多治見ききょう法律事務所

弁護士 木下 貴子 ブログ

ゼロから世界一へ~ぎふしん青年重役会東濃支部講演会!

ゼロから世界一へ~ぎふしん青年重役会東濃支部講演会!

a0003_001011いつも読んでいただき,ありがとうございます。
9月4日に取引させていただいている岐阜信用金庫「ぎふしん青年重役会」東濃支部主催の講演会(恵那市の恵那峡グランドホテルにて)に参加しました!
テーマは「私の歩んだ道から~ゼロから世界一へ~」,講師はフジゲン株式会社創業者「横内祐一郎」先生です。
先生は,農業をしていましたが,その後,ギターの製造会社をつくり,フランスの見本市で「世界一」とされるギターを製造するまでになったそうです。
創業26年で世界一のギター製造会社に成長させた立志伝中の人物,とされています。

今回は,実際の自分の経験に基づく,感動的なお話でした!
やはり,実体験の話,というのは人の心を動かしますね!!
どうすれば,世界一になれるのか…
そのなかで,お役に立ちそうな話を3つ報告をします!

その1!一流にふれる!

農業を10年ほどやっていた頃,昔の学校の先生に会った。
先生から,学校では「一流の人」になることを教えた,と言われる。
その後,地元の長野県松本市で一番の人・・ということで,世界中に生徒がいるバイオリンの先生にあう。
農業の一流専門家の話を聞き,これからは工業の時代だ!と言われ,工業にすすむことを決める。
その後も,東京で音階をしっかりと学ぶため,一流の先生に会う・・
「一流の人」は運が良い張り合いを持って,きらきら生きている,と気づく。
このようなことをきっかけに,一流のものを作る!ときめ,最終的にギター製作にたどりついた。

・・徹底的に一流を求め,一流の人に会いに行くこと,がとても大切なのですね。
すぐに行動する姿は「素直」そのものです。
・・地道で実直な努力は,農業時代に身についたものかもしれません。
行動を起こすような声をかけられる「先生」もとても素敵ですね!

 

その2!許すこと!

当初,三村氏と一緒に始めたギター製作会社。
途中まで順調に受注数が増えていったが,突然,音階が合わず,返品が続き,赤字に。
三村氏は,横内さんを責めて,会社を出て行った…

しかし,その後も横内さんは,音階を学び,しっかりと音のあうギターを作り出した。
ここで,三村氏登場!

さて,みなさんなら,どうしますか??

・・横内さんは,三村さんを許しました
もう一度,一緒にやろう・・・と。

後に,そのおかげで,すごい恩恵を受けた,といっています。
アメリカでギターを売ることに成功したきっかけも,三村氏の強い押しがあったからこそ,,ですね。

・・いいときにだけ来る人?を許せる深い愛がある…
誰でも,完璧な人間はいないですよね・・・
・・しかし,分かっていても許すのは難しい…
三村さんと横内さんは,その性格の違い,商人気質と職人気質といった違いがあわさって,すごい相乗効果が発揮されたと感じます。
・・苦手(嫌い)なところも含めて,その人を深い愛で包めたとき,その人の持つ自分にはない能力で助けてもらえる,,ということかもしれませんね。

その3!退路を断つ!

始めから退路を断とうとしていたわけではないでしょうが・・・
横内さんは,三村氏から,これからは「ニューヨーク」で売れれば,全国で売れる,と言われ,ニューヨークでギターを売ってくるように言われました。
・・そして,「売れるまで,帰ってこなくていい」と言われて出発。
英語も全く話せず,店にギターを売りに行っても,追い返され,お金は底をついてくる…

・・・そんな中で,沈む夕日を見ながら「お母ちゃ〜ん、助けておくれよぉ〜。お母ちゃ〜ん!」と泣きながら叫んだそうです。

・・すると,そのとき,一人の外国人男性が現れ,「なぜ泣いている?」「うちにきたら妻が英語を教えてくれる」と言われたとのこと・・

それから,2週間滞在して英語を学ぶうち,すっかり英語が話せるようになった…
ついに,一ヶ所ギターを売ることが出来た!
それからは,次々に注文をとれるようになった…。

英語を話せないまま,その場所に飛び込む勇気,すごいですね!
・・・私も,レベルは違いますが,本気でやりたい,と思って,真剣にやっていると誰かが助けてくれた,という経験をしています。
一つのことを乗り越えるのは,本当に大変だけれど,その後は,同じことの繰り返しで楽になる…ということも言われていました。
・・今が苦しくても,乗り越えたら,その先に見える景色はきっと違うのでしょうね!
本当に困って,死にそうになったとき思い出す「お母さん」の姿にもとても感動しました。
・・お母さんって,子どもにとって,何歳になっても自分を守ってくれる「かみさま」なんですよね。。。

 

まとめ 恩送りをすること

横内さんは,もうすぐ90歳になられますが,このような場でお話を続けていらっしゃいます。
これは,これからの人達に,生きることの意味,希望,愛,勇気を伝えるため・・・

私たちは,多くの人に支えられ,気づきをもらい,今の人生を歩いてこられたのですね。
農業から,まったく,専門知識も技術もないギターの製造で世界一を果たせた,これは,「才能」がもともともっていたものからだけで,作られるのではないということを伝えてくれていると思います。

小さい頃からのこだわり,を活かしつつ,人とのつながり得た気づきを活かし,与えられた役目を果たすことで才能にめざめていく。
・・・人とのご縁,大事にしたいですね。

私は,まだまだ未熟ですが,今の自分を育ててくれた両親,地元多治見市,東濃地区の方々,先生にこれから少しずつでも,弁護士として,人として,恩返し,恩送りをしていきたいと思っています。
今日も,皆さまにすてきな「気づき」と「ご縁」がありますように!!

今回も最後まで読んで下さって,ありがとうございました!