今回は,平成26年3月2日,岐阜県土岐市にあるセラトピア土岐で開催された成年後見・日常生活自立支援事業シンポジウム
「JR東海の列車事故判決がもたらすもの~介護者の支援を考える~」についての報告です。
このシンポジウムは毎年1回開かれているもので,私が監事をしている東濃成年後見センターのほか,多治見市社会福祉協議会などが共催しています。
「セミナー」や「講演」と違い,ディスカッションをする「シンポジウム」の良さは,異なる知識,見方をする人の意見を聞き,議論を聞くことで,自分の価値観が明確になってくる!ということですね。
私は,このように多角的,多面的な見方ができ,自分の価値観が動かされていく感じが大好きです。
なので!
改めて弁護士という,依頼者の立場によりそいつつ,一方で客観的,冷静に相手方の主張や立場を冷静に考えられる仕事が好きなのだと思いました。
それでは,是非今日はみなさんも当事者の立場になって考えて下さい!
イメージして下さい・・
あなたは,Aさん(84歳)の長男です。
他には,Aさんの妻であなたの母B,Aさんの子ども達で,あなたの兄弟である次男C,次女D,三女E,あなたの妻Fがいます。
(長女は既に死亡しています)
A,B二人で住んでいましたが,Aの認知症が発症し,Bも80歳でAを一人で介護するのは困難。
家族会議で話して,Fが近くに住んで介護することに。
その後,Aに徘徊行動がみられるようになり,あなたは自宅玄関にセンサーを設置。
門扉に施錠もしたが,乗り越えようとしたりして危険なので,やめた。
介護福祉士でもあるEの意見も聞いたが,施設に入所するにしてもすぐ入れない,さらにAは混乱する,とのことで在宅での介護を継続。
そうしたところ,ある日,FがAの排尿の片付けをし,Bが目を離した隙にAが戸外に出て,駅近くで列車にはねられて死亡
・・・ あなたとB~Eさんは,JRからこの損害について賠償するように請求されました・・・
このような事例で名古屋地裁はあなたにAを事実上監督すべき者であったとして,その監督義務違反による損害として責任を認めました(約720万円)。
また,その場にいたBにも,Fがみていないときは,Bが「目を離さない」で監督するという義務に違反しており,責任を認めました。
その他,C,Dはほとんど関与していないので責任は無しでした。
Eも関与はしていたけれど,介護体制を決定していたのはあなたであるので,法的な責任は無し,でした。
この判決を受けてあなたはどう思いますか???
・・介護を引き受けるだけ,責任が重くなる,「24時間,目を離さない」で監督するなんて無理だ! と思うのでは無いでしょうか・・・
一方でこの判決の事例には,このような背景が認定されています。
この事故以前にAは何度か徘徊して,保護されていた。
事務所と自宅がつながっていたが,事務所の出入り口は日中,開放されていた。
Aの遺産は,不動産を除いてすぐお金になる金融資産だけでも5000万円を超えていた。
もし,あなたがこの内容を聞いた第三者だったら, 「それだけお金があるのであれば,ヘルパーなどを依頼して,もう少し在宅介護の体制を整えられたのでは?」 と思わないでしょうか??
裁判所も基本的には,この立場に立って判断していると思います。
しかし,シンポジウムでは,「お金のあるなしで判断するのがおかしい!」という意見も沢山ありました。
あなたも,もしかしたら,そのように思うかもしれませんね。
でも,もしも・・・
もし,これが単にJRの損害で無くて,あなた自身の損害だったらどうでしょう?
例えば,Aさんが徘徊していきなり,陸橋から飛び降りた。あなたは,その下の道を運転している運転手です。
車の中に可愛い5歳の長男と2歳の長女が乗っていました。
あなたは,落ちてきたAに驚いて,反射的にハンドルを切ったところ,対向車にぶつかり,大事故に・・ あなたは,なんとかけがをしつつも助かりましたが,大切な二人の子ども達は,亡くなってしまいました・・・
これでも,あなたは,在宅介護を選んできたAの家族の方々を許すことが出来るでしょうか・・・
やはり,許せない!という方が多いと思います。
(当日のシンポジウムでも,身体的な被害があって,その被害者となったら許せないという方々が大半でした)
さらに,このとき,Aやその子ども達にお金が全くなくて,施設にも入れることも出来なかった場合と,十分にお金がありながら,施設に入れなかった場合と比べて,あなたが家族に感じる許せなさは同じでしょうか??
私は,この判決は,このようなお互いの利益の相克,社会的な感情を考慮していると思います。
私自身は,この判決の事例で言えば,人身的な被害が無いのであれば,介護されるAができるだけ自由に人間らしく生きる権利,これを可能にしてあげる家族の権利を尊重しても良かったのでは無いかと思います。
しかし,物的損害なのか,人的損害なのかで区別することは裁判所では出来ません。
もし,私のように感じる方が多いのであれば,交通事故による保険のように人身事故については自賠責保険で強制加入,物的損害については任意で加入などの方法を法律で規定してもらうしか無いのでしょう・・・
しかし,それにはみなさん自身のお金がかかります。
それは出来ないから,ある程度までは,在宅での生活を望むご本人の希望,家族の希望を尊重するけれど,やはり,他人の生命,身体を脅かす可能性がある場合は,施設入所だ!と考えるかですね。
両方の考え方,立場に立った上で考えるならば,今の考え方はこれが主流のような気もします・・
一方で,政府は,精神保健福祉法で保護者の義務が削除するなど,義務を軽減する方向にしています。
障害者権利条約では,身体の拘束を禁止しています。
現在は,一律に施設入所では無く,認知症の高齢者も在宅で,できる限り,社会の他の方々と相互に依存しながら生きていく社会が望まれているのではあるでしょう。
しかし,それには,一定程度私たち自身が,自分も認知症や精神的な病気になるかもしれない!という気持ちで,身の危険を受容する気持ちがないとなりたたないですね。
てんかんの方の運転の問題など,どこまで,私たちはこれらを受容できるのでしょうか・・・
成年後見人,保護者の義務が重くなればなるほど,その引き受け手は少なくなり,社会として困る事態になるでしょう。
どのような方向が望ましいのか,私たち一人一人が考えていきたい,と改めて思いました!
シンポジストとして参加して下さった,土岐内科の橋本先生,ありがとうございました!
おちのない,まじめな話でしたが,最後まで読んで下さって,ありがとうございました(笑)!