多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

精神的不調がある労働者~業務変更に応じるべき場合,業務変更に応じなくてよい場合

精神的不調がある労働者~業務変更に応じるべき場合,業務変更に応じなくてよい場合

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!
労働者がメンタル面の不調から元の仕事には復帰するのは,業務の危険性,重大性から難しい,と感じる場合,企業の「経営者」は,どのように対応すべきなのでしょうか?
労働者の健康状態がある程度改善し,欠勤するほどではないものの,それまでの業務はできず,他の業務ならできるとして労働者が他の業務に就くことを申し出た場合,これに応じなければならないのでしょうか?

以前のブログで,日本ヒューレットパッカード事件最高裁判決(最判平成24年4月27日)について書かせていただきました。
この判例によれば,使用者には,安全配慮義務の内容として,精神的不調から欠勤を続けている労働者がいる場合に,まずは健康状態を調査し,必要な場合には治療を勧めた上で休職等の処分を検討し,その後の復帰可能性を検討すべきであるとされています。

今回は,その引続きの内容として,もし,従業員(労働者)のメンタルヘルス(精神的不調)が改善されてきたら,どのような対応をしたらいいのか,業務変更に応じないといけないのか,応じる義務はないのか,に関する有名な最高裁判例をご紹介します。

1 事務作業に変更申出をした事例~片山組事件最高裁判決(最判平成10年4月9日)

(1) 事案の概要

バセドウ病に罹患し,現場監督業務に従事できない旨の申出をしたところ,使用者から自宅治療命令を発せられた労働者が,その命令後に事務作業を行うことはできるとしたにもかかわらず,自宅治療命令が持続させられてその期間中の賃金が支払われなかった事案

(2) 判断

労働者が「職種や業務内容を特定せず」に労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である。

そのように解さないと,同一の企業における同様の労働契約を締結した労働者の提供し得る労務の範囲に同様の身体的原因による制約が生じた場合に,その能力,経験,地位等にかかわりなく,現に就業を命じられている業務によって,労務の提供が債務の本旨に従ったものになるか否か,また,その結果,賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり,不合理である。

つまり,「職種や業務内容を特定せず」に雇用している場合には,たまたま当時その業務をしていたから働けなくなる,というのは不合理,労働者も今の業務が難しいならば,他の業務で働きたい,という期待もあるだろうから,会社としては「現場監督」として働いてほしい,そうでなければ,働かなくてよい,と考えていたとしても,他に適する業務があるのであれば,変更した業務に従事させて,賃金を支払わないといけない,と判断していることになります。

・・中小企業のような会社の場合,業務内容によって,必要最低限の人数で業務をし,人員配置に余裕がない場合が少なくないと思いますので,あまり必要のない業務に変更させて,賃金も支払わないといけないとすると,なかなか厳しい状況になるかな,と思われるところです。

2 職種が特定されている場合

この片山組事件は,職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合でした。
一方,「職種が特定」されて労働契約を締結した場合には,使用者の配慮義務は軽減されると考えられています。
労働者が契約で特定された労務の提供をできない場合には,債務の本旨に従った履行ができないのですから,当然のことと言えます。

カントラ事件(大阪高判平成14年6月19日)は,労働者がその職種を特定して雇用された場合において,その労働者が従前の業務を通常の程度に遂行することができなくなった場合には,原則として,労働契約に基づく債務の本旨に従った履行の提供,すなわち特定された職種の職務に応じた労務の提供をすることはできない状況にあるものといえ,会社に賃金支払義務は発生しないが,就業可能になったときから,労働者が労働を拒否しているなどという事情がない限り,会社に賃金支払義務が発生すると判断しています。

従って,「職種を特定」して雇用しているのであれば,他の業務に変更して,働いてもらう義務はない,ということになります。この場合であれば,職種を特定して雇用することで,その業務で働けなくなった場合には,他の業務への変更に応じなくても良い,という企業側にとっては義務を軽減されることになると思います。

3 労働者に求める職種・業務内容を明確に

会社で誰かを雇用しようとするとき,この人が入ってくれたら,こういうことをしてもらいたいな・・・と思って雇うのが通常ではないかと思います。
会社で行ってきたこれまでの業務を拡大して,その業務のスタッフが不足している,と感じたり,新規事業を立ち上げたりするために,その分野で働いてもらえるスタッフを雇いたいなどということがあるでしょう。

私自身もスタッフを雇ってみて実感したことでもありますが・・・
こちらが「こんな風に働いてくれたらいいな」「こんな業務をしてくれたらいいな」という希望は,思っているほど労働者であるスタッフには伝わりません・・

何となく伝えていたとしても,雇用契約の際に,「○○という業務をすること」を前提に雇います,ということを書面で明示していなければ,「職種や業務内容を特定せず」に雇ったと言われかねないでしょう。
誰かを雇用する際には,少なくとも,「大体こういう仕事内容です」,という説明をすることになりますが,雇われる労働者側は,そこから自分の価値観で「△△の業務をすればよい」(これが当たり前)と考えてしまうものです。

そのために,労働者がイメージしていた業務内容と違う業務を経営者が当然やるべき,として命ずれば,「聞いていません」などと反発するスタッフもいるでしょう。

「雇用」の問題に限られませんが,誰かに何かを依頼する場合など,「契約」をする場合,こちらが思っているようには,相手が理解してくれていない,ということ,それによるトラブルは非常に多いです。

そのため,トラブルを避けるには,出来るだけ,相手にどんな仕事をどのようにすることを望むのか,だれが読んでも(聞いても)齟齬が起きにくいよう「特定」をすることが重要です。

今回のお話のように,業務の変更に応じないといけないのか,も「職種」「業務」を明確にすることで,その義務を回避でき,トラブルを避けることが出来るでしょう。

他方で,会社の事業も柔軟に変化しながら続けていくことも大切ですから,固定の「職種」「業務」であまりに限定して雇ってしまうと,違う業務をさせる命令が出しにくい・・ということにはつながります。
この「職種限定契約」で雇うことのメリットやデメリット,今後の会社の方向性と業務内容など予測しながら,雇用契約書(労働契約書)に職種や業務内容をどこまで明確にするのか,変更があり得ることを明示するのか,など意識するのが大切だと思います。

コロナ時代を経験して思うところでもありますが・・・・

出来るだけ齟齬が起きず,会社(経営者)のスタッフ雇用維持についての負担が重くなりすぎないように注意する必要がある一方,労働者との関係は,その後も継続的に関係性が続くものになりますから,一回限りで終了する売買契約と比較すると,あまり細かく定めすぎて,柔軟な変更を従業員に求めることが困難になりすぎないようなバランスのある規程を定める必要があると思います。

単に企業側の責任を免れるという視点だけでなく,事業を継続していく上で,働いてくれる労働者は,やはりありがたいものでありますから,そのメンタルヘルスのケアと求める業務内容を明確にすること,雇用契約時に何を定めておくのか,はとても重要になりますね。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!