多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

内定取消・試用期間・有期雇用契約の有効活用とトラブル回避

内定取消・試用期間・有期雇用契約の有効活用とトラブル回避

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!

会社の経営者(事業主,企業,使用者)は,事業を拡大,円滑にし,より質が高く,多くのサービスを提供していくために,労働者を雇用することになります。
そのために,前回お話した「労働契約」という契約を結んでいることになります。

しかし,私自身も実際経験したことですし,顧問先の企業でもよくあることなのですが…

採用時には分からなかったこと,実際に働き始めて,気づくことがあります。
この人に任せると,うちの事業を安全に遂行することが出来ない,信頼を確保できない,仕事が進まない,当初から病気を理由に休んでしまって出勤してこない,うちの仕事に向いていない…など。
そのように思っても,一旦雇用すると,簡単にやめてもらうこと(解雇する)が出来ません。

また「内定」を出した場合に,その後病気などの発覚から,安全な勤務に耐えられない,と判断し,やはり内定を取り消したい,というケースもあります。
「内定」は雇用契約(労働契約)の前ですから,簡単に取り消せるか‥と言うと,実はそうではありません。

それにも関わらず,一方的に内定取消をしたり,解雇したりすれば,違法行為として損害賠償請求をされたり,労働契約が存続していることを解雇無効として,給与(賃金)の請求がされることがあります。

そのため,内定時,雇う当初の労働契約には,後に発覚した事態に応じて柔軟に対応できるかどうか,という意識が必要です。

採用内定時,労働契約の成立時には,何に注意すべきなのでしょうか?
今回は,採用内定と試用期間について考えてみます。

1 採用内定とは

「採用内定」とは,何でしょうか?実は,これも契約の一つになります。
そして,内定は,雇用契約の前段階として合意をするものになります。

そこでまず,「雇用契約」とは何かについて,条文を見てみましょう。
民法623条に「雇用は,当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し,相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって,その効力を生ずる。」と規定しています。
これが,「雇用契約」になります。

しかし,日本の雇用の場面では新卒一括採用により新卒者の囲い込みが行われてきたため,実際に働き始める前に,「採用内定」が出されるのが一般的です。
この「採用内定」の段階で既に雇用契約が成立しているのでしょうか?
現実に労務を提供していない段階なので,どの程度の契約の拘束力があるのかが問題になります。

この点については,有名な判例があるのでご紹介します。

大日本印刷事件(最高裁昭和54年7月20日大二小法廷判決)

事案はこのような内容でした。

原告は,昭和44年3月卒業予定で就職活動をしていた大学生です。
原告は昭和44年7月13日に内定通知を受けたため,その時点で,入社の誓約書を送付するのと同時に,他社の応募をやめました。
ところが,翌年2月12日になって突然内定が取消されたため,原告はどこにも就職ができなくなってしまいました。

被告は内定を取り消した理由について,訴訟になった段階で,原告からグルーミー(陰鬱)な印象を受けたからなどと述べました。
そこで,原告は,採用内定通知により労働契約が成立しており,内定取消は無効であるとして従業員としての地位にあることの確認等を求めて訴えました。

これに対して,裁判所は次のように判断しました。

「大学新規卒業予定者で,いったん特定企業との間に採用内定の関係に入った者は,……卒業後の就労を期して,他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから,就労の有無という違いはあるが,採用内定者の地位は,一定の試用期間を付して雇用関係に入った者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。」

「採用内定の取消事由は,採用内定当時知ることができず,また知ることが期待できないような事実であって,これを理由として採用内定を取消すことが右採用内定に留保された解約権の趣旨,目的に照して客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる。」

つまり,採用内定が出された者も企業との間に労働契約が成立しているとした上で,それは「始期付解約権留保付労働契約」であると判断したのです。

労働契約が成立しているといっても,実際に就労するのは卒業後の4月からなので,「始期」が付いています。
また,学校を卒業できなかった場合,やむを得ない場合などには内定を取り消すことがある旨,内定通知で示されることが多いですが,このように内定を取り消す解約権が留保されているので,「解約権留保」付というわけです。

そして,この事案においては,グルーミーな印象というのは,当初から分かっていたことであり,何らの調査も尽くさずに,その後内定を取り消すに至っており,その解約留保権の趣旨・目的からして社会通念上相当とは言えず,採用内定を取り消すことはできないとされました。

反対に言うと,内定時に聴取した経歴に詐称があったり,健康状態に虚偽があったり,後に運転免許等の資格が取消しになったり,病気などにより就労不可能となっりした場合には,内定を取り消せるよう,内定通知の際には「解約権留保」していることが分かるように明示しておくことで,内定取消し時のトラブルを回避できると言えるでしょう。

2 試用期間

雇用開始時までに生じた理由によって,労働契約を解消したい場合は,「採用内定」を取消できるかどうか,解約できるかどうか,の問題ですが,雇用開示後については,これは出来ません。

そこで,実際に就職して,働き始めた以降に発覚した事情により,労働契約を解消したい場合はどうしたらいいのでしょうか?
一般的な「解雇」をすることには,厳しい条件がありますが,雇用開始時にすぐこのまま雇用契約を続けるのは無理がある…と分かったのに,雇用契約を続けなければいけないのは,経営者にとっては負担が大きいですし,結果として雇用契約に慎重になります。

また,労働者にとっても,雇用早々にこの仕事には不向きと思われながら仕事を続けるのはしんどいのではないか,と思われるところです。
この双方の需要のために使われるのが,「試用期間」です。

「試用期間」とは,長期雇用を前提とする雇用慣行上,労働者の資質,職務能力,性格等を判断するために置かれた一定の期間のことです。
正社員においては,3か月や6か月間は試用期間であることが多いようです。

さきほどの採用内定と異なり,現実の労務の提供が行われていることから,労働契約が成立していることは間違いありません。

しかし,「試用期間」というのですから,「試用」してみて不適格な労働者であることが判明した場合に解雇できるのか,という問題が出てきます。

この「試用期間」の法的性質について,判例は使用者に解約権が留保された労働契約であると述べています。

三菱樹脂事件(最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)

本件における留保解約権は「大学卒業者の新規採用にあたり,採否決定の当初においては,その者の資質,性格,能力その他管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い,適切な判定資料を十分に蒐集することができないため,後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解され」,「留保解約権に基づく解雇は,これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず,前者については,後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない。」

要するに,試用期間中の解雇は,通常の労働契約における解雇よりも広く認められるのだと述べています。

「雇傭契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考え,かつまた,本採用後の雇傭関係におけるよりも弱い地位であるにせよ,いつたん特定企業との間に一定の試用期間を付した雇傭関係に入った者は,本採用,すなわち当該企業との雇傭関係の継続についての期待の下に,他企業への就職の機会と可能性を放棄したものであることに思いを致すときは,前記留保解約権の行使は,上述した解約権留保の趣旨,目的に照らして,客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である。」

いくら使用者が解約権を留保しているからとはいえ,「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ解約権の行使が許されると述べています。

実際に,試用期間中の本採用拒否が認められた典型例を見ると,特定の職業能力・資格が必要とされる業務に採用した労働者の能力不足や,通常業務上の単純なミスの多発などですが,厳格に判断されている傾向もあります。
これは,試用期間とはいえ,既に従業員としての地位を得ている者については,その後に地位を不安定にするには,それなりの理由が必要であり,採用内定と試用との相違を無視することはできないとの考慮が働いているものと考えられます。

もっとも,あまり厳格に考えて,一般的な「解雇」と同様の条件でなければ,労働契約の解消が出来ないとすると,「試用期間」の意味がなくなってしまいますから,内定取消の場合と同様に,合理的な理由として労働契約を解消できる場合を出来るだけ,明示化することでトラブルを回避することが出来るでしょう。

具体的には,試用期間中にどのような点について判断するのか,客観的な評価基準などを定め,それが不足している場合には正式採用しないことが分かるようにするなど,会社側が労働契約にあたり,雇用者に何を求めているのかが分かるように,「客観的に合理的な理由」と言えるよう,恣意的にならないような基準として,出来るだけ特定していくことが大切になります。

3 非典型雇用と試用期間

近年の雇用の流動化から,パート・アルバイト・派遣社員などの非典型雇用が増加しています。
これらが有期雇用である場合に,試用期間を設定することは許されるのでしょうか。
裁判例では,1か月半の有期派遣雇用について14日間の試用期間を定めた労働契約を有効としたものがあります。

しかし,長期継続的な雇用を前提として,試用期間に一定の合理性があるとするならば,有期雇用の場合には解雇はより限定的とならざるを得ません(民法628条)。

有期雇用契約をすれば,その期間満了時に労働契約は終了しますので,試用期間満了時の「解約」が許されるのか,それは,客観的合理的理由があるのか,という問題が生じません。
そのため,有期雇用契約を試用期間の代替機能として利用し,労働者の能力を図ったうえで,長期の労働契約をすることも考えられるところですが,雇用期間を定めた場合には,期間の定めのない雇用に比べて,期間中の解雇については通常の解雇よりも難しくなりますので,有期雇用期間の設定には注意が必要になります。

そのあたりのリスクを考えながら,どのような契約形態を採用するのかも検討するのが重要です。

4 まとめ

これまでもお話しておりますが・・・
労働者の権利を保護するために,労働関連法は,使用者(事業主,企業)にとっては厳しい原則を定めています。
そのため,知らずに,内定取消をしたり,試用期間後に本採用しないこと,解雇することを安易に判断することは危険です。

法律上,何が許されていて,何は許されないのか,トラブルを回避するために法的にとりうる手段は何なのか,を知っておくことが重要です。
そのため,会社としては,内定時,試用期間時,有期雇用契約時など,どうなったら労働契約は解消されるのか,その趣旨をしっかりと説明して,書面化しておくことが必要です。

どんどんインターネットなどで情報も検索できる世の中。労働者の方も含め,誰でも簡単に学んで知識を得られます。
使用者の方も,これを前提に知識を備えて,内定時,雇用時には注意をすることが重要です。
特に一旦本採用したのちの労働契約の解消は難しいので,その労力やコスト,企業運営の人間関係上の支障などを考えると,まずは,入り口の段階での注意は重要だと思っています。

労働条件を明示しておくことは,労働者を守るだけではなく,「このように説明した」と言える点で,使用者を守るものでもあります。

積極的に,会社,事業主が求めていることと労働者の労働態様とが齟齬の無いように通知しておくこと,もし,このことが守られないならば雇用は出来ないことを通告しておくことは,労働者が労働契約を守っていないと言えるかどうかの判断でもとても重要になりますので,使用者側を守るものとしても,明示しておくことはメリットがあると思います。

堅苦しく考えるとしんどいかも,ですが,後に「期待していたことと違う!」となるのを避け,事業主,労働者双方が日々快適に就業できるように,「○○はダメ」ということだけでなく,「○○をする」という会社の求める労働者の理想像,それによって目指す会社の理想的な方向性も,楽しく規定して文書で明示して伝えていけるといいな,と思います~

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!