日本版司法取引とはどのような制度なのか?

今回は、間もなくスタートする日本版司法取引について書いてみたいと思います。

 

 

刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成28年法律第54号)が平成28524日に成立し、同年63日に公布されました。

この改正は段階的に施行されますが、いわゆる日本版司法取引については、平成3061日から施行されることになっています。

 

 

1 司法取引とは?

  

 司法取引とは、一般には、被疑者・被告人が、自己の罪を認めたり、他人の刑事事件について協力をする代わりに検察官が刑罰の軽減をすることを保証する取引を言います。

  

 外国の映画では、罪を認めてない被疑者に対して、「罪を認めれば刑を軽くしてやる」といった取引が持ち掛けられている場面をよく目にします。

 

 まず、日本版司法取引では、自己の罪を認める代わりに刑罰を軽減するという取引(自己負罪型)はありません。これは、やってもいない犯罪について自白の強要に繋がる危険があります。

 

日本版司法取引の対象は、簡単に言ってしまえば「他人の刑事事件についての協力」です(捜査・公判協力型)。しかし、この場合、自己の犯罪の軽減を目的として、犯罪に関与していない他人に罪を負わせる「巻き込み供述を助長する危険」のある制度であることは、容易に想像できることです。したがって、その巻き込みの危険に対する手当は必須と言えます。

 

 それでは、日本版司法取引の概要について、見ていきましょう。

 

 

2 日本版司法取引の概要

 

  いわゆる日本版司法取引は、刑訴法上の正式名称としては「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」とされており、「協力・合意制度」とか「合意制度」などと呼ばれています(以下「合意制度」と言います。)。

 

 「合意制度」は、一定の財政経済犯罪及び薬物銃器犯罪(特定犯罪)を対象として、検察官と被疑者・被告人とが、被疑者・被告人が他人の刑事事件について証拠収集等への協力をし、検察官がそれを考慮して不起訴にしたり、特定の求刑をしたりすることを合意することができる制度として導入されました。

 

 ⑴ 対象となる犯罪

 

  司法取引の対象とされる犯罪は、この制度の利用に適していると考えられる一定の犯罪(特定犯罪)に限定されています(改正後の刑訴法350条の22項)。

 

 ・刑法の一定の犯罪(贈収賄、詐欺など)

 ・組織的犯罪処罰法の一定の犯罪(組織的詐欺など)

 ・財政経済犯罪で政令で定めるもの(の租税に関する法律違反、独占禁止法違反、金融商品取引法違反など

 ・覚せい剤取締法、銃刀法などの薬物銃器犯罪

 

なお、死刑又は無期の懲役・禁錮に当たる犯罪は除外されています(刑訴法350条の22項柱書)。

 

 

⑵ 弁護人の関与の義務付け

 

司法取引に関する合意をするには、その弁護人の同意が必要です(刑訴法350条の31項)。

協議の開始から合意の成立・不成立まで、弁護人の関与が義務付けられることにより、被疑者・被告人に不利益が生じないよう一応の配慮がされています。

 

 

⑶ 協議の申入れと協議の進行

 

 合意のための協議は、多くの場合、検察官からの申入れによって行われることになると思われます。協議は、原則として、検察官と、被疑者・被告人及び弁護人との間で行われます。異議なき場合には、検察官は、協議の一部を弁護人との間で行うことができますが、被疑者・被告人のみとの間で行うことはできません(刑訴法350条の4)。

 

 そして、協議において、検察官は、被疑者・被告人に対し供述を求めることができるとされています(刑訴法350条の51項)。この供述は、「合意した場合に本人の協力により得られる証拠の重要性・信用性を見極めるために行うもの」と位置付けられているため、通常はこの供述を求められることになります(取調べとは異なって、弁護人立会いの下で行われるようです。)。

 

 合意が成立しなかったときには、協議における供述は、証拠とすることができません(刑訴法350条の52項)。しかし、この供述に派生して収集された証拠の取り扱いといった問題は残ります。

 

⑷ 合意の成立と合意の内容・効果

 

  合意は、検察官と被疑者・被告人が合意し、弁護人が同意することによって成立します。

   

被疑者・被告人の協力行為として合意の内容とすることができるのは、以下のとおりです(刑訴法350条の211号)

 

①取り調べに際して真実の供述をすること。

②証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること。

③捜査機関による証拠の収集に関し、証拠の提出その他の必要な協力をすること

 

これに対し、検察官による処分の軽減として合意の内容とすることができるのは、以下のとおりです(刑訴法350条の212号)

 

①公訴を提起しないこと。

②公訴を取り消すこと。

③特定の訴因及び罰条により公訴を提起し、又はこれを維持すること。

④特定の訴因若しくは罰条の追加若しくは撤回又は特定の訴因若しくは罰条への変更を請求すること。

⑤被告人に特定の刑を科すべき旨の意見を陳述すること。

⑥即決裁判手続の申立てをすること。

⑦略式命令の請求をすること。

 

⑸ 合意の違反について

 

合意の当事者は、相手方当事者が合意に違反したときには、合意から離脱することができます(刑訴法350条の101項)。

例えば、被疑者・被告人の供述の内容が真実でないこと又は被疑者若しくは被告人が同項の合意に基づいて提出した証拠が偽造若しくは変造されたものであることが明らかになった場合には、検察官は、その合意から離脱することができます。立案担当者は、この「真実でない」とは客観的な事実に反することを意味すると説明しています。

 

また、検察官が合意に違反して、公訴権を行使したときは、裁判所は、判決で当該公訴を棄却しなければなりませんし(法350条の131項)、協議において合意に基づいて行った被告人の行為により得られた証拠は、原則として、証拠とすることができません(法350条の141項)。

 

 

⑹ 虚偽の供述をした場合

 

合意をした者が、合意に係る行為をする場合において、捜査機関に対し、虚偽の供述をし、又は偽造・変造の証拠を提出したときは、犯罪として処罰の対象とし、5年以下の懲役という重い処罰を予定しています。

これが、司法取引における他人の巻き込み防止を確保する仕組みの最たるものです。

 

また、協力者が虚偽供述等をした場合、処罰を恐れて供述等を覆せなくなってきますので、裁判確定前に自白した場合には、刑の減免を認めて、虚偽供述等の抑止と巻込みの未然防止が図られています(刑訴法350条の15)。

 

 

⑺ 供述が他人の刑事事件の証拠になる場合

 

公判手続の特例として、合意に基づいて得られた証拠が他人の刑事事件の証拠となるときは、これを手続上明示するため、検察官は、合意に関する書面の取調べを請求しなければならないこととされています。

 

 

 

3 合意制度の運用について

 

  「合意制度」は、組織的な犯罪等について、取調べやそこで作成される供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方を抜本的に見直して、適正な手続によって首謀者や背後者の関与状況を含めた事案の解明に資する供述を得ることを可能とする趣旨と説明されます。

  

例えば、振り込め詐欺や特殊詐欺といった組織犯罪は、末端の実行犯は逮捕されて処罰されるものの、肝心の首謀者や背後者まで辿り着かないことが少なくありません。末端者などから、首謀者や背後者の関与を裏付ける端緒となる重要な供述を得る場合が、この合意制度が想定しているものなのでしょう。

 

  しかし、検察庁自身、この新たな制度の運用には慎重な姿勢のを示しています(合意制度の当面の運用に関する検察の考え方(最高検察庁新制度準備室))。その背景には、本人の事件についての処分の軽減等をしてもなお、他人の刑事事件の捜査・公判への協力を得ることについて国民の理解を得られなければならないとの感覚が存在しています。

 

  弁護人としては、この制度の運用について監視するとともに、被疑者・被告人へのリスクを理解して、他の者への巻き込みが生じないよう、注意深く検討しなければなりません。

 

 

それでは今週も頑張ります!今回も最後まで読んでいただきありがとうございました!!

 

 

この記事を書いた弁護士

田中敦
田中敦
岐阜県土岐市出身,多治見北高・北海道大学卒。
瑞浪市役所勤務後,法科大学院に入学し,弁護士資格を取得。
法科大学院では労働法を専攻。
現在は,交通事故案件,労働案件(事業主側)を中心的に取り扱っています。

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