多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

後遺障害があるが,減収がない場合にも損害(逸失利益)を認めてもらうには

後遺障害があるが,減収がない場合にも損害(逸失利益)を認めてもらうには

いつも読んでいただきありがとうございます♪今回は,交通事故によって後遺障害が残ったけれど,収入は減っていない場合の逸失利益(損害賠償)の請求についてお伝えします。

交通事故によって後遺障害が生じた場合,これによって労働能力を喪失する(働けなくなる)と,被害者は,後遺障害による逸失利益(働けなくなったことによって得ることが出来なくなった利益)について損害賠償請求をすることが出来ます。

しかし,後遺障害があっても,現実的な収入は減少していない場合もあり,この場合には,働けなくなったことによって得ることが出来なくなった利益分の損害が生じていないのでは?
つまり,逸失利益はないから,その分の損害賠償請求は出来ないのでは?ということが問題になります。

実際に,現実収入の減少がないことが理由で後遺障害が認定されているにもかかわらず,逸失利益の損害賠償が認められなかったものもあります。
今は,減収はなかったとしても,将来的には分からないし,心身の状況として現実に後遺障害が残っているのであれば,何らかの形で損害賠償が認められてもいいのでは?

後遺障害があっても減収がない場合の逸失利益の損害賠償請求は認められるのでしょうか?
減収がない場合の逸失利益を認めてもらうには,どのような点がポイントなのでしょうか?
減収がない場合に逸失利益を認めてもらえる場合と認めてもらえない場合の違いは何でしょうか?

1 現実の損害を填補 判例(昭和42年11月10日)

少し前の判例になりますが,最高裁は,現実の収入が減少していない場合には,逸失利益がないとして,損害賠償請求を認めなかったものがあります。

その理由として,以下の通りに言っています。

「損害賠償制度は,被害者に生じた現実の損害を填補することを目的とするものである」から,労働能力の喪失・減退にもかかわらず損害が発生しなかつた場合には,それを理由とする賠償請求ができないことはいうまでもない。原判決の確定した事実によれば,Dは本件交通事故により左太腿複雑骨折の傷害をうけたが,その後従来どおり会社に勤務し,従来の作業に従事し,本件事故による労働能力の減少によつて格別の収入減を生じていないというのであるから,労働能力減少による損害賠償を認めなかつた原判決の判断は正当」

この事案では,後遺障害5級(喪失率79%)の認定を受けたけれど,漬物,佃煮屋の従業員として原材料の運搬などを行っていた被害者に減収が無かったことから,逸失利益相当の損害賠償を認めませんでした。

つまり,外形上はには労働能力が喪失するような後遺障害が生じているけれど,実際には,それによる収入減はないから,「現実の損害」は被害者に生じていないと判断したことになります。

しかし,やはり,この判例には,将来的にも後遺障害による減収が全くないと言えるのか,などの批判がありました。

2 特段の事情 判例(昭和56年12月22日)

その後の判例として,最高裁は,研究所に勤務する技官であり,その後遺症は身体障害等級14級程度,右下肢に局部神経症状を伴う事案で,機能障害・運動障害はなく,事故後においても給与面で格別不利益な取扱も受けていないため,現状において財産上特段の不利益を蒙つているものとは認め難いという事案ではありましたが,収入の減少がない場合でも「特段の事情」があれば,後遺障害による逸失利益が認められるとの判断をしました。

「特段の事情」の具体的な例示として,以下の通り,言っています。

「それにもかかわらずなお後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというためには,たとえば,事故の前後を通じて収入に変更がないことが本人において労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしているなど事故以外の要因に基づくものであつて,かかる要因がなければ収入の減少を来たしているものと認められる場合とか,労働能力喪失の程度が軽微であつても,本人が現に従事し又は将来従事すべき職業の性質に照らし,特に昇給,昇任,転職等に際して不利益な取扱を受けるおそれがあるものと認められる場合など,後遺症が被害者にもたらす経済的不利益を肯認するに足りる特段の事情の存在を必要とするというべきである。」

つまり,原則的には,後遺障害があっても,減収がない場合の逸失利益は認められないけれど,本人の特別の努力によって減収がない状況を保っている,今後の事情によって減収の可能性がある場合には,逸失利益を認められる可能性がある,という判断をしたことになります。

3 減収が無くても逸失利益が認められる特段の事情

最近(平成27年以降)の裁判例の傾向からすると,減収がないからと言って,一律に後遺障害による逸失利益がない,という判断はされていない,と言えます。
実際には,どのような事情を考慮して,減収がない場合でも,後遺障害による逸失利益が認められているのかについては,以下のような事情が考慮されていますので,交通事故による後遺障害が残った場合に,減収が無くても逸失利益についての損害賠償請求をする場合には,あてはまる事情を意識して加害者側(の保険会社,裁判の場合には,裁判所)に主張することが大事になります。

(1)昇進・昇級

実際に昇進などに影響があったり,将来にそのおそれが認められるとして認められた裁判例があります。

(2)業務への支障

抽象的な「業務の支障」という表現で認めているものもあるが,後遺症の症状から具体的に業務への支障を認定している裁判例もある。

(3)退職・転職(再就職)

実際に転職せざるを得なかった場合,転職を試みたけれど実現しなかった事例,転職先が限定されるおそれがある場合,再就職できなくなる可能性がある場合などで認められた事例がある。

(4)勤務先の規模・存続可能性

公務員等のように,その仕事に勤務し続けることや給与体系が安定的なものについては,逸失利益について否定的な方向になりやすい傾向がある。

(5)本人の努力

最も多く採用されやすい事情。業務上の工夫,売上増加の工夫,トレーニング,リハビリの努力,通院の負担,休日出勤,職場を変えた,早朝出勤や休憩時間短縮などによって本人が減収を防止するための努力を認められているものがある。

(6)周囲の協力

(5)本人の努力に次いで,採用されやすい事情。注意の協力や職場の配慮によって収入が減少しなかったことを考慮して認められている事例がある。

(7)日常生活の支障

日常生活の支障のみで,直ちに労働能力への影響があったと繋がらないため,単独で逸失利益が認められる事例は多くなく,(2)の業務上の支障とあわせて認定されることで認められている事例がある。

(8)将来の減収のおそれ・将来の不利益

将来の減収や不利益のおそれを理由として逸失利益を肯定した裁判例もある。

その他,後遺障害の内容そのものからして,通常労働能力に影響する,と判断しているものもあります。
また,後遺障害等級によって,労働能力の喪失率(○○%)が決められていますが,その通りに喪失率を認定せず,減収がないことからこの喪失率を下げることで,実際に減収がある場合と比較して,損害額を下げたり,期間によって喪失率を分けた(定年まで喪失率を下げ,定年後戻す,将来の適応,回復の可能性から将来の喪失率を低減)ものもあります。

まとめ 弁護士相談で不安・疑問はお気軽に解消を

私は,交通事故の被害を受けた場合,どのように損害が計算されるのか,どのように手続きは進められていくのか,まず,最初に何をすべきなのか,などを知っておくことで,不安や疑問が解消して,安心して進めていけるといいな,と思って伝えています。

交通事故によって後遺障害が生じた場合,現実の収入は減らなかったとしても,今後も同じように働けるのかどうか,の不安もあると思いますし,収入は減らなかったとしても,そのためにこれまでにはしていなかったような心身の負担があったり,そのための努力をしている,ということもあると思います。

それなのに,今は収入が減っていないという事情だけで,今後も損害はない,と認定されてしまうことに対しては,納得できないと感じることもあると思います。

そのような場合に,今回お伝えした「特段の事情」にどのようなことが該当し,どのように主張していけばいいのか,参考になったらと思います。
具体的な事案で,「特段の事情」が認められるか,の判断は一律ではないので,この点は弁護士に相談してもらえたらと思います。

傷害,後遺障害の状況によっては,直ぐに弁護士に相談に行くことも出来ない状況のこともあると思いますし,出来るだけ時間を短くして弁護士に相談したい,と思う場合,予め知識を得て,解消できる疑問点は解消しておけるといいかなと思っています。

それでも,不明なところや分かりづらいところはあると思いますので,その際には,遠慮なく弁護士に質問して,疑問を解消することで心を少しでも軽くしてもらえたらと思います。

このように,損害賠償請求の流れや選択肢などを知っておくことで,被害の回復までの道のりを安心して進むことが出来,必要な損害賠償請求を効率的,効果的に過不足なく請求出来ることに繋がります。

また,交通事故被害に遭った時にどんな問題が生じるのか知っておくことで,防ぐことが出来る事故,適切な任意保険に加入するなどにより,避けられる損害賠償の負担もあります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!