月,合計6年以上)あること,当該被災労働者が完治するまでは労災保険法による療養補償給付のほか休業補償給付も支給対象となることを考えると,使用者に過酷になりすぎ,被災した労働者との利益との適正なバランスとは言えないのではないか,ということが問題でした。

そこで,最高裁では,法の解釈,なぜこの法律,この制度は出来たのか,に遡って,解釈しているのが個人的には素敵だな,と思います。
労災保険の制度は,労働基準法の使用者の災害補償責任を実効化させるために,保険制度化されたものです(労災保険法第12条の8第2項等参考)。

冒頭に書いたように,労基法の災害補償制度(第75条~第88条)により,業務災害について,使用者には無過失の災害補償責任が生じますが,これにより使用者は重い負担を負います。
この負担が重いと,使用者の業務に支障が生じてしまうので,出来るだけ,その負担が大きくなりすぎるのを避けつつ,他方で,使用者の無資力等により被災労働者等の迅速で充分な救済が図られないことがないように,使用者が保険料を出して政府が運営する災害保険制度とすることにより,労基法の災害補償責任を実効化させようとしたものが労災保険の制度です。

そういう補償制度を実行化させるために,使用者にとっても,労働者にとっても有効な制度として「労災保険制度」を作ったにもかかわらず,これが適用されたがために,かえって使用者側だけが不利益を受けてしまうようなことは,おかしいよね,と判断したことになると思います。

マニアックですが・・・

条文上をそのまま読んだだけでは,分からないこと,むしろ,そのように解釈するのは困難なことも,もっと掘り下げた実質的な法の趣旨,双方の利益のバランスに考慮して判断するっていうのが私は司法制度の素敵なところだな,と思い,私が,この仕事の好きなところの一つです。
そのために,条文をそのまま当てはめればどんな弁護士でも同じ結果を出せるわけじゃなくて,その「解釈」への主張,どこまで法の趣旨,「考え方」に遡って考えて主張できるのか,で結論を変えることも出来る,というのが弁護士の仕事の醍醐味で,自分にとってはモチベーションも上がるところだな,と思っています。

なので,これからもバランス感覚,なぜこの法律は出来ているのか,という「考え方」への意識は大事にしていきたいなと思っています。
これからも,そんなマニアックな法律の「考え方」も出来るだけ楽しく,お伝えできたらと思います。

欠勤や休職状態が生じた場合には,結論としては,労災保険法の療養補償給付を受ける労働者も,療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合には,使用者は,平均賃金の1,200日分の打切補償を行い,解雇が可能な状況となる,ということになります。
もっとも,打切り補償を支払っても,解雇権の乱用に当たる場合には,解雇が認められないので,注意が必要,ということになりますから,個別の事案では,弁護士に相談しながら解雇して良いのかは判断することになります。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!