
交通事故によって,後遺症が残り,将来的にこれまで通りに働けなくことによる損害(逸失利益)が生じた場合,この損害を回復するために損害賠償請求をすることができることになります。
しかし,後遺症があっても,収入減少がない場合には,その「損害」は発生していないように見えますが,損害を受けたとして損害賠償請求はできるのでしょうか?
これが,減収がない場合の消極損害(後遺症逸失利益)の認定として,争われることがあります。
減収がない場合でも「逸失利益」として損害を認められることはあるのでしょうか?
減収がなくとも「逸失利益」としての損害が認められるのは,どんな事情がある場合でしょうか?
減収がない場合でも,逸失利益を認めているのはどんな場合?
減収がなくとも,逸失利益が認められやすい2つの事情は?
そもそも,なぜ「減収」がなくとも,逸失利益を認められる?
「交通事故による後遺障害。事故前より減収しなくても逸失利益の請求出来る?」「交通事故で減収無し。逸失利益が認められる場合・認められない場合」に引き続き,最近の裁判例の判断内容を検討しながら,逸失利益が認められる場合と認められない場合の違いを考えていきたいと思います。
1 「将来において影響が生じるおそれがあること」による認容例①
横浜地裁令和3年12月23日判決では,飲食店勤務の男性,症状固定時19歳の人が14級9号の後遺障害に該当すると認定され,後遺障害による逸失利益を認容した事案です。
「原告の職歴に鑑みれば,現に原告が従事し,また将来従事する可能性が高い職業は,肉体労働であり,原告に残存した後遺障害(左膝屈曲時の疼痛)により,原告の昇給,転職等について不利益な扱いを受けるおそれがあるといえる。」ことを重視して,減収がなくとも,後遺症による逸失利益の発生を認めています。
今のところ減収はないけれど,「昇給」「転職」はあり得,その後遺障害の内容からして,今後就業する可能性の高い「肉体労働」において,後遺症が発生していない場合と比較すると,「減収」が生じる可能性が高い(低くない)と考えたものと思います。
2 「将来において影響が生じるおそれがあること」による認容例②
大阪地裁平成30年10月1日判決は,保育士の女性,症状固定時48歳,14級(非器質性精神障害)の事案で後遺障害による逸失利益にを認容した事案です。
「被告の後遺障害の内容及び程度に照らせば,本件事故の結果として被告が従事できる職務の内容に制約が生じ,実際にも保育士としての仕事に復帰することができず,それに伴い昇進や昇給の面で不利益が生じた面を否定することは困難である」として,減収がなくとも逸失利益を認めています。
保育士としての職務を変更せざるを得なかった点は,後遺障害による影響によると言えるので,「減収」はなくとも,「昇進」「昇給」面での不利益があり,将来的に後遺症がない場合と比べて「減収」となる可能性も高いと判断したものと思います。
①,②の事案とも「後遺障害」の等級としては最も軽い14級の事案ですが,交通事故以前の状況と,後遺障害が発生した後の仕事内容に変化があったり,これまでの勤務の傾向から,今後長期的に考えると「減収」となることが予想されるような場合,逸失利益があると認定されやすいと思います。
最高裁の判例の基準でも,「被害者が従事する職業の性質からみて現在また将来における収入の減少も認められないという場合」には「特段の事情のない限り」損害が認められない,とされているところ,①,②の事案はいずれも将来の収入の減少が予測されやすいという点で,後遺障害による損害を認めてもよい,という判断になる事案だと思います。
3 「本人や周囲の努力があって減収がないこと」による認容例
札幌地裁令和4年2月28日判決は,会社員の男性,固定時55歳,併合11級(12級相当脊椎変形,12級13号右足関節)の事案において後遺障害による逸失利益を認容しています。
「本件事故後は,主として運行管理主任者である原告の業務であった一般車輌の事故発生時等の誘導業務や会社車両の事故の現場確認等については,上司や同僚の配慮により,基本的に自ら対応することがなく,上司や同僚に対応を代替してもらっているほか,運行管理者の1人として行っていたイベント開催時の誘導業務についてもシフトから外してもらい,乗務員に対する街頭指導は本来あるべき方法とは異なる方法にて実施している。原告の主な業務であるデスクワークについても,特にダイヤ改正に伴う運行表の作成時期等の繁忙期には,痛みのためにストレッチや休憩を取るなどし,根気や集中力の必要な作業の効率が低下し,残業時間も一定程度増加している(他方で,固定残業代が支払われているため,残業時間の増加に伴って直ちに収入が増加するわけでもない。)。これに加えて,このような業務の範囲の制限等にもかかわらず,現在の人事評価権者である営業所長は原告に対して不利な人事評価をしていないのであって,上記のような原告の本件事故後の収入が後遺障害を原因として減少していないのは,本人の特別の努力に加え,勤務先の特別な配慮等によるものというべきである。」と認定し,減収がない状況で逸失利益の存在を認めています。
もし,本人の努力や周囲の協力がなければ「減収」があるはずなのに,これらの努力を被害者らがすることで,「損害」として補償される金額が減ってしまうのは不公平,それで,加害者が支払うべき賠償額が減るのは「おかしい」という感覚があるからだと思います。
この「将来において影響が生じるおそれがあること」「本人や周囲の努力があって減収がないこと」という2つの事情がある場合,現時点では「減収」がなくとも「逸失利益」を認めようと考えるのが,「公平」「相当」と考えて,判断されている傾向があると言えます。
まとめ 説得力ある主張をするには
治療費,車の修理代など実際に発生(負担)したことがはっきり分かる損害と異なり,交通事故がなければ得られたであろうはずの「利益」が得られなかったという「逸失利益」の損害を主張して,裁判所に認めてもらうのは簡単ではありません。
そのために,裁判所はどのような判断基準で「逸失利益」を認めているのか知っておくことは重要です。
交通事故のために,負傷をして後遺症も生じたのだから,とにかくその分の「損害」を払って欲しいと言われても・・裁判所としては漠然とした抽象的な主張で認めるのは困難です。
どんな「損害」なのか,どのように計算して数字(金額)を出しているのか,なぜ,今「減収」がないのに「損害」があると言えるのか・・説得的な説明が必要になります。
今回のテーマであれば,どんな場合には今「減収」がなくとも,裁判所は後遺症による逸失利益を認める傾向があるのか,そのための判断基準である「将来において影響が生じるおそれがあること」「本人や周囲の努力があって減収がないこと」を知り,自分のケースでは,これに当てはまる「事情」「事実」があることを主張していくことが必要でしょう。
漠然と「後遺症」があるのに今「減収」がないからといって,逸失利益を認めないのは不当だ!と言ってみても,裁判所にとっては説得力が弱いと感じてしまいます。
しかし,裁判所が重視している2つの基準を知り,その基準に当てはめて,ご自身の「事情」を説明することで,説得力ある主張,合理的な基準に基づく主張として裁判所も認めやすくなります。
ご自身や知っている方の事案で,今回ご紹介したような事情がある場合には,弁護士に相談した上で,弁護士の予測も聞きながら,裁判等まで争っていくのか,検討をしてもらえたらと思います。
交通事故が生じた場合の具体的な賠償金額の算定の方法,どんな被害が生じるのか,被害を回復してもらうために注意しておくべきことは何か,どんな選択があるのか,などを知っておくことで,被害の回避をしたり,回復が出来る可能性が上がります。
これからも,そのための「基準」「考え方」についてもお伝えできればと思います。
それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!