
「従業員から『上司からセクハラを受けました』と相談されたら,会社は何をすればいいのでしょうか?」
「被害を訴えている人と,相手の言い分が違っている場合,会社はどこまで調査すればいいのでしょうか?」
「相談者が会社の対応に納得してくれなかった場合,それだけで会社が損害賠償責任を負うのでしょうか?」
私は,主に企業側,会社側からハラスメントについてのご相談を受けることが多いのですが,実際に「セクハラがあった」と申告された後,
「どこまで調査すればいいのか」
「被害を訴えている人の希望には,どこまで応じる必要があるのか」
「相手をすぐ異動させた方がいいのか」
「会社として対応したつもりでも,後から『会社の対応が悪かった』と言われたらどうすればいいのか」
と聞かれることがあります。
これまで,
「セクハラが職場内で起きないよう会社はどのような予防をすべき?法的義務は」「セクハラが生じないために企業・労働者のすべきこと~具体的対策は?」などの記事で,セクハラを起こさないために,会社(企業,事業主)がすべき「予防」についてお伝えしてきました。
もちろん,セクハラそのものが起きないことが一番です。
でも・・
実際の企業経営では,どれだけ予防をしていても,
「セクハラを受けました」という相談を受けることがあります。
そして,そのときには,
「セクハラがあったかどうかだけでなく,その後,会社がどのように対応したのか」
も問題になります。
実際に,セクハラ発生後の組織の対応そのものについて,安全配慮義務違反,不法行為等を理由として損害賠償請求がされた裁判例があります。
一方で,
「相談者の希望どおりの対応をしなかった」
「調査委員会を設置しなかった」
というだけで,当然に会社や学校側の法的責任が認められるわけでもありません。
では,どのような対応をすれば,会社として必要な義務を果たしたと言えるのでしょうか?
今回は,
セクハラ発生後に,事業主にはどのような対応が求められるのか?
相談者への対応,事実確認,問題解決で特に何に注意すべきなのか?
会社の事後対応について損害賠償責任が認められる場合と認められない場合には,どのような違いがあるのか?
について,具体的な裁判例も比較しながらお伝えします。
1 セクハラ発生後の対応も事業主の義務
職場におけるセクハラについては,男女雇用機会均等法と,これに基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(平成18年10月11日厚生労働省告示第615号)によって,事業主が講じなければならない措置が具体的に定められています。
厚生労働省も,現在,事業主が講ずべき措置として,
・相談,苦情に応じ,適切に対応するために必要な体制を整備すること
・相談があった場合には,事実関係を迅速かつ正確に確認すること
・被害者及び行為者に対して適正に対処すること
・再発防止措置を講じること
・相談者や行為者等のプライバシーを保護すること
・相談したことや事実確認に協力したことを理由として不利益な取扱いをしないこと
などを事業主の義務として示しています。
つまり,
「相談窓口を作ってあります」だけで事業主の義務は終わりではありません。
相談が来た後に,
・誰が相談を受けるのか。
・どのように事実確認するのか。
・相談者と行為者とされる人に,どのような配慮をするのか。
・その間,職場環境をどう守るのか。
・最終的にどのような解決措置を取るのか。
まで含めて,事業主の対応が問われることになります。
2 事後対応で大切な3つの視点
では,実際にセクハラの相談を受けた場合,何を意識したらいいのでしょうか?
①相談者への対応
②事実関係の確認
③被害拡大を防ぎながら行う具体的な問題解決
の3つに分けて考えると整理しやすいと思います。
国家公務員についての資料ですが,具体的な実務を考えるうえで参考になるものとして,「人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について」(平成10年11月13日職福―442)があります。
その別紙第2「セクシュアル・ハラスメントに関する苦情相談に対応するに当たり留意すべき事項についての指針」では,相談対応の基本的な心構えとして,
「被害者を含む当事者にとって適切かつ効果的な対応は何かという視点を常に持つこと」
「事態を悪化させないために,迅速な対応を心がけること」
「関係者のプライバシーや名誉その他の人権を尊重すること」
などが示されています。
また,原則として2人の相談員で対応すること,相談者が希望する性の相談員が同席するよう努めること,外部に聞かれない場所で相談を受けることなど,かなり具体的な方法も示されています。
民間企業にそのまま適用される規則ではありませんが,「相談を受けたとき,実際にどう動けばいいのか」を考える際の具体的な手掛かりになります。
3 相談者の話を真摯に聞く~でも最初から「事実」と決めつけない
まず大切なのは,
「勇気を出して相談したのに,会社がまともに聞いてくれなかった」
という状態にしないことです。
相談者の話を途中で否定したり,
「それくらいでセクハラと言われても困る」
「相手に悪気はないと思う」
「嫌ならその場で言えばよかったのでは?」
などと答えてしまえば,その時点で相談者がそれ以上話せなくなってしまうことがあります。
そのため,
・相談内容を真摯に受け止める。
・プライバシーに配慮する。
・一度ですべて聞き出そうとせず,必要であれば複数回に分ける。
・「会社にどのような対応を希望していますか?」
と相談者の希望も確認する,ということが重要です。
もっとも,
ここでもう一つ注意したいのは,
「相談者の話を真摯に聞くこと」と「相談内容が事実だと直ちに認定すること」は別,ということです。
相談者の話を尊重することは必要です。
しかし,行為をしたとされる人にも,当然,言い分があります。
事業主としては,一方の話だけを聞いて,「この人はセクハラ加害者だ」と決めつけてしまわないことも重要です。
4 事実確認では「双方を聞く」「客観的資料を残す」
厚生労働省の指針では,セクハラの相談があった場合,事実関係を迅速かつ正確に確認することが求められています。
そのため,まず相談者から,
いつ
どこで
誰から
どのような言動を受けたのか
その場に誰がいたのか
その後誰かに相談したのか
どのような影響が生じたのか
などを具体的に聞きます。
そのうえで,行為をしたとされる人からも事情を聴きます。
双方の説明が食い違っている場合には,必要に応じて,
その場にいた人
直後に相談を受けた人
上司や同僚
その他の関係者
からも事情を聴きます。
そして,
メール
LINEや業務用チャット
SNS
録音
写真・動画
勤務記録
入退室記録
防犯カメラ
などの客観的な資料がある場合には,確認し,必要に応じて早めに保全することも重要でしょう。
セクハラ事案は,密室や二人だけの場面で起きることも多いため,
「第三者が見ていないから分からない」だけで終わらせないことが大切です。
他方で,
「被害申告があったから事実に違いない」とも決めつけない。
この両方を意識する必要があります。
5 調査中でも「被害を広げない」必要がある
事実確認には,ある程度時間がかかる場合があります。
でも,
「まだセクハラと認定していませんので,調査が終わるまで何もしません」
で,よいわけではありません。
例えば,
相談者と行為をしたとされる人が同じ部署にいて,毎日顔を合わせる。
直属の上司と部下の関係にあり,毎日一対一で業務指示を受ける。
相談したことが周囲に知られ,職場内で噂になっている。
という場合です。
調査が終わるまでその状態を放置すると,それ自体によって相談者の心身の負担が大きくなることがあります。
そこで,必要に応じて,
一時的に指揮命令系統を変える。
勤務場所や勤務時間を調整する。
直接接触しない方法を検討する。
相談内容が不必要に職場内へ広がらないようにする。
などの暫定的な対応を考える必要があります。
もっとも,
まだ事実が確定していない段階で,行為者とされる人を「加害者」として処罰することにも注意が必要です。
つまり,
「被害を拡大させないことと,行為者とされた人の権利を守ることの両方を考える」必要があります。
6 事後対応そのものに損害賠償責任が認められた例~札幌地裁平成22年7月29日判決
では,会社や組織の事後対応が不十分だった場合,どのような点が法的に問題となるのでしょうか?
参考になるのが,札幌地方裁判所平成22年7月29日判決(航空自衛隊セクハラ事件)です。
この裁判例では,性的被害そのものだけでなく,その後の組織側の対応も問題となりました。
裁判所は,組織側について,
①被害者が心身の被害を回復できるよう配慮する義務
②セクハラによって悪化した勤務環境を改善する義務
③被害者が職場で厄介者のように扱われ,不利益を受けることを防止する義務
などを認めています。
この事案では,
被害女性が年長の男性らから繰り返し事情聴取を受けたものの,女性を同席させるなどの配慮がなかったこと,
婦人科を受診したいとの希望に対し,男性上司の付き添いを条件とされたため,心理的な抵抗から受診できなかったこと,
行為者との分離が十分になされなかったこと,
被害を申告した女性に対する退職を迫るような対応
などが問題となりました。
裁判所は,こうした事後対応についても違法性を認めています。
この裁判例からは,「セクハラがあった後,会社が被害者をさらに傷つけたり,被害を拡大させたりしなかったか」という視点が重要だと分かります。
例えば,
何度も必要以上に同じ被害内容を語らせる。
相談者が話しにくい人だけで聴き取りをする。
治療や受診を妨げる。
行為者との接触を避ける必要があるのに放置する。
相談した人の方を厄介者扱いする。
退職や異動を事実上迫る。
といった対応は,特に注意が必要でしょう。
7 「相談者が納得しなければ会社の責任」なのか?~東京高裁平成28年5月19日判決
一方で,
「相談者が会社の対応に納得してくれなかった」
「相談者が希望していた調査方法を取らなかった」
というだけで,当然に会社が損害賠償責任を負うのでしょうか?
この点を考えるうえで参考になるのが,東京高等裁判所平成28年5月19日判決(学校法人関東学院事件)です。
この事件では,大学の事務職員が,上司からパワーハラスメント及びセクシュアルハラスメントを受けたとして,大学のハラスメント防止委員会に申立てをしました。
そして,
委員会が調査委員会を設置しなかったこと
委員会が十分な対応をしなかったこと
などについて,学校法人の安全配慮義務違反等を主張して損害賠償を求めました。
しかし,請求は認められませんでした。
裁判所が認定した事情を見ると,大学のハラスメント防止委員会は,
申立内容にハラスメントの問題と人事問題が混在していることや,
申立期間の問題などを検討し,調査開始の可否を判断するために当事者双方から事情を聴取していました。
また,委員長立会いのもとで当事者が面談する機会を設け,人事上の問題についても大学事務長から事情を聴取し,申立人に説明をしています。
こうした経過から,原審は,大学側がハラスメント防止規程に則って適切に対応したと評価し,安全配慮義務違反を否定し,東京高裁も控訴を棄却しました。
この裁判例は,「相談者の求めた結論にならなかった=対応義務違反」ではないという点で重要だと思います。
8 2つの裁判例から考える「事後対応の判断基準」
札幌地裁平成22年7月29日判決と,東京高裁平成28年5月19日判決。
結論は異なります。
では,何が違うのでしょうか?
もちろん,それぞれ事案が異なりますので,単純に一つの基準だけで判断できるものではありません。
ただ,この2つを比較すると,事業主が事後対応を考える際には,少なくとも次のような点が重要になると思います。
①相談を放置せず,実際に対応を開始しているか
相談窓口があるだけでは足りません。申告を受けた後,必要な事情聴取や検討を実際に始めているか。
まずここが重要です。
②迅速に対応しているか
時間が経てば,証拠が失われる。記憶が薄れる。
相談者の精神的負担が増える。
職場環境がさらに悪化する。
ことがあります。
そのため,人事院の相談指針でも「事態を悪化させないために,迅速な対応を心がけること」とされています。
③一方だけでなく,必要な相手から事情を確認しているか
東京高裁平成28年5月19日判決で大学側の対応が違法とされなかった事情として,当事者双方から事情を聴いていたことが重要な一要素となっています。
相談者の話を尊重することと,公平な調査をすることは両立させる必要があります。
④被害者の心身や職場環境への配慮をしているか
札幌地裁平成22年7月29日判決では,
被害回復への配慮
勤務環境の改善
不利益を受けないための配慮
が重視されています。
「調査さえすればいい」のではなく,「調査している間,その人が安全に働ける状態をどう作るか」も重要です。
⑤プライバシーや人格を守っているか
セクハラの相談内容は,非常にセンシティブな情報です。
誰まで共有する必要があるのか。
どのような場所で事情聴取するのか。
記録を誰が管理するのか。
不必要に職場内へ広がっていないか。
という点にも注意が必要です。
人事院の指針でも,関係者のプライバシー,名誉その他の人権を尊重し,秘密を厳守することが基本的な心構えとされています。
⑥相談したことによって不利益を与えていないか
「相談したから異動させる」
「問題を起こした人だから評価を下げる」
「職場を乱したから辞めてもらう」
という対応は,非常に危険です。
厚生労働省の指針でも,相談したことや事実確認に協力したことを理由とする不利益取扱いをしないことが求められています。
⑦自社の規程や定めた手続に従っているか
東京高裁平成28年5月19日判決では,大学が自ら定めたハラスメント防止規程に則って対応していたことも評価されています。
せっかくマニュアルを作っていても,実際の相談時にその手続を無視する。
担当者によって対応が全く違う,というのでは,十分に機能しません。
つまり,「規程を作ることと,その規程を実際に運用することの両方」が必要になります。
9 相談者の「希望」は重要~でも会社の判断とは別
セクハラの相談を受ける際には,
「会社にどうしてほしいですか?」と確認することは重要です。
例えば,
行為者と離してほしい。
謝罪してほしい。
異動してほしい。
処分してほしい。
大ごとにはしたくない。
など,様々な希望があります。
その希望を知らずに会社だけで解決方法を決めれば,かえって相談者の負担を増やすことがあります。
ただし,「相談者の希望=会社が必ず取るべき措置」ではありません。
例えば,
「今すぐ相手を解雇してください」と言われても,会社としては,
事実が確認できるのか。
就業規則上の懲戒事由に該当するのか。
処分の重さは適切か。
過去の事例との均衡は取れているのか。
などを確認する必要があります。
反対に,
「何もしないでください」
と希望されたとしても,重大な被害が疑われ,他の労働者にも被害が広がる可能性がある場合には,事業主として一定の調査や対応が必要となることもあります。
相談者の希望を丁寧に聞く。
できるだけ尊重する。
でも,会社として必要な対応は別に判断する。
このバランスが重要です。
10 具体的な裁判例から「マインド・スキル・ツール」に落とし込む
これまでの記事でも,「考え方」≒マインド
「必要な知識や対応方法」≒スキル
「具体的なマニュアルやルール」≒ツール
をそろえることが重要,とお伝えしてきました。
セクハラ発生後の対応も同じです。
まず,
相談者を尊重する。
事態を悪化させない。
二次被害を生じさせない。
一方だけを最初から正しいと決めつけない。
相談者だけでなく,行為者とされた人の人格や権利も守る。
という「マインド」
次に,
相談の聴き取り方。
行為者からの事情聴取。
第三者への聴き取り。
客観的証拠の確認・保全。
一時的な分離措置。
相談者への説明。
という「スキル」
そして,
誰が相談を受けるのか。
誰に報告するのか。
誰が調査をするのか。
聴き取りの際には何を確認するのか。
記録をどこに保管するのか。
どこまで情報共有するのか。
緊急対応を誰が決めるのか。
という「ツール=自社のマニュアル」。
ここまで具体化しておくことが大切です。
裁判例を読む意味も,「こういう裁判がありました」と知るだけではありません。
責任が認められた裁判例では,「何が足りなかったのか」
責任が認められなかった裁判例では,「会社や組織が何をしていたのか」
を比較することで,
自社で実際に相談が来たときに何をすればよいのかが,より具体的に見えてきます。
セクハラは「予防」と「事後対応」の両方が大切~まとめ
これまで,セクハラを起こさないための「予防」について連続してお伝えしてきました。
もちろん,
セクハラそのものを発生させないこと。
そのために研修や相談体制,ルールを整えること。
はとても重要です。
でも,
予防をしていれば,それで会社の対応は終わりではありません。
実際に,
「セクハラを受けました」という相談が来た後に,
どう相談を受けるのか。
どう事実確認するのか。
その間,被害を拡大させないために何をするのか。
相談者や行為者のプライバシーをどう守るのか。
相談した人が不利益を受けないようにどうするのか。
という「事後対応そのもの」にも注意する必要があります。
札幌地方裁判所平成22年7月29日判決を見ると,
被害回復への配慮,勤務環境の改善,不利益防止が不十分であれば,組織の事後対応そのものが法的責任につながることが分かります。
一方で,東京高等裁判所平成28年5月19日判決を見ると,
相談者が希望した調査方法や結論にならなくても,
定められた規程に従い,
双方から事情を聴き,
問題を検討し,
必要な説明や対応をしているのであれば,
直ちに安全配慮義務違反になるわけではないことも分かります。
つまり,
大切なのは,
「相談者が満足したか」だけでも,
「セクハラを認定したか」だけでもないと思います。
相談を受けた後,会社として必要な情報を集め,関係者の人格と権利に配慮しながら,迅速・公平に検討し,被害を拡大させないための合理的な対応を実際にしたのか。
ここが,事後対応の適否を考える大きなポイントになります。
そのためにも,実際の裁判例や厚生労働省,人事院等の具体的な指針を知り,
「自社なら,この場合どう動くのか?」と具体的な場面に置き換えて,
マインド・スキル・ツールをそろえておくことが重要だと思います。
何か起きてから,
「担当者によって対応が違う」
「誰に報告すればいいのか分からない」
「相談を聞いたけれど,次に何をしたらいいのか分からない」
とならないように,
自社の規模,組織,人間関係,業務内容に合った相談・調査・事後対応のマニュアルを作って,実際に使えるようにしてもらえたらと思います。
そして,事実確認の結果,
「セクハラがあった」と判断した場合には,次に,
どのような懲戒処分をするのか。
戒告,減給,出勤停止,降格,懲戒解雇など,どの程度の処分が適切なのか。
処分が重すぎて無効にならないためには,何に注意すればいいのか。
という問題が出てきます。
次回は,「セクハラをした従業員に対する懲戒処分の注意点」について,具体的な裁判例を確認しながらお伝えしたいと思います。
今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!