
交通事故によるケガで働けなくなった場合,仕事を休んだ際の減収を補償するために「休業損害」として損害賠償請求をすることができることになります。
もっとも,これまでの記事でご紹介してきたように,実際には,休んでいた期間の全てについて100%の「休業損害」が認められるとは限りません。
特に,「家事従業者(主婦・主夫)」の場合には,
どこまで家事ができなかったのか
徐々に回復していくことをどう考えるのか
後遺障害との関係をどう考えるのか
などから,「逓減方式」によって損害額が算定されることがあります。
また,会社員や自営業者の場合でも,
実際に会社を休んでいた
仕事ができなかった
売上が減少した
という事情があっても,裁判所がその全期間について100%の休業損害を認めるとは限らないことも,前回までにご紹介しました。
では,被害者側として休業損害を請求する場合,どのような点に注意すべきなのでしょうか?
「実際に通院した日は100%休業した」として請求すれば,そのまま認められるのでしょうか?
医療記録には,どのような注意が必要なのでしょうか?
裁判所が考える「公平」「平等」のバランス感覚を知ることは,裁判所の判断を予測するためにとても重要です。
しかし,被害者側の弁護士としては,その「公平」「平等」の判断を裁判所が間違えないように,依頼者である被害者の利益になる主張点を落とさず,他方で,不利益になる可能性がある点にも注意して主張することが大切になります。
今回は,これまでの「逓減方式」に関する連続記事の最後として,
実通院日を100%休業したとする請求方法の注意点
医療記録を検討する必要性
被害者側弁護士として主張する際の注意点
そして,被害者が弁護士を選ぶ際のチェックポイント
について,「交通事故のケガで休んだ場合に休業損害が100%認められない場合とは」「後遺障害がある場合・兼業主婦(夫)の休業損害の計算方法・考慮要素」「会社員・自営業者の交通事故で100%休業損害が認められない場合とは」交通事故の休業損害を請求する被害者側(弁護士)が権利を守るために注意すべき事の記事に引き続き裁判例を見ながらご紹介します。
1 実通院日を100%休業したという請求方法
休業損害を請求する際に,原告が,
「実際に通院した日は100%休業した」
として請求することがあります。
この請求方法は,一見すると分かりやすいようにも思います。
実際に病院へ通院している日は,診察やリハビリのために時間を使っているわけですから,
「その日は仕事や家事ができなかった」
「だから,実通院日については100%休業として請求したい」
と考えること自体は,自然なことだと思います。
特に,仕事を休んで通院した方や,通院によって家事に大きな支障が出た方にとっては,実通院日を基準に請求した方が,損害を説明しやすい場合もあります。
しかし,この請求方法には注意が必要です。
これまで見てきた裁判例の中には,原告が実通院日を100%休業したものとして請求していても,裁判所がその実通院日を前提として,さらに逓減方式で減額して認定しているものがありました。
つまり,
実通院日を基準に請求した
その実通院日について100%休業と主張した
それにもかかわらず,裁判所は実通院日をさらに一定割合で減額した
という判断がされることがある,ということです。
これは,被害者側にとっては大きなデメリットになり得ます。
本来であれば,通院期間全体を前提にして,
受傷当初は高い割合
その後は回復に応じて割合を下げる
全体としてどの程度の支障があったか
という形で請求する方法もあり得ます。
ところが,最初から「実通院日だけ」を基準に請求してしまうと,請求対象となる日数自体が限定されます。
その上で,さらに裁判所がその実通院日について逓減方式で減額してしまうと,結果として,かなり低い金額しか認められない可能性があります。
そのため,実通院日を100%休業したものとして請求する場合には,
本当にその請求方法が被害者にとって有利なのか
通院期間全体を前提に請求した方がよいのではないか
実通院日を基準にした場合に,さらに逓減されるリスクはないか
を検討する必要があります。
被害者としては,
「通院した日は確実に大変だったから,その日を100%で請求したい」
と思うこともあると思います。
しかし,裁判所が必ずしもその考え方をそのまま採用するとは限りません。
交通事故の休業損害では,どのような請求方法を選ぶかによって,最終的に認められる金額が変わる可能性があります。
この点は,被害者側としても,弁護士としても,意識しておく必要があると思います。
2 医療記録を検討する必要性
次に,逓減方式による休業割合を考える上で,医療記録を細かく検討することも重要です。
裁判例を見ていると,医療記録を検討した上で,逓減方式による休業割合を認定しているものが相当数見られます。
具体的には,医療記録に記載された,
①被害者が医師に申告した就労状況
②医師の指示・指導の内容
③治療経過
などが,休業割合の認定において考慮されています。
この点で参考になる裁判例として,名古屋地判令和2年7月31日があります。
この裁判例は,兼業主婦で,後遺障害が残らなかった事案です。
原告は,
90日間100%
その後90日間80%
その後39日間60%
として,合計184万円余を請求していました。
これに対し,裁判所は,
「医師が,原告に対し,休業はせいぜい平成26年11月末までとし,なるべく早く就労すべきであると指導していることを考慮する」
と判示して,「事故から3か月間につき平均30%」の27万円余しか認定しませんでした。
この裁判例では,医療記録に記載された「医師の指導・指示の内容」が,原告にとって不利に考慮されています。
つまり,医師が,
休業は一定時期まででよい
なるべく早く就労すべきである
という趣旨の指導をしていたことが,休業損害を大きく減額する理由の一つとして使われたということになります。
被害者としては,
実際には痛みが残っていた
仕事や家事がつらかった
無理をしても十分に働ける状態ではなかった
という思いがあるかもしれません。
しかし,医療記録に,
就労可能である
早期に就労すべきである
休業はこの時期まででよい
という趣旨の記載があると,裁判所はその記載を重視することがあります。
もちろん,医療記録は医師が医学的な観点から作成するものです。
被害者側が自由に内容を変えられるものではありません。
しかし,だからこそ,被害者側弁護士としては,医療記録を細かく確認する必要があります。
医師にどのような症状を伝えていたのか
就労状況についてどのように申告していたのか
医師からどのような指示や説明がされていたのか
治療経過から見て,どの時期まで支障が続いていたといえるのか
を確認した上で,休業損害の主張を組み立てる必要があります。
もし医療記録に不利な記載がある場合には,その記載を無視するのではなく,
その記載はどのような趣旨なのか
実際の仕事内容や家事内容との関係ではどう考えるべきか
医師の指導後も,なお具体的にどのような支障があったのか
を説明できるようにしておくことが大切です。
3 被害者側弁護士として主張する際の注意点
これまで見てきたように,逓減方式による休業損害の認定では,裁判所は様々な事情を見ています。
後遺障害があるかどうか
入院期間があるかどうか
症状の重さ
治療経過
通院状況
就労状況
医師の指示・指導
実際の減収
家事や仕事への具体的支障
これらを踏まえて,
どの程度の休業割合を認めるのが公平か
どの時期まで休業損害を認めるのが相当か
他の事案とのバランスから見て過大ではないか
逆に,被害者にとって低すぎないか
を判断しているように思います。
この「公平」「平等」のバランス感覚を知ることは,裁判所の判断を予測するためにとても重要です。
しかし,ここで注意しなければならないのは,裁判所は主張,立証されていない被害者に有利な事情を勝手に拾って有利に判断してくれることは無い,ということです。
裁判では,原告である被害者側と,被告である加害者側・保険会社側が,それぞれの立場から主張をします。
被害者側は,
なぜその期間,休業が必要だったのか
なぜその割合の休業損害が認められるべきなのか
実際にどのような支障があったのか
医療記録や仕事の状況から,どのように説明できるのか
を主張します。
他方で,被告側・保険会社側は,
もっと早く復職できたはずである
実通院日を100%とするのは高すぎる
医師は早期就労を指導している
治療経過からすれば,その時期まで休業は必要なかった
といった主張をしてくることがあります。
このように,裁判では,同じ「公平」「平等」という言葉でも,どの立場から見るかによって,見え方が変わります。
被害者側の弁護士としては,裁判所がその「公平」「平等」の判断を間違えないように,依頼者である被害者の利益になる主張点を落とさず,必要な証拠を提出することが大切です。
同時に,不利益になる可能性がある点にも注意する必要があります。
例えば,
実通院日を100%で請求することが本当に有利なのか
その請求方法によって,かえって認定額が下がるリスクはないか
医療記録に早期就労を勧める記載がないか
医療記録上の就労状況と,実際の主張に矛盾がないか
後遺障害の労働能力喪失率との整合性が取れているか
を確認しないまま請求してしまうと,被害者にとって不利な結果になる可能性があります。
そのため,被害者側としては,
有利な事情を整理すること
不利に見られそうな事情を事前に把握すること
不利な事情についても説明できるようにすること
請求方法自体が過少請求や不利な計算になっていないか確認すること
が重要になります。
これは,単に「高く請求すればよい」ということではありません。
裁判所が考える公平感,平等感,他の事案とのバランスを踏まえた上で,
この事案ではどこまで請求できるのか
どのように説明すれば裁判所に伝わるのか
どの証拠を出すことで,被害者の支障を具体的に分かってもらえるのか
を考えていくことが,被害者側弁護士の大切な役割だと思います。
まとめ 裁判所の「公平」「平等」を正しく働かせるために
今回まで,休業損害の逓減方式について,いくつかの記事に分けてご紹介してきました。
家事従業者の場合
後遺障害がある場合
兼業主婦(夫)の場合
会社員や自営業者の場合
そして,実通院日を100%休業したとする請求方法や,医療記録の検討の必要性
を見てきました。
これらの裁判例を通して感じるのは,やはり裁判所は,交通事故の損害額を算定する際に,
「公平」
「平等」
「他の事案とのバランス」
を大切にしているということです。
この考え方は,裁判所の判断を予測するためにとても重要です。
被害者側としても,
この事案は他の事案と比べてどのように見られるのか
裁判所はどの事情を重視しそうか
どの程度の休業割合であれば相当と考えられそうか
を考える必要があります。
しかし,被害者側の権利を守る弁護士としては,それだけでは足りません。
裁判所の「公平」「平等」の判断が,被害者に不利に働きすぎないように,
依頼者にとって利益になる主張点を落とさないこと
不利益になる可能性がある点を事前に確認すること
不利な記録や事情がある場合にも,その意味を丁寧に説明すること
請求方法自体が不利になっていないかを検討すること
が大切です。
裁判所は,原告と被告双方の主張と証拠を踏まえて判断します。
だからこそ,被害者側が主張しなかった事情,提出しなかった証拠,説明しきれなかった支障について,裁判所はくみとってくれません。
また,一見すると分かりやすい請求方法であっても,実際には被害者に不利になることがあります。
「実通院日を100%休業」とする請求も,その一つです。
通院した日は大変だったから100%休業として請求したい,という気持ちは自然です。
しかし,裁判所がその実通院日をさらに逓減して認定する場合には,結果として請求額が低くなる可能性があります。
また,医療記録も,被害者の症状や支障を裏付ける重要な資料である一方で,内容によっては,被害者に不利に考慮されることもあります。
だからこそ,交通事故の休業損害を請求する場合には,
どのような請求方法を選ぶのか
医療記録にどのような記載があるのか
どの事情を積極的に主張するのか
どの事情について説明を準備しておくのか
を丁寧に検討する必要があります。
交通事故の損害賠償では,
どんな損害が認められるのか
どのように計算されるのか
どんな事情が影響するのか
裁判所にどのように伝える必要があるのか
を知っておくことで,適切な被害回復につながる可能性が高まります。
逓減方式は,少し分かりにくい考え方ですが,裁判所のバランス感覚がとてもよく表れる計算方法だと思います。
そして,そのバランス感覚を理解しながらも,被害者側として守るべき権利をきちんと守ることが大切です。
交通事故で被害に遭った方が弁護士を依頼する際には,この点についても意識をもって対応してくれる弁護士なのかどうか,弁護士を選ぶ際のポイントとして,意識してもらえたらと思います。
これからも,交通事故の被害に遭われた方が,必要な知識を持って適切な被害回復につなげられるよう,「基準」や「考え方」についてお伝えできればと思います。
それでは,今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました!!