
いつも読んでいただきありがとうございます。過労死「karoshi」が英語の辞書でそのまま認定されるようになり,日本の長時間労働の問題性は近年大きな問題になってきています。働き方改革,労働生産性の向上などのためにも,長時間労働の規制の強化がされているところです。今年4月からは,時間外労働の上限規制が中小企業にも適用され,残業時間の上限は,原則として月45時間・年360時間とし,臨時的な特別の事情がなければこれを超えることはできなくなっています。
詳しくは,こちらのページで解説されています(動画もあり,分かりやすいと思います)
今年の4月からは,時間外労働賃金の未払いについての消滅時効も2年から3年に延長され,しっかりと時間外労働時間の管理をしていないと,今まで以上に,後に思わぬ多額の時間外労働賃金を請求されることにもなります。
それでは,どのような場合に時間外労働となるのでしょうか?
「所定労働時間」と「法定労働時間」の違いは?
当直,日直,宿直,仮眠時間など通常勤務と違う勤務時間は,どこまでが「労働時間」となり,どこからが時間外労働賃金の対象となるのでしょうか?
そこで,今回は,労働時間の管理・規制について考えてみたいと思います。
1 法定労働時間と所定労働時間
まず,「法定労働時間」と「所定労働時間」の違いについて知っていますか?
これは,一致することもあれば異なることもあるのですが,実務上は残業代計算をする上で特に重要です。
まず「法定労働時間」についてです。労働基準法32条は,「法定労働時間」について1週間40時間,1日8時間という上限を定めています。
(例外的に常時10人未満の労働者を雇用する小規模な事業場については,特例措置対象事業場として,週44時間が適用されますので,こちらの活用を知っておくのも有効でしょう)
かつてから長時間労働は問題とされていました。1日12時間でも,平気で働かせていた時代もありました。
そこで,「これ以上労働させてはいけません」という法律の縛りを設けているわけです。したがって,変形労働時間制をとっている場合などを除いて,1日9時間労働(9時間まで残業代はない)という契約は無効となります。この枠を超える労働時間については,時間外労働として割増賃金を支払わなければなりません。よく言われる25%割増の賃金というのは,この法定労働時間外の時間外労働に対するものです。
一方,すべての労働契約が,1週間40時間,1日8時間という労働時間を定めているわけではありません。1日5時間であったり7時間であったりするわけです。この個々の労働契約において定められている始業時,終業時という所定就業時間から休憩時間を差し引いた時間が「所定労働時間」です。
仮に,「所定労働時間」が7時間の場合,「法定労働時間」の1日8時間に至るまでの1時間,あるいは1週40時間に至るまでの時間に対する賃金は25%割増ではなく,通常の1時間当たりの賃金で足りるということになります。
時々,就業規則で,所定労働時間外の労働についても割増賃金の規程がある場合がありますが,なぜ,どのような目的で,そのように規定するのか(労働者の労働意欲の喚起など),その効果がはどうなのか,などを検討していくことが大事でしょう。
2 労働時間とは
このように,残業時間・時間外労働を把握し,残業代を計算する大前提として,「労働時間」をしっかりと理解しておく必要があります。
労働時間についての行政解釈は「労働者が使用者の指揮監督の下にある時間」と定義しています。
そして,有名な判例(最判平成12年3月9日,三菱重工長崎造船事件)においても,「労基法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,この労働時間に該当するか否かは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できるか否かにより客観的に定まるものであって,労働契約,就業規則,労働協約等の定めの如何により決定するものではない」と判断されています。この「指揮命令下に置かれていた」かどうかの判断基準として,同判例は「労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ,またはこれを余儀なくされたときは,その行為を所定労働時間外に行うものとされている場合でも,その行為は,特段の事情のない限り,使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる。したがって,その行為に要した時間は,それが社会通念上必要と認められるものである限り,労基法上の労働時間に該当する。」としています。
つまり,大雑把に言ってしまうと,使用者の「指揮命令下」にあれば,労働時間,そうでなければ,労働時間ではない,という評価になります。
3 労働時間か問題となる場面
労働時間に該当するかどうかについて問題となる場面は,①手待時間としての労働時間となるか休憩時間となるか,②労働時間の始期と終期はどこかという場面が多いです。
①手待時間か休憩時間か
現に作業に従事していなくとも,作業と作業との間の待機時間である手待時間も労働時間になります。休憩時間と手待時間の違いは,先ほどの判例を前提とすると,使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない時間として指揮監督下にあるか,それとも,使用者の指揮監督から離脱して労働者が自由に利用できる状態かということになります。
この問題については,仮眠時間が労働時間に該当するかといった形で争われることが多いです。これも有名な判例(最判平成14年2月28日,大星ビル管理事件)は,労働時間に関する前記三菱重工長崎造船事件の一般論を踏襲した上で,「当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。…当該時間において労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。」としたうえ,事例判断として,問題となった仮眠時間は労働時間に当たると判断しました。
そのため,同様の勤務体制の場合,仮眠時間も労働時間として計算した上で,時間外労働賃金を支払う必要があります。
②労働時間の始期と終期について
労働時間の始期については,作業衣への着替えや安全靴の着用が労働時間に該当するかが争われる事例が多いようです。さきほどの三菱重工長崎造船事件もそうでした。最高裁は,この事案において,使用者から保護具等の着用が義務付けられており,この装着を事業所内の所定の更衣室等において行うものとされていたことを指摘して,装着および更衣所から準備し体操場までの移動時間は使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価できるとして,社会通念上必要と認められる時間に限り労働時間になると判断しています。
終業時についても,終業時以降に作業上必要な後始末が行われていれば労働時間になり得ますが,使用者から義務付けられていない入浴や着替え等は,特別の事情が認められない限り労働時間には当たらないとことになると思います。
4 まとめ
新型コロナの影響もあり,事業主・経営者側も困難な状況の中で,経営者の方からは,従業員はまるで他人事のようで,気持ちの乖離を感じた,というお話もお聞きします。
これまで,経営者にとって従業員に対する「甘え」もあったと思いますが,残業代を請求できる期間が延長されたこともあり,時代の変化,考え方の変化に伴い,より一層,朝礼時間なども含めて,勤務時間としてではなく,労働時間として管理していくことが重要になるでしょう。
経営者と労働者,事業主とスタッフが対立する構造になるのではなく,苦しい時こそ協力する関係になることが望ましいですが・・・
立場の違いが,今回のように新型コロナウィルスなどの影響で苦しい状況だと,はっきりと分かれてしまいやすいと思います。
経営者が法定の義務以上に就業規則で従業員への保障を厚くしていても,その点について,従業員の方には伝わっていないことも多い一方,今回のように経済的に厳しい状況になった場合には,その義務の負担の重い規則が経営者の首を絞めてしまうこともあるだろうな・・・と思うと,本当に難しいな,と思います。
雨による被害なども大きい現在,様々な状況を経験しながら,より良い就業規則,労働時間の管理について,もう一度振り返って,なぜそのような規定にし,なぜそのような管理にするのか,そして,今後はどのような在り方にすべきか,考える時期に来ているのかな,と思いました。
それでは今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!