多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故の人身傷害保険金。受取ると請求できる損害賠償請求金額は減る?

交通事故の人身傷害保険金。受取ると請求できる損害賠償請求金額は減る?

交通事故によって,人身被害を受けた場合,自分にも過失があっても円滑に保険金が支払われるよう「人身傷害保険(人傷保険)」(自動車事故によって契約車両の搭乗者が死傷した場合に,治療費や休業損害,逸失利益,精神的損害などの損害を補償する保険,示談成立を待たずに保険金を受取ることが可能)に加入する方は少なくありません。
この場合,人身傷害保険で保険金を受け取ると,加害者に請求できる損害賠償金額は減ってしまうのでしょうか?

被害者としては,加害者との示談成立を待たず,早期に被害回復をするメリットの他に,自分に過失があって加害者には100%の損害額を賠償するよう請求はできないけれど,自分の過失で生じてしまった部分についての被害回復もしたい,そのために「上乗せ」の気持ちもあって,加入しているものでもあります。

そのため・・
人身傷害保険の保険金額で受取ったお金の全額を加害者に請求できるはずのお金から差引いて欲しくない・・と思うところです。

それでは,どこまでが加害者に損害賠償請求をする際に差し引きされ,どこまでは差引かれないのでしょうか?

人身傷害保険で支払われた保険金は全額損害賠償金から差引かれる?
人身傷害保険で支払われた保険金が損害賠償金から差引かれるのはどんな場合?
人身傷害保険で支払われた保険金が損害賠償金から差引かれる場合の基準は?

最高裁令和5年10月16日第1小法廷判決の内容を検討しながら,被害者として損害賠償請求をする際の注意点,加害者として損害賠償を求められる場合の注意点についてご紹介します。

1 交通事故事案の概要

被害者は,車道上に横臥していたところ,被上告人Y1が運転する普通乗用自動車によりれき過され,さらにその約8分後,その場に横臥していたところを被上告人Y2の運転する普通乗用自動車よりれき過されて,その後,死亡した。

被害者の過失は3割。
上告人は,亡くなった被害者の配偶者および子らである。

人身傷害保険の保険会社(人傷社)は,上告人に対し,まず合計3000万円を支払い(支払金1),その後,被上告人(加害者が二人いるのでそのうちの)らの一人が締結していた自賠責保険から,損害賠償額として3000万円の支払いを受けた。

さらに,人傷社は,上告人らに対し,3000万円を支払い(支払金2),その後,被上告人らの残りひとりが締結していた自賠責保険から,損害賠償額として3000万円の支払いを受けた。

「交通事故の損害賠償金がなかなか支払われない場合は?人身傷害保険について」でお伝えした通り,人身傷害保険(人身傷害補償保険)とは,交通事故により記名被保険者及びその同居の家族等が損害を被った場合に保険金が支払われるもの,つまり,被害者側が保険料を支払い,加入している保険です。

被害者の過失部分の損害を補償する目的もあるので,被保険者(被害者)の過失,加害者の過失の内容を問わず,一括して保険金が支払われます。

人傷社は,被害者に保険金を支払ったのち,加害者の自賠責保険会社に請求します(保険代位と言います。被害者自身が自賠責保険に請求できるものを,代わりに人傷社が保険金を支払うことで,被害者が自賠責保険に請求できる権利を移転してもらう)。

今回の場合,人傷社から保険金6000万円の支払いを受けた被害者が,填補されない被害金額について,加害者(ここではY1とY2)に対して損害賠償請求をした場合,加害者としては,すでに賠償金を受けているものとして,どこまで差引くことができるのか,この事案で言うと,人傷保険で支払われた金額全てである6000万円を差し引いて支払うことができるのか,ということが問題とされました。

狭義の人傷一括払(人傷社が支払いをする義務の限度額である保険金額=アマウント)満額に,被害者が受領できる自賠責保険からの損害賠償額を加えた金額を支払う取り扱いが含まれる事案のため,最高裁が初めてこの人傷一括払いにおける自賠責損害賠償額の回収について,被害者との関係ではどのように取り扱われるのか,を考える場面として参考になります。

2 判決内容

この事案は,死亡事故について,二人の加害者が関わって生じた損害=共同不法行為事案であるため,自賠責保険からは,2契約分の合計6000万円の支払いを受けられています。
判決は,以下のような事情を考慮して人傷社の「保険金限度額まで」は,被害者の加害者に対する損害賠償請求額から差引けないと判断しました。

人身傷害保険の保険会社(人傷社)が被害者の遺族に対して,自賠責保険からの回収を行う前提で,合計6000万円を支払った上で,自賠責保険から6000万円全額を回収した場合,人身傷害保険の保険金額(支払限度額3000万円)までの支払いは,その支払いの趣旨について別に返すべき特段の事情のない限り,人傷保険金が支払われたと考えるべきであり,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の中から,人傷社が加害者に対する損害賠償請求権を保険代位できる範囲を超える額を控除することはできない,としました。

そして,人傷保険の保険金額を超えた3000万円の支払いは,自賠責保険からの損害賠償額の支払いの立て替え払いとして支払われたものというべきで,被害者の加害者に対する損害賠償請求権の額から全額を控除することができるとしました。

原審では,人傷社が自賠責保険を含めて,保険金を一括して支払うこととして,本件支払金が支払われており,その全額が自賠責保険の支払いの立替払いであるとして,6000万円の控除(損害賠償金額から差引ける)ができると判断していましたが,これを破棄して自判しました。

最高裁としては,人身傷害保険の性質からして,原則としては被害者が自分に過失がある場合でも支払ってもらえるようかけているもののため,これによる保険金額については,「特段の事情」のない限り,加害者への損害賠償請求から差引く性質のものではない,という「考え方」を明確にしたものといえるのではないかなと思います。
(他方で,それを越える立替金3000万円は,自賠責保険から被害者が別途請求できる金額を代わりに支払ったもの=加害者の損害賠償義務を減らすものと考える,と判断されたと思います)

3 人傷保険金の支払いが損害賠償請求に与える影響

人傷保険金として給付義務のある金額を支払った場合には,たとえ人傷一括払いの合意があったとしても,「特段の事情のない限り」,その全額について,人傷保険金として支払われたものというべきであると説明していることがこの判例の重要な点だと思います。

払うべき人傷保険金の金額範囲内の支払いは,よほどの事情がない限り,この人傷保険金が支払われていたものとすべきだと考える,ということです。

最高裁令和4年3月24日の判決でも,このような点を考慮して,人傷社と被保険者の間の合意の意思解釈をしていたのですが,今回の判決は,「特段の事情のない限り」という強い表現をして,人傷社が支払い義務を負う金額までの支払いはすべて人傷保険金の支払いとして取り扱うという「考え方」を明らかにしています。

そのため,被害者が加害者に損害賠償請求をする際に,差引かれてしまう金額が明確かつ,少なく判断されることになるので,被害者にとっては使いやすい,被害者保護につながる「考え方」になるのではないかと思います。

まとめ 保険の趣旨「考え方」

「交通事故の損害賠償金がなかなか支払われない場合は?人身傷害保険について」でも記載した「人身傷害保険」の趣旨から,裁判所はやはり,被害者保護の考え方を基に判断してくれているとなと思いました。

もっとも,今回のケースのように,人身害保険で支払われる限度額(今回は3000万円)を越える金額については,そもそも被害者が人身傷害保険として「上乗せ」を期待しているものではないから,全額(今回は残り3000万円)差引いて良いと判断したと思います。

どのように解釈すべきか,について,やはり裁判所では,そもそもどのような趣旨でこの保険金は支払われているんだっけ,ということを考えながら,「バランス」を考えて判断しているのを実感します。

裁判所のこの基準となる「考え方」(≒公平と感じる判断基準)を知るために,事例も振り返りながら,今後も研究していきたいなと思いました♪

人身傷害保険,被害者の自賠責保険請求,訴訟提起,どの順番でどのように進めていくのがいいのか・・それぞれのケースによって違いもありますので,この点も気をつけながら進めていくことも大事です。このあたりは複雑なので,迷う場合には,弁護士に相談しながら進めていくといいと思います。

交通事故が生じた場合の具体的な賠償金額の算定の方法,どんな被害が生じるのか,被害を回復してもらうために注意しておくべきことは何か,どんな選択があるのか,などを知っておくことで,被害の回避をしたり,回復が出来る可能性が上がります。
これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!