多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

秘密保持義務・競業避止義務違反による損害賠償請求等が出来る場合・出来ない場合

秘密保持義務・競業避止義務違反による損害賠償請求等が出来る場合・出来ない場合

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!

今回は,「秘密保持義務と競業避止義務」についてお伝えします。
従業員としては,会社で勤めることによって自分のスキルを磨くことも目的として働いているので,職場で得たスキル,ノウハウ,情報を利用して,独立して自営業をしたい,他の職場で活かしたい,と思うことがありますが,会社にとっては,会社の経営を維持,発展するために,従業員を雇って就労してもらうことにしているため,会社の営業妨害になるような,会社にとって不利益になるようなことを従業員がすることは避けたいところです。

そのため,勤務上得た会社の情報,秘密を無断で公開しない,会社と競合するような業務をしない,ということを従業員に求めることは,正当性があるとされています。
以前のブログ「副業が認められる範囲は?競業避止義務違反」でお話した通り,特別な規定がなかったとしても,在職中に会社の業務と競業するようなことを個人ですることは許されない,とされています。

退職後であっても,会社としては,出来れば自分の敵,ライバルとなるような事業を,自分の会社で得た情報やスキルを使ってされるのは避けたい,と思うところもあるのですが,
一方で,退職した場合,これを活かして,従業員が,同じ業種で独立起業・転職すること,元会社のノウハウや営業情報を利用したい場面が出てくるのは容易に想像できるところです。

元勤務先の会社の業務と競合するような仕事がずっとできないとすると,せっかく得たスキルや情報を活かすことが出来ないため,従業員のこれからの職業選択の自由などを制限することになります。

また,企業から商品を購入したり,サービスを受ける消費者にとっては,同業種での正当な競争があった方が,提供する側の事業者のスキルやサービスレベルが磨かれ,コストも削減しようと努力もなされるため,正当な競争,競合会社があることは,望ましい部分もあります。

そこで,無制限に経営者が秘密保持義務,競業避止義務を従業員に課せられるわけではありません。

それでは,どこまで退職後も,従業員(労働者)に,会社で知った秘密の利用,競業するような仕事をしないように会社,経営者は法的に拘束することが可能なのでしょうか。

このライバル会社として競業の問題が出てくる場合には,秘密保持義務の問題が生じてくることになりますので,両者はよく関連している問題です。
労働者の利益と,元会社との利益との緊張関係が生じる部分になります。

以前も,退職後の競業避止義務については,「退職後に元職員に同じ仕事をしないように言えるのか?」で書いていますが,さらに今回は掘り下げて,秘密保持義務と競業避止義務について,どこまで企業は従業員に義務を課すことが出来るのか,どのような場合に損害賠償等の請求が出来るのか,在職中と退職後の注意点について,併せてお伝えします。

1 秘密保持義務

(1)不正競争防止法

会社におけるノウハウ,営業秘密に関する法的保護に関してはは,不正競争防止法があり,営業秘密は保護される一方で,無制限に営業秘密を保護することで,正当な競争が阻害されることが無いよう,規制がかけられています。

知的財産権保護の観点から,平成5年に全面改正されたこの法律は,「営業秘密」を,不正の利益を得る目的又はその事業者に損害を加える目的で,その営業秘密を使用又は開示する行為を「不正競争」として規制しています。
この保護を受ける「営業秘密」に該当するためには,① 秘密として管理されていること(秘密管理性),②有用な営業上又は技術上の情報であること(有用性),③公然と知られていないこと(非公知性)という3要件を満たす必要があります。

「営業秘密」というためには,少なくとも①秘密管理性を満たす必要があります。
営業担当者が日常的に使用する顧客名簿の場合,特に会社が管理している資料とは別に資料を作成,管理しているような場合には,秘密として管理されていないと判断されてしまう可能性もあります(大阪地裁平成22年10月21日判決)ので注意が必要です。

経産省のHPでは,「営業秘密」の定義に関して「秘密管理指針」が公開されていますので,「営業秘密」として,管理したい場合には参考にするといいでしょう。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/guideline/h31ts.pdf

この不正競争防止法違反については,刑事処罰規定もありますので,従業員の方は,営業秘密の取扱いには注意が必要です。

(2) 在職中について

秘密保持義務についても,競業避止義務と同様に,在職中は,就業規則や特約がなくとも,労働者は秘密保持義務を負うと考えられています。

裁判例でも,労働契約に基づく附随的義務として,信義則上,使用者の利益を殊更害するような行為を避けるべき責務を負っており,その一つとして秘密保持義務を負うとされています(東京高裁昭和55年2月18日判決)。

ここで,「使用者の正当な利益」とされる秘密情報の範囲が問題になりますが,これには,労使の信頼関係に照らして秘密保持に値するものであること,秘匿されるべき情報として客観的に認識できるものであることが必要であるとされています。また,秘密保持義務の内容としても総合的に判断されますので,情報漏洩の目的や方法・態様,情報管理の状況,事業活動への侵害の程度等を総合的に考慮して判断されます。

(3)退職後について

不正競争防止法による規制によって,退職後も営業秘密は保護されます。

退職後も秘密保持義務違反があれば,使用者(経営者)は,従業員によるこのような秘密の使用,開示行為につき差し止め(同法3条1項),侵害行為を組成した物の廃棄または侵害行為に供した設備の除却(同法3条2項),損害賠償(4条),信用回復の措置(同法14条)を求めることが出来ます。

また,不正競争防止法の「営業秘密」に該当しない秘密についても,個別の特約や就業規則に秘密保持が規定されているときには,労働者は退職後も秘密保持義務を負うことになりますので,従業員,労働者の方は注意が必要です。
一方で,この特約は労働者の職業選択の自由や表現の自由を制約することになりますので,会社,経営者にとっては,内容によって公序良俗に反し無効とされる場合があるので注意が必要です。

そのため,会社としては,秘密保持義務の特約等があることだけで安心することはできません。
その特約等による内容が,秘密の性質,範囲,価値,労働者の退職前の地位に照らして合理的な範囲に制限されているかどうかを検討する必要があるということになります。
保護される企業秘密を守りたい,と考える企業の方は,秘密保持に値する法益性を備えているかどうか,対象となる企業秘密の定義や特定がなされているかどうか,指針を参考に確認しておきましょう。

2 競業避止義務

(1)在職中について

繰り返しになりますが,労働者が在職中において,自己の職務と関連する競業行為を行うことは,労働者としての誠実義務(労契法3条4項)に違反することになります。
「特約」がなくとも,「労働契約の付随義務又は信義則上の義務として競業避止義務を負う」と考えられていますので,労働者,従業員の方は副業をする際など,注意しましょう。
使用者,経営者は,競業避止義務違反があった場合には,労働者に対し,懲戒,損害賠償請求できる可能性があります。

(2)退職後について

秘密保持義務と異なり,労働者は,退職後,当然には競業避止義務を負わないと考えられています。
もっとも,会社の営業秘密を利用した競業活動については不正競争防止法違反となり得ます。

また,過去の裁判例においては,労働契約継続中に獲得した顧客に関する知識を利用して,使用者が取引継続中の顧客に働きかけをし,こちらに切り替えるように誘導して,競業を行うような場合に,損害賠償(賠償額500万円)を認めたものもあります(東京地裁平成5年1月28日)。
特約がない場合でも,労働者,従業員は注意が必要です。

しかし,会社,経営者,使用者としては,原則的には退職後は競業避止義務を負わせられないことを前提に,対応を考えることが重要です。
それには,個別の特約や就業規則に競業避止義務を規定することが大切です。
この場合も,労働者の職業選択の自由との関連で,秘密保持義務と同様に,公序良俗に反し無効とされる場合があるので注意が必要です。

競業避止特約の有効要件については,①使用者の正当な利益,②労働者の在職中の地位や職務内容,③競業禁止の期間や地域の範囲,④労働者のキャリア形成の経緯,⑤労働者の背信性,⑥代償措置などが総合的に判断されます。

詳しくは,「退職後に元職員に同じ仕事をしないように言えるのか?」で具体的なケースについて,検討していますので,参考にしてもらえたらと思います。

3 経営者,労働者のそれぞれの視点を~まとめ

時々,従業員の方の話を伺うと,合意していない,「特約」がないから,競業したり,秘密を公開したりしても良い,と考えてしまうんだな・・・ということが分かります。
一方で,経営者の方の話を伺うと,「こんなこと当たり前なのに」,退職後にうちのノウハウを使って事業をしたり,うちの顧客先に営業して,営業妨害してくるから,やめさせたい,損害賠償請求をしたい,と言われることがあります。

けれど,相手方の視点に立ってみると,相手方には守られるべき権利,利益もあり,どの点で調整したらいいのか…ということに気づけるかな,と思います。

曖昧な点は出来るだけ,「契約書」「合意書」で定めておいた方がいいわけなのですが,定めておいたからと言って,このバランス違反になって,見過ごせないときには,すべて有効になるわけでもない。

そもそも労働契約,雇用契約って何のためにするの?ということに立ち戻って,バランス違反だと思われれば,「契約書」「合意書」「特約」がなくとも,現在でも,まだ,多くのケースでは弱い立場として保護される側となる従業員であっても,責任(損害賠償義務など)が認められ,経営者側も保護してもらえる場合もある。

なので,この「バランス」感覚をもって過ごすこと,相手の利益について考える視点があることが,双方の立場の方にとって,紛争の予防,円滑な解決に繋がるのではないかな,と思っています。

次第に,経営者が強い立場,労働者は弱くて守られる立場,という関係性自体,変化が生じているかな,と思いますが,その変化の中で,現在の状況にあった「バランス感覚」を磨いていくことが大事かな,と思っています~

今は,定年まで一つの会社に勤め続けるということも変化が生じつつある時代,労働者側から新しい職場を探して転職したり,一人起業家として自営業を始めたりすることが増えつつある時代になっている,と言えると思います。

これからは,上下関係ではなく,対等な関係であることを前提に,一方的に護る,護られる,という関係ではなく,双方にとって利益があるような関係をどのように築いていくのか,考えていけたらいいな,と思っています。

その意味で,今の就業規則,競業避止義務違反,秘密保持義務違反に対する規定が今のままでいいのか,今の規定のメリット,デメリットは何なのか,を考えて,このまま継続するのか,見直しするのか,を考えていくことも必要でしょう。

就業規則や諸規定は,時代や経済状況,会社の状況によって,作成当時とは異なる対応が必要になることはあります。

実際の場面では,どのような競業避止義務違反,秘密保持義務違反に対する規定が有効となり,どういった場合に無効と判断されるのか分かりづらいと思いますので,秘密保持や競業避止に関する就業規則や個別特約について迷われている場合には,弁護士にご相談していただければと思います♪

法律上,何が許されていて,何は許されないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことが重要です。
そうすることで,万一の時に,少しでも「こんなはずじゃなかった」というダメージの発生,トラブル発生のリスクを減らして,気持ちよく業務をしていただけたらと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!