多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

職員の業務上の疾病(死亡,病気)を防ぐには~業務災害とは

職員の業務上の疾病(死亡,病気)を防ぐには~業務災害とは

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!今回は,業務災害について,業務災害と言えるために必要な要件である「業務起因性」についてお伝えし,業務上の疾病を防ぐためにどうすればよいかをお伝えします。

労働者災害補償保険法は,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡(以下「業務災害」という。),労働者の通勤による負傷,疾病,障害又は死亡(以下「通勤災害」という。)に関する保険給付を行うことを規定しています(7条1項1号,3号)。今回は,このうち「業務災害」の部分についてお伝えします。

以前,大手広告代理店社員が,長時間労働により死亡(自殺)に至ったのではないかというニュースが大々的に取り上げられていたのを記憶されている方も多いと思います。
この事件では,遺族からの損害賠償請求により,約1億6800万円の賠償金を支払うことで和解することになっています。
企業にとっては,大切な職員を失う上に,多額の損害賠償金の負担も生じることに繋がりますので,このような業務上の疾病(業務災害)が生じないようにすることは企業としても重要な課題であり,職員に長時間労働を発生させないための対策,長時間労働が発生した場合の対策が求められているといえます。

「業務災害」とは,そもそもどのようなものなのでしょうか?
「業務災害」として労災保険による給付を受けられるためには,どのような条件が必要なのでしょうか?
「業務災害」として保険給付を受けられる場合と受けられない場合の違いは何でしょうか?
「業務災害」「業務上の疾病」を防ぐために必要な対策は?

1 労災保険における「業務災害」とは

「業務災害」とは,労働関係から生じた災害,すなわち労働者が労働契約に基づいて使用者の支配下において労働を提供する過程で(業務遂行性),業務に起因して(業務起因性)発生した災害をいいます。業務遂行性が認められれば,業務起因性も認められるというものではなく,これとは別に,業務遂行性と生じた災害との間の因果関係としての業務起因性が要件として必要とされています。

①業務遂行性について

「業務」とは,必ずしも本来業務に限定されるものではありません。業務のための準備・後始末,トイレや水分補給といった生理的必要行為など本来の業務に付随する行為や緊急行為など必要かつ合理的行為についても「業務」とみなされます。したがって,「業務遂行性」についても,労働契約に基づいて事業主の命令に従う立場にある状態であればよいと考えられています。

②業務起因性

「業務起因性」とは,労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められることをいうと考えられています。

2 業務災害と認められる範囲・事例

実際の具体例から考えてみましょう!

(具体例)

Aさんは,出張先において,業務終了後,宿泊施設で同僚と飲酒を伴う夕食をしました。その後,Aさんは,宿泊施設内の階段を歩行中に転倒して頭を打撲するなどの事故に遭い,その後,自力で客室に戻り就寝したものの,翌朝異常が発見されて病院に搬送され,約4週間後に急性硬膜外血種で死亡しました。

①業務遂行性

この事例では,宿泊を伴う主張中の事故ということで,事業主の管理下を離れて仕事をしていたケースのため,業務遂行性が認められるかが問題となります。

この点について,事業主の命令に基づき一定の用務をなすために行われる出張は,特別の事情がない限り,その全過程において事業主の支配下にあるといえるため,そこで発生した災害については,一応業務遂行性があったとみることができます。

②業務起因性

出張先での飲酒に起因する事故については,事業主から「飲酒」を伴う食事を命令されていない以上,業務における危険が現実化したといえるのか疑問が生じます。しかし一方で,出張先において飲酒を伴う食事をすることはあり得ることですから,飲酒が介在した場合に一切業務起因性が否定されるというのもおかしいでしょう。同様の事例で,裁判所は,「本件事故は,業務とまったく関連のない私的行為や恣意的行為ないし業務から逸脱した行為によって自ら招来した事故であるとして業務起因性を否定すべき事実関係にはない」と判断して,業務上災害を認めています(福岡高裁平成5年4月28日判決)。

ただし,主張先での飲酒に伴う事故については,長期出張中に同僚の送別会に出席して宿舎に帰ったのちに行方不明となり溺死して発見された事案や,出張先で接待を受けた後の入浴中の心臓麻痺といった事案において業務起因性が否定されていますから,本件は,私的行為や恣意的行為が存在しない場合において,業務起因性を認めた限界事例だと考えられています。

業務命令の内容からして,多くの方にとって想定できる範囲での行動での事故,災害と言えるのかによって,業務起因性を認め,保険給付の対象としていいのか分かれる,ということだと思います。

3 長時間労働,パワハラ・セクハラによるうつ病について

ここまでは,業務上の負傷や死亡の事案について,業務起因性が認められるかどうかについて見てきました。
一方,労災保険法7条1項1号にいう,労働者の「業務上の疾病」については,発症者個人の既往症・気質なども発病に影響することがあるため,業務災害といえるか否かについての判断はより難しくなります。

業務上の疾病については,労働基準法施行規則別表第1の2第1号から第10号に例示列挙され,これらに該当した場合には特段の反証がない限りその疾病は業務に起因するものとして取り扱われます。また,同表第11号で「その他業務に起因することの明らかな疾病」と包括規定され,個別に業務起因性を判断することとされています。つまり,負傷等の種類によって「業務起因性」の判断方法が異なってくることになります。

①脳・心臓疾患

脳や心臓疾患については,「過労」によって生じることがあります。例えば,長時間労働を繰り返している人が,突然,脳卒中や心筋梗塞で倒れたりする場合です。もっとも,どのような基準で「過労」と評価するかは難しい問題です。この点,業務の負荷の程度については,厚労省の作成した判断指針である「脳血管疾患及び虚血性疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」を(令和3年9月14日基発第0914第1号)を参考に「過労」の事実が存在するかどうかを判断することになります。

業務による過重負荷を原因とする脳血管疾患及び虚血性心疾患等については,平成13年12月に改正した「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準」に基づき労災認定を行っていましたが,改正から約20年が経過する中で,働き方の多様化や職場環境の変化が生じていること,最新の医学的知見を踏まえて,「脳・心臓疾患の労災認定の基準に関する専門検討会」において検証等を行い,令和3年7月16日に報告書が取りまとめられたことを受けて,認定基準の改正が行われています。

②精神疾患

精神疾患についても,過労やパワハラ・セクハラにより生じることのある疾患の一つです。精神疾患については,個々の性格や気質なども複雑に関係して発症するものであるため,どのような場合に業務上の心理的負担が原因となって精神疾患を発症したと評価すべきであるかは難しい側面があります。
この点については,厚労省の作成した基準である「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(令和2年5月29日基発0529第1号)が参考になります。

令和2年6月から施行されたパワーハラスメント防止対策の法制化に伴い,職場における「パワーハラスメント」の定義が法律上規定されたこと評価表をより明確化,具体化することで,請求の容易化・審査の迅速化を図るために,令和2年5月に取りまとめられた「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」の報告書を受けて,認定基準の改正が行われています。

これまで,上司や同僚等から,嫌がらせ,いじめ,暴行を受けた場合には,「(ひどい)嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」の出来事で評価していましたが,「心理的負荷評価表」を改正し,パワーハラスメントに関する事案を評価対象とする「具体的出来事」など(例えば,上司等による,人格や人間性を否定するような,業務上明らかに必要性がない精神的攻撃が執拗に行われた場合)を明確化しています。

4 業務上の疾患を生じさせないための企業の対策

業務時間の長さが業務上の疾患の発生に大きく関わるために,まずは,企業として,長時間労働を避けるための対策が重要になります。

「長時間労働を発生させないための対策」として,労働者の労働時間を正確に把握する必要があるでしょう。
また,長時間残業した翌日は,時差出勤を認めることも有効だと思います。

それでも長時間労働が発生してしまった場合には,「長時間労働が発生してしまった場合の対策」として,労働安全衛生法上は,月100時間を超える時間外労働を行っている労働者から申出があった場合に,産業医が労働者に対して面接指導を実施すべきと定められています。

不必要な残業が行われている場合には,残業を禁止する命令をすることを検討するべきですが,業務超過が認められる場合には,その調整や人員を増やすなどの配慮が必要です。
東京都では,残業についての意識改革を促すための評価制度を導入されているようですが,こういう取組みも考えられると思います。

また,現在は,離婚事案でも,「モラハラ」が問題になってきたのと同様に,身体的な暴力以外の精神的攻撃が,心身に与える影響が大きいことが次第に明らかになってきていると感じます。
自分たちが入社したころに上司から当たり前に受けていたような発言が,今の世の中では「パワハラ」として,許されなくなっていることを管理職の方には理解してもらえるよう研修などを通じて周知,啓発し,実際に相談を受けた場合には,速やかに事実の確認をし,適切な処分をすることが重要になります。そのために就業規則の整備も必要になります。

5 業務上の疾患の予防と補償~まとめ

業務災害,業務上の疾患が生じた場合,企業側に職員の安全に配慮する義務(安全配慮義務)違反がない場合でも,その損害を補償するために,労災保険による給付が受けられる場合があることを今回ご紹介しました。

この中で,一瞬にして生じる事故などに比べて,業務上の疾患の場合には,病気が生じる前に企業が気づいて,対策できた可能性が高いため,その対策を怠って職員に疾患が生じたり,死亡してしまったりした場合には,安全配慮義務違反による損害賠償請求をされる可能性も高くなります。

経営者が,労働者のことを思い,疲労をためないように愛情をもって配慮し,労働者側がしんどいときには,しんどいと経営者(や身近な上司)に言えるような雰囲気があることが大切に思います。
そのためには,経営者の方も,自分自身のストレスチェックをするなど,自分自身の心身の状態にも気を配って,余裕をもった対応が出来るよう,自分自身のことも大切にして欲しい,と私は思っています。

もっとも,労使問題については,トラブルになった場合には,従来弱い立場とされてきた労働者側を守る方向で法律解釈されることが多いので,それを意識した制度設計,法律上も有効な制度設計をしておくことが経営者としてはリスクを回避することになると思います。

会社の経営者としては,勤務時間が長時間とならないように配慮し,ストレスチェックを行うなどして,職員(労働者)の心身の状態を日常的,客観的に把握して,状況に応じた対応が速やかにとれるよう,対応フロー図などを作成して,出来る限り見落としを防ぐ形で対応できるように制度設計をするのも大事でしょう。

法律上,何が許されていて,何は許されないのか,どんな損害が生じる可能性があるのか,被害が生じた場合にどんな補償があり得るのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことが重要です。
そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!