多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故の損害賠償金がなかなか支払われない場合は?人身傷害保険について

交通事故の損害賠償金がなかなか支払われない場合は?人身傷害保険について

いつも読んでいただきありがとうございます。突然ですが,交通事故にあった際,いつ,どのように損害賠償金を支払ってもらえるか知っていますか?
どちらがどれだけ悪いのか(過失割合),損害金額はいくらなのか,ということに争いがある場合,実は,事故の相手方(加害者)から支払いを受けられるのは,1年後ということもあります(最近もこういう事案がありました)。裁判になれば,さらに時間がかかる場合もあります。

しかし,仕事を休むことによる収入の減少などを補う休業補償金,当面の生活費やまとまったお金を必要とする場合も多いでしょう。
自分の方が,過失が大きいはず,と言われている場合には,相手方の保険会社から治療費を支払ってもらえない場合もあります。

このような場合,どうすれば,早めにお金を支払ってもらえるのでしょうか?
どのような保険を使うことが出来るのでしょうか?

今回は,こういうケースで使うことが出来る交通事故の「人身傷害保険(人身傷害補償保険)」についてのご紹介と,利用する際の注意点についてご紹介します。

1 人身傷害保険(人身傷害補償保険)とは

人身傷害保険(人身傷害補償保険)とは,交通事故により記名被保険者及びその同居の家族等が損害を被った場合に保険金が支払われるものです。
被害者の過失部分の損害を補償するので,被保険者らの過失であると,加害者の過失であるとを問わず,一括して保険金が支払われます。

そのため,交通事故の相手方が無保険の場合や,示談交渉が難航している場合,自分の過失の方が大きかったのではないかと思われるような場合でも,自分の保険会社から迅速に保険金の支払いが受けられるという点にメリットがあります。

人身傷害保険は,自身の過失部分なども補償されるので,事故状況(過失割合)に関係なく,自身のケガの損害金全額の補償を受けられることになります。

もっとも,補償される額は契約の範囲内となるので,全ての損害が回復できるとは限りません。
また,人身傷害補償保険の保険金は,実際の損害額を基準としているものの,自動車保険約款の基準に基づく金額であって,訴訟基準に基づく金額よりも一般的には少ないです。

そのため,損害額全額を補償されなければ,別途,加害者に対して損害賠償請求することを考えることになります。

2 人身傷害補償会社(人傷社)による代位取得の範囲

被害者が加害者に別途,賠償請求する場合には,難しい問題がありました。

人傷社が被害者であるあなたに人傷保険金を支払った場合,人傷社は支払った保険金額の範囲であなたが加害者に請求できるはずの損害賠償請求権を代位取得(代わりに請求できる)するのですが,この場合に,人傷保険金が被害者の総損害額のどの部分に充当されるのか,つまり,人傷社は加害者に対する損害賠償請求権のどの部分を代位取得するのかという問題がありました。

・・・と言っても,とても分かりづらいので,具体例で考えてみましょう。

被害者の損害総額が1000万円で,被害者が人傷社から700万円の支払いを受けており,被害者(あなた)の過失は0だとします。

そうすると,あなたは,自分が加入する保険会社から人身傷害保険金として700万円を受け取ったうえで,さらに,別途300万円を加害者に請求できます。
この点は,あまり問題がありません。

では,この場合に,被害者であるあなたにも3割の過失があった場合にはどうなるでしょうか。
このとき,相手方に最初から請求すると,損害総額1000万円の7割の700万円が保障されることになりますが,人傷社から700万円を先に受け取っていると,別途加害者に対して残りの300万円を賠償請求することはできないということになるのでしょうか。

3 最高裁平成24年2月20日第一小法廷判決

この点について,最高裁は,総損害額から既払人傷保険金額を引いた残額を被害者が取得し,既払人傷保険金額が被害者の過失割合に対応する損害額を上回れば,その上回る額についてのみ人傷社は損害賠償請求権を代位取得するという考え方をとりました。

つまり,先ほどの具体例に当てはめると,被害者であるあなたが3割の過失がある場合であっても,総損害額(1000万円)から既払人傷保険金額(700万円)を引いた残額(300万円)を取得できるということになります。
つまり,被害者は人傷社から700万円を受け取っていても,別途加害者に対して300万円を請求できる(合計損害額1000万円全額を補償してもらえる)という考え方です。

この点,もし反対に,相手方の保険会社に先に請求した上で,人身傷害保険を利用しようとすると,差額300万円を支払ってもらえない,ということが生じていたので注意が必要です。
まず先に,人身傷害保険を請求してから後に,相手方に請求する,という「順序」によって,得られる補償が違うので,この点の注意が弁護士としても必要でした。

もっとも,この判例は,人身傷害補償条項約款の「被保険者等の権利を害さない範囲内で,被保険者等がその者に対して有する権利を取得します。」という文言を解釈した結果,このように判示したということに注意が必要です。

現在,当該約款は改正されていますので,判例の考え方がそのまま妥当するのかについては,まだ議論の余地があるところです。
分からないと感じる場合には,ご自身の加入する保険会社の方に尋ねてみるのも,大事だと思います。

ちなみに私も加入している東京海上日動の保険の場合,どちらを先に請求するかで差が出ないように,現在では条項が調整されているようです。
(どちらから先に請求しても,先ほどの事例で言えば,裁判での解決をすれば,1000万円を受け取れる,裁判外での解決であれば,差額の700万円迄しか受け取れない)

細かい点になりますが・・・
人身傷害保険を利用する場合には,こういう点にも気を付けながら,早い解決を優先して訴訟外での解決をするのか,裁判での解決を目指すのか,という判断も必要になりそうです。
現在の多くの約款は,人身傷害保険,相手方の保険のいずれを先に請求するかによって,差が出ないように設定されていると思いますが,実際上の交渉の流れを考えると,相手方保険会社との示談交渉を先行させるよりは,人身傷害保険を請求してから相手方保険会社と交渉していく方が安心だと思います。

(弁護士目線で言いますと,人身傷害保険を請求を先行せず,相手方保険会社に対して全額を請求させていただく方が,弁護士報酬も高くなるので,本来はありがたいのですが・・(笑))

専門的な話もあり,分かりづらくなったかと思いますが,交通事故という「いざ」という場合にどのような補償があるといいのか・・・
普段から考えて,その時にしっかりと補償してもらえるよう「保険」の内容を理解しておくことも重要ですね!

今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました~