頑張っても報われない……かもしれない

桜を楽しめた平成31年4月

今月もあと10日になりました。

今月もあと10日ということは,「平成」という一時代も残すところ10日,ということになります。

今月は,晴れた日に土岐川沿いや多治見修道院の満開の桜を楽しむことができました。

桜というと,ある年は大学の卒業式の頃に満開となり,またある年は,入学式の頃に桜の花びらが舞うこともあります。

今年は,当地は,桜の満開の時期が入学式と重なっていました。

入学式,上野千鶴子氏の式辞が話題に

入学式といいますと,先週,東京大学で入学式が行われ,社会学者の上野千鶴子氏が述べた式辞が話題となりました。

入学した学生たちは,志望校に入学できたのは頑張って報われた結果だ,競争を勝ち抜けたのは自分の努力の成果だ,と自負しているかもしれません。

しかしながら,その競争は,上野氏が例示した医学部入試の不正・女子差別がそうであるように,必ずしもフェアなものとは限りません。

また,上野氏が

がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく,環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

と指摘するように,志望校への合格は,自分の努力の成果だけでは説明できません。

実は努力の成果ではないかもしれない

受験指導をし,講師を育ててきた経験からもそれは言えます。

学校であれ塾であれ,よい指導者に巡り会えることが,生徒の受験の結果や,その後の人生を大きく左右します。

また,現在,大学入試の英語の試験に外部試験を用いようとする動きが進められています。

外部試験の代表的なものにTOEFLがあります。

TOEFLの受験料は日本円で1回25,000円くらいします。

また,試験会場は都市部に偏っており,多治見であれば,電車で名古屋市内に出て受験することは容易ですが,岐阜県内には気軽に受験することがままならない地域もあります。

経済力がある家庭に生まれた人や都市部に生まれた人は何度も受験できるのに,そうでない人は,外部試験の受験すらままならないかもしれない。

大学受験は,経済力がある家庭に生まれた人や都市部に生まれた人が今よりもさらに有利になってしまう,よりフェアではないものになりつつあります。

学校(特に公立高校)の英語のカリキュラムで満足の行くスコアが得られるような水準まで鍛えられるとは思えませんし,そもそも,今の多くの先生の英語力からして,生徒に満足の行くスコアを取らせるだけの技量があるとも思えません。

就職試験もそうとは限らない

就職試験も,大企業に就職できた人の中には,自分は競争を勝ち抜いてきた選ばれしエリートだと勘違いしているかもしれません。

その競争もフェアなものとは限りませんし,就職も必ずしも自分の努力の成果だけとは限りません。

顔採用,コネ採用,学歴フィルター。

(今はどうなのか知りませんが)私の学生の頃は,出身大学によって面接回数が微妙に異なる金融機関がありました。

私は東京のテレビ局数社と新聞社・出版社数社しか受けませんでしたし,テレビ局の採用試験で努力したことは,1年間「めざましテレビ」と「とくダネ!」を見続けて時事ネタと芸能ネタとスポーツネタを満遍なく頭に入れることくらいでした。

当時の私は,今と異なりかなり情熱的だったので,これをやりたいという熱い思いがあり,その熱意に押されて,押しに弱い採用担当者や役員は私を採用せざるを得なかったのでしょう。

とはいえ,入局してから,その思いは実現されないまま辞めることとなります。

当時のメモ書きを読み返すと,自分の力や思いが活かされないし発揮できない,そんな苦しさを読み取ることができ,当時の私は「がんばる前から意欲をくじかれる」状態だったかもしれません。

今は,自分の力や思いが活かされ,そして存分に発揮される仕事に就いていますから,あのとき辞めると決断したことは,結果的に大変よかったと思っています。

司法試験もそうかもしれない

ところが,頑張っても報われないというのは,司法試験の世界にもあります。

司法試験にチャレンジして,合格できなかった年間で数千人単位いますが,別に,この人たちのほとんどは,頑張らなかったから合格できなかったというわけではありません。

司法試験は合格するまでにお金がかかる試験です。私は経済的に受験を諦めた人を知っています。

受験資格を得るためにはロースクールを修了するか予備試験に合格しなければなりませんが,ロースクールの人間関係や教育環境に疲弊して,或いは,頑張れども結果に現れず,心身に不調を来す人も少なくありません。

努力すれば必ず合格できる……司法試験はそんな生やさしい試験ではありません。

私の高校の同級生や後輩,あるいは,私の大学の後輩で,私よりも先に司法試験のための勉強を始め,きっと私よりも勉強を頑張ってきたはずですが,合格できなかった人がいますし,その数は,一人や二人ではありません。

公平性という観点から見ても,司法試験には大きな問題が発生しました。

私が最終合格する前の年,2015年に,試験問題の漏洩という重大な不正があり,大学院の教授が刑事責任を問われました。

30代の私にはとても心に響く式辞

上野氏が式辞の中で語った社会の現実や,(分析の内容やその論拠がどれだけ正鵠を射たものかはさておき)式辞の中で示した社会の事象を複眼的分析的に考える姿勢は,大学に入学したばかりの,高揚感に満ち溢れた学生たちの心には,あまり響かないものだっかのもしれません。

でも,

がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

との言葉は,30代の私には,とても心に響くものでした。

恵まれた環境と恵まれた能力とを恵まれない人のために

上野氏は新入生に対して,

恵まれた環境と恵まれた能力とを,恵まれないひとびとを貶めるためにではなく,そういうひとびとを助けるために使ってください。

とも語っています。

恵まれない人々を助ける事のできる仕事は限られています。

私は,大学を卒業してから色々なことがありましたが,現在では,弁護士として,知識や経験を,恵まれない人のために使える立場にあります。困っている人を,法律の知識や力を用いて救うこともできます。

今年,私は多治見西ロータリークラブに35歳という年齢で入会しました。

奉仕の精神に共感し,微力ではありますが,いくつかの活動を行っております。

昔のことですが……

12年前のことですが,私はある女性と出逢いました。

その後,テレビ局,法曹界,その他様々な世界で様々な人を見てきましたが,彼女ほど,人柄がよく,しかも,仕事もできる人はなかなかいません。

夜の自由が丘においてだったと思いますが,彼女に対し,物理的な距離は1000kmなり10,000kmなり離れても,心の距離はせいぜい2, 3メートルくらいしか離れないから,などと言いました。

(当時の私は,公にすることのできないものも含めて,数々の名言又は迷言を残しています。)

しかしながら,私たちは,物理的な距離を克服することができませんでした。

それから時間が経ち,ある年の春にその人から近況を伝える連絡がありました。

夢を実現し,とある仕事に就いたとのことでした。

これに対して,私は,これから法曹を目指し,司法試験に挑戦することを伝えました。

そして,具体的にどのような法曹になりたいのかも伝えました。

そのとき彼女に伝えた内容の多くが,今,実現できています。

今,頑張っても報われない状態にある人へ

頑張っても報われないことの最たる例は,突然,自分のコントロールできない理由で,自分の道や夢を断たれたり,諦めたりしなければならなくなるというものです。

そして,最近,彼女が,今,この瞬間,そうした辛い状況にあると知りました。

あなたは芯が強いから,きっと大丈夫。何でも乗り越えられるよ。でも弱いところは,無理に強くしなくていいから。今はゆっくり休んでください。

あるとき彼女が私に送ってくれたこの温かな言葉は,もらったときには感謝の気持ちよりも反発心の方が強かったと思いますが,今の私にはとてもよく心に響くものですし,依頼者に対し,同じようなことを語りかけることもあります。

この言葉が彼女のもとに届くかどうかはわかりませんが,彼女が再び元気を取り戻すことを祈っています。

10連休,そして「令和」のスタートまであと少し

以上,長々となりましたが,ご依頼が相次ぎ,児童虐待など緊急に対応しないといけない案件もあり,10連休と令和という新しい時代のスタートは,慌ただしい中で迎えそうです。

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