多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

交通事故の損害賠償~遅延損害金の計算と民法改正による影響

交通事故の損害賠償~遅延損害金の計算と民法改正による影響

いつも読んでいただきありがとうございます。今回は,引き続き,2020年4月に施行された民法改正により,変動が生じることによる交通事故の損害賠償金額への影響について,お話します。
前回は,この変動によって,損害賠償金の支払い額(後遺障害逸失利益)が大きく増加するケースについてご紹介しました。
一方で,民法改正により,損害賠償金額が以前よりも減額されるケースもあります。

それは,どのような場合でしょうか?

具体的に損害賠償金の支払い額がどのように,どのくらい減額されるのでしょうか?

今回は,民法改正によって生じた交通事故の損害賠償金額の影響,減額される場合について,お伝えします。

1 遅延損害金の発生(起算日)

交通事故に遭って,被害が生じた場合,直ぐに被害を回復するための損害賠償金を支払ってもらえないことが多いです。
支払いが遅れるほど,被害者にとっては,その賠償金を受け取れない不利益な期間における損害が増加する,と考えています。

通常であれば,債務については履行が遅れたことによってどのような損害が発生したのかを証明して,その損害に相当する賠償金を請求する,ということになりますが,お金を支払う義務という「金銭債務」の不履行については,当事者間で契約をしていない限り,法律で定められている利率(法定利率)で計算した遅延損害金のみを損害として請求できることが法律で定められています(民法419条)。

どこから支払いが遅滞したことになるのか,というと,交通事故の遅延損害金の計算においては,交通事故発生日からとされています。(これを起算日と言います)

ここで特徴的なのは,起算日が交通事故が発生した翌日ではなく当日であるという点です。

期間や日数の計算については法律上,「初日不算入の原則」が定められており(民法140条),この原則からすると起算日は交通事故の翌日になりそうです。

しかし,最高裁の判例で,不法行為に基づく損害賠償請求権は,「発生と同時に遅滞に陥るもの」とされており,当日から遅滞している,としており,交通事故による損害は,「不法行為」による損害とされますので,当日から発生する,とされます。
そのため,交通事故の遅延損害金には初日不算入の原則が適用されず,交通事故発生日(当日)を起算日にして金額を計算しています。

2 民法改正による影響

遅延損害金を計算する際に使う「法定利率」は,2020年4月1日に施行された民法改正により年5%から年3%に引き下げられました(3年ごとに見直しがあります)。
そのため,結果として,遅延損害金部分の損害賠償金額が減額されることになります。

前回紹介した交通事故の逸失利益のような後遺障害(治療を継続してもその効果が期待できない状態で,残った症状)による損害金額が確定するのは,症状固定日です。
つまり,症状固定にならないと,損害賠償金額が分からないので,支払いようがないので,それまでは遅延損害金の発生しようが無いようにも思われます。
しかし,判例では,後遺障害に関する項目における遅延損害金の起算日も,症状固定日ではなく事故発生日としています。

ちなみに,弁護士を依頼するのも,交通事故発生時から,しばらく後になることが一般的ですが,弁護士費用が賠償の対象となる場合も,交通事故発生日から請求することができるる,とされています。

そのため,遅延損害金の利率が年3%となるのか,年5%となるのかは,全ての損害項目について,交通事故発生日が2020年4月1日以降かどうかで決まります。

そして,前回紹介した後遺障害の逸失利益における法定利率(これを元に計算しているライプニッツ係数)も,遅延損害金の場合と同様,症状固定日ではなく交通事故発生日を基準として,どちらで計算するのかが決まります。

損害金額は症状固定日に確定するとしても,請求権自体は事故発生日に生じているので,法定利率(これを元に計算しているライプニッツ係数)も事故発生日のものを用いることになります。

つまり,事故発生日が民法改正前の2018年(平成30年),症状固定日が民法改正後の2020年(令和2年)5月1日となった場合,法定利率(これを元に計算しているライプニッツ係数)は,民法改正前のものを使うことになります。

3 損害賠償金の減額

では,この場合にどれくらい,遅延損害金の損害賠償金額に差が出るのか,計算してみましょう。
例えば,交通事故によって生じた物損被害,人身被害(交通費,慰謝料など)の損害金の合計が1500万円,支払日が,裁判などを経て,事故発生日より700日後に支払われる場合を考えてみます。

民法改正前は,1500万円×0.05×700日÷365日=1,438,356円
民法改正後は,1500万円×0.03×700日÷365日=863,013円

差額は,575,343円となります。

そのため,全く同じ状況で,同じ事故を生じ,同じ損害が生じても,民法改正前と改正後では,約60万円程度損害賠償金が減ることになります。

もっとも,前回紹介した後遺障害による損害賠償金がある場合には,増える金額の方が大きいことが多いので,実際上は増額になることが多いでしょう。
交通事故で,車を所有している建物にぶつけられた場合のように物損による損害額が大きく,将来得られるはずの利益を失う損害(逸失利益)や将来発生し得る損害(介護費用)など,今すぐに発生する損害ではなく,将来発生する損害がないケースでは,減額される,と考えればいいと思います。

まとめ 早期解決のメリット増加

民法改正により,遅延損害金が減額されることをお伝えしましたが,そもそも,遅延損害金を相手方の保険会社が,裁判以外の交渉などの段階で遅延損害金の支払いを認めて,支払ってくれることは実務上はまず,ありません。
そのため,法的には,当然に請求できるものにも関わらず,遅延損害金は,実際には,裁判になった場合に関係する損害金という取扱いになっています。

損害賠償を請求する被害者としても,裁判をして判決になれば,遅延損害金は認められるので,どうしても,保険会社の提案する示談金額に納得できなければ,裁判をして判決をもらって遅延損害金をもらうことで,少なくともその遅延損害金分を増額して被害弁償してもらう,という選択もありました。
民法改正後の今でも,それは変わりませんが,民法改正によって,遅延損害金率が下がることによって,得られる遅延損害金額も少なくなりますので,そのような少ない遅延損害金でも,時間や手間をかけ,弁護士費用特約を自分の自動車保険に付帯しておらず,ご自身で弁護士費用を負担することになる方は,その弁護士費用まで負担して,裁判をするのか,という選択を考えることになります。

裁判になれば,裁判所は,必ず,判決で遅延損害金の支払いを認めますので,その遅延損害金額が大きければ,保険会社としては損失が増えることになります。
そのため,裁判外での交渉段階で,支払金額を決める場合には,裁判になったら遅延損害金分も増えるので,という話もしながら,他の損害金額について,増額認定をするなどして調整してもらって,解決することもありました。

しかし,これからは,遅延損害金率が下がることで,保険会社は,裁判になった場合の損失金額も減りますから,交渉で譲歩して増額解決をするメリットは減り,その点での影響はあると思います。

交通事故による損害は,もちろん金銭的な部分も大きいですが,精神的な負担,費やされる時間による浪費も大きいところですので,これからはより,支払いが遅くなることによって遅延損害金で補填してもらうメリットよりも,早目に支払ってもらうメリットの方が重視されると思います。

交通事故が生じた場合の具体的な賠償金額の算定の方法,どんな被害が生じるのか,を知っておくこと,改正によってどのような点が変更したのかを知っておくことで,被害の回避をしたり,最適な回復が出来る可能性が上がります。
また,知っておくことで,万一加害者として交通事故を引き起こしてしまった場合に,相手に十分な賠償金額を支払ったり,自分自身も十分な補償を受けられることに繋がります。

これからも,そのための「知識」についてお伝えできればと思います。

それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!