多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

損益相殺とは?高次脳機能障害で介護費の損害から差引かれる利益

損益相殺とは?高次脳機能障害で介護費の損害から差引かれる利益

今回も交通事故による高次脳機能障害とは?介護費認定の問題点高次脳機能障害による将来介護費・具体的な損害認定額は?高次脳機能障害による介護費日額は?適切に損害算定してもらうために必要なこと,に引き続き,交通事故に遭って,被害者が重度の高次脳機能障害となり,被害者の家族が介護をする必要がある場合の介護費用について,どんな場合にどのくらいの損害として認めてもらえるのか,問題になる点をお伝えします。

高次脳機能障害の場合,介護をする方は,従来から想定されている日常生活動作を介護する場合と異なり,「見守り」「声かけ」中心とする「看視的付添」が中心となりますが,損害の算定額,方法に従来型の「介護的付添」による損害算定と違いがあるのでしょうか?

交通事故による被害を受けた場合,事故によって損害を被った被害者が,同じ原因で利益を得た場合に,その利益を損害賠償金から差引くということによって損害額を調整しています。
これを「損益相殺」と言いますが,「公平」の観点から実務上当然に認められているもので,実は,法律には特に定めはありません。「介護費」の損害算定,高次脳機能障害による将来介護費の損害算定でも,この点は,問題になります。

交通事故によって被害を受けた場合,一方で利益を受けるのは,どんな場面?
高次脳機能障害を残した被害者に対する介護費における「損益相殺」はどのようにされる?
裁判所は,今後も利益を受けることが予測される場合,どこまでを損害額から差引く?

今回も,高次脳機能障害がある場合の,介護負担の損害について認めた裁判例をご紹介しながら,「損益相殺」をふまえて,どのように損害認定がされるのか,検討した点をお伝えします。

1 公的扶助がある場合の損害算定方法

公的医療保険制度による給付や介護保険給付等の公的扶助を受けており,現時点で自己負担額が低廉に抑えられている場合の将来介護費の認定において,将来も,同様に公的扶助が受けられることを前提に「損益相殺」による調整を図るべきなのでしょうか?

この点,遺族年金の給付額を損害から差引けるか,が争点となった事案(最大判平成5年3月24日民集47巻4号3039頁)で,公的給付について損益相殺的な調整を図ることができるのは,その給付が「現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続および履行が確実であるということができる場合に限られる」とされています。

従って,公的給付が現実にされているか,確実に給付される見込みの場合,当該交通事故で生じた損害はあるけれど,一方で利益(公的給付)を受けることになる場合,その利益分,実際の損害額は少なくなり,損害額から差引くことができることになります。

2 高次脳機能障害がある場合

公的医療保険制度による給付や介護保険給付等の公的扶助を受けており,現時点で自己負担額が低く抑えられている場合の将来介護費の認定において,損益相殺の調整を図るか否か争点になった事例として,「高次脳機能障害がある場合」(裁判例9例,1例は在宅介護事案の職業介護費,他は施設介護)では,どのような判断がされているでしょうか。

裁判例では,いずれも口頭弁論終結時までの支給は確実であるから,受領した公的扶助分を控除し,自己負担分のみを損害としました。
そして,口頭弁論終結時以降は支給を受けることが確定しないとして控除せず,公的給付がないことを前提とした金額で将来介護費が認定されています。

つまり,高次脳機能障害がある場合の将来介護費を損害として計算する場合も,この「損益相殺」の考え方から,確実な給付がされる公的扶助の給付金相当額は差し引いて計算される一方,裁判が終わった(口頭弁論終結時=証拠調べを行った後,原告の請求が認められる,又は認められないとの心証を得たとき,判決の前)後は,支給を受け続けられるかは確定していないとして,差引かずに損害が計算されることになります。

いつ,裁判が終わるかによって,具体的に計算される損害額が変わる,というのも不思議に思うかもしれないのですが,将来の支給は絶対確実,とは言えない中で,どのあたりを「公平」な損害計算と考えるか,についての裁判所が考える基準が分かるかな,と思います。

3 看視的付添と介護的付添の損害額

高次脳機能障害では,事案によって,日常生活動作の自立の程度には,大きな違いがあります。
そのため,それぞれ必要とされる介護の内容や負担の程度も大きく異なることになります。

また,被害者の年齢や家族構成(家族などの近親者介護が可能か否か)でも介護体制が変わるので,比較的重度の高次脳機能障害事例に限っても,認定される将来介護費の金額は大きく異なる,と言えます。

ここまでにご紹介した裁判例では,高次脳機能障害による将来介護費・具体的な損害認定額は?でお伝えしたように,せき髄の障害事例よりも,高次脳機能障害の事例の方が,将来介護費の認定額は高額になる事例が多くありました。

けれど,せき髄の障害事例では,上肢が自由な場合など,日常生活動作の一部が自立できている被害者がいる一方で,高次脳機能障害では,そうでないこともあり,日常生活動作での介護の負担が大きい場合が多く,裁判所が,「看視的付添」の負担を重く見ているのか,軽く見ているのか,これまでのところで,判断することは難しいと思われます。

まとめ 公平な損害額算定法

ここまで連続して,看視的「介護」の負担を算定する場合,どのように算定されているのか,一般的な介護的付添と違うのか,について,お伝えしました。

検討してみると,抽象的に「看視的」「介護的」付添だから,という理由だけで,金額に差があるわけでもない状況がみえてきます。

そして,「介護」の負担についての損害算定に限られませんが,常に裁判所は,どのような損害算定方法が,社会通念上「公平」「平等」と考えてもらえるかを意識して判断していることが分かります。

今回ご紹介した「損益相殺」のお話も,加害者(実際には加害者が加入している保険会社)からみても,交通事故の被害よって,被害者がかえって得をしてしまった,と思えるほどの賠償をするのは不公平だから,交通事故が無ければ得ることもなかった「利益」に該当する公的給付金を差し引いて,損害額を算定していることが分かります。

交通事故による被害は,もちろん「金銭」ですべて回復されるわけではない・・
そして,見込まれる金銭の「給付」も法制度の変更などによって,ずっと支給が続くと確定されているわけでもない・・

そういう中で,どのあたりが「公平」「平等」な損害算定として適切か,裁判所が考えていることになります。
この「公平」「平等」と感じる基準は,実は人や立場によって大きく異なりますので,難しいところなのですが,裁判所の一般的な基準とその基準を考えている背景(考え方)を知っておくことで,必要以上に「こんなことおかしい」「こんなはずない」と精神的にしんどくなることを減らせるのではないかな・・と思ってお伝えしています。

もっとも,今回も検討したように一律に「抽象的」な基準でポン!と結論が出るわけではなく,それぞれの事案は細かな点では異なっていて,全く同じもの,というものは存在しません。
その意味で,これからもはっきりしない部分は残り続け,AIで一律に決められてしまうことが難しい部分もある,と思うところもあり,弁護士としては,その点が,仕事として,やりがいもある部分かなと思っています。

その中で,出来るだけ,他の事案と「共通」する事情を拾い上げることで,このまま紛争を継続して裁判になった場合の結果を予測しつつ,他の事案と異なる事情,事実について,どんな事実(状況)を選んで損害の主張をするのか,自分の事案で損害認定を適切にしてもらうためにどんな事実を選択してどのように伝えるのか,など決めていくことも重要だと思います。

細かな算定方法,裁判での手続きなどは分からなくても,大まかな流れやどんなことが裁判では問題になるのか,どんな判断基準で判断されるのか,その判断基準の根拠(背景,考え方)などが分かることで,自分の場合はどのような点を意識して交通事故後の手続きを進めたらいいのか,不安や不満を解消して,被害回復の回避,回復ために出来ることを知るヒントとなると思って,お伝えしています。

具体的な事例と共に,根本となる公平,平等の「考え方」知っておくことで,最適な損害回復が出来る可能性が上がります。
これからも「知識」と共に,その結論となる理由,「考え方」も伝え続けていきたいな~と改めて思いました。

これらを知ることで,自ら「選択」して,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合にも,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」「考え方」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!