労働問題第17回目 人事権とその限界-配転命令が無効となる場合-

労働問題第17回目は、人事について考えてみます。

 

人事権としてまず思い浮かぶのは、昇進・昇格・昇給や降格・降級になるかと思います。これらについては人事考課に基づいて行われるため、基本的には企業に広い裁量が認められる部分です。人事でよく問題となるのは、労働者に対する環境変化の大きい①配転、②出向、③転籍といったものです。

 

1 配転、出向、転籍の違い

①配転とは、同一企業内における職務内容や勤務場所を相当長期にわたり変更することです。就業規則の定めなど労働契約上の根拠があれば、企業は従業員に対し配転命令を行使できますが、それが権利濫用に当たる場合等は認められません。

②出向(在籍出向)とは、企業の従業員としての地位を維持しながら、他の企業においてその指揮命令下で就労することを指します。出向に際しては従業員の同意や包括的な同意が必要であり、当該出向が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、それが権利濫用に当たる場合は認められません(労契法14条)。

③転籍(移籍出向)とは、企業との労働契約関係が終了し、新たに他の企業との労働契約関係に入ることを指します。従業員の個別的同意が必要であり、企業が一方的に転籍を命令することは認められません。

 

①→③の順で労働者の置かれる労働環境に大きな影響(不利益)が生じます。これに伴い、当然のことながら、①→③の順にその要件も厳しくなっていることが分かります。

 

今回は、①「配転」について見てみます。

「配転」のうち、同一勤務地内の職務内容の変更を「配置転換」、勤務地を変更することを「転勤」と呼びます。「配転」には、長期雇用が前提の中で多様な職種・職場を経験させることによる人材育成や組織の活性化の側面と、不況時における人員配置を調整して解雇を回避するための手段という2つの側面がある言われます。

 

 

2 配転命令の要件

企業が配転を適法に行うためには、A労働契約上の根拠があること、B権利濫用に当たらないことが必要です(最判昭和61年7月14日-東亜ペイント事件-)。

 

Aについては、就業規則に規定が置かれているのが通常であり、これで足ります。しかし、明示的・黙示的に職種や勤務地が限定する合意がある場合には、当該合意が優先することになるので注意が必要です。職種限定が認められやすいのは、一般に、医師、看護士、パイロット、税理士など特殊の技術、技能、資格を有する場合です。また、勤務地限定が認められやすい例としては、現地採用の工員や事務補助職として勤務している労働者の場合です。

労基法15条は採用時に労働条件明示書の交付を義務付けています。この通知書の記載は、入社後の当面の職務・勤務地を示すに過ぎないと考えられていますが、トラブル防止のためにも「職種・勤務地を変更することがあること」を明示しておくのが無難と言えます。

 

 

Bについて、前掲東亜ペイント事件判決は、㋐業務上の必要性が存しない場合、㋐があるとしても、㋑不当な動機・目的をもってなされた場合、または、㋒労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合に、配転命令は権利濫用として無効としています。

 

㋐について、東亜ペイント事件は、異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定するのは相当でなく、労働力の適正配置や業務運営の円滑化といった一般的な事情で足りるとしています。

 

㋑については、例えば嫌がらせ目的、退職に追い込むことを目的とした配転がこれにあたります。

 

㋒については、企業側の業務上の必要性と、労働者側の不利益を比較衡量することになります。もっとも、労働者が被る不利益が「通常甘受すべき限度を著しく超える場合」としているとおり、比較衡量の結果、権利濫用とされるのはあくまで例外的場面であるといえます。ここはケースごとに判断していくことになります。

 

ⅰ 遠距離通勤・単身赴任

配転により「遠距離通勤」となる状況となっても通勤時間が2時間程度であれば著しい不利益とはいえないとしています。また、単身赴任せざるを得ない状況であっても、それだけの事情では著しい不利益とはいえないとされる可能性が高い傾向にあります。

・東亜ペイント事件は、神戸から広島・名古屋への転勤について有効

・ケンウッド事件(最判平成12年1月28日)は幼児を保育園に預けている共働き女性に対する目黒区から八王子(通勤に1時間45分を要する)への配転について有効

 

ⅱ 育児・介護に支障がでる場合

しかし、裁判例を見ると、疾病や障害をもつ家族の介護や看護ができなくなるような事情がある場合、著しい不利益として配転命令を無効とする例が多いです

・明治図書出版事件(東京地決平成14年12月27日)はアトピー性皮膚炎に罹患した幼児を持つ共働きの総合職男性労働者に対する東京から大阪への転勤命令について無効

・ネスレ日本事件(大阪高判平成18年4月14日)妻が非定型精神病に罹患していること、母が要介護認定を受けていた事例で兵庫から茨木への配転命令について無効

 

現在、育児・介護休業法26条(平成13年改正)では、労働者の配転に関する配慮義務として「(事業主が転勤をさせようとする場合)、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は介護の状況に配慮しなければならない」と定められており、配慮義務を尽くしたかどうかは権利濫用における考慮要素の一つとされています。近時、ワーク・ライフ・バランスへの関心が深まっており(労契法3条3項参照)、使用者としては、従来にも増して労働者の私生活にいかなる影響を与えるのかを慎重に判断する必要があるのではないかと思います。

 

本年も頑張ります!

それでは、今回も最後まで読んでいただきありがとうございまいた。 

 

 

 

この記事を書いた弁護士

田中敦
田中敦
岐阜県土岐市出身,多治見北高・北海道大学卒。
瑞浪市役所勤務後,法科大学院に入学し,弁護士資格を取得。
法科大学院では労働法を専攻。
現在は,交通事故案件,労働案件(事業主側)を中心的に取り扱っています。

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