
今回も,交通事故に遭った被害者が自殺をしてしまったケースで,傷害結果だけでなく,自殺という死亡結果に関する慰謝料や逸失利益といった損害賠償までも認められるのか,について,,「交通事故後に被害者が自殺した場合,死亡結果に対する損害賠償も請求できる?」「交通事故後に自殺した場合の因果関係,損害が減額される素因減額の基準」「交通事故後に被害者が自殺。因果関係が認められる場合,認められない場合」「交通事故後の死亡(自殺)との因果関係は,どんな事実があれば認められる?認めてもらうための要素」に引き続き,どんな場合に認めてもらえるのか,認められないのはどんな場合なのか,認められたとしても減額される場合はどんな場合なのか,減額割合はどのように決まるのか,裁判例もご紹介しながら,問題になる点をお伝えします。
交通事故後に自殺した被害者の死亡に関する損害賠償は,どんな時に減額される?
交通事故後に自殺した場合,被害者の身体的・精神的特徴(素因)で減額される割合は?
交通事故後に自殺した場合,被害者の性格・心因的要素は損害額減額の根拠になる?
今回も,交通事故後に被害者が自殺をした事案で事故と自殺の因果関係を認めた最一小判平成5年9月9日の裁判例(平成5年最判)以降の裁判例の検討をして,交通事故後に被害者が自殺した事案(令和5年6月30日までの25件で,地裁と高裁で判断が分かれた判決も含めた27件)を検討しながら,交通事故と事故後の自殺との因果関係を認められた事案で,どんな点に着目して,「素因」減額を認めるかどうかの判断をしているのか認める場合には,どんな要素を考慮して,どんな基準で減額する割合を決めているのか,お伝えします。
1 素因減額が認められない場合
交通事故と事故後の自殺の因果関係が認められた18件中,素因減額が否定されたものは,1件です。
第五胸髄節以下完全対麻痺の障害(損傷部位に対応する両上肢または両下肢の運動機能と感覚が完全に失われる麻痺状態)が残存した事案で,後遺障害が非常に重篤で,回復の見込みがない事案です。
この結果からすると,裁判所としては,自殺する事案においては,素因減額をすることの方が多いけれど,あまりに後遺障害が重度の事案においては,公平感覚からして,素因減額も認めない方向にあるのが分かります。
素因減額についても,後遺障害の内容,重さの指摘して伝えていくことが重要です。交通事故に遭った方が,一般的に自殺までしてしまうとは言い難い点もあるため,自殺するについては本人自身が元々持っている要因(素因)も関係があることを認めつつ,あまりに後遺障害が重い場合には,どんな人であっても,自殺をする可能性が高くなる,ということで素因減額をしなかったと思います。
2 素因減額率の決まり方
受傷・後遺障害の内容等について,後遺障害が重篤なものほど減額率は低く,高次脳機能障害5級2号の事案20%,9級の事案が30%から50%(2件で,重度のうつ病,医療保護入院が必要等の事情がある),外傷性くも膜下出血出血(事故時意識障害あり)等の事案で65%,頭部外傷後後遺症7級4号等の事案で70%の素因減額が認められています。
素因減額率が低い事案は,障害が重篤なもので,特に脳損傷による高次脳機能障害,うつ病の症状も重いものは,自殺への自由意思の介在度が低い(障害が重く,うつ病になれば,自然と自殺に向かいやすい)ため,減額率が低くなると思われます。
四肢麻痺(3級3号)の事案で50%,複雑骨折や,骨折と神経症状等の複数の後遺障害がある場合,70%程度の減額が認められています(3件)。
頸椎捻挫・むち打ち等の場合は,おおむね80%以上の減額率となっています(80%が6件,90%が2件)。
後遺障害の程度,症状経過,うつ病の重症度,他の要因等について,素因減額率が20~30%の事案(高次脳機能障害5級2号,同9級)では,自殺行為に及ぶような他の原因・理由の有無を検討し,これを否定して20~30%の素因減額を認定しています。
素因減額率が50~70%の事案(四肢の不全麻痺3級3号,高次脳機能障害9級,外傷性くも膜下出血等,頭部外傷後後遺症等7級4号,頸椎捻挫PTSD等)は,既往症,後遺障害の程度,症状の回復傾向等を考慮要素として素因減額率を判断しています。
素因減額率80%以上の事案は,後遺障害の内容がさほど重篤なものでなく,症状の回復の度合い,治療経過,後遺障害残存の見込み,事故前の身体の状況,自殺までの期間,うつ病の既往症の有無・程度等の事情を総合的に考慮して,心的要因の有無や程度を判断しています。
素因減額を認める場合であっても,障害やその後の後遺症の内容が重い場合には,素因減額率が低めに出る傾向があること,後遺障害の程度が軽くなるほど,これまでの本人の既往症や身体状況,症状の回復傾向,治療経過など総合的に判断して,素因減額率が高めに認定されていることが分かります。
そのため,特に受傷・後遺障害の内容が比較的軽微な場合には,既往症が無いことや治療経過が良好でないことなど,丁寧な説明をすることも重要だと思いました。
3 性格・心因的要素の考慮
性格・心因的要素(≒精神的特徴)となる要素については,高次脳機能障害と,障害が重篤な事案において,心因的要因として性格や性格的傾向等をマイナスに考慮している事案はありませんでした。
また,受傷自体は比較的重篤でない後遺障害の事案で,特異な性格ないし性格的傾向(執着気質・メランコリー親和型性格,カウンセリングで真実でない話をする等)がある場合には,これを考慮して,減額率を70%としている事例もありました(2件)。
一方,頸椎捻挫事案では,「自殺には心因的要因や性格によるところも大きい」等の認定のみで,具体的にどのような性格が原因となっているか指摘のないものが多いです。
「性格」については,上記した「特異な」もの以外は,それだけを取り出して具体的に考慮するということはされておらず,事故の対応,障害の程度,治療経過(回復傾向にあるか等),後遺障害の残存の見込み等を総合考慮して判断する際の一要素として扱われていると思われます。
そのため,「交通事故後に自殺した場合の因果関係,損害が減額される素因減額の基準」で紹介した電通事件判決では「個性の多様性」として想定される範囲内の性格を意識して,「個性の多様性」の範囲内であれば,性格・心因的要素について素因減額を否定する方向で判断する要素として示しているのに対し,交通事故の事案では「特異な性格」の場合以外は,そもそも性格ないし性格的傾向(心因的要素)のみをもって,積極的に素因減額率を高める方向で判断するということもしていない点に違いがあると思います。
交通事故の場合,受傷程度や後遺障害の内容が目に見える形で重い事案なのか,軽度の事案なのか分かりやすいために,これに対応して,自殺した場合の素因減額率を考えるのが公平感に合致しやすいこと,交通事故は他人との一回性の関係で生じるものであることに対し,電通事件のような過労死(自殺)の場合,死亡(自殺)との因果関係①,②を認めてもらえる場合には,そもそも「性格」「心因的要素」で減額されてしまうことが少ないと思われること,交通事故と異なり一回性の関係でない継続的な関係である労使関係では,使用者は雇用している職員の「性格」を考慮した業務内容や配置決定が可能であることなどから,素因減額をする場面では異なる考慮,性格・心因的要素の取り扱いがされていると思いました。
労災事件と交通事故の事件での共通点,相違点を意識しながら,事案にあった「要素」を把握して抽出し,裁判所に主張していくことが大事になる,と思います。
まとめ バランス感覚
「司法試験に合格するには,バランス感覚が大事」
私は関西大学で,関大出身の先輩の弁護士さんから指導を受けて,司法試験の勉強をしていたのですが,確か,そのときに講師の先生(弁護士)から言われた言葉です。
実際に司法試験を合格して弁護士になっている方の言葉でしたので,「なるほど!」と思い,「バランス感覚」はとても重要なものなのだと思ったのを覚えています。
Aさん(原告)の利益とBさん(被告)の利益をどのあたりで調整するのが,「公平感」に合致するのか・・・
「正義」として,説得力があるのか・・
ここを意識して,答案を作成して,論文を書く,ということを大事にしていました。
もちろん,自分の「主観的」な感覚で「公平感」「バランス」を決めてしまったら法律家としての資質に欠けてしまうので,法律の条文を拾いながら,なぜこの条文はこのような文言になっているのか,「法の趣旨」を紐解いて説明して,そこからバランスの取れる「判断基準」を導いて当てはめていく,ということになります。
それでも形式的に導いた「結論」があまりに,それは不公平なんじゃない?バランス感覚がおかしい,とされるとやっぱり説得力はないので,自分自身のバランス感覚が,法律家(≒裁判所)のバランス感覚とずれていないのか,は意識が必要です。
そのために,裁判例を検討しながら,裁判所はこのとき,どんなバランス感覚で,どのような基準,要素を採用して判断しているのか,事例を検討して裁判所の考える「バランス感覚」を知っておくことは,とても重要です。
その際,交通事故の裁判例だけでなく,共通する事項のある労災事件などを横断的,並行的に検討すると,同じような事例なのに結論が異なるのは「不公平」「バランス感覚」に反するのではないか?と主張する根拠を持てることもあります。
そのため,様々な裁判例を検討して,「共通点」「相違点」を考えることで,交通事故の事件と労災事件で一瞬異なるように思われる事案から「公平」と考える基準を導き出して,説得的に裁判所に伝えることのヒントになります。
場合によっては,裁判所の考える「バランス感覚」が他の共通する項目のある事案と比較すると不公平な結論になる,一貫性が無い,もしくは,昔はその基準で良かったかもしれないけれど,現在の社会通念を考えるとあまりにおかしい,というような場合には,その点も示して,本件(依頼されている事案)であるべき基準,結果を導けるよう説得的に伝えていくことが必要になります。
かつては,女性に選挙権が無いことが「当たり前」と考えられていた時代から変わってきたように・・
時代によって「公平」「平等」とは何か,は流動的に変わっていくものだと思っています。
この流動的に変わっていく「公平感」,「平等感」と,一方で変わることのない,変えてはいけない「正義」をどのようにして,バランスよく考慮しながら説得的に伝えていくのか・・
ここは私にとってはとっても楽しい「お仕事」の部分です。
そのために,特定の立場の意見,主張,以前の「当たり前」に偏ることなく,対立する意見についても出来るだけ,自分の「主観」を捨てて,真摯に聞きたいな・・と思っています。
(人間なので,どうしても自分の意見や主観があって,これがなかなか難しいところなのですが・・日々楽しく修行していきたいと思います♪)
交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,支払う側からすれば,正当な契約に基づく損害に限って支払いたいもの。
任意保険に加入する場合,いざという事故に備えて加入するのだから保険金を支払って欲しい,と言われても,契約外の不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がりますから,この判断は厳しくなされます。
そのような中で,様々な場面を考え,考慮したうえで,「公平感」から客観的に判断する裁判所はどのようなポイントを意識して判断をしているのか,共通点と相違点を探すことで,ご自身のケースではどのような結果になりそうなのか,予測をすることができます。
裁判所がどのように考えているか・・を知らないと,思ったような損害が認められないことに苦しい思いをされてしまうのではないかと思いますので,裁判所の「考え方」,損害算定方法の傾向を知っておくことは大切です。
細かな算定方法,裁判での手続きなどは分からなくても,大まかな流れやどんなことが裁判では問題になるのか,などが分かることで,自分の場合はどのような点を意識して交通事故後の手続きを進めたらいいのか,不安や不満を解消して,被害回復の回避,回復ために出来ることを知るヒントとなると思うので,これからもお伝えしたいと思います。
知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。
また,「知識」を得ることで,自ら「選択」して,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。
これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。
それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!