今回からは,交通事故に遭った被害者が自殺をしてしまったケースで,傷害結果だけでなく,自殺という死亡結果に関する慰謝料や逸失利益といった損害賠償までも認められるのか,について,どんな場合に認めてもらえるのか,認められないのはどんな場合なのか,裁判例もご紹介しながら,問題になる点をお伝えします。
どんな場合に,交通事故後に自殺した被害者の死亡に関する損害賠償を受けられる?
交通事故に遭った被害者の誰もが自殺するわけではない。どんな場合に自殺してしまうことがあり得る?
交通事故後に自殺した被害者の損害を加害者が全額負担しないといけない?被害者の精神的な問題があった場合は?
今回は,交通事故後に被害者が自殺をした事案で事故と自殺の因果関係を認めた最一小判平成5年9月9日の裁判例(平成5年最判)と有名な電通事件判決(最二小判平成12年3月24日)の判断枠組みから,交通事故と事故後の自殺との因果関係を認めた事案と否定した事案との違い,事故後の自殺事案において,因果関係が認められても損害額が減額される「素因減額」の違いについて,その違いの原因を分析しながら,お伝えします。
1 交通事故後に被害者が自殺した場合の因果関係
平成5年最判の事例は,センターラインオーバー事故により,被害者が,頭部打撲,頸部捻挫等を受傷した事案です。
その後自殺したことに対する交通事故との因果関係について,裁判所は,
「交通事故により受傷した被害者が自殺した場合において,その傷害が身体に重大な器質的障害を伴う後遺症を残すようなものでなかったとしても,右事故の態様が加害者の一方的過失によるものであって被害者に大きな精神的衝撃を与え,その衝撃が長い年月にわたって残るようなものであったこと,その後の補償交渉が円滑に進行しなかったことなどが原因となって,被害者が,災害神経症状態に陥り,その状態から抜け出せないままうつ病になり,その改善をみないまま自殺に至ったなど判示の事実関係の下では,右事故と被害者の自殺との間に相当因果関係がある」としました。
自分に責任のない事故で傷害を受けた場合は,災害神経症状態を経てうつ病に発展しやすく,うつ病にり患した者の自殺率は,全人口の自殺率と比較して遥かに高いこと等を考慮して交通事故と自殺との間の因果関係を認めています。
センターラインオーバーによる事故の場合,オーバーをされて交通事故被害にあった被害者側の過失はゼロとなることが多いため,被害者に責任のない加害者による一方的な過失による交通事故,という判断になりますが,そのような場合にはとくに精神的ダメージが大きい→その結果うつ病に発展することも十分あり得る→うつ病になると自殺は十分あり得る,という流れでそれぞれが特異な経過ではなく,通常起こりうること,ということで,因果関係を認めたと思われます。
2 素因減額について
素因減額とは,被害者が事故前から有していた事情(素因)によって,損害の発生や拡大に影響したと言える場合に,加害者に請求できる損害額を減額するという計算方法,考え方です。精神的な傾向である「心因的要因」と,身体に関する「身体的要因」の二つがあります。
なぜ,この場合に減額するかというと,考え方の法的な根拠は,被害者側にも過失がある場合に減額される法的根拠となる過失相殺の規定(民法722条2項)の類推適用とされています。
これは,素因のない一般的な方であれば,今回生じたような結果までは生じなかったのではないか,と考えられる場合に,全額を加害者に損害賠償できるのではなく,被害者自身による部分もあるとして,損害までの公平な損害の分担を尊重する考え方に基づいています。
この観点から,平成5年最判では,最一小判昭和63年4月21日民集42巻4号243頁を引用して,被害者が災害神経症的状態等に陥った点について,慢性化した自覚症状に対して必要に拘る被害者の性格的傾向等の「心因的要因」が寄与しているとして,事故態様,被害者の精神的ショックの程度及びショックから立ち直ることができた蓋然性の有無・程度,障害の部位・程度および治療経過,事故後の状況等を総合考慮し,8割の素因減額を認めました。
8割の減額はとても大きな減額だと思いますが,こちらに非のない交通事故で自殺することは確かにあり得ることだけれど,社会一般で考えた場合に,多くの人がそれで自殺までするわけではない・・という判断が働いでいるのではないかなと思います。
3 電通事件の自殺との因果関係
この事案は,当時とても問題となった大手広告代理店勤務の労働者が,長期の過重な業務負担によりうつ病に罹患して,自殺した事案です。
このときの過重な業務負担と自殺という結果との因果関係について,裁判所は,「使用者が,被害者の業務の過剰状態及びこれにより健康状態が悪化していることを認識しながら業務の量等を調整しなかったため,被害者が心身共に疲弊し,これが誘因となりうつ病に罹患し,うつ状態が深まって自殺した」と認定して,被害者の業務遂行とうつ病り患による自殺の因果関係を認めました。
素因減額については,「ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない場合,労働者の性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌しない」という判示をしています。
因果関係として,事案の内容のような過剰な業務の場合→心身ともに疲弊するのは通常→結果,うつ病になり得る→(うつ病になれば自殺はあり得る)という流れでそれぞれが特異な経過ではなく,通常起こりうること,ということで因果関係を認めたと思われます。
そして,素因減額については,過重な業務負担が続いた場合に,社会一般で考えた場合,当該被害者でなくても,自殺することは十分あり得る(被害者が一般に想定される労働者の範囲を外れるような少ない特性,個性を有しているわけではない)と考えて,減額は認めなかったのではないかと思います。
平成5年の交通事故の判決と今回の電通事件の判決を比較してみるとことで,裁判所が「因果関係」や「素因減額」について考えている傾向,考え方がより,明確になるかなと思いますので,次回からもう少し詳しく判例を見ていきたいと思います。
まとめ 公平な損害の分担
交通事故の場合は,多くは保険会社からの支払いになりますが,支払う側からすれば,正当な契約に基づく損害に限って支払いたいもの。
任意保険に加入する場合,いざという事故に備えて加入するのだから保険金を支払って欲しい,と言われても,契約外の不必要な損害金を支払えば,結果として,支出が多くなり,保険料も上げざるを得ない…ということにも繋がりますから,この判断は厳しくなされます。
裁判所は,その中で,どのような基準で判断したら,「公平」と感じてもらえるか,社会通念上相当(≒多くの人が納得)となるのかを考えて,どの範囲の損害までを賠償させたらいいのか,賠償範囲として損害を認めるとしても,生じた損害を公平に加害者,被害者が分担するために,金額を減額した方が公平な場合はどんな場合なのか,を検討して判断しています。
交通事故後に自殺してしまったようなケースでは,その意味で「因果関係」や「素因減額」が問題になりうる,ということを知っておくことは重要です。
実際の場面では,加害者側(支払う側となる保険会社),被害者側でその「公平感」や納得感は違うと思いますが・・
(だからこそ,争いとなり,裁判になるわけですが・・)
そのような中で,どちらの立場も考え,両方の主張を考慮したうえで,「公平感」から客観的に判断する裁判所はどのようなポイントを意識して判断をしているのか,共通点を探すことで,ご自身のケースではどのような結果になりそうなのか,予測をすることができます。
裁判所がどのように考えているか・・を知らないと,思ったような損害が認められないことに苦しい思いをされてしまうのではないかと思いますので,裁判所の「考え方」,損害算定方法の傾向を知っておくことは大切です。
このまま紛争を継続して裁判になった場合の結果を予測しながら,それでも,自分の事案では事情が異なるから納得できないとして裁判を選択するのか,など決めていくことが重要だと思います。
細かな算定方法,裁判での手続きなどは分からなくても,大まかな流れやどんなことが裁判では問題になるのか,などが分かることで,自分の場合はどのような点を意識して交通事故後の手続きを進めたらいいのか,不安や不満を解消して,被害回復の回避,回復ために出来ることを知るヒントとなると思って,お伝えしています。
知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。
また,「知識」を得ることで,自ら「選択」して,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。
これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。
それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!