多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

非正規雇用労働者(パート,嘱託,臨時職員)を雇う場合の注意点

非正規雇用労働者(パート,嘱託,臨時職員)を雇う場合の注意点

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!今回は,非正規雇用労働者の問題について考えます~
非正規雇用とは,正規雇用でない雇用形態,つまり,短時間労働者や派遣労働者,有期労働契約者などの総称です。
パートタイマー,アルバイト,派遣社員,嘱託社員, 臨時社員など,様々な呼び方があり,違いもありますが,いまや非正規雇用の占める割合は4割にのぼると言われています。

会社の経営者(事業主,企業,使用者)は,事業を拡大,円滑にし,より質が高く,多くのサービスを提供していくために,労働者を雇用することになります。
しかし,非正規雇用については,正規雇用,正社員との「差」があることによって,トラブルになったり,訴訟にまで発展する場合があります。

非正規雇用への対応,雇用契約をする場合,どのような点に注意するとトラブルを出来るだけ回避できるのでしょうか?
そもそも,どのような点でトラブルが生じるのでしょうか?

1 非正規雇用契約のメリットとトラブルの背景

子どもがまだ小さいので,柔軟に休みを取りたい,労働時間も短くしたい,などの労働者側の希望が出されることも少なくなく,簡単に休みを取ることが難しいと感じる「正社員」ではなく,パート社員としての勤務を希望されることがあります。
雇う側である経営者(事業主,企業,使用者)も,正社員を雇うよりは負担とリスクが少ない柔軟な形でのスタッフを雇いたいという希望があります。
そのため,非正規雇用契約は,経営者側と労働者側の利害が一致した柔軟な雇用形態とも言えますが,その構造のために,正規雇用,正社員とは差が生じるため,トラブルが生じやすくなります。
例えば,①賃金が低い,②雇止め(雇用の不安定)といった点で,トラブルが生じるごとがあるので,非正規雇用契約をする場合には注意が必要になります。

それぞれ,具体的にはどのようなトラブルが生じるのでしょうか?
それを回避するためのポイントは何でしょうか?

2 賃金格差・賃金が低い

非正規雇用の賃金格差については,とても有名な裁判例があります。
丸子警報器事件(長野地裁上田支部平成8年3月15日)です。

(1)正社員よりも低い賃金

労働者Xら28名は,自動車用警報器の製造販売をするY社に臨時社員として雇用され,雇用期間を2ヵ月とする契約を更新する形で継続して勤務し,その期間は4年から長い者で25年を超えていました。その間,Xらは,正社員と勤務時間も勤務日数も変わらず,同じ仕事に従事し,サークル活動にもほぼ同様に参加してきたにもかかわらず,正社員よりも低い賃金しか支給されていなかったため(勤続25年で格差は33.7%),不当な賃金差別であるとして不法行為に基づく損害賠償を求めたものです。

(2)裁判所の違法性判断

同一(価値)労働同一賃金の原則自体は,そのまま公序として存在するわけではないが,その根底にある均等待遇の理念は,賃金格差の違法性判断において,一つの重要な判断要素として考慮されるべきものであって,その理念に反する賃金格差は,使用者に許された裁量の範囲を逸脱したものとして,公序良俗の違法を招来する場合があるというべきである。

としたうえで,Xらと同じ組立ライン作業に従事する正社員との業務を比べると,作業内容,勤務時間及び日数などすべてが同様であること,勤務年数からも長年働くつもりでいる点でも正社員と何ら変わりがないこと,採用や契約更新の際にXらが自己の身分(正社員として雇用されることとの違い)について明確な認識を持ちにくい状況であったこと等に鑑みれば,Xら臨時社員の提供する労働内容は,その外形面においても,Y社への帰属意識という内面においても,正社員と全く同一であると言える。このような場合,使用者であるY社は,臨時社員から正社員となる途を用意するか,あるいは正社員に準じた賃金体系を設ける必要があったというべきであり,そのようなことをせず,臨時社員と正社員との顕著な賃金格差を維持拡大しつつ,臨時社員を長期間雇用継続したことは,同一(価値)労働同一賃金原則の根底にある均等待遇の理念に違反する格差であり,単に妥当性を欠くというにとどまらず公序良俗違反として違法となるものと言うべきである。として,Xらの賃金が,同じ勤務年数の正社員の8割以下となるときは,許容される賃金格差の範囲を越え,公序良俗違反となる。

この判断は地裁のものですが,斬新な判断としてかなりの注目を集めたものです。

しかし,その後の判断をみると,裁判所は賃金格差の救済に消極的な印象を受けます。これには,どのような労働条件で雇用するかについての当事者間の合意は原則自由であるという「契約自由の原則」が根底にあるからです。
本件は,正規雇用者と非正規雇用者との労働形態が客観的にも主観的にも同一であるという特殊事情が背景にあったといえるために,違法になる場合の判断がされたと言えると思います。
賃金格差が,パートタイム労働法の規定する差別的取扱の禁止(8条)に反して違法,または,公序良俗に反して違法というケースは,どの部分の格差が違法とされるかを含め,かなり限定的にならざるを得ません。

パートタイム労働法では,均衡処遇の要請(9条)がありますが,この実効性をどこまで高めるかは難しい問題です。
日本では,やはり,正社員に対する保護が手厚く,解雇や賃金の減額などが簡単ではありませんので,そこに経営者側が「非正規雇用」を求める理由と背景があって利用していることもあり,正社員と全く同様の処遇を経営者に求めることは,難しいところがあると思います。

3 雇止め(雇用の不安定)

非正規雇用では,労働契約の期間が1年間など短期間に設定されることが多く,いつ雇止めとなるかという不安定さを抱えています。

この点については,日立メディコ事件(最判昭和61年12月4日)などにより,反復更新され続けた有期労働契約に対する雇止めに対する判例理論が形成されていましたが,現在では労働契約法に法定化されています。

労働契約法によれば,有期労働契約が反復更新されて通算5年を超えたときに,労働者の申し込みによって使用者は無期労働契約に転換しなければならないというルール(無期転換ルール)が導入され,平成25年4月1日から施行されています(18条1項)。平成30年4月には通算5年目を迎えましたので,積極的に転換を図っていなかった会社も,無期転換への対応が必要となりました。

これは,非正規雇用者,有期雇用契約者を保護するために導入されたルールなのですが,かえって,5年を超えて更新をすると,正社員になってしまうために,5年に満たない範囲で雇止めをする,という運用がされている状況を私が関わっている事業主でも見るようになりました。
定年退職後に再雇用した場合でも,無期転換されてしまうと,困る,という問題に対する対応の必要もあり,無期労働契約への転換と定年~就業規則見直しにて,対応することもありました。

通算5年前に雇止めにより終了という場合であっても,有期労働契約が反復更新され,継続雇用への合理的期待が生じている場合には,解雇権濫用法理が類推適用されるとの前記判例理論が法定化されれたことにより(19条),
これまで以上に雇止め時には,客観的合理的理由があるかどうかが重要になると考えられています。

過去の裁判例においては,有期契約を1年終了時点で最初に更新拒否した場合であっても,継続雇用への合理的な期待があったとして雇止めが無効とされたケースがあるように(龍神タクシー事件。大阪高裁平成3年1月16日),必ずしも通算期間や更新回数だけで雇止めの有効性が判断されるわけではなく,雇用実態を総合的に考慮して判断されるという点にも注意が必要です。
無期転換を回避するための雇止めは解雇権濫用と判断される可能性が高いので,経営者としては,実際に,どのような目的で非正規雇用者をその期間雇うのか,という理由が説明できるような視点,対策が必要になります。

また,1年ごとの更新で,5年目になる際に,5年の有期労働契約が満了する直前,通算5年となる前に労働契約を終了とすれば問題ないと考えられるかもしれませんが,これは出来ません。
「1年」という,有期労働契約を期間途中で使用者側が一方的に終了させるには,「やむを得ない事由」が必要とされます(労働契約法17条1項,民法628条)。
有期労働契約は,その途中で終了させることは,正社員(無期労働契約)よりも厳しい条件が必要と考えられていますので,注意しましょう。

無期転換が法定化されたことを機会として,有期労働者を無期労働者と同様に長期間育てて,技術力を高める,という方法は難しくなってくるのではないかと思います。
非正規雇用の労働者の会社内での位置づけ,会社資源としてどのように育成させるかといった点について長期的なスパンで見直す必要があるでしょう。

4 まとめ

非正規雇用としては,正規雇用の場合と比べた賃金などの対応の格差は,勤務している労働者からすると,全く同じ仕事をしているのになぜ差がつくのだろう・・?
と思うところであり,難しい問題です。

一方で,企業としては,全て正社員として採用した場合,前述したように正社員の保護が手厚いこともあって,これから生じうる経済状況,社会の変化,企業状況の変化に応じての柔軟な雇用形態を取ることが出来ず,リスクが大きくなります。

私自身も,このまま非正規社員がみんな正規社員となってしまっては,予想外の大変な負担になる,ということで,弁護士として,無期転換ルールが採用された当時に,これを踏まえた就業規則の見直しに取り組みましたが,
これまでであれば,5年を越えても問題なく契約が更新されていた職員についても,この維持は難しくなり,契約期間の管理については厳しくなったと実感しましたので,無期転換ルールが,労働者の保護になったのか…というのは,難しい問題だなと思います。

現状の問題を踏まえて,より良い制度とするために,法制度,労働契約上のルールが変更されても,また新しい問題が生じますし,どこまでいっても,法律の条文だけでは,具体的にこの格差は違法,この雇止めは違法,というのは分かりませんので,個別の事情を考慮しながら判断することになります。

弁護士としては,その際どのような「事情」が判断材料となるのか,ということが分かるため,これを踏まえてトラブルを回避するための就業規則,雇用契約を作成するなど事前対策のお手伝いをすることになりますし,
実際にトラブルが生じてしまった場合には,「事情」を考慮して,このケースでは違法になりそうなのかどうか,訴訟になったらどのように判断されることになりそうか,を考えて事後対応をアドバイスすることになります。

どのような規定方法で,どのような範囲であれば正社員との差が認められ,非正規雇用契約の内容が有効になるのか,雇止めが有効となるのか…?
は結局,事業主側と労働者側の立場の公平感,バランスによるので,とても難しいと思うのですが,まずは,可能な範囲で出来る対応をしなければ何も始まらないので,時代によって変わっていく法制度,「考え方」を知ったうえで,これに応じられるように見直し,変更していくことで,トラブルを回避しやすくなると思います。

非正規雇用契約,就業規則上どのように明文化するか,これで本当に,非正規雇用契約が問題ないのか,などご不明な点がある企業の方,経営者の方は,一度,弁護士に相談いただけると良いと思います。

労働者の権利を保護するために,労働関連法は,使用者(事業主,企業)にとっては厳しい原則を定めています。
そのため,ルールの変更などを知らずに,これまで通り契約しておけば安心,と安易に判断することは危険です。

どんどんインターネットなどで情報も検索できる世の中。労働者の方も含め,誰でも簡単に学んで知識を得られます。
雇用期間が満了で退職する,という契約書に署名したから,雇止めに問題なく応じてくれる,という人ばかりではありません。
その方にとっては,お仕事がなくなるわけですし,なぜ,自分が雇止めされなければいけなかったのか‥と自尊心を傷つけられたと感じることもあって,受け入れることが難しいことも少なくないでしょう。

その場合に,この解雇(雇止め)は違法ではないか…?と調べて,「雇止めは,無効なのではないですか?」と言われることもあるでしょう。
また,同じ仕事をしているのに,この賃金格差や対応の差はおかしい,何か法的に言えるのではないか?と考えて,調べられることもあるでしょう。

使用者の方も,これを前提に知識を備えて,雇用時や契約の更新時,雇止めをする際などに注意することが重要です。
法律上,何が許されていて,何は許されないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことが重要です。
そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!