多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

労働契約時の労働条件明示義務~違反による損害賠償・トラブル事例

労働契約時の労働条件明示義務~違反による損害賠償・トラブル事例

いつも,読んでくださり,ありがとうございます!

会社の経営者(事業主,企業,使用者)が事業を拡大,円滑にしていくために,労働者を雇用することになります。
雇用の際,あまり意識されていないかもしれないですが,「労働契約」という契約を結んでいることになります。

しかし,私自身もそうなのですが…

日本人の傾向として,「労働契約」で細かいことを規定しなくても「常識的」に分かるだろう,と期待してしまうところがあると感じます。また,あまりしっかりと告げると,角が立ってしまうから,曖昧にしておきたいな…という気持ちになることあるのではないかと思います。

それが原因で,労働者からは「そんなことは当初説明されていない」と言われる一方,経営者としては,「言われなくても当然分かるはずだ!」とトラブルになってしまうことも。

ところが!求人広告を見て,そういう労働条件と信じて働いたのだから,差額分の給与を支払って欲しい,損害賠償請求をして欲しい,などと労働者から使用者が裁判所に訴えられ,慰謝料を支払わなければならなくなってしまうケースもあります。
このようなトラブルで重要な会社の業務に支障が生じてしまうのは本当に避けたいところ…

なので,雇う当初にこそ,しっかりと意識して契約をすること,求人広告や職業安定所への求人票の書き方などにも注意が重要です。

どのようなことを労働契約の成立時には,注意すべきなのでしょうか?
今回は,労働契約の成立時における労働条件明示に関して判断した判例について見ていきたいと思います。

1 中途採用などによる労働条件の複雑化

従来は,学校や大学卒業後に就職して,長期間雇用されることが通常でした。
しかし,現在では,使用者側としては,即戦力としての中途採用やヘッドハンティングなどが行われ,労働者側としてもリストラによる転職やキャリアアップのために転職をする機会が増えています。

そのような中での採用,労働契約は,より自分(会社)自身にとって成果が上がり,満足が出来るための使用者側としての期待,労働者側としての期待があり,労働条件や双方の思惑も複雑になっています。
そこで,使用者が雇用の前提条件についての正確な説明や情報を与えなかったために雇用されることを信じた労働者からの地位確認や,使用者側の説明を信頼したことによって失った利益についての損害賠償を求める事例が増加しています。

労働契約成立過程において,使用者側は,どの程度の労働条件に関する正確な説明ないし情報を与える必要があるのでしょうか?
また,求人をする際の求人広告や求人票には,どのようなことを注意するとトラブルを回避できるのでしょうか。

2 労働条件明示の原則・求人広告・求人票の注意

労働基準法15条1項は,使用者が労働者に対し,労働条件を明示する義務があると定めています。
これは,労働条件を曖昧なままにしておくと事実上,使用者側が一方的に労働条件を決定することになるという危険があるために,それを防止するために規定されたものなどと言われています。

職業安定法にも規定があります。その5条の3は,公共職業安定所,職業紹介事業者等が求職者に対し従事すべき業務の内容及び労働条件を明示する義務を定めています。これも,職業安定所などが,求職者に対して,真実の労働条件の認識させたうえ,他の求人との比較検討する機会を与え,虚偽の労働条件を信頼したことによる予期に反した悪条件で労働を強いられる弊害を防止することにあるなどと言われています。

しかし,労働関係が流動化して多様化した現在においては,例えば,中途採用者について,新卒採用者と比較してどのような条件とするかなど,「求人」や「面接」の段階では説明しきれない部分があることは否定できません。

そのような場合には,個別に労働条件についての契約内容を確定させていくしかありません。
つまり,どのような「申込み」があって「承諾」があったか,どのような条件で意思の合致があったかどうかを判断していくしかありません。

使用者側の「申込み」に当たるかについて,よく問題となるのは「求人広告」です。
一般に,求人票や求人広告は,個別の労働者との接触以前のものなので,「申込み」には当たらないものの,申込みを誘ったものとして,その後,その内容を労働契約時に明確に否定しない限り,契約の内容となると判断されることが多いので,注意しましょう。

3 日新火災海上保険事件
(東京高判平成12年4月19日)

この事件は,中途採用者が,会社に対し,同年新卒採用者の平均給与を保障することが契約内容となっていたとして,現実給与(これが同年新卒採用者の下限となっていました)と同年新卒採用者の平均給与との差額の賃金支払や慰謝料請求をした事案です。

会社は,当時,中途採用を計画的に推進するための運用基準として「当該年齢の現実の適用考課の下限を勘案し,個別に決定する」としていましたが,募集広告には「もちろんハンディはなし。新卒入社社員の現時点での給与と同額をお約束いたします」などと記載されており,説明会においても,給与については別紙のとおりとのみ記載されていました。

裁判所は,①「求人広告」について個別的な労働契約の申込みと見ることはできないなどとして「申込み」とは言えないとし,②説明会のやりとりについても,給与の具体的な額や格付けを確定するに足りる明確な意思表示を認めることはできないとして,同年新卒者平均賃金によることが労働契約の内容となっていることを否定しました。
もっとも,③会社が下限による格付を決定しながら,自己の利益のためそのことを明示せず,求人広告と面接・説明会において,同年新卒採用者平均賃金と同等の給与待遇を受けると信じかねないような説明をしたことが,労基法15条項に違反し,契約締結過程における信義誠実の原則に反するとして,不法行為による慰謝料として,100万円の請求を認めました。

つまり,同年新卒採用者の平均給与の待遇が保障されているとの部分については,意思の合致が認められないから労働契約の内容とはなっておらず賃金請求はできないものの,会社側に労働契約締結の過程において信義誠実に反するような説明義務違反があったから,会社側に不法行為が成立すると判断したのです。

4 まとめ

これまでもお話しておりますが・・・
労働者の権利を保護するために,労働関連法は,使用者(事業主,企業)にとっては厳しい原則を定めています。
そのため,求人広告や求人票,説明会でした賃金の目安であっても,実際の雇用時の労働契約書では規定していないから,適用はされない,大丈夫,と安易に判断することは危険です。

なぜ,労働条件を明示するよう定められているのか,という法律の「考え方」「趣旨」から考えて,双方の認識に齟齬のないように改めて明示することが重要です。
そのため,会社としては,労働契約の重要部分について(求人票や求人広告の記載とは違っていて,それが労働者にとって不利益な事項を含むのであれば,なおさら),説明して,書面化しておくことが必要です。

この裁判例でも,労働条件明示の原則の条文の趣旨から考えて,合意ができているとは言えないとしても,不法行為による慰謝料として支払うべき,と判断している点が,ポイントだと思います。(場合によっては,はっきりしていないと,求人票の記載がそのまま労働契約の合意内容とされることもあり得ます)

どんどんインターネットなどで情報も検索できる世の中。労働者の方も簡単に学んで知識を得られます。
使用者の方も,これを前提に知識を備えて,雇用時には注意をすることが重要です。

「そんなことは聞いていない」という点について言えば,労働条件を明示しておくことは,労働者を守るだけではなく,「このように説明した」と言える点で,使用者を守るものでもあります。

労働条件を通知することが義務である,と捉えることも重要ですが,積極的に,会社,事業主が求めていることと労働者の労働態様とが齟齬の無いように通知しておくこと,もし,このことが守られないならば雇用は出来ないことを通告しておくことは,労働者が労働契約を守っていないと言えるかどうかの判断でもとても重要になりますので,使用者側を守るものとしても,明示しておくことはメリットがあると思います。

労働契約時以前にはなりますが,求人広告,求人票の記載も,労働契約時の合意内容を考える際,重視される資料になりますから,記載には注意が必要です。

事業を円滑にし,拡大していくために雇用したにもかかわらず,トラブルになって,業務に支障が乗じてしまったら,本末転倒ですね‥

堅苦しく考えるとしんどいかも,ですが,後に「期待していたことと違う!」というトラブルになるのを避け,事業主,労働者双方が日々快適に就業できるように,事業主が労働者に期待していることを明確に伝えるような気持で,賃金などの基本情報も含め,積極的に楽しく規定して文書で明示して伝えていきましょう!

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!