多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故による社長の被害。企業損害・会社の損害も請求できる場合

交通事故による社長の被害。企業損害・会社の損害も請求できる場合

交通事故によって,被害者本人が働けなくなることによる休業損害や後遺症があって,将来的にもこれまで通りに働けなくことによる損害(逸失利益)は損害賠償請求をすることができることになりますが,それによって,本人が働いている会社の売上や利益が減ってしまった場合,被害者個人とは別に「会社」「企業」も損害を受けたとして損害賠償請求はできるのでしょうか?社長が交通事故の被害者となった場合には,特に「会社」「企業」に与える影響も少なくありません。

これは,交通事故の直接の被害者ではなく,間接的に会社に発生した損害ということで,「企業損害」や「間接損害」といわれます。

個人の損害とは別に,会社の損害を認めたら,賠償の二重取りになってしまわないのか?

会社は様々な人を雇用していて,従業員が休む理由も様々,今まで通りに働けなくなることもある。
この場合,従業員や社長自身が休業したり,今後今まで通り働けなくなった理由が,交通事故のように第三者の責任で生じていたら,「会社」「企業」として,従業員や社業個人とは別に,従業員や社長が働けなくなったことで損害が生じたとして,加害者に損害賠償請求できるのでしょうか?

交通事故による「企業損害」を会社が請求できるのはどんな場合?
被害者個人の「休業損害」等が認められた上に,会社の「企業損害」も認められる?
企業損害を請求する具体的な場面と注意点は?

判例高次脳機能障害等(別表第1の1級1号)の代表取締役について被害者本人に休業損害及び後遺障害逸失利益を認めるとともに,会社についても休業損害及び後遺障害逸失利益を肯定し,その上で,会社の解散の際に現物配当を受けた株主に損害を認めた事例(鹿児島地鹿屋支判令和4年2月17日)の内容を検討しながら,「企業損害」が認められる判断基準として知っておくとよい点をご紹介します。

1 交通事故事案の概要

本件訴訟は,自動車事故により受傷し,高次脳機能障害等(別表第1の1級1号)が残存したが,症状固定の2カ月後,事故とは無関係な原因(手術時の院内感染)によって死亡したことによる損害賠償請求訴訟です。
被害者(症状固定時65歳の電気工事業,消防施設工事業等を行う特例有限会社の代表者)の妻,長男及び次男が被告に対し,自動車損害賠償保障法及び不法行為による損害賠償請求権に基づき,合計約9635万の支払等を求めた事案です。

妻は被害者本人(亡夫)だけでなく,会社にも休業損害及び後遺障害逸失利益が発生していると主張し,会社については,事故後解散されたため,株主である妻が現物配当(会社の損害賠償請求権を配当として)を受けているとして,会社としての休業損害及び後遺障害逸失利益の支払いを求めました。

こういう場面では,株主として受ける配当について,会社の財産(利益)が影響するため,具体的に「企業損害」を考えられる場面になるという参考になります。

2 判決内容(別に企業損害を認定)

判決は,以下のような事情を考慮して会社の損害も認定しました(番号は木下が記載)

本件会社は,その設立時においても本件事故当時においても,
①社員(株主)は被害者(40株)及び妻(20株)であり,
②本店所在地は被害者および妻の住所地と同一で
③取締役は被害者の親族により構成されていた
④本件会社は電気工事業消防施設工事業等を行っていたところ,工事に必要な資格(二種電気工事施工管理技士,第一種電気工事士,消防設備甲種及び同乙種)を有していたのは被害者であり,妻ではなく,本件会社に他の従業員はいなかった

これらの事実に照らせば,本件会社は小規模な家族経営の会社であり,その業務の中心を担っていたのは被害者であって,被害者が受傷し就労できなくなれば本件会社は事業活動を行うことができなくなるという関係にあったと言える。

したがって,本件事故によって本件会社が被った損害について,本件事故と相当因果関係のある損害であると認めるのが相当である。

本件会社の休業損害及び逸失利益を算定するに当たって,基礎収入は本件会社の経常利益の3年分の平均である178万2228円と認めるのが相当であり,期間は被害者と同様(平均余命の2分の1である10年間)に認めるのが相当であるから,休業損害は109万8634円,逸失利益は1376万1830円となる

つまり,被害者個人(代表者)の役員報酬を差し引いても,今回の交通事故が無く,被害者が働き続けていれば,これまでどおり会社に利益が残り,それが配当としてもらえるはずなのに,もらえなかったことによる損害は,個人の損害(≒役員報酬部分が得られなかった)とは別に存在する,ということで損害を認めたことになります。

3 被害者個人の損害と企業損害

被害者個人の損害とは別に,いわゆる「企業損害」が発生するのか?については,最判昭和43年11月15日の判決があります。

この判例では,被害者のみが取締役かつ薬剤師であること,薬種業を目的とする有限会社については,法人とは名ばかりの俗に言う個人会社であること,その実権は従前同様,被害者個人に集中していて,会社の機関としての代替性がなく,経済的に同人(被害者個人)と会社とは一体をなす関係にあるものと認められるとして,被害者に対する加害行為と会社の利益の逸失との間に相当因果関係の損することを認めています。

そのため,現在では①代表者(被害者個人)への実権集中,②代表者(被害者個人)の非代替性,③会社と代表者の経済的一体性を検討して,企業損害の賠償請求を認めるかどうか,判断するのが一般的な枠組みとなっています。

今回ご紹介した判決は,基本的には,この枠組みで会社について,休業損害及び後遺障害逸失利益を認めたものと言えます。

もっとも,前記最高裁判決の事案は,被害者に事故後も役員報酬等が支払われているようであり,原審(福岡高判昭和40年3月19日)では,会社が損害賠償請求権を有しないと仮定すれば,被害者においても加害者に対する得べかりし利益の喪失による損害賠償請求を有しない結果,加害者はいずれに対しても損害賠償義務を負担しないこととなり,著しく不合理であって公平の理念に反するとの点も理由として,「得べかりし利益」(休業損害及び後遺障害損害逸失利益)として会社に年間12万円,15年間で120万円(一部請求)が認められているようです(この問題で個人の損害賠償請求が難しい点については,「会社役員の休業損害~なぜ,役員は補償が認められにくいのか?」に記載しました)。

この点で,被害者個人にも会社にも,双方に損害を認めている今回の判決は,後遺障害による逸失利益の損害が,個人とは別に会社にも認められる可能性があるという点で違いがあると言えそうです。
つまり,最高裁判例のケースでは,被害者個人の損害賠償請求権がないから,会社の損害賠償を認めないと,加害者は誰にも損害を負担しないことになって不公平,と考えているとも思われることからすると,本件のように,被害者個人には役員報酬が支払われておらず,被害者自身が休業損害や逸失利益を請求できる事案でも,最高裁判所が別途会社の逸失利益を認めてくれるのか,疑問もあるところです。

「公益財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編・民事交通事故訴訟損害賠償額算定基準」(いわゆる「赤い本」)2021年版下巻105頁)では,「間接損害(従業員が死傷した場合の会社の損害)」として,田野井蔵人裁判官が判決を紹介していますが,これによると,平成15年5月から令和元年9月の企業損害が問題となった判決のうち,代表者が受傷し,売上又は利益が減少したことを理由とする企業損害を認めた裁判例は24件中7件,このうち,将来の利益減少を理由とする企業損害を認めたものは8件中1件(死亡事案について稼働可能期間である3年分を認容した横浜地判平成25年11月28日)にとどまっている,と分析されています。

休業損害を認める一方で,逸失利益を否定する理由としては,名古屋地判平成20年12月10日で「企業体である会社が26年間に渡り,なにも手を打たないまま損害を被っているとは考えにくく,また退院後症状固定までにかなりの期間があったものであり,他に技術者として採用するなどの損害防止策を講じる時間は十分あり」としています。

このようなことからすると,企業損害を認める場合であっても,すでに売上げや利益が減少している損害(≒休業損害)については認められたとしても,当然に将来にわたってそれが続くという逸失利益についても,企業損害の認定されるわけではない,という点も注意すべき点になると思います。
他に多数の株主がいるなど,大企業の役員(代表者)が被害者であった場合,代表者個人の損害と別に会社の損害(企業損害)が認められることは基本的にはないこととのバランス,公平感も問題となりうると思います。

まとめ 企業損害が認められるのは限定的

今回のケースは,被害者個人が会社の代表者かつ,会社の業務の中心を担っていたというケースです。
代表者ではない役員や従業員が被害者の場合や,代表者以外にも株主や出資者がいる場合,家族以外の役員や従業員が複数いるケースなどでは,否定されることの方が多いです。

そのため,被害者個人が加害者が加入している任意保険会社と交渉しても,「企業損害」はなかなか認めてもらうことは難しいことが多いでしょう。
交通事故によって,これまで通りに働けない場合に,役員報酬,給与等を会社が肩代わりする場合には,「反射損害」として会社の請求が認められているケースはあります。
しかし,役員報酬の場合は「会社役員の休業損害~なぜ,役員は補償が認められにくいのか?」で記載したような実際の「労働の対価」の部分と言える金額のみが認められることになり,会社が支払った役員報酬そのものから減額された金額を損害として認めている事例もあります。

これらのことからすると,「企業損害」が認められることは限定的であるため,少なくとも,被害者個人や会社が弁護士を依頼しない形での交渉だけによって支払いを認めてもらうのは難しいと言えると思います。
会社,企業としては,交渉が困難になる可能性があっても,交通事故によって役員や従業員に被害が生じた場合に,会社として今まで通りの給与の支払いをするのか,役員報酬を支払うのかも検討することも必要でしょう。

企業損害が認められるのは限定的であることを知ったうえで,ご自身の事案で,今回ご紹介したような事情がある場合には,弁護士に相談した上で,弁護士の予測も聞きながら,裁判等までやっていくのか,検討をしてもらえたらと思います。

交通事故が生じた場合の具体的な賠償金額の算定の方法,どんな被害が生じるのか,被害を回復してもらうために注意しておくべきことは何か,どんな選択があるのか,などを知っておくことで,被害の回避をしたり,回復が出来る可能性が上がります。これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!